17.聖女、忘れ物になる(前)



『それ』は突然目の前に姿を表した。



アーシャは何故か排泄を促された後に、二人の少女に預けられていた。

預けられたとは言っても、ゼンは一応、見える所にいる。

ゼンは回廊を渡った先の部屋にいて、紙張りの扉を全開にして、庭にいるアーシャから、姿が見えるようにしてくれているのだ。

こちら側からは見えないが、肌が泡立つ気配から、ゼンの正面には恐らく、『かの神』がいる。


引き離されたアーシャは、ゼンが心配で心配で堪らない。

あんな恐ろしい存在と一人で対峙させるなんてと、気を揉む。

そばにいれば、何かあった時、ゼンの助けになる……のは、ちょっと無理かもしれないが、屁のつっぱりくらいにはなれるかもしれないのに。

「アーシャ喝詞切、職軽渇鋼」

「借漏床線沌寝喧狩楢悟訓略殆表夷毘」

しかし震える足をゼンの方に動かそうとすると、二人の少女が優しくアーシャを抱きしめたり、撫でたりして止めるのだ。

力づくて止められるなら、抵抗のしようがあるが、二人の少女は慈愛の微笑みで、何とも優しくアーシャに触れるので、無理矢理振り払う事が出来ない。

しかも時々ゼンがこちらを向いて、手を振って、安全を知らせてくれるのだ。


抵抗したいけどできない。

この状況はなんなのだろう、と、アーシャは悩む。

魔物だからと神から引き離されている感じではない。

むしろアーシャをおもんばかってくれている雰囲気がある。

二人の少女は、まるで頼り甲斐のある母のような風格すら漂わせており、見張りというより、保護されている気がする。

物凄く大事にしようとしてくれている空気を感じる。


「アーシャ喝詞切」

戸惑うアーシャに少女の一人が、何かを差し出してくる。

「?」

思わず受け取ったアーシャは首を傾げる。

それは白い棒の刺さった、小さな色付き硝子だ。

色がついているのに、透き通っており、硝子越しの世界は美しいエメラルドに見える。

「ふぁ〜!」

こんなに透明度の高い色ガラスは生まれて初めて見た。

用途はわからないが、とても綺麗だ。


アーシャがエメラルドの世界を覗き込んで楽しんでいたら、少女たちがクスクスと笑う。

「?」

不思議に思っていたら、少女はひょいとアーシャの手をとって、硝子をアーシャの口に突っ込んだ。

「もがっ!?」

驚いて、吐き出そうとしたが、

「………甘い?」

舌にまろやかな甘味を感じて、止まってしまった。


恐る恐る舌を出して、硝子の表面を舐めると、すごく甘い。

「ん〜〜〜!!!」

こんなに蕩けてしまいそうなほど甘い物、初めてだ。

舐めた時に香るのは、爽やかな林檎の匂いだ。

でもその甘さは林檎の十倍以上だ。

(甘い!甘いわ!!凄い!!硝子が甘いなんて、おとぎ話のようだわ!!)

舐める度に舌が潤っていくようだ。

こんな硝子が入った窓なんてあったら素敵じゃないだろうか。

お腹が空いたら窓を舐めれば、こんなに美味しい甘味を楽しめる。

まさに夢だ。


「あっ」

ペロペロと犬のように、夢中で硝子を舐めて、ふと、アーシャは正気にかえる。

なんと、舐めた分、硝子がすり減ってしまっている。

(なんて事っ………!!この硝子は舐めたら溶けてしまうんだわ!!)

素敵なエメラルドの世界をゼンにも見せてあげたかったし、今まで沢山の美味しい物をくれた彼に、こんなに美味しい硝子をお裾分けしたかった。

(欲に負けてしまった……!!)

常にお腹減りっぱなしで育ったせいで、特に食欲面で卑しさ全開になってしまった己が憎い。

(あ、でもでも、私はこちら側からしか舐めていないから、反対側をあげたら良いんだわ!)

素晴らしい案だと、アーシャは自画自賛する。


しかしゼンと『かの神』との対談は意外と長い。

手の中にある魅惑の甘味に、アーシャは必死に抗う。

「アーシャ喝詞切、洞砂遮蔽胡?」

誘惑に負けて硝子に顔を寄せてしまっては、引き離すを繰り返すアーシャに、少女たちは首をかしげる。

不審行動が過ぎたようだ。

「あの、あの………」

自分の行動を弁明したいのだが、言語が違う。


「これ、ゼン!」

困ったアーシャは、手の中の硝子とゼンを交互に指差す。

最初はポカンとしていた少女たちにも、何回か繰り返すと、半分あげたいのだと言うことが伝わったらしい。

少女たちは、お互いに目を合わせた後に、弾けるように笑い始めた。

そして何と、もう一つ、棒のついた硝子を取り出したのだ。

「!!!」

新しいそれは、以前見た、柔らかくて薄い硝子に包まれている。

これは汚れもつかない上に、清潔だ。

しかも柔い硝子の上に、綺麗な模様まで書いてある。

ゼンへの、これ以上にないプレゼントだ。


こんなに素晴らしい物を、惜し気もなく与えてくれるなんて、と、アーシャは感動する。

ゼンもそうだが、神の世界の住人はとにかく親切だ。

「有難うございます!!」

言葉は通じないが、きっとこうべを垂れる仕草は通じるはずだ。

アーシャは何度も頭を下げて、貰った甘い硝子を押し戴く。

(貰い物だけど、素敵な贈り物ができたわ!)

アーシャは嬉しくて堪らない。


ゼンもきっと美味しくて感動するに違いない。

ウキウキとゼンを見ると、丁度、彼もこちらを向いたので、アーシャは嬉しくなって、大きく弾んで、贈り物を振る。

ゼンが目を細めて頷いてくれたのが、また嬉しくて、アーシャは大人気なくピョンピョンと飛び回ってしまう。

こんな美味しい物を一緒に味わえる。

それはなんて素敵な事だろう。


そんな落ち着きないアーシャを、二人の少女はニコニコと、全開の笑顔で見守ってくれている。

(ゴブリンって神の国では希少種なのかしら……)

あまりに親切で、アーシャはそんな事を考えてしまう。

人間の世界では油虫並みに扱われており、一匹いたら百匹はいると言われ、大型駆除作戦も度々行われる。

ゴブリンには保護するメリットになりそうな特技はなく、能力的には人間の劣化版と言ったところで、知能も戦闘力も低い。

飛び抜けているのは生殖能力だけだ。

一匹でも逃せば、すぐにはびこる。

単体生殖も可能説を唱える学者もいる程、すぐ増える。

(いや、増殖の凄まじさから言って、希少であれるはずがないわ)

アーシャは自分の考えを即否定する。




そんなくだらない事を考えていた時、突如背中を寒気が走った。




「………っ!?」

パチンと泡のような物が弾けた感覚。

それと同時に、悍ましい気配が溢れた。

「っっっ!!!!」

気配の方向を振り向いたアーシャは息を呑んだ。

(黒い霧……瘴気?……いや、違う!!)

木で造られた建物の先に広がる、美しい緑の山と、抜けるような青空。

そんな美しい景色を、建物の向こう側から、黒い霧がシミのように滲み出し、穢している。


よく見たら、黒い霧は人の顔や手の形を成している。

絶叫を放っているような顔、憤怒しながら何かを怒鳴る顔、物欲しげに開閉する口、苦悶するように捻れる手、何かを引き摺り込もうと動く手、救いを求める様に伸びる手。

夥しい数のそれらが、黒い霧の中から湧いては、周りの神気に溶かされて消えていく。

苦しみ、悶えながら消えていくのに、次から次に顔や手は湧き上がってくる。


悍ましい。

それ以外に、その光景を表現する言葉が思い浮かばない。

触れれば消えるとわかっている神気に向かっていく姿は、狂信者の死への突撃を思わせる。

黒い霧の質は瘴気に似ているが、瘴気には意志や感情はない。

(これは………瘴気と言うより……漆黒)

直感的に、あの黒い霧こそ夢の中で感じた漆黒に違いないとアーシャは判断する。

(じゃあ先程の何かが弾ける感覚は、あれを封じていた結界が破れたって事なのね。私の知っている結界なら修復もできると思うんだけど……)

そう考えてから、アーシャは夢で見た、三つの小さな漆黒の存在を思い出す。

(そう言えば、アレに合流したがっている三つの塊が近くにいたわ。……結界が破れたなら、中に入りたがるに違いない。防がないと更に結界が崩れてしまうかも)

これは急いで対応しないと大変な事になりそうだ。

ふんっとアーシャは気合いを入れる。


「っっっ!」

「ひっ!!」

空を見上げて固まったアーシャの視線の先を追った少女たちも、息を呑む。

何の力もないであろう彼女たちにも、アレが見えているのだ。

通常、瘴気は目に見えず、見えるようになったら、その辺り一帯を汚染してしまう。

だから特殊な眼を持った聖女たちが、一般には見えないぐらいの薄さであるうちに発見し、祓うのだ。


建物の向こう側から、滲み出している部分だけでも、周りを汚染する程の濃さと言う事は間違いない。

建物に遮られている結界内の瘴気の密度は、例を見ない濃さと考えて良いだろう。

今は周りを満たしている神気が、黒い霧を浄化して、拡散を防いでいるが、神気は無限ではないから、長くは持たない。

三つの塊の事もあるし、急いで対処した方が良い。


一般人を巻き込むことは出来ないが、神気を纏ったゼンならば共に行けるはずだ。

(問題はどうやってあそこに連れてってもらおう……)

言葉が通じないゼンに、どうやって事態を伝えようかとアーシャか考えた瞬間の事だった。

「うぅぅぅ、あ、あ、あ……」

大きな音を立てて紙の扉が倒れたかと思ったら、中から真っ黒な物体が飛び出してきた。

「ひっ!!!」

アーシャは思わず飛び上がる。

先程まで顔が見えていたはずの冥神が、ただの真っ黒な人形に成り果てて、出てきたのだ。


先程まで体を覆っていた薄い神気の膜が外れ、ユラユラと真っ黒な靄が立ち昇っている。

周りに広がる分、本体の黒が薄くなり、黒い靄の揺らめきの間から、人間の手や足らしき物が覗く。

「……まさか中身は人間なの!?」

アーシャは驚きの声を上げる。

瘴気に取り込まれて生きていられる人間はいない。

そう思っていたが、体を引きずろうとする黒い靄に、中の者は必死に抵抗しているように見える。


『まさか』と思うと同時に、これが黒い靄に取り憑かれただけの人間だと考えると、合点がいった。

夢で見た、漆黒に合流したがっている、三つの塊は『何か』に入り込んで、神気を凌いでいた。

その『何か』は人間だったのだ。

黒い靄は取り憑いた人間を操って、アレに合流しようとしている。

(この人を行かせちゃいけない!)

しかしそうは思っても、肌がひりつくような気配を止める術が、アーシャにはない。

触れることすらできない。

(せめて錫杖が有れば……!!)

そう思って唇を噛む。


「弛朽!!」

そう思った次の瞬間、その影に組み付いて、引き倒す者が現れた。

「ゼン!」

あんなに濃い瘴気に、素手で触れるなんて正気ではない。

死んでしまう。

そう思ってアーシャは真っ青になったが、流石、神だ。

彼が纏う、強い神気に、広がり始めていた黒い靄が押さえつけられる。

「度炎窄生碕桟置榔!!」

しかし押さえつけるのも大変らしく、ゼンは厳しい顔付きだ。


アーシャは持ち主の意志に刃向かって震える足を、踏み締める。

震える手にも気合を入れる。

(聖女根性見せたれ!!)

膝が笑うせいで、余計にガニ股になってしまうが、構わずアーシャはゼンに駆け寄る。

「アーシャ!垢詐飾!睦弊敏灯敦勺!!」

ゼンが厳しい顔を振って、来るなとばかりに叫んでいるが、アーシャは止まらない。

美味しいご飯を食べさせてくれて、体も綺麗にしてくれて、夜も一緒に眠ってくれたゼンが、素手で真っ黒になった瘴気の成れの果てを掴んでいるのだ。

いつアレに侵されても不思議ではない。

ここで力を使わなければ、いつ使うと言うのだ。


全身で神気を練り上げたい所だが、それでは体に負担がかかって、また倒れてしまうかもしれない。

これはあくまでも三つあるうちの一つで、本体は別にある。

まずは取り憑いた人間を動かせない程度に力を削ぐ。

本格的な対応は、本体を叩いた後だ。


アーシャは大きく息を吸い込んで、高い音を出す。

その声に共鳴するように、地面から噴き出した神気に手を翳して、上に引き上げる。

(やはりこの地の神気は凄い……重たい……)

今までであれば、薄布を手に引っ掛けて持ち上げるようなイメージだったのだが、この地の神気は密度が濃く、重い。

まるで鉄の鎖を持ち上げているようだ。

あまり大量に引き上げたら、こちらの気力もごっそり使いそうだ。

声を落としながら、ゆっくりとした歌声で神気を紡ぐ。

そして練り上げた神気を、最早真っ黒な塊になっている人の形に振り撒いていく。


―――コワイ

―――キエタクナイ

漆黒の中から子供のような声がする。

神気が触れた所に浮かび出たのは、小さな子供の手のように見えた。

(怖くない。消えるんじゃないわ。風になってこの地を巡る旅に出るの)

瘴気が語りかけてきた事に少し驚いたが、アーシャはその小さな手を神気と一緒に舞い上げる。

すると風に乗って、笑う幼児の声がした。

―――アカルイ

―――イタクナイ

瘴気は消えるのではなく、浄化されて元の大気に溶けて、再びこの地を巡るのだ。

瘴気や大気に意思があるのは不思議だが、神の世界だからそんなこともあるのかもしれない。


―――イタクナイ?

―――オカアサン、アイタイ

新たに黒い影が顔を覗かせる。

(痛くないわ。綺麗にするだけ。綺麗にしたら自由にお母さんを探しに行けるわ)

心の中で語りかけると、小さな影たちは自ら神気に触れて、舞い上がる。

―――オカアサン、オカアサン

弾むような声も一緒に昇っていく。


―――アイタイ、アナタ、アイタイ……

―――コワイ、コワイ

―――シニタクナイ、マダ、シニタクナイ

怯えたり、悲しんだりしている黒い影は、神気に触れられると、放たれた鳥のように舞い上がる。

―――アナタ、アイニイク、イマ、アイニイク

―――キラキラスル

―――カルイ、ドコニデモ、イケル

(いってらっしゃい。幸せに)

アーシャは歌で神気を紡ぎ、手でそれらを広げながら、浄化されていく黒い影たちを見送る。

瘴気をこんな気持ちで見送るなんて変な気分だ。


―――フコウニ、サレタ、コロシテヤル

―――ニクイ、ニクイ、アイツラ、ユルサナイ

―――ナゼ、オレガ

しかし負の感情を煮詰めたような呟きをする者は、宿主の体内にこびりつき、離れようとしない。

注ぎ込んだ神力が闇に吸収されていくようだ。

ここの超重量級の神力を、汲み上げて注ぎ続けるには、この小さなゴブリンの体に負担だ。

ある程度の所で、一旦止めた方が良いかもしれない。


「………英掛木斜………」

アーシャが迷って顔を上げた時、眼前に大きな手が迫っていた。

「ぴっ!!!」

ゼンの手ではない。

真っ黒に固まった瘴気の絡む手だ。

アーシャは慌てて、その手を避けて、後ろに転がる。

途中で離してしまった神気が、ゼンの下に組み敷かれている人物に降り注ぐ。

見れば、まだかなりの部分を、真っ黒になった瘴気に侵されているが、先程から比べると、体の輪郭が現れて、人間に見える。

顔が平べったい、年配の亜人男性だ。


ゼンの拘束を解いて、その男性は更に手を伸ばしてくる。

「あわわわわ」

普通の人間は、瘴気になんかに触れたら、死んでしまう。

聖女は多少抵抗があるが、やはり生身の人間なので、長くは持たない。

しかも、これはただの瘴気ではあり得ない濃さの漆黒だ。

自分の体力温存のためにも、逃げたい。

しかしまだ亜人男性を組み敷いているゼンを見捨てられない。


アーシャは無駄に右往左往した後に、覚悟を決める。

(取り敢えず、本体、ぶっ叩いて気絶させよう!!)

本体が動けなくなれば、取り憑いている瘴気も追っては来れまい。

体の中心線、特に筋肉くらいしか守る物がない背面は衝撃に弱い。

その中でも、一番筋肉がつかない首が狙い目だ。

思いっきり踏んで動けなくしてやろう。

少し後ろに下がって、アーシャは勢いをつけて、ジャンプする。

「わわっ!」

しかしアーシャの足が男の頸に突き刺さる前に、男の上に乗っていたゼンが前進してきてしまった。


「っっっ」

ポスンとアーシャの衝撃を吸収するように、ゼンは優しく受け止めてくれた。

ほんの少し離れていただけなのに、彼の温かな神気に包まれるだけで、ホッとしてしまう。

結構勢いをつけていたので、抱き止めたゼンは痛かったのではないかと、慌てて見上げると、彼は優しい顔で笑っていた。

その笑顔に、自分が戦わなくては、何とかしなくてはと、刺々しくなっていた心が緩むのを感じる。


今まで誰かの庇護を受けたことはなかった。

神殿は神に仕えると言いながら俗物の集まりだったし、貴族は平民を家畜か何かと思ってる連中だった。

王族は論外だ。

(……『お父さん』……)

力を込めて抱きつくと、じんわりと胸が温かになる。

アーシャが頑張ろうと思う事に変わりはない。

でもゼンがそばにいてくれるなら、少しばかり肩の力を抜いて良いのではないかと思えるのだ。


「鐙弊、針剛匪……」

床の方から低い声が聞こえて、アーシャはゼンの腕の中で飛び上がりそうになる。

一時的に存在を忘れていた男が、ヨロヨロと体を起こしていたのだ。

(……あれだけ侵食されていたのに、正気に戻ってる……!?)

アーシャは驚いて男を見つめる。

男の姿はかなり見えるようになったが、胸を中心に身体中が黒くなっている。

一時はその黒に全てが覆われていた。

それなのに死ぬ事もなく、魔物に変異する事もないなんて、あり得るのだろうか。

アーシャが知る内では、どんな奇跡が起きても、そんな事はあり得ない。

しかし目の前の男は、理性的な目をしている。

しかも最初に見た時のように、体の周りに神気の壁が復活して、濃縮し過ぎて真っ黒くなった瘴気の拡散を抑えている。


(やはりこの方も神なのかしら……?)

ゼンのように、溢れんばかりの神気は纏っていないが、こんなに濃ゆい瘴気に侵食されながら生きている事に、そうでなければ説明がつかない。

未だ真っ黒な胸を押さえる彼は、立ちあがろうとするが、蝕まれた体は重力に負けて座り込む。


「膝械殊混」

「鐸卒!?厩漏展秘専拷……!」

ゼンはかなり肝っ玉が座っているようで、まだらに黒い相手と何やら言い合いをしている。

二人とも空に立ち昇る漆黒の姿を見て言葉を交わしているので、あれへの対処を話し合っているのかもしれない。

が、あまりに雰囲気が険悪だ。

(あの男性は……ゼン様を心配しているように見えるけど……)

言葉はわからないが、男性の表情はゼンを心配して忠告をしているように感じる。

対するゼンは、普段の優しさが嘘のように、凍えそうな目で男性を見ている。


ハラハラと二人を見守るアーシャを、力強い腕が守るように包む。

見上げれば、アーシャの視線に気がついたゼンの目が、温かさを取り戻す。

『心配ない』とばかりに、背中がポンポンと叩かれる。

そして彼はこれ以上の話し合いは不要とばかりに、踵を返した。

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