24.聖女、タワーを作る

(やっぱり体が小さすぎるなぁ)

アーシャは暖かなゼンの手を、しっかりと抱き込みながら、そんなことを考える。

体に感じる『くるま』の振動が心地良くて、瞼がトロトロと垂れてしまう。


元の国でも全く友好的ではない、聖女と魔法使い。

その戦いは、アーシャたちの勝利で終わった。

しかしこれがアーシャ一人での戦いだったら、圧倒的不利で負けていた。

最盛期の感覚で仕掛けたら、あっという間に息切れを起こしてしまった。

あまりにも体力がない。


(タケチたちの技……凄かったわ。まさか魔法使いが縮んじゃうなんて……)

アーシャの知るどんな術とも違う、あえて言うなら結界に少し似た、タケチたちの技で捕えられた魔法使いは、小箱に入るくらいの大きさにまで縮められた。

結界で動きを封じるくらいなら、アーシャも何とかできるのだが、持ち運び可能サイズにできるなんて、驚きだ。


(邪悪な魔法使いを封じた魔本とか、すっごく嘘くさいと思っていたけど、あんな技があるなら、可能よね……あれ、私も頑張ったら使えるようにならないかしら……あれなら完全浄化しなくても無力化できるし、持ち運びもできるわ)

不気味な気配の魔本を思い出して、あれの中には本当に小さくなった魔法使いがいたかもしれないなと、アーシャは納得する。

許されざる行いをした魔法使いたちは、二度と魔法を使えなくなる罰が妥当だと思っているが、調節できない超回復で魔力を消し飛ばしてしまった相手には申し訳ないことをしたと思っている。

もしあんな技が使えたら、小さくして持ち帰り、他の聖女に回復させる事もできたはずだ。


(回復といえば……みんな、怪我は大丈夫かしら……)

足を引きずっていたゴミを始め、皆、怪我だらけだった。

アーシャであれば、あれを治すことは容易い。

聖女の本業だ。

ダメだと言われているが、やはり出来ることをやらないと、心が痛む。

治せるのに治さない葛藤を見抜かれたのか、あの後、ゼンにさっさと回収されて、家に帰ってきたため、その後がわからなくて、心配でならない。


(バニタロ……サクラのおばあさまが一緒だけど、寂しがっていないかしら……)

心配つながりで思い出したのが、コロンコロンに太ったバニタロだ。

全くくねる事ができなくなったバニタロは、左右にゴロゴロと転がることしかできなくなってしまった。

バニタロの移動方法は通常の蛇と同じように、左右にくねりながら、鱗を地面に引っ掛けて進む方式だったらしい。

意外と物理法則に縛られた存在だったのだ。


うとうとしながらも、思い出すだけで、フフフと笑いが込み上げてくる。

頭と尻尾を少し動かすしかできないバニタロの姿は、あまりにもありえなさ過ぎて、笑いを誘う。

あれが実際に存在する生物だったなら、あっという間に猛禽の餌になってしまうだろう。

肉をパンパンに詰められた腸詰のような胴体を、小さな尻尾で何とか転がしている姿など、気の毒可愛く、申し訳ないが、笑いが止まらなくなってしまった。


———ショウカ オワル ナイ カエル ナイ

余分に取り込んでしまった力の消化が終わるまで帰れないと告げるバニタロは、しょんぼりとしていた。

『可哀想だが、我がヤシロでお泊まりだの』

バニタロの姿は見えても、アーシャには触れられない。

触れる事ができるのは、モモタロと大樹の老女神だけだ。

モモタロはバニタロを持ち上げられないし、持ち上げられる老女神は、本体である大樹から離れられない。

『もちもち』に入れて持って帰ろうともしたのだが、太すぎてその中にも入れないし、上に乗せても転がり落ちるしで、結局バニタロは帰宅を見送った。

『明日からまた『ほいくえん』が始まるからな。明日までの辛抱だ』

そう言った老女神の手の中で、バニタロは寂しそうに項垂れていた。


(明日から、また『ほいくえん』)

うつらうつらとするアーシャの思考は連想ゲームのように移ろっていく。

(……頑張って体力をつけないと……)

ゼンと離れるのは、とてつもなく寂しいが、自身の体力不足は由々しき事態だ。

(今のまんまじゃ次に何かあった時に、ゼンやユズルを守れないもの。しっかり鍛えないと……)

体が大きくなるのを悠長に待っていることはできない。

せっかく素晴らしい訓練所に通える機会があるのだから頑張らなくてはいけない。


(頑張るわ……寂しいけど……もっと頑張らないと……)

うとうとと、我知らず瞼が落ちる。

家に帰って、綺麗に体を拭いてもらって、本日二回目の着替えを済ませたので、体を包む服は、清潔で暖かで良い匂いがして、心地良い。

抱き込んだゼンの手も暖かくて気持ちが良い。

(どこに向かっているのかしら……)

全てが気持ち良い中、すっかり三食おやつ付きの生活に飼い慣れてしまった胃袋だけが、切なそうな鳴き声を上げている。


お昼寝から起きたら、魔法使いと対決して、それが終わったら回収されて家で綺麗にしてもらって。

そうこうしていたら、ユズルが帰ってきて、ゼンと二人で何やら大騒ぎを始めて。

その最中にやってきたシノザキが、ドロドロに汚れたモモタロの本体を見て、ブリザードを巻き起こし、それに対してゼンが平伏して謝って。

仲直りしたかと思ったら、調子が悪そうなイズミを部屋から引き摺り出して、全員で外出する事となった。

流れるように次々と何かが起こっていたので、厚かましくお腹が減ったアピールなどできなかった。


お昼からは『むぎちゃ』しか入れていない胃袋は、空であることを切々と訴えかける。

(………こんなに聞き分けのない胃だったかしら……)

前は空なのが当たり前だったので、鳴く元気もなかったのかもしれない。

そんな事を考えながら、アーシャの瞼は遂にストンと力を失った。


「アーシャ、アーシャ」

そんなアーシャを焦ったように起こす声が聞こえる。

ゼンだ。

早く返事をしないとと思うのに、意識は遠のいていくばかりだ。

「アーシャ、ごはん!ごはん!」

その言葉にピクリと反応するが、結局は睡眠欲が食欲を抑え込む。

(お腹減った……けど眠たい……)

一度休眠に傾いた体は中々覚醒しない。


そんなアーシャは専用椅子のベルトから解放され、持ち上げられる。

抱き込んでいた温かな手が無くなって、目を閉じたままのアーシャは、木から落ちる最中の猿のように、腕を彷徨わせる。

その手がゼンの服と思われる物に触れたので、思い切り掴むと、小さな笑い声が聞こえる。

背中を支えられ、服に顔を寄せると、頬に優しい体温が触れ、ますます瞼が重くなる。

(もう……起きられる気がしない……)

グリグリと眠い目を胸板に擦り付けるようにして、アーシャは身体中の力を抜く。


目を閉じていてもわかるほど、明るい所に入った事がわかっても、アーシャの瞼は上がらない。

「「「しゃーせーーー!!」」」

と、何やら景気の良い掛け声も、暖かな室内に流れる明るい音楽も、子守唄のようにしか感じない。

(……なんか……いろんな食べ物の匂い……)

これは何々の匂い!と断定できないが、とにかく美味しい食べ物の芳香が鼻腔をくすぐるが、やっぱり目は開けられない。

自分は活動できますよ!とばかりに、お腹は元気な鳴き声をあげるが、ギリギリのところで、睡眠欲が勝る。


アーシャを抱えたゼンと、ユズル、シノザキ、そしてあまり喋らないが、イズミの気配もする。

四人はどこかに座って、皆でわいわいと会話している。

「アーシャ、たまご。た・ま・ご・だよ〜」

彼らの会話を聞きながら、更に深い眠りに落ちようとしていたら、ツンツンと頬が突かれる。

「んんん〜〜〜」

ゼンの期待に応えようとアーシャは目を開けようと頑張るが、上と下の瞼は離れぬ契りを交わしてしまったようだ。


(私のことは置いて、ゼンたちだけでも食事を楽しんで……)

気持ちは、敵前で動けなくなり、仲間に『お前たちだけでも逃げろ!』と叫ぶ兵士だ。

絶対に起きられる気がしない。

「アーシャ、おいしおいしだぞ〜〜〜」

しかし倒れた兵士を一人残すことができないとでも言うように、ゼンはチョンチョンと唇に何かを当てる。


「……………?……………。……………!!」

玉子の柔らかな香りと、こちらでよく飲むスープに似た旨味たっぷりの香り。

そして匙越しに感じる美味しい予感しかしない熱々の湯気。

それらを感じた瞬間、永遠の契りを交わしたはずの瞼はあっさりと別れを告げ、アーシャの口は匙に飛びついていた。


「んんん!んんんん〜〜〜!!」

口に入れた瞬間、熱々の塊がトロリと溶ける。

いや、溶けたのではない。

おそろしく柔らかな固体が舌と上顎に挟まれただけでバラバラになったのだ。

小さな塊になった一つ一つが、柔らかでありながらも弾力を保ちつつ、つるりと気持ち良く、喉の中に飲み込まれていく。

噛む必要がない程柔らかく、それでいてしっかりとした存在感を喉に感じる。

後口には玉子というより、スープを飲んだかのような旨味が残っている。


「おいしーな!!」

カッと目を見開いて、そう宣言したアーシャが最初に見たのは、びっくりした顔のゼンと、その隣で大笑いしているシノザキだった。

目は開いたものの、瞼はまだまだ重たい。

感想を述べた後は、またフラフラとゼンの腕の中に戻る。

そんなアーシャの頭を大きな手がヨシヨシと撫でてくれる。


ゼンは片手で脱力しているアーシャを抱っこし、もう片手で匙を動かす。

「アーシャ、あーん」

贅沢にもアーシャは体重をゼンに預け、微睡みながら口元まで食べ物を運んでもらい、食欲を満たす。


匙にのった薄い黄色の固体は、透明な汁をたっぷり身に纏って、アーシャの口の中に吸い込まれる。

「ん〜〜〜」

見た目はプティングのようだが、食べた感じは固形のスープのようだ。

噛まなくても口中に広がる旨味と、お腹の中に溜まる確かな質量。

最高だ。


「アーシャ、かまぼこ」

半分寝ながらでも食べられる、固形玉子スープの中から、具材が現れる。

外側が可愛らしい薄紅色で、中が真っ白な半円だ。

(何かの実のスライスかしら……?)

そんな事を思いながら、固形玉子スープと共に、それを迎え入れる。

「!」

恐る恐る噛んだそれは、弾力に富んでいて、かつ、噛むとプツリと気持ちよく歯を迎え入れてくれる。

歯応えが面白くて、何度も噛んでいたら、ほのかな塩辛さの中から、何とも言えない旨味が口に広がる。

(これは……何かの肉!?)

アーシャは味わい尽くすように、しっかりと噛む。


「おいしー?」

「おいしーな!!」

尋ねてきたゼンにアーシャは張り切って答える。

すると、ゼンは嬉しそうにニコニコと笑う。


「しぃ・た・け」

そう言って次にゼンが匙にのせてきたのは、明らかに細切りにされた木の子だった。

(この味に木の子……)

味の予想が全くつかないまま、アーシャはそれを口の中に迎える。

「ん!」

ニュルニュルと歯から逃げるような滑りがあるのだが、噛むと、歯を押し返すような弾力がある。

何度も捕まえて噛み続けると、独特の渋い匂いのする旨みがスープに絡んで美味しい。

(さっきの肉も、この木の子も美味しい〜〜〜!)

気が済むまで噛んで飲み込むと、旨味が喉まで広がっていくのを感じて、幸せになってしまう。


「おいふぃ〜〜〜」

木の子の旨味が残った口の中に、再び玉子スープを迎え入れると、味が混ざって、これまた幸せだ。

燃料がどんどん体の中に入って、活力が戻っていくようだ。

「えーびっ」

「………………」

ニコニコと差し出されたそれを見たアーシャの口は、自然とキツく閉じられた。


(………幼虫………!?)

薄いオレンジ色の縞々があるが、白っぽく丸まっている見た目はどう見ても幼虫だ。

(頭はない……けど、切った痕がある)

ゴクンとアーシャは唾を飲み込む。


「アーシャ?」

匙を持ったゼンが不思議そうに首を傾げる。

迷いに迷ってから、アーシャは勢いをつけ、目を瞑ってそれを口の中に迎え入れる。

飢えれば、虫だってもちろん食べる。

虫だって立派な食材だ。

ここに来て、飢えと隣り合わせでなくなったせいで、少し感覚がワガママになっている。


(ぐちゃっとなるのかな〜〜〜)

アーシャは覚悟を決めながら、恐る恐る歯を押し込む。

「…………………。………………?」

しかし恐れたような感触が訪れる事はなかった。

弾力があるそれは、歯に力を入れると、軽快な歯触りで、サクッと裂けてしまった。


「…………!…………んんん!!」

恐る恐るもう一噛み、続いてもう一噛み。

噛む速度が段々と上がっていって、遂には細かく噛みまくって、アーシャは頬を押さえた。

「おいしーな!」

目が爛々と輝く。

(なんか、この味、知ってる気がする!!)

美味しさで目が完全に開いた。


「よかったな〜」

顔を完全に上げたアーシャに、ゼンは嬉しそうに笑いかけてくれる。

アーシャもそんなゼンに、頬を撫でながら、口の中が幸せである事をアピールして、微笑み返して……

「んふっ!?」

目を見開いた。


シノザキとゼン、ユズルとイズミはそれぞれ向かい合ったソファーに座り、その中央に大きな木製の卓がある。

その卓自体は変哲もない、ただの卓なのだが、その横を皿が勝手に歩いていっている。

「???」

何を言っているのかわからないと思うが、アーシャにも全くわからない。

(歩く皿……!?)

上に食べ物を乗せた皿は、滑るように歩く貴婦人の如く、ガタガタと揺れることもなく、テーブルの横を次々と通過していく。


皿たちが歩いているのは銀色の道で、それは広い部屋の中を一周している。

銀の道の外周に卓とソファが並べられ、人々が食事をして、内側ではお揃いの白い服と帽子を被った人々が、料理をしている。


「まぐおげーーーっと!」

アーシャが呆然と皿の行進を見ていたら、その中の一つをヒョイっとシノザキが取る。

(…………生の……肉!?)

歩く皿にも度肝を抜かれていたのに、彼女が取った皿には、血が滴るような、真っ赤な肉がのっていた。

「ゆ……ユッキー……!!」

驚きの連続ながら、生肉の危険性を知っているアーシャは、彼女を止めようと手を伸ばす。

「ん?ほしーーー?」

すると目の前にコメにのった生肉が差し出される。

アーシャがブンブンと首を振ると、シノザキは快活に笑って、結構大きいそれを一口で食べてしまった。

「あ………あ…………」

シノザキは止める間もなく、幸せそうな顔で、それを飲み込んでしまった。


「んまっ!」

そんな声を上げながら、シノザキはもう一個、皿の上に残っていた生肉とコメを口に放り込む。

アーシャは呆然とその様子を見ていたのだが、ふと気がつくと、シノザキの正面に座ったユズルも、当たり前という顔で、これまた生っぽい肉がのったコメを食べている。

(いや、あれは……肉?あんな真っ白な肉ってある?何ならちょっと透明な感じもするくらいだし……)

驚いたり、疑問に思いながらも、アーシャはゼンが差し出してくれた匙にはしっかり飛びつく。


もぐもぐと口を動かしながら、アーシャは延々と行進を続ける皿を観察する。

平たい皿の上には大体二つの塊がのっている。

時々木で編んだ籠に何やらふわふわしたものが乗っていたり、箱がのっていたりするが、どの皿も一定の速度を守って移動している。

食事に来たらしい人々は、流れる皿を捕まえ、その上にのっているものを食べる。


先程まで感じていた体の倦怠感も眠気も吹っ飛んでいってしまった。

「アーシャちゃん、アーシャちゃん!か・ら・あ・げ!」

興味津々に周りを見回していたら、鼻先に茶色い塊が差し出される。

「かあぁげ」

復唱しながら、アーシャは鼻をクンクンとひくつかせる。

その塊からは何とも芳しい、肉を予感させる香りがする。


「あーん」

そう言ってもらって、アーシャは大きな口を開ける。

一口では入りそうになかったので、横から噛み付くと、焼きたてのパンのような軽快な歯応えがしてから、すぐに柔らかい肉が現れる。

歯が肉に食い込むと同時に中から熱い汁が滴ってくる。

「はふっはふっはふっ」

アーシャは噛み切った肉を口の中で転がす。


熱くてとても噛めないのだが、口内を転がる肉から溢れ出る肉汁だけで美味しい。

ピリリと辛く香る匂いと、油の味。

冷まさないとダメだと思うのに、噛みたくてたまらなくなる。

固形玉子スープを食べたので、少しはお腹が落ち着いたはずなのに、奥歯の方から涎が押し寄せてくる。


「はひゅはひゅはひゅ!!」

遂に我慢できなくなって噛むと、熱い肉汁と共にピリ辛い味が染み出してくる。

すると更に我慢できなくなって、熱い息を排出しながら、咀嚼を続けてしまう。

熱くてたまらないけど、それが美味い。

噛むたびに溢れてくる肉汁が唇から滴りそうになってアーシャは口を押さえる。


カリカリする外側と、肉汁溢れる柔らかな内側が混ざり合うと、より一層美味しくなって、喉が今か今かと嚥下をせがみ始める。

「ん〜〜〜〜!!」

遂に我慢できなくなって飲み込むと、濃厚な肉と香辛料の味が身体中に広がる。


「おいちー?」

シノザキは魅惑の微笑みでもう一度『からあげ』を近付けてくる。

「おいち!おいち!」

アーシャは夢中でそれに飛びついてしまう。


「ハフハフハフハフ!おいひ!おいひ!ハフハフハフ!!」

それからシノザキだけではなく、ゼンまで『からあげ』を差し出してくれて、右を見ても左を見ても肉祭りで、アーシャの口は油でベトベトだ。

「くぉら!!」

そんな肉祭りは、ゴン、ゴンと立て続けにシノザキとゼンが叩かれた事で終了した。

止めたのは、女性にも全く情け容赦がないユズルだ。


「うぎゅっ!」

アーシャは頭を押さえられて、ユズルにギュッギュと顔を拭かれる。

どうやら肉に夢中になりすぎて、ひどい状態になってしまっていたようだ。

そして顔を綺麗にされたら、ゼンのお膝から回収され、テーブルに着けられた専用椅子に座らせられる。


「チビわこれ!」

そんなアーシャの前には、筒状の物をぶつ切りにしたと思われる食べ物が置かれる。

「あ!」

それはいつぞや、ゼンが食べていたやつにそっくりだ。

一番外側には、手にコメがつかないように、食べられる黒い紙が巻かれている。

そしてコメの中にはいろんな具材が入っているのだ。


(黄色はきっと玉子。緑は何かの茎と葉っぱ。……赤い皮がついた、この白い身は……何かしら?白茶の物は……ソースかな)

じっと観察していたら、筒の一つをユズルが摘む。

「ん」

そして『さぁ食べろ』とばかりに口に押し付けられる。

「あ〜」

そう言って口を開けると、ポイっと放り込まれる。

「ん」

ギリギリ口の中に収まる大きさのそれは、噛んだ瞬間にシャクッと何とも気持ちの良い歯触りがした。


(葉っぱが新鮮!)

はじめに出たのは、そんな感想だった。

周りに巻いてある黒い紙も、咀嚼合わせて、パリパリと小気味の良い音をたてる。

(何か……コメが酸っぱい?)

食感が楽しいだけで、魅惑の『からあげ』と比べると、それほどの破壊力はない。

「…………!!」

そんな愚かな感想は、すぐにひっくり返された。


「んん!?」

何ともまろやか。かつ、その中にしっかりと存在を示す旨味と、ちょうど良い塩梅のしょっぱさ。

(これは……『まよ』!?いや、『まよ』だけじゃ説明がつかない!!コメも玉子も葉っぱも妙に弾力に溢れた謎肉も、このペーストで恐ろしいほど美味しくなってる!!)

その味を感じた瞬間から、咀嚼が止まらない。


もう水になるのではないか?というくらい噛みまくり、味わい尽くして、頬を押さえて感動に震える。

「おいしーな!」

そしてこれをくれたユズルに、頷きまくりながら報告する。

「お……おぉ……」

ユズルの顔は多少引き攣っているような気がしたが、構っていられない。

皿の上にある、次なる獲物を、急いで口に詰め込む。

「んんん〜〜〜!!」

次は意図的にペーストが入っている所に噛み付いたので、一口目から美味しい。

これは延々と食べられる。

次々と口に放り込み、アーシャは夢中で楽しむ。


アーシャが自分の皿に夢中になっている間に、ゼンたちも次々と皿を空にしている。

ゼンは目についた皿を次々に取っては、息を吸うように一瞬で空にしていく。

シノザキは赤とかオレンジとかの、色鮮やかな肉をよく取っている。

ユズルはひたすら白い肉を食べている。

イズミは控えめな様子で、アーシャが最初に食べた固形玉子スープや、黒い紙で巻いてあるやつをポツポツと食べている。

イズミ以外は皆、生肉を全く気にせずに食べている。

(大丈夫なのかなぁ)

アーシャは心配になってしまうが、よく見れば、他の席の人間も生肉を美味しそうに食べている。

この国の生肉は安全なのかもしれない。


(でも……狩猟して、その場で食べてるみたいで、ちょっと面白いかも!!)

自分の横を通る皿を捕らえて、その上の物を食べて、戦功を誇るかのように空になった皿を積み重ねる。

そんな事を皆が当たり前という顔でやっていて、結構楽しそうだ。

ゼンとユズルは大きいからわかるが、シノザキも中々の皿タワーを作っている。

量が控えめなのはイズミだけだ。


アーシャも行儀良くカタカタと歩く皿を自分で捕まえたい衝動に駆られて、手を伸ばすが、全く届かない。

「ん?つなまきか?」

しかしそんなアーシャに応えるように、ゼンが皿を取ってくれる。

自分で捕まえたい気分もあったが、手元に来るまで何がのっているのかわからないのも、結構楽しい。


「わぁ!」

取ってもらった物を見て、アーシャは歓声を上げる。

先程の白茶色のペーストだけが、みっちりと包まれている。

「んふぁぁぁぁぁ!!」

いろんな具が入っているのも美味しかったが、ペーストだけを味わうのもすごく良い。

思わず踊り出したくなる。


「おいしー?」

「おいふぃぃぃ!」

ゼンの質問に全力で答えて、アーシャは夢中で色茶色ペーストとコメのハーモニーを味わう。

(私もみんなみたいにタワーを作るわ!!)

そして意気揚々と二枚目の皿を重ねる。


三枚目を取ってもらったアーシャは、まだ気が付いていなかった。

満腹は睡眠欲という魔物を呼び覚ます。

先程まで食欲を抑えるほどの勢いがあった睡眠欲が、タワーを作りはじめたアーシャに牙を剥くのは、もう間も無くの事だった。


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