16.保育士、楽しむ
乾峰子は常に実年齢より高く見られがちな二十四歳だ。
当初、母の跡を継ぐべく医学を修めようとしていたが、本格的に子供たちの成長を手助けをするためには、もっと深く交流を持った方が良いのではないかと、大胆に進路変更をして保育士となった異色の経歴の持ち主である。
現在は保育士としての経験を積む傍ら、経営の勉強や、将来自分が施設を経営する上で役に立つであろう資格の取得に余念がない。
ついでに祖父がやっている不動産関連の仕事も乗っ取り……否、引き継げないかと、勉強しながら画策中である。
『三つ子の魂百まで』
そんな三歳神話などは全く信じていないが、やはり小さいうちに得た価値観や、育んだ自尊心は一生に影響を与える。
できるだけ多くの子供達が健やかで幸せな未来を手に入れられるように、可能な限り小さいうちから、自分が愛されるべき人間であると思える環境と、周りも自分と同じように大切な人間であると理解できるような教育を与えるお手伝いをしたい。
そう思って日々、沢山の家族の保育を補助している。
最終目標は経験やノウハウを積み重ね、保育園にすら来る事ができない子供やその家族に、補助の手を伸ばせる施設を作る事だ。
『何かを成すためには、志より、まずは金』
『一に資金、二に人脈、三、四は経験で、五に志だ』
『他人を引き上げたければ、まず自分の足場を確保してから』
清貧を鼻で笑い飛ばす祖父の教えに影響を受け、峰子は周到に用意を進めている。
そして環境面は着々と自分の構想に近づいていることを感じる。
しかし園児と触れ合う中で、一つの問題点が浮き彫りになってきていた。
(絶望的に子供たちに受け入れられないわ)
保護者たちからは絶大な信頼を得る反面、子供達には全く心を開いてもらえないのだ。
正確に言うなら、子供達からも信頼は感じるが、一線を引かれているのを感じる。
甘えられたり、泥団子を贈られたり、抱っこを要求されたり。
そういう事が一切ない。
他の保育士たちのように、親愛を求められる対象になれないのだ。
(やはり私の言動が硬すぎるのが問題なのかしら)
高校生になったあたりからボランティア活動などを始め、自分的に精一杯子供達のためになるように動いているが、対応が硬すぎるせいか、怖がられまくる。
勤務を続け、子供の対応に慣れれば、何とかなるだろうと思っていたが、勤務二年目になっても状況は全く変わらない。
他の保育士たちを見習い、フランクに接する試みもしてみたが、反対に怯えられたので、そこは断念した。
顔の筋肉を総動員して微笑めば『恋しい男の首を手に入れたサロメ』、口調を変えてみたら『怪異系真珠夫人』、柔らかい対応を意識的にやってみれば『不気味の谷を越えられなかった粗悪なAI』と、散々かつマニアックな評価を受ける結果に終わった。
周りからは全く悩みもなく、超然と我が道を邁進しているように見える峰子だが、この辺りには行き詰まりを感じていた。
当面は自分ができることをしつつ、可能性の塊であり、自由の象徴のような子供たちの補助に全力で当たる。
全くそうは見られないが、峰子はまだまだ世間一般では『社会人二年目』の『新人』なのだ。
きっとこれからの経験が、自分に素晴らしい打開策を与えてくれる日が来る。
そう信じて日々を過ごしつつも、やはり不安は拭いきれなかった。
そんな峰子の前に現れたのが、子供だけの荒削りな運命共同体……とでも表現すれば良いのか、まだ家族になりきれてない凸凹な関係の兄妹たちだった。
一昔前なら、まだ未成年扱いされていた十代の子供達が、まだ保育が難しい年頃の子供を育てようとしている。
大学生になったばかりなのに精一杯大人として振る舞おうとしている兄弟と、健康状態に不安を感じるほど痩せ細った妹。
しかも妹は言葉が通じない。
これは手厚いサポートが必要だ。
無害な人間であることを早急に理解してもらい、信頼関係を結び、何かが起こった時にすぐ相談してもらえるようにならなくてはいけない。
峰子は内心かなり張り切っていた。
自分が張り切ると、碌な結果にならないと知っているのに、張り切ってしまった。
笑顔も頑張ると逆に印象が悪くなるのに、頑張ってしまった。
そんな峰子を迎え撃ったのは、たどたどしいながら明るい声で紡がれた『こんちゃ』という挨拶と、ぴょこんと効果音がつきそうな元気なお辞儀だった。
ガリガリの体と、手入れされていないことを感じる髪、不安げに兄に密着する様子から、被虐児である事は間違いないと判断し、萎縮し臆病になったり無気力になっている子供への対応ばかりを考えていた峰子の、ノーガードの胸に刺さる愛らしさだった。
トドメは、舞い上がり、自分は節度ある距離を空けねば子供には怯えられるということを忘れて、急接近してしまった時だった。
思わず握手を求めてしまい、内心しまったと思っていた峰子の手を、その子はあっさりと握ったのだ。
『みにぇこしぇんしぇい、アーシャにや』
暗黒のフォースを感じると言われ、恐れられる峰子の満面の笑みにも屈さず、笑ってくれた時、新たなる扉が開いた。
『子供は愛らしいが、笑顔を向けられると、更に愛らしい』
恐らく一般人なら殆どの人間が知っているが、彼女は知らない真実だった。
微笑みかけられる喜びは素晴らしい物だった。
こんなに笑顔が嬉しいとは思わなかった。
とは言え、一人だけを贔屓するのは保育者の名折れ。
非常時を除き、公平を期さなくてはならない。
そう思って、節度を持って対応していた所に、転機が訪れた。
祖父が自分の道場に、保護者兄弟を誘おうとしているというのだ。
一園児は特別扱いできないが、鍛錬中の間の面倒を頼まれたとしたら、それは個人の善意として預かって良いはずだ。
一緒にオヤツを作って食べたり、工作を楽しんだり、庭を散策したり、公園に連れていく事ができる。
好きなだけ面倒を見て、可愛がって良いのだ。
そうして、夢は一気に広がったのだが、現実はそうそう上手くいかない。
襲撃に遭ったアーシャはすっかり怯えてしまって、彼女の兄にくっついて離れなくなってしまった。
ここが怖い場所だと認知されて、妹が来るのを嫌がったら、妹想いな兄は道場に通わないことを決めるだろうし、決めても連れてこないだろう。
「アーシャ?」
「ん」
「アーシャ〜?」
「ん」
「ア〜シャ〜〜?」
「ん」
峰子の目の前には、ニホンザルの親子のような状態になっているアーシャと兄がいる。
母猿にしがみつく子猿のような姿は愛らしいが、顔を上げないところを見ると、その精神ダメージは計り知れない。
迂闊にも子供に混ざった奴らに返事をしてしまった自分を、峰子は憎く思う。
「アーシャちゃんだっけ?フォルムが子猿っぽくて可愛い〜〜〜!子猿ちゃんの顔見たい!」
峰子は失礼に当たると思って口に出さないが、あっさりと口に出してしまうのが、彼女の妹の咲子だ。
天真爛漫そうに見えて、色々と策略を企てたりするのだが、反射神経が口と直結している子なので、その策略が成った事はない。
勉強はできるのに、頭が残念なタイプの典型である。
「アーシャちゃん」
「アーシャちゃん!」
峰子がアーシャの様子を見ようと近づいたら、私も!とばかりに反対側から近付いてしまう残念な妹である。
一方から呼び掛ければ、アーシャもそちらを見るだけで良いのに、両方から呼びかけるので、やっと顔を上げてくれたと思って、安心したのも束の間。
「???」
どちらを見ればわからなくて、アーシャは右を見ては左を見る首振り人形と化してしまう。
「きゃ〜〜〜わい〜〜〜!!」
そんなアーシャを咲子は嬉しそうに撫でまくる。
初対面の子供にも全く遠慮なく、綿菓子のような髪を掻き回し、頬を挟むようにして撫で回し、と、やりたい放題である。
「昔、笛吹きながら太鼓を叩くオモチャあったよね!?あれみたい!!ピコピコ動くの可愛い!!」
しかし峰子とそっくりなはずの咲子は、こんなに距離感0でも、あっという間に子供の心を掴んでしまう。
アーシャも気持ち良さそうに、されるがままになっている。
出会ってから少しづつ、信頼を勝ち取り、仲良くなってきたつもりの峰子は、ついつい寂しくなってしまう。
「あ……アーシャちゃん……」
小さく呟いたものの、折角気持ち良さそうにしているのに、中断させるのも大人気ない。
伸ばしかけた手も行き場をなくしてしまう。
「みにぇこしぇんしぇい?」
するとその気配を感じたように、小さな手が峰子の手を掴む。
そして峰子の目と緑の目が合うと、キュッと小さな唇の両端が上がる。
自発的に握られた手と、当たり前のように向けられる笑顔。
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
ノーガードの時に限って、凄い一撃が飛んでくる。
思わず峰子は感動に打ち震えてしまう。
「アーシャちゃん!アーシャちゃん!」
ささやかな幸せを峰子が噛み締めていると、積極的な咲子がまた注意を掻っ攫っていってしまう。
「さ・く・こ!咲子!咲子お姉ちゃん!」
自らお姉ちゃん呼びを要求できる妹が、峰子は羨ましい。
咲子は昔から何にでも好かれる。
ガワは姉妹でそっくりなのだが、中身がどうも違うようで、感情に直結して動く表情は豊かで、馬鹿がつくほど素直な言葉には愛嬌がある。
場当たり的に行動するので、色々と失敗もするが、そんな所も彼女の魅力だ。
特に子供や動物なんかに物凄く好かれる。
(『負うた子に教えられて』じゃないけど、その愛されテクを私にも教えて欲しいものだわ)
歳の離れた姉妹なので、それはそれは可愛がって母の地位を脅かす勢いで、峰子が数々の教育を施してきたのだが、今は妹にその技を教えて欲しい。
「しゃくこおねちゃん、アーシャ」
「きゃ〜〜〜〜〜!きゃわわ!きゃわわ!きゃわわわわわ〜〜〜!!」
無事に咲子お姉ちゃんと呼んでもらえた妹はテンションマックスに昇り詰め、アーシャを抱っこしてぐるぐると回り始める。
初めは驚いていたアーシャも、すぐにキャッキャと声を上げて笑い始める。
子供は回してもらうのが結構好きだ。
最も、峰子はやってくれと言われたこともないし、やったら、完全に絵面が逆ジャイアントスイングになるので、回した事はないが。
(一体何が悪いのかしら……やはり顔の筋肉が多少硬めな所かしら)
我も我もと集まった子供達に囲まれる咲子を見つつ、峰子はソッとため息を吐く。
「……大丈夫ですか?」
自分の頬の筋肉を押していたら、心配そうな声がかかる。
アーシャの兄、禅一だ。
「ええ。問題ありません」
峰子は背筋を伸ばす。
頼られる保育士を目指しているのに、保護者に心配されるのは問題だ。
「今日はお仕事の後だったのに、アーシャを見てくださって、その上、守ってもらって。お疲れじゃないですか?」
藤護家長男は気遣いのできる、とても良い子である。
「いいえ。今日のアレは声に応えてしまった私の失敗ですから。むしろアーシャちゃんを怯えさせてしまって申し訳ないくらいです」
アーシャちゃんの面倒を見られるなんて、むしろご褒美です。
などと答えるわけにもいかないので、峰子は模範的な回答を返す。
「今日は何故か体験までさせてもらうことになりましたけど、終わり次第、すぐにお暇しますから」
禅一は気を遣ってそんな事を言い出すが、それは返ってダメージを増す。
「いえ!武知さんが後ほど報告を持ってきてくれると思いますし、祖父も話がしたいと思いますので、良ければ長居してください。父も焼き上がったクッキーをデコって皆さんに見せると張り切っておりましたので」
外から見たら動揺皆無の冷静状態にしか見えないが、峰子は慌てて、引き留める。
しかしそれでも禅一は気遣わしそうに峰子を見ている。
そこで峰子は小さく咳払いして語り始める。
「疲れているわけではなく、改めて自分と妹の差を見て、少し思い悩んでいただけです。外見性能に大きな差分がないはずなのに、妹はああやってすぐに子供達に打ち解けられるのに、私は全力で逃げられるな、と」
他人にこの手の話をすると、皆、困ったように沈黙してしまうし、保育士としての根本的な資質を問われる問題なので、あまり口にしたくないが、彼らを引き留めるためだ。
仕方ない。
「あ〜〜〜、わかります。悩みますよね。俺なんか子供だけじゃなくて、大人や動物にまで全力で逃げられてしまうんで。こんなに普通に接してくれたのはアーシャが初めてですよ」
恥を晒した峰子に返って来たのは、明るい同意の声だった。
禅一は目を細めてフワフワの黒髪を撫でている。
その言葉を聞いてから、そう言えばこの人は異常な氣を発散し続けているが故に、自らの意思に拘らず、周囲に威圧を与えまくっていたのだったと、峰子は思い出す。
峰子と違って逃げられる原因ははっきりしているのだが、本人は全く視えない体質らしいので、理解できないだろう。
「先生たちもそっくりですけど、俺たちなんか双子なのに、周りの対応は全然違いますからね。もう個性だと割り切ってます」
しかし彼はとても明るい。
「それに先生はとても園児の事をしっかり見てくださっているので、俺たちも安心してお任せできるんです。友達や保護者のように寄り添ってくれる先生も有難いですけど、少し引いた所から冷静に見守ってくださる乾先生の存在も心強いですよ。それぞれが違う役割をしてくださるからの安心だと思います。保護者側からの勝手な意見ですが、同じである必要なんてないですよ」
子供に全く親しんでもらえない、資質なしの峰子を、彼はそのように見ていてくれたらしい。
「……………」
思わず胸が詰まってしまって峰子は何も言う事ができない。
「ま、まぁでも、懐いてもらえないのは寂しいですよね!わかります!俺もそうですから!」
無表情で沈黙してしまった峰子に、禅一は慌てたように言葉を足す。
どうやら気を遣わせてしまったようだ。
慌てる兄の気配を察したのか、アーシャが顔を上げ、ジッと峰子の顔を見つめる。
怯えもなく、むしろ親しみを込めて向けられる真っ直ぐな視線だ。
「ミニェコ、おねちゃん?」
どうしたのだろうと、峰子が口を開こうとした時に、突然の一撃が飛び出してきた。
この子は本当にノーガードの時を付くのが上手い。
「………………!!」
会心の一撃を喰らって、仰け反りそうになった峰子は、背筋に力を入れて何とか堪える。
しかし反動で、前に倒れ込み、思わずアーシャを抱きしめてしまう。
「み………峰子……おねぇちゃん……!おねぇちゃん……!!」
口にすると、感動が津波のように押し寄せてくる。
天使は『そう呼んでも良い?』とばかりに聞いて来てくれた。
大歓迎だ。
とっても大歓迎だ。
むしろ本当のお姉ちゃんにしてほしい。
この子が妹なら可愛がり倒す。
咲子も可愛がり倒したが、それ以上に可愛がり倒す。
抱きしめると、いつもの自制心が裸足で逃げていってしまう。
膝に乗せて、保育園に来る時よりも、かなりお洒落をしているアーシャの髪型を崩さないように気をつけながらも、好きなだけ撫でてしまう。
アーシャは嫌がるどころか気持ち良さそうに体を預けてくれる。
練習の開始時刻になって、禅一が立ち上がった時は、慌ててその後を追おうとしたが、ついていけないのだと理解した後は、肩から下げたぬいぐるみを抱きしめて、暖かさを求めるように、峰子にくっついてくるから、可愛さの限界突破だ。
(峰子お姉ちゃんがいますから大丈夫ですよ!!殺人鬼が来ても三秒でシメますから!!)
とは口に出せないので、心の中で峰子は叫ぶ。
皆が集まって並び始めると、途端に興味を惹かれて、目を輝かせるのも可愛い。
経験が浅い者は足捌きがよく見える上下白の道着で、足捌きを覚えた者は袴を履くのだが、彼女の兄たちは先程のやり取りで十分と認められ、袴を履いている。
どうもその袴が、アーシャは気になるようで、緑の目が興味津々な様子でジッと見ている。
(袴グッジョブ)
祖父は『実戦を想定した武術なんだから、今どき誰も履かない袴なんかよりジャージの方が良いんじゃないかい?』などと言って道着を廃止しようとしたのだが、『それっぽさがないと生徒が集まりません』と父の反対を受け断念した。
そのお陰で、今、アーシャを楽しませられた。
師範である峰子の父が音頭をとり、皆が柔軟体操を始めると、
「ふふふっ」
アーシャは楽しそうに笑い始める。
怪我がないように柔軟はしっかりと行われるのだが、その一つ一つの動きにアーシャは目を見開いたり、首を傾げたり、口をぱくぱくさせたりと、楽しそうだ。
特に皆が開脚前屈を始めたら、驚いた後に、興味深そうに見つめて、その体が動く。
真似をしたいのかもしれない。
「やってみますか?」
峰子は皆を指さしながらそう聞いたが、アーシャは不思議そうに首を傾げる。
言葉が通じないので、わからないのだ。
膝に乗った暖かな重みをおろすのは、とても勿体無いが、興味を持っているならやらせてあげたい。
峰子は女子更衣室にアーシャを導いた。
アーシャは少し不安そうにしていたが、木製のロッカーや鏡を見つけると、楽しそうに四畳程度の部屋の探検を始める。
それを微笑ましく見守りながら、峰子は素早く道着に着替える。
道場で指導を行うとなると、普段着ではやりにくい。
「アーシャちゃん」
声をかけると、峰子の早着替えに、アーシャは驚いた声を上げながら駆け寄ってくる。
そんなアーシャに予備の道着を見せて、
「お着替え、しますか?」
と聞いてみたら、彼女は歓声を上げて、ぴょんぴょんと飛び跳ね始める。
『着替えたい!』とその行動が雄弁に語っている。
言葉が通じなくても、こちらの意図を読み取ってくれるし、素直に反応してくれるので、分かり易い。
張り切って、自ら服を脱いで、アーシャはお着替えを始める。
脱ぎ散らかすのではなく、それなりに畳んで重ねる姿に、兄たちの教育の片鱗が見える。
胸に何やらお手紙のような紙を入れたらしく、それも丹念に伸ばして、服のように重ねているのが可笑しい。
下着類まで脱いで、スッポンポンになろうとしたので、それは寸前で止めて峰子は道着を着せる。
(本当に手のかからない子だわ)
着せながら峰子は感心してしまう。
服を着たくないと頑張ったり、ズボンに腕を通して独自路線のファッションを開発したりと、子供達のお着替えはとても大変なのに、アーシャは全てわかっているかのように、手を伸ばし、足を上げる。
その手のかからなさと、着せ易さは、とても子供とは思えない。
まるでこちらの意図が全てわかっているようだ。
「ふふふ……ふへへへへへへへ」
しかし仕上がった自分の姿を満足そうに見ている姿は、子供そのものだ。
鏡に自分の姿を映しに行って、腰に手を当てて、右を向いて、左を向いて、満足そうに何度も頷いている。
そして更に、何やら
完全に自分の世界に入って、何かになりきっている姿に、微笑ましさが臨界点を超える。
「んぷっっ!!」
笑ってはいけない、笑ってはいけないと途中まで我慢したのだが、最終的に峰子は吹き出してしまった。
咄嗟に顔を隠したが、笑ってしまった事は、しっかりとバレてしまい、峰子は心から謝る事となった。
その後は袴組が二人一組で行う技の稽古にアーシャが怯えるなどというハプニングはあったが、順調に事が進んだ。
ずっと気になっていた0脚対策のストレッチも混ぜ込んだ柔軟を、アーシャは大張り切りでこなした。
手足が短いアーシャの柔軟は大変可愛らしかったのだが、ぎこちなかったり明らかに間違えていたりで、それが小学生のお兄ちゃんお姉ちゃんの年上魂に火をつけたらしく、彼らを引き寄せた。
みんなワラワラと寄ってきて、代わる代わる手伝ったり、見本を見せてくれたりする。
袴を履くまでは、受け身や技の型などが中心で実戦的ではないことから、小学生たちは、ふざける事が多かったのだが、やる気満々のアーシャの影響を受けたのか、小さい子に良い所を見せてやろう精神が爆発したのか、真面目に取り組んでくれたのは、思わぬ良い副産物だった。
受け身の練習は全く意味がわからなかったようで、不思議な顔をしてコロンと転がった後に、ペチンと畳を叩くものだから、お兄ちゃんお姉ちゃんたちが寄ってたかって、誇らしげに見本を見せるという、可愛いが可愛いを呼ぶ、可愛いの大渋滞が起きた。
低年齢層に指導をする咲子も『何この可愛い連鎖反応!!』と大喜びしていた。
『ちょうど良いから君も加わりなさい』と祖父が無理矢理混ぜ込んでしまった、禅一たちの幼馴染の青年は盛り上がるキッズたちの中で少々居心地が悪そうだったが、その内テンションが上がった子供達に、アーシャと一緒に呑み込まれてしまっていた。
最終的に『和泉、最初はこんなもんだから気にすんなよ!』と、一方的に打ち解けた小学生に慰められていた。
新しい生徒を得ても、峰子は咲子のように中に入り込んでの指導はできない。
しかし皆の状況を見ながら、適切に補助して指導できる事に深い満足感を得ていた。
『同じである必要なんてないと思います』
それは似たような状況ながら、全く気にしていない様子の禅一や、何かできる度に手を振ってくるアーシャのおかげだったのかもしれない。
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