20.兄弟、夕飯にお呼ばれする(前)

立ち昇った光の柱に立ちすくむ、道場に通う子供達に『なんか奇妙な雷みたいなのが落ちたね。大丈夫かい?』と、何気ない様子で誤魔化した乾老人は、再び腰掛け、深く息を吐いた。

そしてギュッギュと目頭を揉む。


彼の目の前では

「篠崎、この刀、光る機能とかついてるのか?」

「いやいや、何が悲しくて従姉妹の嫁入り道具にビームサーベル作らにゃならんの。俺なりの全力で打った、由緒正しい製法の守刀ですぅ〜!」

「柄に電飾デコとか仕込んでるとか?」

「失礼な!電飾デコとか下品なのには興味ないの!」

「え……篠崎の下品の指標がわからん……」

と、全く視えない二人組のトンチンカンな会話が交わされている。


突然の異常事態を見た千隼氏は無表情のまま、クッキーをかじりまくる事で、心の平安を保っているようだ。

彼の娘の峰子は「まぁ」と無表情に呟いただけで、それ程ショックを受けた様子はない。

窓の外の咲子に至っては、既に子供たちと遊び始めている。

打たれて間もない刀が神格を得た事に驚くのは、知識がある世代だけのようだ。



空になったクッキーの器を持って千隼が去り、『猫が戻ってきた!』と目を輝かせる禅一が、庭を指差したアーシャに誘われて庭に出た頃になって、乾老人は立ち直った。

「もしかして……その子の名前は『篠崎芳幸』……?」

神剣の作り手として真っ先に上がるのが、篠崎の名だということに、譲は驚く。

「もしかしなくてもユッキーだよん」

聞かれた篠崎は全く疑問を感じていないらしく、気楽に頷いている。


「篠崎君って実は有名人?」

譲の隣の和泉は驚いている。

「まぁ……ある意味学校では有名人だけどな……」

それはあくまでも性別不明のド派手な奴としてである。


「『生まれる時代さえ間違えなければ、歴史に名を残す刀工になった』なんて聞いた時は、随分大袈裟なことを言うと思ったが……」

そう呟いて、乾老人は嘆息する。

それを聞いた篠崎は首を捻る。

「え?それ、どこの『篠崎芳幸』?俺、『使い物になる刀が作れない』って本家から返品された系男子なんだけど」

本家から養子のお断りされたという事は聞いていたが、それは篠崎の普段の行いと嗜好のせいだと、譲は思っていた。


篠崎の言葉に、乾老人は苦笑する。

「それは言い方が悪いね。正確には『普通の人間が使える刀が作れない』だ。誰も管理できない、強すぎる刀を量産させるわけにはいかなかったから、襲名させなかったんだろうね」

「はぁ……?」

篠崎には全くわからないらしい。


(確かに、器物に魂を吹き込む職人なんか、今は求められてねぇよな)

譲は心の中で頷く。

昨今の刀は実用より美術品として求められることが多いだろう。

どんなに優れた性能を持っていたとしても、制御できない、所持できないでは、売れるはずがない。

それに意思を持つ刀なんか、不気味以外の何者でもない。

あっという間に返品されてしまうだろう。

先程神格を得た刀も、見事に返品されてしまった過去がある。


「神格を得る刀を作れる鍛冶かぬちを、野に放っておくのはもったいないねぇ……」

乾老人は真剣に藤護の因縁と真っ向対決するつもりなので、篠崎のような作り手を逃したくはないのだろう。

「とは言っても、使えねぇ武器を作っても仕方ねぇだろ……」

呆れたように譲が言うと、乾老人は殊更にっこりと笑う。

「使えないなら使えるようになるまで鍛えればいいんだよ。人間は物と違って後付けで性能を上げることができる。目に見える目標があれば、鍛え易いしね」

笑っているが、その目は本気だ。


「それに……彼も鍛え上げれば……藤護の神剣を鍛える事ができるかも知れん」

「え……なんかよく分かんないけど、危機を感じる……?」

獲物を狙う目に、篠崎はコソコソと譲の影に入る。


「お祖父ちゃん、他所のお嬢さん……お嬢くん……息子ちゃん?を勝手にジョブチェンジさせた上に、強制レベルアップに駆り出すようなことはダメよ」

そんな乾老人を諌めたのは、少し席を外していた峰子だ。

その手にはドールハウスらしき、小さな家が抱えられている。


「あ!金持ちハウスだ!!」

それを見た篠崎は嬉しそうに駆け寄る。

「金持ちハウス………?え?そんな名前だっけ!?」

人形の事になると、こだわる和泉が疑問の声を上げる。

「これ、金持ちの家の子しか持ってないじゃん!俺、これ見るために本家のねーちゃんのトコに通ってたんだよね〜!」

キラキラと顔を輝かせる篠崎に、見やすいように峰子はドールハウスを設置する。

アーシャに遊ばせるために持ってきただろうに、大きなお友達が釣れてしまって、彼女も困っているのではないだろうか。

相変わらずの無表情だが。


グイグイと行く篠崎と、遠慮がちに覗き込む和泉がドールハウスを囲む。

「これこれ!お鍋とかコップまであるんだよなぁ〜!すっごい可愛い〜〜!」

「凄い、これ、ベッドとかカーテンはカスタムして………え、屋根が……」

二人が見ているので、譲も何となく覗き込む。

「あ、その二足歩行動物、禅が昔欲しがってたやつじゃん」

そしてドールハウスの中の人形を見て、思わず呟く。

「「「二足歩行動物……」」」

ドールハウスに集っていた三人の声が被る。


黒目がちな愛らしい獣面人たちを、禅一は全力でチラ見していたのだが、孫の世話と日々の糧を得るのに忙しい祖母は気がつけなかった。

そして禅一は何が欲しいとか、ねだる子供じゃなかったので、彼の手にその人形が握られる事はなかった。

「禅が見たら大喜びしそうだな……って、何だこの家の禍々しい外装は」

何気なく倒れたウサギ頭の人形を手に取ろうとして、譲は動きを止める。


そこにはラインストーンに埋め尽くされた屋根があった。

プラスチック製の屋根には、大人の爪ほどのサイズの瓦の柄が刻まれているのだが、その一つ一つを極小の黒いストーンが縁取り、その中に毒々しいまでに赤いストーンが並べられている。

赤と黒という禍々しい組み合わせの色のせいで、不気味に屋根が輝いている。

どこの匠がやったんだと突っ込みたくなるような、細やかな技術で貼り付けられているが、凡そ、譲の美観にはそぐわない。


「うわ……手すりという手すりも……」

バルコニーは紫と青と黒、階段の手すりにはピンクと群青、外壁には余ったと思われるラインストーンで縞々が作られているのだが、最悪のグラデーションになっている。

デコるなとは言わないが、色の組み合わせが禍々しすぎる。

素朴なヨーロッパの田舎風に統一された、牧歌的な内側の雰囲気を、全力で殺しにいっている。


「えっと……凄いね。貼り付け方が上手くて、元からの装飾に見える」

和泉は他所様の持ち物を悪く言ったりしない人格者なので、とんでもない外装をそう評する。

「見た目は絢爛、中身は質素、その正体は自己破産寸前成金!みたいな!」

篠崎はケタケタ笑いながら、全く遠慮のない感想を述べている。


「……そんな感じがしますか?」

倒れた家具や床に落ちた皿などを有るべき位置に戻しながら、峰子が尋ねる。

「このタイプのデコは可愛いに振り切らないと。ゴシック要素入れるのはダメね〜」

その峰子に、チッチッチと篠崎が指を動かしながら、ご高説を垂れる。

(確かに。これ、色さえまともなら、そこそこ可愛くまとまったのかもしれないな)

パステルカラーで可愛らしくまとめていたら、女児向けのおもちゃであることもあり、キラキラのラインストーンが許せる仕上がりになっていたかもしれない。


「ゴシック要素を入れたつもりはなかったんですが……」

譲がそんな事を考えていたら、峰子が真剣に思案している顔で、ドールハウスを見つめている。

「え〜?じゃあこの黒い縁取りとか、やたら濃い紫や、ほぼ黒の青で、やたら不吉よりの重厚感出してるのは?」

「…………?可愛い、ですよね?」

「…………ううん。可愛くない」

いかなる時も自分の意見を垂れ流しにしてしまう篠崎は、はっきりと峰子に告げる。


「…………峰子ちゃんは、昔からとても手先が器用なんだが……少々……その……色彩感覚が独特でねぇ……。昔から何かしら不吉な影を感じる出来栄えになるんだよねぇ……それ以外は完璧なんだけどねぇ……」

乾老人は遠い目をして呟く。

ドールハウスのラインストーンは子供が貼ったと思えない、均一にズレがない仕上がりだ。

色さえなければ完璧だ。


「まぁ、峰子ちゃん自体、雰囲気ゴシック系だし?そっちで揃えたら?こんな色使いできるのってある意味才能だし。いっその事内装もフルカスタマイズして、ドラキュラの棲家っぽくしたら?同郷だし、意外と合うんじゃん?」

篠崎は適当な提案を始めてしまう。

「ドラキュラはシルバニアな、シルバニア!」

「え〜似てるし、よくない?」

思わず譲はツッコミを入れるが、篠崎は適当なままだ。


因みにドラキュラがトランシルバニアにいるのではなく、この国の竜公の子ドラクレアの別名を持つ、ブラド3世を元ネタとして書かれた物語が『ドラキュラ』というだけである。

ブラド3世はオスマントルコ帝国に徹底抗戦し、敵兵を串刺しにして街道に並べて牽制したりしたことから、『串刺し公ツェペシュ』と呼ばれる苛烈な君主ではあったようだが、正真正銘人間だ。


篠崎と峰子は室内のカスタマイズを話し合いながら、家具や人形を並べている。

「そうですね……デコる以外はあまり興味がなく内装は父の趣味に任せていましたが、外側と内側を合わせた方がお譲りしても喜ばれるかも知れませんね」

そんなことを言っている峰子の後ろで、和泉が絶望した顔で小さく首を振っている。


お譲りするつもりなら、絶対に内側に外側を合わせるべきだ。

フルカスタマイズは人を選ぶ。

しかもこの場でお譲りされる対象はアーシャしか考えられない。

(絶対断るように仕向ける)

勝手ながら、譲は決心する。

ゴシックカスタムされたドールハウスなんて絶対に家に置きたくない。

何が悲しくて、呪われた家みたいな物に、有限である家のスペースを食われなくてはならないのか。



そうこうしていたら、無駄に大きな人影が部屋に戻ってくる。

どうやら、無事、猫たちに逃げられてしまったらしい禅一だ。

「おかえりなさい」

「おっかえり〜〜〜」

ドールたちを並べていた峰子と篠崎が声をかける。

「おかえりなしゃ!」

すると禅一の腕からぴょんと飛び降りたアーシャが、元気に返事を返す。


間違っている。

とても間違っている。

(『おかえりなさい』『ただいま』は身内向けだからどうでも良いけど、『お邪魔します』と『お邪魔しました』はちゃんと教えこまねぇといけねぇな)

眉を寄せる譲とは対照的に、峰子と篠崎は間違えた挨拶すら可愛くて堪らなかったらしい。

声にならない高音の悲鳴をあげつつ、アーシャを愛でまくっている。


「わぁ〜〜〜!!」

一頻り撫でられまくったアーシャは、外面ドラキュラ城なドールハウスを見つけ、目を輝かせる。

パタパタと小さな足音を立てて走り寄って、頬を紅潮させながらアーシャはその中を観察する。

(あ……ヤバい。これ、『欲しい!』って騒ぐ流れになる奴じゃ……)

デコハウスは譲の美観にそぐわない。

しかしアーシャが欲しいと言えば、抵抗はできない。


「かわいーな!かわいーな!!」

普通の子供であれば、真っ先に手を出して、人形を掴んだり、家具をひっくり返したりする物だと思うのだが、アーシャは顔を寄せるだけで一切手を出さない。

嬉しそうに見つめるだけだ。

「か、か、可愛い……っ!!」

獣面人形を取ったのは、それが全く似合わない、ゴツい褐色の手だ。


そっと壊れものを触るように慎重な手つきで、禅一は人形を持ち上げる。

その目には少年の頃の輝きを灯している。

(あ……これ、まさかのこっちが欲しがるパターン………)

初めて人形に触れた禅一は野太い指先で、人形の頭を撫でている。

「かわいーな!」

「可愛いな!!」

二人は同じ言葉を言っているが、明らかに禅一の言葉の方が熱量が大きい。


でっかいのと小さいのが、揃ってドールハウスの前で丸くなって、その中を覗き込んで顔を輝かせている。

どちらも内装を壊すのを恐れるように家具の類には触れない。

『これが可愛い』『あれが可愛い』と言うように、指差しあって盛り上がっている。

(禅はわかるけど……普通の子供はもっと手荒いもんなんじゃないのかね?)

その様子を見ながら譲は首を傾げる。


そんな譲の目の前で、アーシャが肩からかけたヌイグルミから、スルスルと蛇が這い出る。

蛇とは言っても、白く輝く神霊だ。

その頭には先程誕生した豆粒くらいの刀神が騎乗している。

アーシャと禅一の喜びようを、微笑ましそうに見ていた和泉はギョッとして下がり、多少見えるらしい峰子は目を細めて、その姿を観察する。


神霊たちはスルスルとアーシャや禅一が眺めるドールハウスの周りを回る。

豆粒神は人形の頭部よりも小さい体だが、その顔が胡散臭そうな表情を作っていることだけはわかる。

そして彼らは再びスルスルとアーシャのフグヌイグルミの上へ戻る。


(…………?何か話しかけている?)

アーシャは何事か話す豆粒神の方を見て、首を傾げている。

譲は目は良いのだが、耳は常人よりも少し聞こえるくらいだ。

何かのノイズのような音が発せられたのはわかるが、何と言っているのかはわからない。

しかしアーシャはしっかりと聞き取りまでできているようで、豆粒神の言葉を受けて、難しい顔をして、ドールハウスを見つめる。

そして今まで一切触ろうとしなかった人形用のベッドを手に取る。


(豆粒神にねだられたのか……?ベッドを?)

仔細にベッドを確認するアーシャを、豆粒神はワクワクとした表情で見つめている。

その様子を見て、譲は思案する。

まさか神体の寝床がいるわけではなかろう。

(本体……刀を置く台が欲しいってことか?)

確かに神格が宿った刀を、食卓の隅に放置するのはあんまりだ。

譲の頭を、武士が寝ている時に刀を置いている台が過ぎる。

(でもチビが見てるのはベッドなんだよなぁ)

刀がベッドに寝かせて欲しいと頼んだのだろうか。


「欲しいのか?」

この中で唯一神霊の声を聞き取るアーシャに譲は尋ねる。

「?」

しかしアーシャには日本語が通じない。

(通訳とか……出来たりしねぇのかな)

神霊はこちらの言葉を理解しているように見えるし、アーシャと意思疎通しているように見える。

そう思って譲が小蛇の神霊を見ると、小さく蛇が頷くような仕草をしてから、アーシャの方を見てチロチロと舌を出す。


アーシャは小蛇と譲に向かって小さく頷く。

「モモタロ、にぃーにゃい、みにゅい?」

そして当たり前のような顔をして、豆粒神に話しかけた。

すると小蛇の頭の上の豆粒神は、両手を上げて、ぴょんぴょんとダニのように飛び跳ねる。

何かノイズ音のようなものがするから、喋っているのだろう。


アーシャはその言葉に力強く頷き、譲の目を見つめながら、禅一の胸の辺りを叩く。

その場所は懐刀の本体が入っている辺りだ。

そして彼女は再び力強く頷く。

「ふ〜ん」

やはり懐刀本体の休息場所が欲しいらしい。


「篠崎、和泉」

そう言って譲は二人を人差し指でこっちに来いと指示する。

和泉はあっさり譲の方に来てくれるのだが、篠崎は一筋縄ではいかない。

「え〜〜〜、俺は峰子ちゃんとゴシック調改造計画を話してるところだし〜〜〜」

人の言うことは聞かない奴である。

「私は晩御飯の出来具合を確認してきますね」

譲の額に青筋が走ったのを見たのか、峰子が気を遣って席を外してくれる。

かなりの変人ではあるが、配慮ができる素晴らしい女性である。


「も〜〜〜新たなる世界の開拓に勤しんでいたのに〜〜〜」

対するこちらは変人である上に配慮もできない。

ブーブーと文句を言っている。

「後から好きなだけ開拓して、何なら、そのまま新たなる世界に移住してくれて良いから。篠崎があの懐刀を置く台を作るなら、どんな物を作る?」

「刀台?ん〜〜〜」

篠崎は唇に人差し指を当てるぶりっ子ポーズで思案する。


「ちょっとベッドっぽい要素が欲しそうだよね」

後ろで話を聞いていた和泉は控え目に意見を述べる。

「一本だから縦に置く形を考えていたけど……ベッドか〜〜〜。まぁ、確かに、袋に入れたままにするなら箱型が良いかも。見せる感じの刀箱………ん〜〜〜何となく思いついたけど、俺、木工はそれほど好きじゃないからな〜〜〜」

篠崎は床に指を滑らせ、何かの設計図を描く。


「木工は俺がやる。軽量化したいなら学校で3Dプリンタ借りて樹脂でもプラスチックでも何でも使える」

「ん〜〜〜……いや、今回は古式ゆかしく桐でいこう。素材は親に連絡したら格安の業務用価格で譲ってくれるはず。留め具類は俺が作るから、和泉は中敷のデザインと作成ね」

「う……うん」

譲は木材・金属を使った大物作り、篠崎は金属加工を中心に中型サイズの物作り、和泉は布や樹脂を駆使したハンドメイドを得意とする。

三人よれば文殊の知恵ならぬ、死角のないハンドメイドチームの誕生だ。

船頭多くして船山を登るというが、今回の指揮は、周辺知識がある篠崎にしてもらおう。

そんな事を思いながら、譲たちはデザインについて話し合うのだった。

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