11.聖女、お昼寝する

溢れる肉汁。

唇から滴る肉の脂。

『こめ』と絡む濃厚なソース。

スープにカケラでも入っていたら嬉しかった肉が、次々に自分のお皿に盛られる天国。

しかも盛られる肉は、痩せこけて筋張った、硬い動物の肉ではない。

美味しく肥え、どのようにしたらそんな肉質になるのか、柔らかく口当たりの良い肉だ。

(私……あのお肉を狩る狩人になりたいわ)

体力には自信があるし、多少なら弓も使えるし、魔物も小物なら殴りつけて倒した事がある。

頑張れば、あの美味しい肉に囲まれた生活を送れるかもしれない。


(あ、でもこの小さい体じゃなぁ……)

すぐに体力が尽きて眠くなるし、早く走れないし、弓を持てるほど大きくない。

その上、この国の言葉がわからないから、せっかく獲物を仕留めても、売買交渉もままならない。

(たくさん体を鍛えて、勉強もしなくっちゃ)

アーシャは固く誓う。



「アァシャ、すいぶん、楽しそうだな!」

「ほぇっ!!」

フワフワと夢の世界を漂っていたアーシャは、急に重力を感じる。

両腕を鳥のように羽ばたかせながら、アーシャは地面に尻餅をつく。

そこには人の形をとった『かたな』が、丸眉を吊り上げて待っていた。

もしかしたら目も釣り上げているのかもしれないが、元が垂れ目なので、よくわからない。


「わらわの事、忘れておらんよな!?」

精一杯、怒り顔をして見せているのに、その目にはうっすら涙が溜まっている。

「わ、わ、忘れてないよ。うん。忘れてない。あの、その、ちょっと、お肉が美味しくて、えっと……多少……いや、かなり夢中になったけど……わ、忘れて、ない」

夢の中まで絶賛肉祭り中だったアーシャは、必死に言い繕う。


「ホントか?」

丸眉がキュッと寄って、アーシャは睨まれる。

「ほ、本当!『かたな』がお出かけした後に、ちゃんと次の手も考えたんだよ!」

肉祭り中は完全に忘れてしまっていたが、一つ思いついたことがあったのだ。

疑わしそうな視線を受けながら、アーシャは胸を張る。

「次はきっと成功すると思う!」

自信を持ってアーシャは言い切る。


「アァシャ……!!すっかり肉にのーみそをのっとられたと……」

「……………………」

感動して両手を握ってくる『かたな』に、アーシャは無言を貫く。

夢に見るくらい肉に夢中になった事は否めないので、後めたさがある。

「もう……もう二度と主人に『どす』などと、ふめーよな呼ばれ方は……!!」

『かたな』はアーシャの手を握りしめながら、プルプルと震える。

『どす』という呼ばれ方は、本当に彼女にとって屈辱的だったようだ。


「次はきっと大丈夫!次こそは可愛い名前をつけてもらえるはずよ!」

「かわいー名前……!!」

アーシャの言葉に『かたな』は目を輝かせる。

生まれた時から名前を持っているが、自分がどんな名前を貰えるかとワクワクする気分は、何となくわかる気がする。

「『かたな』はどんな名前が良いの?」

希望を尋ねてみると、彼女はモジモジと恥ずかしそうに足先を見る。


「そうだな……主人のうじをいただいたり、主人とゆかりのある土地の名をいただいたり……いやいや、そんなタカノゾミしてなくて……たとえ一字でも主人につけてもらえれば……!!…………『どす』以外なら」

どうやら『どす』問題はかなり根深いようだ。


「ホンダイ ハナス。ナマエ チガウ ハナシ」

相変わらず、アーシャの夢の世界は入りたい放題のようで、スルスルとアーシャの肩に白蛇がのる。

「うっ」

バニタロに注意された『かたな』は顔を歪める。

朝に和解したばかりなのに、同じ人外故か、二人(?)は結構上手くやっているようだ。


「えっと……あの……その………」

先ほどの倍の速さで『かたな』はモジモジし始めた。

最早モジモジを通り越して、振動している蜂のようだ。

話し易いように、水を向けたら良いのか、それとも大人しく待っていたら良いのか。

判断に迷ったと言うのもあるが、頬を赤くして倍速で動く『かたな』が面白可愛いので、アーシャはついついジッと観察してしまう。


「ヨウキュウ ハヤク ハナス。モウ アシャ オキル」

「わ、わかってるもん!!」

『かたな』が雷を帯びると、バニタロは焦った様子で、アーシャの鳥の巣のような髪の中に、素早く逃げ込んでしまう。

「あの……お出かけが一緒なのはうれしい……けど、その……上着の中だと、脱がれると、離れてしまうから……こう、体の方にしっかりと固定してもらうように、して欲しいな、って……」

言いながら彼女は、ギュッと唇を引き絞る。


「違うからな!!わらわはツネにフトコロにひかえて主人をお守りするのがお役目で!さびしいとか、不安だとか、忘れ物になりそうで怖いとか、そんなあまったれたリユーで言っているわけではない!!」

そして突然大声で主張を始める。

(何で急に怒ったように話すのかしら?)

情緒がとっても不安定な様子だ。


「ヌシ ウワギ ヌグ。オイテケボリ カタナ メソメソ」

髪の中からソッと耳元に出て、バニタロが告げ口をする。

「『めそめそ』?」

「メソメソ ナク オト」

「???」

泣く時にそんな音がするだろうかと、アーシャは首を傾げる。


「あっっ!あーーー!!」

バニタロの告げ口に気がついた『かたな』は、湯気が出そうな顔で、激しい雷を生み出す。

「ぴゃっ!」

耳横に出てきていたバニタロは慌ててアーシャの髪の中に引っ込む。


二人のやりとりを見ながらアーシャは笑う。

「『かたな』は上着の中に入れるんじゃなくて、ゼン自身に装備して欲しいのね」

『かたな』は離れたくないと言う事を、恥だと感じているようだが、アーシャにはそう思うのが当然だと感じる。

ゼンの近くは落ち着くし、とにかく居心地が良い。

「……………うん。その………すぐじゃなくて良いんだけど………」

消えそうな声で『かたな』はそう言って、ぷしゅぅぅと音を立てながら周りの雷撃を消していく。


アーシャはウンウンと頷きながら、どうしようかと考える。

かつての国で、兵士が剣を腰に着けていたのは何となく覚えている。

しかし剣などは手に取る機会はなかったし、興味がなくて、じっくり見た事がなかったので、剣をどうやって腰に固定していたのかが、あやふやだ。

どこかに行って買おうにも、帯剣するための器具がわからないので探しようがない。

そもそもこの国のお金を持っていないと言うのもあるが、武器関連の品物を売っている店を見た覚えがないので、これが欲しいという主張すらできない。


(そう言えば、この国で武装した人を見た事がないわ)

アーシャはそんな事に思い至る。

前の国では、剣や槍、弓、斧、棍棒など、武器が当たり前のように風景に溶け込んでいたのに、この国では誰もそんな物を持っていない。

(まぁ、剣とか槍を持って戦うより、『くるま』に突っ込んでもらった方が絶対強いもんね)

下手したら数人がかりで動かす投石器より、街中を走り回っている『くるま』の方が、破壊力がありそうだ。

武器の必要がないほど平和で安全という事もあるのだろうが、大きな金属の塊が物凄い速度で動くことを思えば、人間が振り回すだけの武器は、既にお役御免してしまっているのかもしれない。


そんなことを思っていたら、『かたな』がジト目でアーシャを見てくる。

「『かたな』は………弱くない………!!」

悔しそうに彼女は言う。

自分の夢に入ってきた彼女らには、こちらの胸の内など丸みえだと言うことを、今更アーシャは思い出す。

「なんか、ジュトーホ?よく分からないけど、『かたな』が強くて危ないから持ち歩かないように、ニンゲンたちが決めてるだけだもん」

紅潮した頬が膨らむと、咲く直前の蕾のように愛らしい。


「もしかして法律で禁止されてる……のかな?でもそれだと、ゼンは持ち歩いて大丈夫なの?」

そう聞くと『かたな』は困った顔になる。

「チイサイ カタナ バレル ナイ」

代わりに、頭の中の子蛇はスルスルと肩に出てきて、隠せるから大丈夫と、とんでもない事を言う。


「う〜〜〜ん、う〜〜〜〜ん、法律に触れるのは良くないような……。どうしようかなぁ」

アーシャは困ってしまう。

『かたな』の願いは叶えてあげたいが、ゼンが犯罪者になってしまうのは困る。

「違う違う!!わらわは良いの!えっと……なんか………持ってて良いよ!って言う紙があるの!…………トーロクが何とかは言ってたけど……」

そんなアーシャにワタワタと慌てながら『かたな』が訂正する。


最後の方は小さく早口だったので聞き取れなかったが、許可証のようなものがあるらしい。

「そうなんだ」

ゼンが犯罪者にならないと知って、アーシャは安心する。

しかし許可証があると知っていても、基本的に帯剣は許されていないようなので、腰から下げると目立つだろうし、警戒されるかもしれないので、あまり大っぴらにしないほうが良い気がする。


(私の国ならいくらでも隠す場所はありそうなんだけど……こちらの国はすっきりとした服が主流のみたいだからなぁ)

布を使えば使うほど、派手であれば派手なほど素晴らしいという価値観だったアーシャの国の服なら、どこに隠しても別に違和感はなかったはずだ。

特に貴族の中では、首が動かせなくなるほど巨大な襞襟ひだえりや、無駄に見栄を張った股袋コッドピースなど、謎お洒落が流行していた。

用便のために縫われていない前側を保護する股袋は、どんどん見栄の張り合いで大きな袋になっていき、飾りを付けて強調し、しまいには、あまりに大きくなったそこに、小腹が空いた時のお菓子や小銭を入れている始末だった。

もしかしたらあの中になら『かたな』も入ったかもしれない。

股から取り出されるのは絶対に嫌だが。


(背中とか、お腹とかに括り付けてもらう感じになるのかなぁ)

ウンウンとアーシャは悩む。

突然無言でくくりつけるわけにもいかないので、これをお願いするには、流石に言葉の力が必要になりそうだ。

「ごめんね、これはすぐには対応できないかも。頑張ってこっちの言葉を覚えてからでも良い?」

アーシャがそう言うと、『かたな』は寂しそうな顔をしたが、小さく頷いた。


「じゃ……じゃあ、主人が持ち歩けない時はアァシャが、わらわを持って」

「私?私が持って良いの?」

アーシャが聞き返すと、『かたな』は再び小さく頷く。

「知らない所に置かれると……忘れられそうで怖いし………さびしい」

最後の声は消えそうなほど小さかった。

ゼンのオマケのような立場のアーシャだが、中々信頼してくれているようだ。

可愛い妹分ができたような気がしてアーシャは笑う。


「…………?」

そんなアーシャの耳に、何かが強く、連続で落ちてくるような音がする。

「アシャ オキル ジカン。カタナ ケンゲン ムリ。ユメ ダケ」

バニタロがそう言うと、『かたな』は寂しそうな顔になる。

どうやら彼女と言葉を交わせるのは、夢と現実の狭間だけらしい。

「大丈夫。起きたらゼンに『かたな』を届けるから」

そうアーシャが言ったのは夢の中だったのか、現実の自分の口だったのか。



「………………まぶしぃ……」

アーシャは明るさに目を細めた。

見覚えのない木の壁と、草を編んだ敷物。

そしてその上に敷かれた、フワフワの毛布。

近くでクゥクゥと寝息が聞こえるので、コロンと向きを変えたら、シノザキがアーシャに添い寝をするようにして眠っている。

更にその先には、クッションに座ったイズミが、レースを編んでいる姿が見える。

彼の手元では、恐るべき速さで、繊細な柄のレースが編み上がっていっている。


「あ…………おはよ」

アーシャが感心して見つめていたら、イズミが曖昧な笑顔で挨拶してくる。

「イジミ、『おはよ』」

そう言いながらアーシャが起き上がると、上に掛かっていた物が落ちる。

「…………あ」

全く知らない場所なのに、緊張を感じないなと思っていたら、アーシャに掛けられていたのはゼンの上着だった。

彼の神気と匂いに包まれていたので、安心し切っていたようだ。

もちろんその中には『かたな』が入っている。


アーシャはゴソゴソと上着を探って『かたな』を取り出す。

今アーシャたちがいる部屋には、ゼンとユズルの姿がない。

「よし……ゼンの所に行こうね」

そう声をかけると、『かたな』は小さく光って答えた。



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