14.兄弟、異種格闘技戦に興じる

突然の襲撃が起こった時、禅一と譲が何をしていたかと言えば、

「ふふふ、私を倒したからと言って、慢心するなかれ!私は我が家最弱!」

「『奴は四天王最弱』的な事を本人が言い出したぞ」

「てか、アレが最弱って、この家どうなってんだよ」

「行け!お父さん!乾流柔術だ!」

「お父さんの扱いが某モンスターゲームみたいになってるぞ」

「親をけしかけんなよ、娘」

何故か乾家の面々と拳を交わしていた。


何を教えてくれるのかは聞こうと思っていたが、まさか唐突に異種格闘技戦に巻き込まれるとは思っていなかった。

しかも反則や時間制限のルールはなく、あるのは勝利条件だけ。

それすら3カウントホールドをとるか、場外に出すかのどちらかという、譲が思わず「プロレスナイズされた天下一武道会かよ」と突っ込んでしまった内容だ。



「とにかく私と戦って!ね!良いでしょ!」

「いや、そんなフランクに戦いを申し込まれても……困るんだが」

そう咲子から迫られたが、禅一は大いに対決を渋った。

『女性に手を出すべからず』という祖母の教えもあったし、これまで禅一が相手にしてきたのは、同じ武道を嗜む相手か、村の連中、そして『壊しても良い』と彼が判断した相手だけだ。

おおらかで、気が優しそうに見える禅一だが、戦い方は意外とシビアで容赦がないのだ。

手加減ができないわけではないが、怪我をさせないとも言い切れないから、警戒したのだろう。


「乾先生、何とかしてください」

困った禅一は峰子にそう頼んだのだが、彼女は首を振った。

「すみません。突然挑みかかってくる、どこぞのゲームキャラのような面倒臭い妹で……強制イベントと諦めて、戦ってやってください。尚、手抜きして負けてやると見抜いて自動コンティニューをかけてきますので、ご注意ください」

彼女は相変わらずの無表情だが、何となく、彼女も幾度となく妹に挑まれているのだろうなぁと思ってしまう『付き合いたくない』という空気が漂っていた。


「私に勝ったら、可愛いJKつきの道場に婿入りできちゃいます!どう!?」

「いやいや、俺は婿入りとかできる環境じゃないんで……」

頭三つは小さい咲子の勢いに、禅一は完全に食われていた。

「じゃあ……可憐なJKの共同経営者になれる未来があります!どう!?」

「……なんでそんなにJK押し……?」

「JKは人生で三年間だけの貴重なブランド期間だもん!!使わない手は無いよね!?」

「JKってブランドだったのか……」

その姿は子猫に圧倒される大型犬のようだった。


「JKじゃなくなっても十分可愛らしいから、そんなセミみたいに急いで伴侶を探さなくても……」

「キャーーーーーー!!ちょっと!!可愛いなんて!!そんな!!照れる〜〜〜〜〜!!」

咲子は顔を赤くして、頭をブンブンと振る。

「いや……話を聞いてほしい……」

譲は生まれて初めて、禅一が女子に押されてタジタジになっているのを見てしまった。


「禅、良かったな。モテモテじゃねぇか」

いつもは自分が逃げ回っている立場なので、困っている禅一が愉快で、そんな軽口を叩いたのが、譲の運のつきだった。

『あ、良いもの見つけた』

そんな視線が譲を捉え、マズいと思って逃げようと思った時には、首根っこを捕まえられていた。


「俺と戦いたかったら、まずは弟を倒してからにしてもらおう」

「こら!お前までゲームキャラみたいなセリフを吐いてんじゃねぇぞ!!」

抵抗する譲を片手で捕まえたまま、禅一は残った片手で拝む。

「頼むよ。力押しの俺より、技メインの譲の方が絶対に怪我させないし」

そして小声で頼んでくる。


技メインなのではなく、足りない実力を小技で補っているから、そう見えているだけだと言い返そうとしたのだが、禅一の言葉を聞いた咲子がジロジロと見てくるので、譲は不快に感じて咲子を睨んだ。

「…………何だ、その不満そうな顔は」

そんな問いかけに、下唇を突き出して、目を眇め、譲の首から下をじっくりと観察していた咲子は、小さく首を振った。


「ごめんなさい。ファッション筋肉な細マッチョは需要から離れていて………」

「何でいきなりお断りされてるんだ。俺は別に引き取り希望は出してねぇぞ小娘」

モテ女のように上から断ってくるのが、また腹立たしい。

「やはり道場を任せられるのは、お父さんみたいに頼り甲斐を感じる筋肉じゃなくっちゃダメかなという思いが……」

「人の話を聞け、ファザコン」

譲のツッコミなど聞こえていないように話を進める咲子に、更にツッコミを入れると、

「ふぁっっファザコン!?ケンカを売ってるの!?爆買いするよ!?」

気にしている所を見事に突いてしまったようで、途端にプリプリし始めた。


「むしろ、半期に一度のバーゲンも真っ青な赤札値引きでケンカを売ってきたのはお前だろ、ファザコンJK」

「はい買ったーーー!ケンカ買ったーーー!特価で買ったーーー!」

そんな謎展開で、気がついたら、譲は借りた道着を着て、咲子と闘うことになってしまった。

そしてアーシャは信頼できる保育士である峰子と、身内の和泉に託し、道場に移動したのである。


咲子は姉の峰子と比べると小柄で、ゆったりとしたジャージでわかりにくいが、かなりの細身だ。

体格や体重というものは格闘技において、大きなウェイトを占める。

それに恵まれず、言動もフワフワしているので、はっきり言って譲は彼女を舐めていた。


「私は、お父さんを、尊敬しているだけで、ファザコンじゃ、なーーーい!」

しかし抗議のセリフの合間合間に仕掛けられてくる、連続攻撃は素早い上に、受け流すのが難しいほどの重さがあった。

振りかぶった遠心力や踏み込みの力を逃さないように攻撃にのせてくるので、まともに受けたら、腕が痺れかねない程だった。

しかも中々こちらが付け入る隙を見せない。


「『パパと似たひとじゃないとダメなの〜〜〜』って典型的ファザコンだろ。世界平和のために外に男を求めねぇで、お家でパパに甘えてろ、ファザコン」

よって、譲が取ったのは、徹底的に相手を煽りまくる戦法だった。

「うるさい!うるさい!今時、大して儲けもない、ブラック道場を、一緒にやろうなんて人、探すの、大変なの!家に、引きこもってる、暇はないの!!」

素直に凄いと思うのは、これだけ喋りながら攻撃をしているのに、息が全く乱れていないことだ。

連続攻撃も留まる所を知らない。


「儲けがねぇなら閉業すりゃ良いだろ」

「閉めたくない、から、JKブランドが、通用するうちに、婿の目星を、つけようと、頑張ってるの!」

「人様を巻き込むなよ。やりたいなら一人、道場で干からびてろよ、ファザコン」

「うるさーーーーい!私は!昔から!お父さんみたいな!カッコいいお婿さんをとって!道場を!やるって!きめてるのぉぉぉ!!」

怒りに任せた、大ぶりの、隙の多い蹴りがきたところで、譲はその足首を掴む。

「やっぱりファザコンじゃねぇか」

そしてそう言いながら、バランスを崩すであろう方向に、足の力を流す。

すると、体制を崩して倒れた咲子は、受け身を取りながら、素早くコロンと転がって立ち上がる。


そしてすぐに構えてかかってこようとしたのだが、譲は床に引いてあるラインを指差す。

「はい、場外」

そこで初めて、彼女は自ら場外に転がり出てしまったことに気がついた。

「は?ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

化かされたような状態の咲子に、譲はヒラヒラと手を振って見せた。

「個人事業主になりたいなら、もっと周りを冷静に見れるようになれよ〜〜〜」

譲が攻撃を捌きながら、ライン際に導いていたことに、全く気がついていなかった咲子は、地団駄を踏んで悔しがった。



そして悔しさいっぱい元気いっぱいな彼女が、騒ぎ始めて、流れは冒頭に戻る。



「あの親父、表情には出てないけど、娘の本音を聞いて、めちゃくちゃやる気出してるぞ。どうすんだ」

自ら最弱と申告する娘に、散々格好いいだの何だとの言われた父親は、無表情ながら屈伸や前屈をして、やる気に満ち溢れている。

絶対に娘の前でいい所を見せる気だ。

「あっちは俺が出る」

対する禅一は軽くジャンプを繰り返し、体をほぐす。


(あんなゴツいおっさんと獲物無しでやり合えるのか……?)

身長は禅一が勝っているものの、筋肉量は父である千隼が、断然勝っている。

禅一は空手、柔道、剣道、藤護内で独自に発展した柔術など手を出していたが、最終的には一番相手を故障させる機会が少なかった剣道を選んだ。

村の連中が、自分たちの流派の柔術も無理やりやらせていたし、村を出てからは体を鈍らせないように、譲と組み手もしていたので、一応無手でも戦えるとは思う。

しかし剣道と違って実績がまるでないので、譲も心配になってしまう。


譲と咲子の対決と違って、水を打ったような静寂の中で、彼らは構えた。

千隼の使い込んであるとわかる道着と、禅一が借りた真新しい道着が、そのまま彼らの実力差を示しているようで、譲は顔を顰める。

どちらも不用意に踏み込まない。

しかし一旦動き始めると、目で追うのも一苦労なほどの素早さで組み合う。

二人が踏み込む音からして、先ほどの一戦とは違う。

鋭く、短く、腹に響くような音が道場に響く。


咲子のように派手に打ち込むばかりではなく、打ち込んだ腕をとって、投げ飛ばしたり、固めに入ろうとしたり、二人とも実に動きが多彩である。

最初の方、禅一は防御一辺倒で、相手の動き方を学習していたようだが、そのうち自らも打って出始める。

千隼もどうやら藤護系の柔術の使い手のようだ。

当身技、極め技、投げ技、全てに見覚えがある。


体が温まるに従い、禅一の動きは良くなっていく。

相手はうまく捌いているが、様々な武道を取り入れて雑種化している禅一の動きは複雑だ。

時折、千隼の方が引き倒されたりもする。

「お父さん!負けるな〜〜〜!!」

最初は優勢に進めていた千隼に、禅一が追いつき始めて、やがて互角に撃ち合いだすと、咲子が焦ったように応援し始める。


(心配しなくても禅の方が不利だって)

互角に見えるが、練度は禅一の方が圧倒的に下だ。

対等にやりあえているように見えるのは、禅一の動きが読み辛いというのと、肉体年齢に物を言わせた力技で押しているというだけだ。

動きに無駄がなく、戦略的に動いているのは千隼のほうだ。


その上、千隼は打撃を打ち込む際や、受ける際に、巧みに氣を動かし、その部位を守っているので、ダメージというダメージが体に入っていないはずだ。

対する禅一は氣の利用なんて全く出来ない。

相手を仕留める気で戦う時は、本能的に氣を操ったりもするが、あくまでも手合わせである今は全くの垂れ流しだ。

ダメージがそのまま体に入っている。

長引けば、長引くほど不利になっていくだろう。


(あれ………?そもそもこれって負けた方が都合がいいんじゃなかったっけ……?)

冷静に分析していた譲だったが、そこに気がついてしまった。

下手に勝ったらJKブランドを掲げる小娘が更に付きまとってくる可能性がある。

思わず勝ちに行こうとしてしまったが、さっさと負けた方が都合がいい。

そう気がついた譲が、禅一に合図を出そうと動こうとした時だった。

「こんにちはーーーー!」

「せんせーーー!こんちわーーー!」

「おーーーーっす!」

騒がしい声と共に道場の扉が開き、子供達が雪崩れ込んできた。


「はい、こんにちは」

乾老人が子供たちに笑顔を向け、千隼は構えを解く。

どうやら道場に通ってきている子供達がやってきたようだ。

「良い感じに邪魔が入ったな」

譲は勝負がお預けになった禅一に、そう話しかける。

「……………………」

しかし禅一はそれに応えない。

真剣な顔で、道場の壁を、外が透けて見えるとでも言うように睨んでいる。


「一体どうし……」

話しかけようとすると、口の前に手を出される。

「アーシャの声がした……ような気がする」

そう言って禅一は道場の出入り口に向かって歩き始める。

「はぁ?」

道場は子供たちの明るいおしゃべりの声に満ち溢れて、外の音なんか聞こえてこない。

「……やっぱりした」

しかし禅一は確信したように、そう言うと、早歩きになる。

「おいおい、外の音なんて……」

『聞こえるはずがない』と譲が言いかけた時だった。


ピィィィィィィィ!と空気を切り裂く甲高い笛の音が響いた。

「アーシャ!!」

禅一はその瞬間走り出す。

譲も慌ててその後を追う。


「え?え?一体何が……」

わからないなりに異常事態を感じて、咲子も走ってついてこようとしたが、譲は道場内を指差す。

「パパと残ってろJK!子供たちを外に出すな!」

一体何があるのかわからないが、室内が一番安全なはずだ。


裸足のまま、二人は道場から飛び出す。

「アーシャ!」

禅一が一直線に小さな姿に向かって走っていく中、譲は周りを確認する。


最初に目に入ったのは、手の平くらいの真っ黒な塊だ。

歪ながらも頭と手足があって、人間のような形をしている。

(影がある………!?)

それを確認して、譲は眉を逆立てる。

黒づくめの動く人形なんて、どう考えても『在らざる者』なのに、日中に堂々と出てきた上に、影がある。

この不気味な存在が実体を持っているという証だ。

これは異常事態だと、譲は確信する。


次にその真っ黒な奴らを封じ込める結界と、それを張ったであろう人物が目に入る。

(あのオッサン、符を使うのか!)

五芒星を描くように符が置かれ、つかのない鉤爪のような金属で、刺して固定してある。

譲の記憶が正しければ、アニメなどで忍者が良く使っている苦無くないだ。

それと同型の武器を持って、戦っているのは武知だ。

その隣では峰子も戦っている。


そして最後に確認したのが、しっかり守られていたら良いのに、顔を引き攣らせながらヒュンヒュンと錫杖を振るっているチビ助だ。

「禅!フダを飛び越えろ!お前が入ったら壊れる!!」

これは勘だったが、禅一の氣は悪い物だけでなく、良い物も吹き飛ばすことがある。


禅一はその声を聞いて、踏み切った。

「おお〜〜〜」

少し遅れて後ろをついてきた乾老人が、放物線を描いて空を飛ぶ禅一に、呑気に感心した声を上げる。

「ジジィ!」

「わかっとるよ。全く……藤護に接触した嫌がらせか……碌でもない術を使いやがって」

声をかけると、乾老人は今までの好々爺ぶりが嘘のように、鋭い顔つきで印を切り、何かを口の中で唱える。


セツ!」

乾老人が人差し指と中指を揃えて空を切るような仕草をした瞬間、何かが迸り、中央に居た影が半分に切れる。

次いで、その周りの影が燃え上がる。

(チビは……)

慌てて確認したら、和泉ともども禅一に確保されている。


「ジーさん、コレは一体何だ?」

燃える影たちの中に入って、峰子をヒョイと抱えて回収している乾老人に、譲は尋ねる。

「ん〜〜〜、それはこれから調べてみるが……まぁ、十中八九、嫌がらせだろうね」

片足が義足で、白髪になる程の年齢なのに、女性としてはかなり大きめな峰子を子猫のように易々と運びながら、乾老人は答える。


「峰子ちゃん、怪我はないかい?」

「お祖父ちゃん……下ろして欲しいわ……」

峰子は恥ずかしいようで、両手で顔を覆っている。

「何言ってるんだい。可愛い足に火傷なんかしたら大変だ。武知はどうでも良いけど」

そう言いつつ、乾老人は峰子を結界の外に出してから下ろす。


「僕はどうでも良いんですか」

「自分でどうにでもするだろ」

影たちの真っ只中で戦っていた武知も、いつの間にか結界の外に回避している。

その妙に親しげな様子に譲は眉を寄せる。


「ごめんなさい、お祖父ちゃん。私が声に応えてしまったわ」

峰子は申し訳なさそうに頭を下げる。

「いやいや、子供たちに混ざって入ってきたようだし、仕方ない事だよ。それにコレは誰ぞの術だから、こちらが許可せんでも無理やり入ってきたさ。………それにしても俺じゃなくて、こっちを狙ったのが気になるが……」

そう言いながら乾老人は、禅一たちの方を見る。

「どうやら呪いのたぐいを引き寄せちまう体質のようだねぇ」

そしてそんなことを呟く。


「無事かい?」

乾老人にそう声をかけられ、和泉は小さく頷いたが、少し前まで雄々しく戦おうとしていたチビ助は禅一の腹に入り込む勢いでくっついている。

「こんなクソみてぇな嫌がらせなんかしても意味がないって思ったんだがねぇ……お嬢ちゃんには効果抜群だったみたいだねぇ。すっかり怯えちまってる」

乾老人は困ったように頭を掻いた。


「そんな……!お兄さんが道場に通うなら、アーシャたんも一緒に来るはずで、これから保育士としてでなく、一個人として仲良く出来る予定だったのに……怖い所と認識されたら来てもらえないわ……!」

この中で一番衝撃を受けていたのは峰子だった。

そんな未来予想図を描いていたのかと、譲は内心つっこんでしまう。

「まずいわ。我が家のイメージアップ作戦を行わなくては……!」

表情変化に乏しいながら、彼女は決意を込めて呟くのであった。


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