27.長男、吠える
時は戻り禅一と篠崎が連れ立って家から出た時のこと。
「あ、俺、服代えたい!流石にルームウェアで遠出はちょっと」
そう言い出した、篠崎に禅一も頷いた。
「武知さん、すみません、ついでに篠崎から借りたい物があるんで、五分待ってもらって良いですか?」
五分じゃ着替えられないと篠崎はゴネたのだが、有無を言わさず、自宅に詰め込まれてしまった。
「借りたいモノって懐剣っしょ。ちょい待ち。あ、そのあたりのゴミをまとめて掃除しながら待っててくれて良いよ」
そう言いながら篠崎は二階にある収納庫になっている部屋に向かう。
片付けがそれほど得意ではない彼は、雑然とした部屋の中からお目当てのものを探すまで、少し時間がかかる。
「あった、あった」
これだけでもう五分が終わりそうだと思ったのだが、意外と手に取りやすい位置にあったので、意気揚々と一階に戻った。
すると、いつもはぶつくさ文句を言いながらも部屋を片付けてくれる禅一が、今日はスマホの画面を眺めて、ぼんやり立っている。
「……何か連絡待ち?」
「……ちょっと、な」
妙に歯切れの悪い禅一に篠崎は首を傾げる。
と、その時、禅一のスマホが鳴動し始める。
「……………」
その画面を見た瞬間、いつもはにこやかな禅一の表情が、すっと消える。
「……はい」
感情のこもらない禅一の声に篠崎は驚きながら、洗面所に向かう。
「……………そうですか。……………それは絶対ですか?…………ええ。しかし俺たちは子供を一人にはできませんので。…………はい。育園には預けていますが………………わかりました。そのように手配してもらえるのであれば、協力します。…………はい。…………はい、場所はわかりました」
聞き耳を立てるわけではないが、顔を洗い、髪を整え、服を変えながら、篠崎はついつい聞いてしまう。
(え〜〜〜、いっつも愛想の塊みたいな対応しかしない奴だと思ってたのに!こんなに暗い声は中学の頃みたいじゃん!!)
相手は誰だろうと、篠崎が好奇心いっぱいに顔を出したところで、禅一は電話を切った。
「……………」
ゾッとするほど表情のない顔に、篠崎は思わず声をかけることを躊躇う。
「あ、着替え終わったか。篠崎ってさ、ワイヤレスのイヤホンって持ってたよな?マイクもついてるやつ」
しかしすぐに禅一はいつも通りの雰囲気に戻った。
(落差こっわ)
そんなことを思いながらも、篠崎は頷いた。
「持ってる持ってる。何種類か持ってるよ~」
無くしたと思って買ったら、出てくるを繰り返すので、小物は幾つも似たようなものが転がっている。
目に付く範囲から数種類のイヤホンを拾って見せると、禅一は頷く。
「四つもあるのか……んじゃ、悪いけど俺にもマイクがついてないやつで良いから貸してくれ。で、これからずっと通話中にして、アーシャたちの様子を報告してくれないか?」
そう言われて、篠崎は驚いて目を丸くした。
「いや、それは構わないし、むしろ筋肉ダルマよりビスクドールと一緒にいた方が幸せなんだけど、ゆずっちが怒り狂わない?」
「譲たちには気づかれないように距離を置いて見守ってくれ。で、実況してくれ」
「え〜〜〜〜!別に一緒で良いじゃ〜〜ん!」
盛大に文句を言う篠崎に、禅一は手を合わせて見せる。
「すまんが、頼む。外から見た、できるだけ客観的な、信用できる情報がリアルタイムで欲しいんだ」
素直に頭を下げられると、中々文句も言い難い。
「ゆずっちにも内緒って………何かメンドーな事に首突っ込んでる感じじゃん?」
篠崎は口をとがらす。
「いや、敵の監視が入っているかもしれないから距離をおいてほしいだけで、本当は譲には言っても良いんだが……確証がない状態で篠崎まで置いて行ったら、怒り狂いそうだからな……」
禅一の歯切れは悪い。
「…………それ、俺も絶対怒られるパターンじゃん…………」
「………すまん。できるだけ急いで俺も合流して怒られるようにするから」
ペコペコと頼む禅一に、篠崎は大きなため息を吐く。
「まぁ、禅にはでっかい借りがあるから。引き受けてやるよ。…………急に気が変わったのはさっきの電話のせい?」
篠崎が聞くと、禅一は首を傾げる。
「……そうだな。俺の予想が合っているなら、来ると思っていた連絡が来た、って感じかな」
「はぁ…………?」
篠崎が不可解そうな顔つきになると、今度は反対側に禅一は首を傾げる。
「わかり易く言うと……そうだな。一年前に殺人があったんだけど、誰も殺された奴がいなくなったことにすら気が付いていなかった。でもそいつがいなくなったおかげで、少しづつ色んな所に問題が出だしたんだ。で、昨日、俺たちがその問題の対応をする事になったら、今日になって血塗れの凶器を見つけたって騒ぎが起きて、凶器を持って逃げた奴を探そうって話になった。……みたいな状態でな」
そう言われて、篠崎は顎に指を当てて考える。
「ん〜〜〜凄い発見のタイミング良いね。しかも『血塗れの』凶器が見つかるって相当都合がいい」
まるで探偵役がやってきた途端に殺人が開始される推理漫画のようだ。
「な、不自然だろ」
禅一は自分の感覚的な引っ掛かりを重視しているようだ。
「内部だけでなら握り潰せる問題に部外者が首を突っ込んできた。だから部外者に何かを嗅ぎつけられる前に、『誰か』が慌てて事件の幕引きを始めた……そんな感じがしないか?」
疑問系で語っているが、禅一はほぼ確信を持っている。
「でも本当に偶然、タマタマそんなタイミングになったかもだろ?」
そう言った篠崎を『それだ』とばかりに禅一が指差す。
「凶器が俺たちが予測した物なら、事件の唯一の証拠である凶器を隠滅できるのは、多分、俺ぐらいなんだよ。だから『誰か』が幕引きを狙っているなら、俺に連絡が来るんじゃないかと思っていたんだ」
「ん〜〜〜?禅に連絡が来たから、証拠隠滅したい奴がいるの確定って事?」
「ちょっと違う。偶然、
説明を受けても、篠崎はあまりよく理解できない。
そんなものかなぁと首を捻るばかりだ。
「………単に猫の手も借りたいだけなんじゃん?」
そう聞くと、厳しい顔を緩めて、禅一は笑う。
「もちろんその可能性もある。何の物証も確証もない、ただの予想でしかないからな。でも、もし本当に黒幕がいるような危ない事態なら……首を突っ込んでる譲たちが心配なんだ。……頼むよ」
どうやら更に詳しい事情があるようだが、そこは敢えて篠崎も聞かない。
「わかった。用事をさっさと済ませて、こっちに戻ってくるよーに!」
篠崎がそう言うと、
「助かる!」
そう言って禅一は破顔した。
そうして禅一にかなり旧式のイヤホンを貸して、通話状態にする。
「一応、武器になりそーなモノ持っとくかな?ドーゾー」
『あんまり過激なものは控えてくれ。ドーゾ』
通話状態を確かめつつ、禅一はドアの向こうに消えた。
「へいへい〜〜〜」
篠崎は通話しながら真っ白な皮で作った細長い円柱形の工具入れに武器になりそうな物を詰めて、駐車場の自分の車に乗って、藤護兄弟の家を見張り始めた。
◇◆◇
「遅いですねぇ……」
エンジンをかけた車内で、五味が呟いた時、アパートから大きな人影が出てきた。
「禅一さん!」
ウィンドウを下ろして呼ぶと、彼は小さく頭を下げてから、後部座席に乗り込んできた。
「あれ?篠崎さんは?」
「すみません……支度にまだ時間がかかるってことだったので、後から駆けつけてもらう事にしました」
そう言われて、五味はあっさりと納得してしまった。
あの美少女が男であるという事実は未だ飲み込みきれないが、篠崎は支度に時間をかけそうなタイプには見えていた。
「じゃあ発車しますね」
そう声をかけて武知が車を発進させる。
「………………」
武知は何気ない顔で流してしまったが、五味は後部座席に禅一と一緒に入ってきた、只者じゃない気配を探す。
ピリッと空気を帯電させるような神聖な気配だ。
「何か………凄い物を持ってきましたね?」
思わずそう声をかけると、禅一は不思議そうに首を傾げてから、手に持った懐剣袋を持ち上げる。
「これですか?」
大きさは一般的な懐剣で十五センチくらいだろうか。
真っ白な袋に淡いピンクと金の糸で刺繍がしてあり、袋を閉じる飾り紐は花が咲いているような凝った結び方で、下に流れる飾り房は白から淡いピンクへのグラデーションになっている。
凡そ、禅一に似合わない品だ。
「刀かと思ったら、懐剣ですか……その大きさで存在感が凄いですね。良い職人が作ったとお見受けします」
チラッとルームミラーで懐剣袋を見た武知が言う。
そんな武知の言葉に、禅一はキョトンとした顔になる。
「これ作ったの、篠崎なんですが……袋の外から見て、何かわかるんですか?」
相変わらず、禅一は何も見えないようだ。
「凄い氣を放ってますよ〜。……ちょっと、禅一さん、剣に威嚇されてます」
『氣』を帯びた器物なんて滅多にないし、その『氣』を意志を持っているかのように動かす物は更に珍しい。
「威嚇?剣が?」
五味が見えていることを教えたら、不思議そうな禅一は懐剣を色んな方向から見て、『わからない』とばかりに首を傾げている。
自らを使う者を選ぶ物も珍しい。
そんな物に選ばれる人間は更に珍しい。
禅一は驚いた様子だったが、ふと相合を崩す。
「この懐剣は篠崎のイトコのお姉さんの嫁入り道具だったみたいだから。俺みたいに男臭いのに持たれるのが嫌なんでしょうね。……ごめんな。次は別のものを借りるから」
そう言って、ヨシヨシと剣を撫でている。
気安く撫でるなとばかりに、懐剣は更にピリピリとした空気を漂わせる。
常人なら、見えなくても、感じなくても、剣を持つ事に怯えとか畏れが出そうなのだが、禅一はケロッとしている。
誇り高い剣をヨシヨシと撫でた挙句、コートの中の内ポケットに収納してしまう。
(よりによって心臓に近い所に入れるって……ホント、規格外な人だな)
五味は助手席から禅一を覗き込みながら、感心してしまう。
「そう言えば、聞きたい事があったんですが、良いですか?」
禅一は懐剣が入った内ポケットをポンポンと確認するように叩きながら、そう切り出す。
「答えられる範囲であればお答えしますよ」
武知は結構禅一を気に入っている様子で、五味が質問する時より数倍柔らかい声で応える。
「有難うございます。先程の話で、擬似的に龍穴を作るって話でしたけど、氣が噴き出る土地を作ると何か良い事があるんですか?俺には危険を冒してまで氣を集める意味がわからなくて」
禅一の質問に、武知は小さく笑う。
「古くは土地を繁栄させるためですね。結構あったんですよ。村の繁栄のために人身御供を……なんてよく聞く話でしょう?あれも同じ系統の呪いです。氣が集まる土地は自然と栄え、農作物もよく実ります」
武知は薄く笑っているが、五味は笑う気分になれない。
ああ言うのは祀っている間は良いが、信心が薄れ、粗末な扱いになったり、祀りを忘れたりすると、途端に脅威になる。
それで禁足地となった土地を結構知っている。
そんな土地は隔離して、ひたすら鎮まるのを待てばいいのだが、年に何十人かは肝試しや事故なんかで入り込んでしまう。
命懸けでそれを救出に向かった時の記憶は、消し去りたいほど悍ましいものだった。
「分家は繁栄したいって事なんでしょうか?」
禅一の質問に、武知は少し眉をひそめる。
彼はまだ藤守を信用したいと思っているので、『分家は』と聞かれるのが複雑なのだろう。
実は五味も藤守が何かをしたとは思えない。
藤守の土地で、高次元災害対策警備会社の人間がやらかしただけなのではないかと思っている。
「繁栄というより、龍穴で自分たちの力を高めたかったのだと思います」
「力を高める?」
「氣の噴き出す場所で長く過ごし、精神を統一することで、ほんの少しづつではありますが、大地の氣を体に取り込む事ができるんです。だから修行僧なんかも霊場で修行して、自分の力を高めるんですよ」
武知の話に、ふむふむと禅一は頷く。
「漬物みたいなもんですかね?高濃度な物に漬けておいたら、水が染み出して、代わりにその高濃度な物が自分の中に染み入ってくるみたいな」
禅一の酷い例えに、五味は吹き出してしまう。
考え方は合っているが、その例えが漬物なのはあんまりだ。
武知も思わず笑ってしまっている。
禅一は何故笑われるのか、わかっていない様子だ。
「そうですね。藤護の地も濃い氣に包まれていて、ある意味霊場とか龍穴に近い状態ですから、あそこで生活する者は大なり小なり、力を持ち、その中でも特殊な血を引く当主一族は強大な力を持つんです」
この武知の言葉には、禅一は納得できない様子だ。
「俺たちは中学くらいまで、あの地にいませんでしたけど……」
「それは血脈のおかげでしょう。代々霊場で暮らしてきたせいで、親が染み込ませたものが子に受け継がれるんです。神社などの後継に血縁が重要視されるのは、代々の積み重ねが大きいからでしょうね」
ふむ、と、禅一は頷く。
(代々の積み重ねとかぶっちぎって禅一さんは異常値だと思うけど)
五味は心の中で付け加える。
「その擬似龍穴を作る結界って、瓶とかバケツみたいなものなんですか?周りの氣を容器の中にかき集めて入れているから、結界の周りほど氣がえぐれているのかな、と」
禅一はまるで砂遊びで、バケツに砂を入れるような仕草をする。
確かに、容器の周りから砂を掻き入れていけば、容器の周りの砂ほど抉れていくだろう。
「……土地の繁栄を願う場合は別ですが……霊場を作ろうとする場合、中をより高密度な状態にするために、氣の流出を留める術が施されると聞いた事があります。それがどんな物かはわからないのですが……確かに透明なガラスのような物かもしれません」
ふんふん、と、禅一は頷く。
「じゃあその氣を溜めている透明なガラスを、術の中心である呪物が超えたらどうなりますか?そもそも超えられますか?」
禅一は禅一なりに、自分の中にある常識で何とか術の性質を理解し、呪物探しを手伝う気のようだ。
武知はかなり渋い顔になる。
「………超えることは可能でしょうが……その呪物を清めるために集まった氣がない空間に行くわけですから、途端に呪いが激化します。結界から出すのは自殺行為です。普通の神経なら外に出そうと思わないはずです。近常君は優秀な女性でしたから、その辺りは理解していると思います」
禁足地の恐ろしさを知っている五味は、呪物を結界外に出す恐ろしさに震え上がるが、想像がつかないのだろう禅一は、ふむふむと普通に頷いている。
「じゃあ今は結界内で再度呪物を隠すくらいしか、できることがないんですかね?」
その質問に武知は難しい顔になる。
「血を被った呪物はそのまま隠すことはできないでしょう。隠す前にどこかで術をやり直す必要があると思います」
「術のやり直し?」
「血を吸った呪物……しかもその血は藤守の物ですから、そのまま抑え込めるとはとても思えません。
武知は深々とため息をこぼす。
そんな大作業を優秀とはいえ近常一人で、できるはずがない。
それでも諦めずに逃げたということは、彼女を支援する存在がいるのだ。
(多分、逃げ出したっていう高次元災害対策警備の奴らがみんなグルなんだろうなぁ。分家も三男を刺されて、飼い犬に手を噛まれたような状況だから、怒り狂って、調査に協力してもらえなさそうだし)
外の敵を倒すより、内側の寄生虫の駆除の方が大変なのだ。
武知も頭が痛いだろう。
「よりしろ……依代………依代……」
禅一は何やらその単語に引っ掛かりを覚えたらしく、顎を摘みながら何度も呟いている。
そしてぴたりと止まって、耳を押さえて、スマホを取り出す。
「おい、聞こえるか?………はいはい。ドーゾ、ドーゾ。今、歩いてる先に保育園あるよな?大きい桜のある保育園………はいはい。ドーゾ、ドーゾ」
突然喋り出した禅一に驚くが、よく見たら彼は片耳にイヤホンを入れている。
誰かと通話していたようだ。
後を振り返っていた五味の視線の先で、通話していた禅一の顔色がザッと変わる。
「………やられた!!狙いは証拠隠滅じゃない!アーシャだ!!武知さん!!引き返してください!保育園に向かってください!!」
後部座席から立ち上がらんばかりにして、禅一は声を張り上げた。
「アーシャさん!?一体何が!?」
吠えた禅一に驚きながらも、武知は素早く車線変更を開始する。
「依代だ!新しい依代!!良いから、急いでくれ!」
「っひぇ〜〜〜〜」
五味は一気に膨れ上がった禅一の氣に縮み上がる。
先程まで禅一の胸で不穏な氣を撒き散らしていた剣すら黙らせる、恐ろしい氣の奔流だ。
「クソッ!やっぱり宗主も敵なのか!?」
地を這うような低音で吠えた禅一の声は、今まで聞いた声の中で一等恐ろしい物だった。
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