15.聖女、訓練所に入る

「アーシャ?」

「ん」

「アーシャ〜?」

「ん」

「ア〜シャ〜〜?」

「ん」

両手両足を使って、腹にしがみついているアーシャに、ゼンは困っている。

それはわかっているが、アーシャには離れることができない。

頭を撫でたり、背中を撫でたり、頬をつつかれたりするが、小さく返事するだけで、子猿のように、ゼンに張りつき倒す。

———アシャ 『じゅ』 キエタ コワイ ナイ

バニタロも声を掛けてくれるが、中々ショックから立ち直れなくてアーシャはしがみつき続ける。


全く可愛くなかった小人。

全然思い描いていた形とは違っていて、どちらかと言うと、害虫寄りの見た目だった。

こちらに明らかな害意を持って襲ってきたので、燃えたことに関しては、無力化する上で仕方ないと思える。

しかしあの燃えカスが、あの美しい庭に飾られるかと思うと、胸が苦しくなる。


「アーシャちゃん」

「アーシャちゃん!」

「ん」

今度は張り付いているゼンからではなく、左右からミネコセンセイの声がする。

それにも小さく頷くだけで、今はゼンに張り付いて、心のダメージの回復を優先させる。

「……………?」

いや、優先させようとして、おかしい事に気がついた。

何故、左右それぞれから同じ声がするのか。


そっとアーシャはゼンの腹から顔を離して、右側を見る。

「アーシャちゃん」

すると眉毛の先を少し下げたミネコセンセイが、ほっと息を吐く。

「???」

では左側から聞こえた声は何だったのか。

そ〜っと反対側も確認すると、

「ひゃっっ!!」

鼻がくっつきそうな距離に、目を輝かせたミネコセンセイがいた。


「!!!????」

アーシャは激しく動揺して、右側をもう一度確認する。

「????」

やっぱりそちらにもミネコセンセイがいる。

そして再び左側を見てもやっぱりミネコセンセイがいる。

アーシャは高速に左右を何回も確認するが、やっぱりどちらもいる。


「ぶ……ぶんりぇちゅ……?」

———アシャ オチツク ニンゲン ワレル ナイ

ついつい分裂したのかなどと、あり得ないことを考えてしまって、バニタロに諌められてしまう。

「きゃ〜〜〜わい〜〜〜!!」

左側のミネコセンセイは嬉しそうに、アーシャの頬や頭を撫でまくる。

「おぁぁぁあぶあぶあぶ」

その力が中々強くて、首が振れて、変な声が出てしまう。

が、不思議な事に、ガシガシ撫でられても全然嫌ではない。

むしろ何だか心地良い。


アーシャは、不思議な気持ちで、何やら捲し立てているミネコセンセイを見る。

いつもの聞き取りやすい、ゆっくりはっきりとした発音じゃないし、顔の筋肉の稼働率が高すぎるし、何より彼女を取り巻く神気が違う。

(違う人だわ)

彼女の周りから淡く湧き立つ甘やかなそれは、明らかにミネコセンセイのものではない。

(あ、それに、こっちはかなり若いような?)

ミネコセンセイは大人という感じがするが、こちらはよく似ているにも関わらず、少女としか思えない。


「あ……アーシャちゃん……」

多少手荒な撫でに身を任せていたら、少し寂しそうな声がする。

「みにぇこしぇんしぇい?」

振り向くと、彼女の手が虚空に差し出されている。

アーシャがその手を握ると、少し俯き加減になっていた、ミネコセンセイの唇の端が少し上がる。

(あ、笑った)

小さな変化に気がついて、アーシャも笑う。


「アーシャ、だいじょーぶか?」

少し身を離したアーシャの顔を、ゼンが覗き込んでくる。

見れば、彼はとても心配そうな顔をしている。

「『だいじょーぶ』」

アーシャは焼き小人のことを振り払うように笑う。

するとゼンもホッとした顔になって、グリグリとアーシャの頭を撫でてくれる。


「アーシャちゃん!アーシャちゃん!」

左から元気なミネコセンセイ似の女の子が話しかけてくる。

「さ・く・こ!さくこ!さくこおねちゃん!」

彼女は自分を指差して連呼する。

どうやら彼女はサクコという名前のようだ。


(ふふふ、私もわかるようになってきたわよ)

アーシャは内心胸を張る。

この国では名前の後ろに敬称のような物をつける事があるのだ。

アーシャの場合は『ちゃん』だ。

彼女は『おねちゃん』らしい。


アーシャは頷いて自分の胸に手を当てる。

「シャクコおねちゃん、アーシャ」

もうこちらの名前は知っているようだが、名乗り返さないのは落ち着かない。

「きゃ〜〜〜〜〜!きゃわわ!きゃわわ!きゃわわわわわ〜〜〜!!」

そう思って名乗ったのだが、次の瞬間には、がっしとサクコに抱きしめられて、立ち上がった彼女にぐるぐると回転させられる。


「おあぁ、あぁぁぁぁぁ〜〜〜」

アーシャの口からは間抜けな声が漏れる。

抱きしめられて振り回されるなんて、初めての経験だが、足が外側に引っ張られて、次第に楽しくなって笑いが込み上げてくる。

細腕なのに、上半身をガッチリと力強く抱きしめてくれているので、落とされたり飛ばされたりする不安がない。


「あ〜〜〜!いーな!いーな!」

「サクコちゃん!おれも!おれも!」

「サクコちゃん!」

するとパタパタと音を立てて子供達が寄ってくる。

「よ〜〜〜っし!」

アーシャを振り回していたサクコはそう言うと、ゼンの膝の上にアーシャを戻して、子供たちを次々に抱きしめて、ぐるぐると回し始める。

サクコも子供達も楽しそうに笑っている。


サクコのおかげか、いつの間にかアーシャの肩の力は抜けてしまっていた。

緊張がなくなったアーシャに、禅一は目を細めて、その頭を撫でる。

ミネコセンセイはゼンの横に座って何やら話している。

(『ミネコセンセイ』も、どこからかが敬称なのかしら?)

会話する二人を見ながら、アーシャはそんなことを考える。


ゼン、ユズル、イズミ、シノザキ。

この国の人の名前は短い傾向がある。

ケーオネチャン、ミネコセンセイはこの国の名前としては長過ぎるので、彼女らの後半は敬称である可能性が高い。


(女性の名前には何かしら敬称をつける約束事があるのかも。ケーオネチャンは、サクコ『おねちゃん』だから、ケー『おねちゃん』?……でもケーは名前としてちょっと短すぎるような気もするなぁ……?)

うんうんとアーシャは考える。

(ミネコセンセイは……みんなの発音している感じだと、ミネコ『せんせい』?)

アーシャはゼンの隣で話しているミネコセンセイを見つめる。


目が合うと、ミネコセンセイの眉尻がまた少しだけ垂れて、優しい顔になる。

どこまでが名前で、どこからが敬称か、どうやったら確認できるだろうと考えていたアーシャだったが、すぐに良い案が閃いた。

「ミニェコ、おねちゃん?」

これで返事してもらえれば、実はミネコセンセイの名前はミネコで、『せんせい』が敬称とわかるし、同じく、『おねちゃん』も敬称であると確定できる。


「………………!!」

不思議な顔をされるか、返事をもらえるかのどちらかだと思っていたら、ミネコセンセイはカッと目を見開いた。

「〜〜〜〜〜〜!!」

そして、どうしたのだろうと思う間もなく、力強く抱きしめられた。

力を込めて抱きしめられているのがわかるが、苦しくない、絶妙な力の入れ具合だ。


「み………ミネコ……おねぇちゃん……!おねぇちゃん……!!」

「????」

震える声から感情が昂っている事はわかるが、何が彼女の琴線に触れたのかがわからない。

助けを求めるように、ゼンを見つめると、彼は困ったように、眉を下げて笑った。

そしてポンポンとアーシャの頭を撫でてくれる。

「???」

全く意味がわからない。


アーシャはいつの間にかミネコセンセイ改め、ミネコの膝に乗せられて、思いっきり可愛がられていた。

「?」

よくわからないが、柔らかな手に頭を撫でられるのも、抱きしめられるのも、気持ち良いので、アーシャはされるがままだ。


アーシャは可愛がられる以外、やることがないので、周囲を見回す。

ここは床に草の敷物が敷き詰められただけの、だだっ広い部屋だ。

卓も無ければ、椅子もない。

ただ空間が広がっているだけで、家具の類は一つもない。


(ダンスホール……じゃないよね)

ダンスホールのように高い天井も、豪奢なシャンデリアもない。

華美さはなく、むしろその対局のような雰囲気だ。

建物に使用されている木は、とても質が良さそうだが、彫刻や飾りが施されているわけではない。

敷かれている草の敷物も、他の所では周りをぐるりと囲む華やかな刺繍をした布が巻かれていたのに、ここの物には無くて、とても質素だ。

(さっきから人はたくさん集まってきてるけど……みんなで追いかけっこをするための部屋なのかしら?)

広い空間を、気持ちよさそうにバタバタと走り回っている子供達を見て、アーシャは首を傾げる。


周りを観察していたら、隣に座っていたゼンが立ち上がった。

「ゼンッ!!」

慌てて彼を追おうとしたら、優しく頭を撫でられる。

「そこにいるから」

ゼンはユズルとイズミが立っている所を指差す。

どうやら遠くには行かないと言っているようだ。


「………………ん」

慌てて掴んだゼンの裾をアーシャは解放する。

———アシャ ヌシ シュギョー ダケ

ついつい不安になって抱き寄せたバニタロが、ペチンペチンと実体のない尻尾で、慰めるようにアーシャの額を叩く。

「………ん」

頷いたアーシャの頭を、繊細な指が撫でる。

見上げると、ミネコと目が合う。


(彼女もいてくれるんだし、わがまま言っちゃダメだわ)

何となく不安だから、そばにいてくれなんて、とんだワガママである。

アーシャはすっかり甘えてしまっている自分を戒めるが、体は温かさを求めるようにミネコにくっついてしまう。


そんなアーシャの前で、人々は並び始める。

集まっている人々は年齢も性別もバラバラで、一体何の集いかわからない。

皆、上は『かたな』が着ているのと同じ前開きの服を着ていて、大体の子供達は下に白い短めのズボンを履いて、大人は『かたな』と同じ形の、黒い、ゆったりとしたズボン履いている。

(もしかしてあれは、この国の民族服なのかなぁ)

あまり馴染みのない形状の服は、何だか格好良く見える。


(みんな格好いいけど、一番はゼンとユズルだけどね!)

皆を見ながら、アーシャは一人胸を張る。

二人の均整の取れた長身は、同じ格好をした人々の中に入っても目立っていて、思わず身内自慢をしたい気分になってしまう。

(そんな大人気ない真似はしないけどね)

今なら父親自慢がうるさかった子の気持ちがわかってしまう。

『あれが俺のお父さんなんだぜ!』

と、確かに自慢したくなる。


ゼンとユズルの隣にイズミもいるのだが、肩が丸まって、視線も下を向いているので、頼りなさそうなオーラが出ている。

しかも彼は大人なのに、何故か子供と同じ上下白の服を着せられている。

(頑張れイズミ!!長き道も一歩から!)

そのせいもあって非常に弱々しく見えてしまい、アーシャは力を込めて応援する。


「……………?」

並んでいた人々は揃って不思議な動きを始める。

上に伸びたり、クネクネと動いたり、腕を振ったり。

とにかく今まで見たこともないような珍妙な動きだ。

「ふふふっ」

それを皆が一緒にやっているので、アーシャは何だかおかしくなってしまう。


(本当にここは自由ねぇ)

すっかりこちらに慣れてきたが、女性は慎ましくあるべしとされていた国で育ったので、女の子まで床に大股を広げて座り、クネクネと動いている様子を見ると、改めて感心してしまう。

戦馬にすら股を広げて乗ることを許されなかった身としては、当たり前のように、男性と同じ事ができる、その姿には羨望すら感じてしまう。

ついつい自分もこんな風に、周囲の目という枷なく過ごせたら良かったのにと思ってしまう。


必要に迫られて戦うことすら『聖女らしくない』と非難される、あの国の『常識』の中で生きるのは、とても息苦しかった。

もっと堂々と自分を鍛えて、男性と同じ服を着て、横乗り用ではない普通の鞍で馬を操り、錫杖なんかではなく剣と盾を携えて戦場に向かって行くことができたなら、救えた人はもっと多かったはずだ。

(せめて錫杖を、神官が使ってた星珠武器モーニングスターみたいに棘だらけにしてくれたら良かったのに)

星珠武器モーニングスターは棍棒に重量のある鉄の棘がついた頭部をつけたもので、剣のように無慈悲な血飛沫が上がらないので、戦う聖職者は好んで使った。

実際は血が出ないだけで、骨や内臓を砕くので、殺傷能力は高かったのだが。


「やってみますか?」

物思いに沈みながら、楽しげな声をあげている子供達を見ていたら、ミネコが彼らを指さしながら、何やら聞いてくる。

「?」

よくわからなくて、首を傾げていると、ミネコは少しだけ口の両端を上げてから、アーシャの手を引く。

そして出入り口とは逆方向にある扉にアーシャを導く。

「?」

アーシャはゼンが見えない所に行くのに多少戸惑うが、ミネコがアーシャが嫌がったらすぐ外れるくらいの緩い力で手を握っているので、逆にそれに安心して、ついて行く。


扉の先は、きちんと刺繍した縁がある草の敷物が敷いてあって、壁際に扉つきの棚が並んでいる。

その棚の上には服を掛ける棒があって、ズラッと服が並んでいる。

「ほ〜〜〜」

皆が着ている、民族服らしきものが並んでいる様は壮観だ。


「アーシャちゃん」

ミネコの手から離れて、棚の中身を開けて確認してみたり、扉の横にある巨大な鏡を覗き込んでみたりしていたら、ミネコに呼ばれた。

「わ〜〜〜〜!」

振り向いて、アーシャは歓声を上げた。


ミネコも皆と同じ服に着替えていたのだが、その姿があまりに格好良かった。

凛々しいと言うべきだろうか。

真っ黒な髪とズボン、白い肌と上着の色の対比が、元々すっきりとしているミネコを更に引き立たせている。

先ほどゼンたちが一番格好いいと思っていたのだが、その確信が揺るがされるほどだ。


目を輝かせるアーシャに、ミネコは小さな服を示す。

ミネコの服と違って子供たちが着ていた方の、上下白の服だ。

「!」

それはアーシャの大きさにぴったりで、アーシャは息を呑む。

「おきがえ、しますか?」

ドキドキと胸を高鳴らせるアーシャの体に、ミネコは手に持った服を合わせてくれる。

「ふぁぁぁぁ!!」

自分に着せてくれるのだと確信して、アーシャは飛び跳ねてしまう。


そして張り切って自分の服を脱ぎ始めた。

「あっ」

途中で胸に入れていた紙がくしゃくしゃになっていたので、慌てて伸ばして、脱いだ服と一緒に大切に畳む。

「ふふ」

そんなアーシャに、ミネコは小さく笑う。


最後まで脱ごうとしたのだが、途中で止められて、アーシャは服を着せてもらった。

「ふふふ……ふへへへへへへへ」

出来上がった姿を鏡で見て、アーシャはニヤけてしまう。

胴体が短いので、胸の辺りからスボンを履いているのだが、外側から見ればわからないので、凄く格好良く見える。


服の作りはとても簡単で、袖を通して前で合わせて、紐で縛るだけだ。

ボタンの一つもない。

しかし何故か、とても強くなったように見える。

アーシャは鏡の前で、騎士が剣を構えるようなポーズをとってみる。

(うん!何か凄く強そうな感じがする!!)

調子に乗って、見よう見まねで、剣を振る動きもやってみる。


「んぷっっ!!」

吹き出す音に振り向くと、ミネコが顔を両手で覆っている。

「あっ………!!」

ミネコが見ていることをすっかり忘れて、格好良いと思われるポーズを鏡の前でとりまくっていたアーシャは恥ずかしくなって、顔に血が上がってきてしまう。

「………ごめんなさい」

ミネコは申し訳なさそうに謝ってくれるが、別に彼女は全く悪くない。

悪いのは自己陶酔の世界に片足突っ込んでいたアーシャだ。

それを伝えるように、アーシャは彼女が差し出した手をしっかりと掴んだ。


(この国の鏡は危険だわ)

あまりにも綺麗に絵を映すので、ついつい調子に乗ってしまう。

(………ゼンが見たらなんて言うかな)

反省しつつも、アーシャはワクワクしていた。

自分で言うのも何だが、中々凛々しく見えるのではないだろうか。

チラチラとアーシャはミネコを見上げる。

凛とした彼女に少しでも近くなるように、彼女を真似てアーシャは背筋を伸ばす。



そしていざ格好良くなった姿を見せようと、扉を開けて……アーシャは固まってしまった。

扉を開けると同時に響く、激しい足踏みの音。

そして先程の楽しそうなクネクネ運動が嘘のように、掴み合う人々。

それは世界が変わったのかと錯覚するほど荒々しい光景だった。


相手を引き倒し、投げ、再び掴み合う。

「あ、あわ、あわ」

ゼンもユズルも知らない人と掴み合っている。

慌ててアーシャは彼らを助けに行こうとするが、

「アーシャちゃん」

と、ミネコに手を引かれる。


「ぜ、ゼン〜〜〜〜!!」

ゼンが負けるわけないと思うが、心配は心配である。

アーシャが大きな声を上げると、ゼンが視線だけをアーシャに向けて、目を細める。

その顔に少しだけアーシャが安堵しかけた瞬間、ゼンは掴んだ相手を投げ飛ばした。

「アーシャ!」

そして喧嘩中とは思えないほど爽やかに笑って手を振る。


「お………おふ……?」

アーシャは何とも言えない表情で手を振りかえす。

ゼンが勝ったのは嬉しい。

でも投げ飛ばした人は大丈夫なのだろうか。

そう心配になったが、投げ飛ばされた人は、何事もなかったように、すぐに立ち上がった。

そしてゼンが手を振っていたアーシャの方を見て、相好を崩す。

全くダメージが入っていない様子だ。

彼は楽しそうにゼンに話しかけ、ゼンも嬉しそうに頬を緩ませている。

すごく仲良しのようだ。

しかし二人は笑いながら再び掴み合う。


「???????」

アーシャは意味がわからなくて部屋の中を見回す。

改めて見て気がついたが、皆、真剣な顔だが、特に敵意などは感じない。

しかし掴み合っている。

このカオスな空間が理解できずに数秒戸惑ったが、

「あ!」

突如アーシャの脳裏に閃光が走る。


(こ……ここはもしかして、兵士の訓練所!?)

兵士たちがよく集まってやっていたやつだ。

訓練所は屋外で、しかも各々武器を持ってやるものだったので、わからなかったが、この国は(多分)武器を所持できないので、素手で戦闘訓練をやるのだ。

そして素手なら剣を振り回す分のスペースを考えなくて良いので、屋内での訓練が可能なのだ。

(この予想は正しい気がする……!!)

アーシャは自信を持って、一人で何度も頷く。


アーシャはドキドキと胸が高鳴るのを感じる。

訓練をしている人間は全て、アーシャが着ている前開きの服を着ている。

(そうか……この国では聖女わたしも、訓練できるんだ)

己の実力の無さに忸怩じくじたる思いを抱えつつも、鍛えることすら許されなかった日々。

この国は平和で、今更鍛えたからと言って、何が変わるというわけではないだろう。

過去に死んだ人々が蘇るわけでもない。

でも彼女の中の『何か』が確実に救われる気がした。


「アーシャちゃん」

ミネコがアーシャに手を引いて導く。

「ん!」

アーシャは大きく頷いて、彼女の手を握りしめた。


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