12.末っ子、再び人外の疑い(前)
石組みの土台の上に立てられた、目地の詰まった高い竹垣。
それに囲まれた、典型的な日本家屋。
外からは純和風に見えた、家の敷地に入った面々は、外側からは想像できない風景に呆気に取られた。
「………何っつーか……」
「………アンバランス過ぎて逆にバランス取れてるというか……」
「和洋折衷って言うのかな。よく出来てるな〜」
「すっごーい!イングリッシュ要素を引っこ抜いたイングリッシュガーデンだ!」
譲、和泉、禅一、篠崎は口々に庭の様子を見て感想を漏らす。
禅一たちの目の前には、純和風の塀と家屋に挟まれた、洋風の庭が広がっている。
素朴な風合いのレンガの小道が走り、その左右に様々な種類の草花が自由に咲き乱れている。
一見、好き放題に植物たちが生い茂っているように見えるが、見苦しさがなく、自由な中にどこか規則的なものがある。
まるでここは小人が住んでいる大きな森ですと言うように、所々に、小さな家や小さな風車が置かれていて、ファンタジックな雰囲気を醸し出している。
純和風家屋を背景に設置された、パラソル付きの小洒落たベンチなどは、和と洋が相反してチグハグになりそうなのに、不思議と調和して大正建築のような雰囲気を醸し出している。
「国内の植物が多いな」
植え方や見せ方は、正しくイングリッシュガーデンなのだが、植えられた植物を一つ一つ見てみると、椿やフキ、ツワブキ、ヨモギ、ススキなどよく見かける物ばかりだ。
庭の一角に、洋風の器でビオトープを作っているが、覗き込んでみると、よく見知ったメダカが泳いでいる。
探検好きな少年心をくすぐる庭に、思わずはしゃぎたくなるが、禅一はさりげなく深呼吸をして、内側に力を押さえ込んだときの感覚を思い出す。
未だに全く自覚できないが、禅一の無駄に出力されている氣は、こんな素敵な庭にもダメージを与えてしまう恐れがある。
「?」
視線を感じてそちらを見ると、乾老人と目が合う。
「とりあえず、お嬢ちゃんか起きるまで母屋でお話でもしようか。道場は冷えるからね。お茶でも淹れるよ」
彼はのんびりとした口調で、そんな提案をしてくる。
視線を感じたのは気のせいで、丁度話しかけるタイミングに、振り返ってしまっただけだったらしい。
乾老人の自宅は広く見えるが、道場と住居が一体化しているようだ。
立派な門構えの道場入り口ではなく、昔ながらの引き違い戸の玄関に乾老人は皆を導く。
禅一は歩きながら、腕の中でグッスリと眠っているアーシャを見る。
午前中、離れていたのが寂しかったのか、アーシャは肉をもぐもぐしながら眠ったのに、しっかりと禅一の袖を握っていた。
今もしっかり禅一の腕を抱っこするようにしてアーシャは眠っている。
移動のためなどに離れると、寝たままでも、一生懸命モソモソと動いて探すような動作をするのが、たまらなく可愛い。
こうやって心を許してくれる、小さなアーシャの健やかな暮らしを守るためなら、何でも学んで実践してみようという気になる。
戸をスライドさせると、整然としているのに、どこか温かみのある、玄関が広がる。
賑やかに飾り立てられているわけではないが、優しい風合いの棚の上に、さりげなく飾られた花が来客の目を楽しませてくれたりと、行き届いている。
「あーーー!帰ってきた!帰って来たよお父さん!!お祖父ちゃんが帰ってきた!!」
そんな元気の良い声と共に、中からパタパタと走る音が聞こえてくる。
「お祖父ちゃん!!お昼食べない時は早目に連絡してって、いっつもお父さんが言ってるでしょ!!突然一人減ったらお父さんがこま………」
プリプリと音がしそうな勢いで、中学校名がプリントされた芋色のジャージにお下げの女の子が姿を現し、乾老人の後ろに続く禅一たちの姿を認めて、緊急停止する。
「おぉ、
乾老人の声を聞きながら、禅一たちは目を見開いて、声が出せない。
「ヤダっ!!お客様!?ちょっと!!お祖父ちゃん!!お客様連れてくるなら先に言ってよ!!」
そんな禅一たちをよそに、バンっと音を立てて靴棚を開いたかと思うと、彼女は玄関にスリッパを並べ始める。
「……あのセンセのサイズ違いじゃん」
その姿を見た篠崎がポツンと呟く。
失礼かと思って、口にも顔にも出さなかったが、禅一と譲は視線を交わす。
((同意))
その姿は、まるきり峰子先生を少し小さくしたようだった。
黒絹のような髪、雪のように白い肌、薔薇色の唇。
例えるなら、和製白雪姫だ。
(何でだろ。峰子先生にそっくりなのに、全然イメージが違う)
禅一は内心首を傾げる。
造形はそっくりなのに、園児から『貞子先生』と呼ばれてしまうほど、雪女とか女性霊的なイメージの峰子先生と違う。
「スリッパどーぞ!」
ニカっと笑って、頭を下げてから、彼女は踵を返す。
「咲子ちゃん、客間を使うから。赤ちゃん用に毛布を持ってきてくれるかい?」
乾老人がその背中に声をかけると、少し振り向いて、『了解』とばかりに敬礼をして彼女は去っていく。
仕草から彼女の明るい性格が窺い知れるようだ。
「………表情があるだけで、あんなに違う……?」
呆然と譲が呟く。
「あぁ、表情か。それでイメージが違うのか」
その呟きのおかげで、禅一は納得する。
生き生きと動く少女と、動きは機敏だが無表情な峰子先生。
二人の差はそこだったのだ。
「挨拶もしなくてすまないね。今のは、うちの自慢の孫娘の咲子ちゃん。高校生になってますます可愛くなってね。あ、先に言っておくが、超弩級に可愛いくて、優しくて、よく気がつくからと言って、手を出してもらっちゃ困るからね」
乾老人がジジ馬鹿丸出しで紹介すると、
「お祖父ちゃん!お客様に変なこと吹き込まないで!!」
遠くから元気な声が響いてくる。
声質も峰子によく似ているのだが、声の張りというか、元気の良さのせいで、全くの別人とわかる。
峰子の妹と思われる少女の出現に驚きつつ、禅一たちは乾老人の案内で室内に足を踏み込む。
大きな掃き出し窓で、濡れ縁と仕切られた廊下を通って、禅一たちは客間らしい部屋に通される。
客間は意外なことにフローリング張りで、一角に床間つきの畳敷の小上がりが作られている。
「さて、お嬢ちゃんは畳の方で寝かそうかね」
そう言って乾老人は座布団を二つ並べて、即席のマットレスを作る。
その時、ボソッボソッと開いたままの障子が叩かれる。
振り向くと、大きな人影が障子に映っている。
「お父さん、お茶と毛布をお持ちしました」
「お、
「はい。咲子は着替えていましたので、時間がかかると判断しました」
そう返事して、壮年の男が障子から姿を現す。
「失礼します」
一礼して入ってきたのは、
((((幹部キターーーーー!!!))))
その姿を見た時の、全員の気持ちが重なったような気がする。
乾老人がマフィアのボスなら、入ってきた男はマフィアの幹部だ。
しかも裏切り者を容赦なく処分するタイプの幹部だ。
彼は音一つ立てずに、テーブルの上にお茶と可愛らしいクッキーの盛られた皿を置き、流れるように、乾老人が作った即席マットレスの上に毛布を敷き、やたらとフリルのついた小さいクッションを備える。
「どうぞ」
そして入ってきてから、ずっと仮面のように動かない表情のまま、寝床を勧める。
「あ、ありがとうございます」
そう言いながら、禅一はそこにアーシャを下ろそうとする。
「ん………ん〜〜〜〜んんん〜〜〜」
すると、今まで周りがうるさくても健やかに寝息を立てていたアーシャが、離れようとした瞬間顔を歪めて、ぎゅっと禅一の腕に掴まる。
無意識に離れたくないと主張されたようで、禅一の頬はデレデレ緩んでしまう。
しかし抱いたままではアーシャも眠り辛いだろう。
禅一はアーシャを抱きかかえたまま、一緒に横になり、起こさないように気をつけながら、少しづつアーシャを毛布の上に移動させていく。
起きないかとヒヤヒヤしたが、何とかアーシャは毛布に体を預ける。
アーシャは抱っこちゃん人形のように、禅一の腕を抱き込んでいるので、揺らさないように気をつけながら、袖から腕を引き抜き、上着を脱ぐ。
「お!抜け殻はっけ〜〜ん!突入〜!!」
やっとの思いで服を脱いで脱出すると、抜け殻になった上着に、ポイポイと自分のコートやヘッドドレスを脱ぎ捨てた篠崎がインしてしまう。
「こら、篠崎」
すかさず禅一は嗜めるが、
「俺は丁寧な生活を心がけているから、ご飯後はシエスタと決めているんだ」
篠崎は優雅なポーズで、殊更寛いで見せる。
「シエスタって……それはただの昼寝だろ。初めて来た家でくつろぎ過ぎだぞ」
「え〜〜〜今から、何か難しい話するんだろ〜〜〜?俺、関係ないし。アーシャたんと昼寝する」
篠崎はアーシャと一緒に禅一の上着にくるまって眠る姿勢だ。
「枕どうぞ」
突然やってきた客が子供と寝始めても、マフィア幹部のような男性は動じない。
座布団を取り出し、篠崎の頭に差し込み、アーシャに掛ける予定で持ってきていたらしい、もう一枚の毛布をはみ出た篠崎の背中にかける。
「この部屋は日当たりが良過ぎますので、閉めて少し暗くした方が寝易いでしょう。他にお昼寝なさる方は?」
アーシャたちを寝かした小上がりを仕切る引き戸を、スライドして出しながら、やはり当然のように彼は聞く。
初めて訪問した家で昼寝の有無を聞かれたのは初めてだ。
その超然とした態度と、無表情さは、ある人物を彷彿とさせる。
((峰子先生だ))
禅一は同じ事を思っているであろう譲と視線を交わす。
容姿はそれほど似ていないのだが、それ以外の部分が、まるきり彼女だ。
「あ、あの……俺は寝ないけど奥で休んでていい?」
ポソっと小声で、和泉が相談してくる。
人見知りの和泉は、初めての人間ばかり出てくる環境で、気疲れしたのだろう。
苦手な篠崎がいるが、既に寝る姿勢に入っているので、隔離される小上がりは、実質一人の空間のようなものだ。
「付き合わせて悪ぃな」
「少し休んでてくれ」
譲と禅一はそう言って和泉を見送る。
「すぐ毛布をとってきます」
「あ、あ、俺は、ね、ね、寝ない、ので、だ、大丈夫、です」
そうしてキビキビ動き始めた男を、和泉はオロオロとしながら引き止める。
「
乾老人が笑って、和泉から男性を引き離す。
「……では」
男性は和泉に一礼をして引き戸を閉めてから、老人の隣に座る。
背中に定規が入っているかのような姿勢正しさも、峰子そっくりである。
「こちらは俺の息子の千隼だ。普段は家の事をしてくれているんだが、道場も手伝ってくれててね」
その説明に禅一は首を傾げる。
乾医師の娘の峰子と、彼女にそっくりな咲子。
てっきり二人は姉妹だと思ったのだが、咲子が『お父さん』と呼ぶ人物が、乾老人の『息子』と紹介された。
となると、二人は姉妹ではなく、従姉妹なのだろうか。
「お父さん、紹介は正確にお願いします」
疑問に思っていたら、紹介された千隼がそう声を上げる。
「私は入婿で、血縁的な親子関係ではありません」
そして禅一たちに顔を向けて、淡々とそんな説明を付け加える。
やはり彼は乾医師の夫らしい。
情報を訂正された、乾老人は少し寂しそうな顔をしている。
「千隼、こちらは藤護の当主代行と、その弟さんだ」
乾老人がそう言うと、千隼は僅かに目を細める。
(……マフィア幹部……)
鋭さが入ると、その顔つきは正にそれである。
「藤護禅一です」
禅一は頭を下げながら、テーブルの下で、譲の足を小突く。
「………譲です」
空気の中に微量に含まれた敵意に、反抗の姿勢を見せようとしたが、譲も禅一に従って頭を下げる。
急にピリつき始めた空気に、和泉を隔離しておいて良かったななどと禅一は呑気に考える。
乾老人は空気の変化に気がつかないような素振りで、お茶を美味しそうに飲む。
「さてさて、お嬢ちゃんが寝たのはついさっきだから時間は沢山あるね。一体何から話そうかねぇ」
そして食えない笑顔で彼はそう言って話を始めた。
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