24.関係者、会談する(中)

警察は誰の味方であるかという峰子の質問に、一瞬詰まった武知だったが、すぐに表情を改めた。

「お嬢さんは何か誤解なさっているようですが……」

「シャラップ、武知さん」

穏やかな物腰で話しはじめようとした武知を、速攻で峰子は止める。

「五味さん、回答をお願いします。十、九、八、……」

そして大福に手を伸ばしていた五味を指差したかと思うと、カウントダウンを開始する。

「え、あ、お、俺!?あっと、お、俺は、武知さんの言う事を聞きます!」

こんな空気の中、呑気に大福を食べようとしていた五味は、慌てたのか選択肢にない回答をしてしまう。


峰子の凍る視線を受けて、五味はアワアワと顔の前で手を振る。

「あの、俺、馬鹿だから!武知さんが言うことは間違えがないし!」

「では武知さんがアーシャちゃんをご兄弟から引き離して捕らえろと命令してきたら従うと言うことですね?」

慌てて弁解する五味に、峰子は追求の手を緩めない。


峰子の質問に、五味はキョトンとした顔になって、次いで呑気な笑顔に戻る。

「嫌だなぁ〜〜〜、武知さんがそんな事言うわけないじゃないですか。武知さんはクールぶってても超絶人情家の孫ラブおじいちゃんですよ。孫と同じ年頃の子を家族から引き離せなんて言うわけないじゃないですか」

パタパタと『あるわけない、あるわけない』とばかりに手を振って明るく笑った五味だったが、静かなままの周りを見て、あれ?と言う顔になる。

とりあえず、彼は武知がアーシャを害する命令などしないと信じ込んでいるし、全くアーシャを害する気がないとわかる。


峰子は禅一と譲の顔を順番に確認し、一つ頷く。

「部下からの熱い信頼を、武知さんは裏切るおつもりはありますか?」

聞かれた武知は黒縁の眼鏡を外して、深々とため息を吐きながら、目頭を揉み解す。

それから出されたお茶を口に含んで、口を潤す。

「……あるともないとも言い切れません。しかし私は『藤護』が禅一さんの意思を無視した命令は下さないと確信しています」

果たしてそれはどうだろうと禅一は首を傾げる。

禅一はあくまでもただの中継ぎであり、藤護から見たら、いつ死んでも良い、換えの効く人間だ。

実際、村の外の血を引く禅一の扱いは酷い物だった。


「外に出られない身になっても『藤護』のトップはあくまでも当主です。村での権力を握っている最上様でも、勝手に命令を出すことはできませんし、分家の藤守が命令を出せるのは外の問題に関してだけで、村が関わる命令は絶対に出せません。分家はあくまでも村からの命令を伝令し、本家のためになる人材を育成するためだけの存在なんです」

武知の言葉に禅一は首を傾げる。

「当主は完全にかごの鳥。今の村の最高権力者は最上でしょう。分家も本家に従うとは言っていますが、村の外に出ない奴らは、その動向を知る術はないから、好きにできるでしょう?」

そう言う禅一に武知は苦笑する。

「『藤護』からの正式な要請は、当主の印が入った紙で行われるんです。それが最も守られるべき命令になります。最上様が吠えまくろうと、分家からどのような要請が出されようと、当主印つきの要請書の内容に背くことはできません」

武知の言葉に譲は眉を寄せる。


「チビに最高の医療を提供しろだとか、状態を報告しろってのは当主の意思ってことか?」

納得いかない顔の譲に、禅一は心の底から同意する。

当主は子供を気にかけるような人物ではない。

引き取られて間もない頃に、禅一が骨を折られて熱を出しても、特に興味を持っていなかった。

『今日は務めを果たせるのか、果たせないのか、どちらか答えなさい』

一応生物学的な息子が弱っていても、かける言葉はその程度で、生きて役目を果たせば、どうでも良いと考えているのだろう。

出自さえわからないアーシャの健康なんて、気にするはずもないだろう。


「細々とした命令は、当主の出した大きな指針に背かない限り聞き入れられるんです。病院に要請を出したり、我々に守れと命令を出していたのは最上様です」

やっぱりな、と、禅一と譲は顔を合わせる。

アーシャに関する命令を、当主が出すとは思えないので、警察その他の機関を動かすのは、やはり最上なのだ。

心の中で結論づけ、頷き合う禅一と譲に、武知は寂しそうな笑みを向ける。


「つい先日、当主印のついた要請書が出されました。『藤護禅一は当主代行であり、彼の命令は当主のものとして扱うように』との事です」

武知の発した言葉に、禅一と譲は目を見開く。

確かにそれなら『藤護』が禅一の意思を無視した命令は下せない。

「それは………」

「事実上の……当主移行発言じゃねぇか……」

しかし両名の顔には大きな困惑が浮かぶ。


禅一は力を提供するだけの立場だった。

危険な労働の見返りとして保護者を得て、勉学に必要な金銭の援助を受ける。

だから禅一は自分のことを、藤護から金で雇われた傭兵のようなものだと割り切っていられたのだ。

それだけの関係なのだから、義務も義理もなかった。

しかし当主代行として、そんなに強力な発言権を与えられては、そうも言っていられないようになる。

権利と義務は表裏一体。

大きな権利には重い義務が発生する。

今まで、一切の権利を与えられないことで、禅一たちは自由だったのだ。

首に縄をかけられたような気持ち悪さを感じて、思わず、禅一は自分の首筋を撫でる。


「当主移行などと難しく捉えないでください。当主様は命令を乱発する最上様を抑え込むために、この要請を出されただけです。………小さくて無力な子供を、小さくて無力だと思っていた息子たちが護ろうとしている。その意思を尊重してやりたいとのお言葉でした」

気持ち悪そうな顔の禅一と、怒鳴り散らしたいという顔をしている譲を見て、武知は困ったような顔で告げる。

「………息子たち………?」

それがすぐに自分達のことだと気が付かなかったのは、当主との薄すぎる関係性のせいだ。

お互いに親とも子とも思わない関係だったはずだ。


「ふむ……成る程。じゃあ、これからは藤護からの命令一つ一つに、お兄さん方の精査を挟まれるわけですか?」

戸惑う禅一たちを他所に、峰子は冷静に事態を整理している。

「これから最上様からの命令が出た場合、実行する前に、こちらにお伺いが来ると思います」

武知の答えに、峰子は満足そうに頷く。

「最上たちは村の外には手出しはできない、と。……ババァ無力化ワロス」

ボソッと最後に付け加えられた言葉は、禅一の耳にだけ届いたのだが、普段と違いすぎる言葉遣いにギョッとする。

言葉紙の端々に何となく感じていたが、峰子は最上たちが嫌いな様子だ。


言葉を聞かれたと思っていない峰子は真剣な顔のままだ。

「武知さんにとって当主の発言が絶対的であると言うことは、はっきり理解しました。当主からの命令が変更されたり、新しい命令が追加された時、前もってお兄さん方に伝えてもらうという事は可能ですか?当主命令で敵に回る場合は、宣戦布告を頂きたい」

絶好調に話し続ける峰子に、武知は頭を抱えっぱなしだ。

「宣戦布告……当主様がそのような事はされないと確信していますが、万が一にもそんなことがあったら、お伝えすることをお約束させて頂きます」

「違えた時は、その首を頂きますよ?」

不穏なセリフに武知はギョッとする。

「どこの戦国時代を生きているんですかお嬢さん!!」

「連座で五味さんの首もいただきます」

「ひぃぃぃ!」

無慈悲なる武将の視線を受けた五味は縮み上がる。


「よし、これで当面の敵は分家、と」

強引に話をまとめる峰子を、譲は感心したように見ている。

感心するのは結構だが、あまり感化されてほしくはない。

「だから……分家は……」

ぐったりと疲れた顔で反論しようとする武知に、峰子は手の平を向けて、その発言を留める。

「命令ができないから無害とは言い切れないんです。村の中に自ら引きこもっているヒッキー集団と違い、分家は外に出て、外の自由な価値観を得ています。洗脳で思想統一されてる連中より、目的欲望よりどりみどりなんです」

峰子はそんな事を言いながら、自分のスマホを取り出す。


「こんな展開になると思っていなかったので、資料が人様に見せる仕様になっていなくてすみません」

そんな事を言いながら、コトンと峰子は自分のスマホを机の上に置く。

スマホ内には見たことのない地図アプリが開かれており、地図上にピンが刺さり、数値がメモとして書き込まれている。

場所のメモを書き込めるタイプの地図アプリのようだ。

「この地図は?」

ピンが刺さっている場所は特に法則性がなさそうだ。

「これは市内の龍穴りゅうけつ……と言ったら誤解を受けそうですね。伊勢や日光などの有名ドコロのように氣が噴き出す場所ではなく、たまたま大地の氣が滲み出している場所……小龍穴しょうりゅうけつとでも言いましょうか。その場所を示しています」

峰子は人差し指と中指で、スマホの画面をつまむようにしてピンチインして、地図の表示範囲を広げる。

あまり密集はしていないが、ピンが刺さっている場所には殆どが神社が建っている。


「この数値は?」

興味深そうに地図アプリを見ている譲が尋ねる。

「氣を測る機械などがないので、私の感覚を数値化してみました。()かっこ内は元々知っている場所で、通常時と比べた減少率を書いています。調査したは昨年の九月、十一月、そして年が明けて一月です」

一番興味を持って覗き込んでいる譲の方にスマホをむけて、峰子は言葉を続ける。

「先ほども言いましたが、去年の春ごろから桜さんが元気をなくし始めまして。樹木医を呼んだりしたのですが、桜の木自体に問題は見つかりませんでした。それでも桜さんは弱り続けていて……。おかしいおかしいと思っているうちに、桜さんが纏っていた氣が弱くなっている事に気がついたんです。……毎日見ていたせいで気がつくのが遅れて、調査の出だしは夏が終わってからなのですが」

峰子の顔は相変わらず動かないが、声には悔しさが滲んでいる。


「それから何らかの異変が起きていると思って調べて回り、他の小龍穴でも氣の量が減っている事実に辿り着いたんです」

調査はかなり広い範囲に及んでいて、これを一人で見て回ったのかと禅一は驚く。

通常通り働きながら、こんなに広い範囲を調べた、峰子の執念を感じる。

「……………」

禅一と違って、しっかりと画面を確認していた譲は、自分がコピーしていた地図を取り出してくる。

そして峰子の前に地図を広げる。


譲は峰子のスマホを見ながら、緑のボールペンで、その調査結果を記入していく。

一方峰子は仔細に地図を確認している。

「これは……もしかして穢れの情報ですか?」

「あぁ」

「……一致しますね」

「だろ」

保育園関連の相手には丁寧語を守っていた譲だったが、地図にデータを書き込むのに夢中になって、返事の口調が砕けてしまっている。


譲と峰子の様子を見た武知は、身を乗り出して地図を覗き込む。

禅一も数値化されれば理解できるので、同じように地図を見つめる。

「「あ……」」

そして同じ瞬間に、何が一致するのかに気がついて、声を出した。


峰子が調べたデータでは、分家に近くなるにつれ、氣の数値の減少が大きいのだ。

しかも九月と十一月では緩やかな減少なのに、一月に入った途端、急激にその数値は下がっている。

分家から遠く離れれば離れるほど減少率は低く、影響を受けていない事がわかる。

「これは……いや……まさか……」

武知の顔色がぐっと悪くなる。


「武知さん、この地図の青で書かれた数値と、赤で書かれた数値の意味は分かりますか?」

せっせと譲が峰子のデータを地図に書き写している間に、禅一は話を進める。

「青は分かります。私たちも同じデータを持っています。しかし……先日の藤護の結界が解けた辺りから、全く信頼できないようになりました。突然小さかったはずの穢れが暴走を始めたりして、今日も救援依頼が入って、アーシャさんの警備から抜ける羽目になって……」

武知は深いため息を吐く。

「今、感知力が高い者が一つ一つ確認しているんですが……日々刻々と状態が変化しているようで……」

「近寄る事もできないぐらい強いのがウジャウジャしてますよね!」

「……五味君はビビり過ぎなのですが、感知能力が高い者は穢れの影響を受け易く、確認作業が難航しています」

喋らないなと思っていたら、五味は嬉しそうに豆大福とお茶を両手に持っている。

この深刻な空気の中、一人でティーブレイクを楽しんでいたようだ。

(……この人、社会人としてちゃんとやれているのかな……)

思わず禅一は心配になってしまう。


「見るだけで影響が出るのか?」

せっせと情報を写しながら、譲が呟くように尋ねる。

「見ても大丈夫なのは精々レベル2までですよ。それ以上は遭遇した時点で、祓わないと日常生活に支障をきたします」

その話を聞いて禅一は目を丸くする。

譲も地図から目を上げて驚いた顔をしている。


そんな二人の反応に武知は苦笑する。

「藤護の直系と我々は違いますから。もしかして赤い方の数値は譲さんが調査なさった結果ですか?」

「あ……あぁ……」

少しばかり『見え過ぎる』だけだと思っていた譲は戸惑っている。

「このレベルはどんな基準でつけたんですか?」

「どんな基準って……分家の奴らから聞いたようにつけたぞ」

武知の質問に、譲は素直に口を開く。


「レベル5は『神級一歩手前』だって言ってたから、禅以外は無理だと思ったやつ」

地図上には分家から程近い所に、二件だけ『5』と書かれた穢れがある。

「レベル4は『五人以上のグループで対処に向かう危険な物』だから、結構強力な、普通の人間が憑かれたら一夜持たないくらいのやつ」

こちらもレベル5ほどではないが、分家からそこそこ近い位置に四つ存在する。

「レベル3が『一般的な悪霊』だから、ポルターガイスト的な物理干渉もできる、長い時間かけて人間を取り殺すやつ」

少し武知の顔色が悪くなったような気がする。

「レベル2は『重い霊障が起こる』って言ってたから、意思を持った悪意って感じのやつ。憑かれたら体調とかに不調が出て、ジワジワ精神面から蝕む感じかな。レベル1は『害がないけど存在する』だから、まぁ、吹き溜まり的なやつ?土地とか方位とかが悪くて溜まってて、周辺で事故とかが引き起こすとか、その程度」

最後まで譲の説明を聞いた武知は、大きなため息を吐く。


「とても言い辛いんですが……我々が『神級一歩手前』と呼んでいるものが、譲さんがレベル3に分類した物です。常人が憑かれて一夜持たないものは既に『神級』です。つまり……この赤で書いてあるものの4、5は全て『神級』です。………市内に六箇所の『神級』が現れているなんて……早く祀らないと、一体どんな被害が出るか……」

顔色の悪い武知は、そう言うと、胸元のスマホを取り出す。

「被害が拡大しないうちに急いで対処しないと。……この地図、撮影しても?」

禅一と譲は顔を見合わせる。

武知の青い顔は、とても演技には見えない。

指揮官的立場にいる武知が知らないと言うことは、警察関係は完全に『白』と考えて良いのではないだろうか。


どうする?と兄弟は視線で意思を確認し、頷き合う。

「その六件は全て誰かが介入した跡があったんだよ」

「介入?」

対処に乗り出そうとしていた武知は、譲に話を変えられて、不可解そうな顔をする。

「レベル5のやつは、いつ破裂してもおかしくない状態だったが、どれも小さな結界で覆われて出てこねぇように対処してあった」

譲の言葉を聞いて、武知は動揺を隠せない様子だ。

何かを言おうとして開けた口を、何も言えずに閉じて、信じられない顔で地図に目を落とす。


「公安が知らないなら、やったのは分家でしょうね」

熱心に地図を見ていた峰子は、いつの間にか大福を一つ齧っている。

五味に負けず劣らず自由な人だ。

ただ、呑気なティーブレイクにしか見えない五味と違って、その姿は戦場の栄養補給のように見えてしまう。


「そんな………まさか……あり得ません」

「事実を見てください、武知さん」

顔色が回復しない武知に、峰子は容赦ない。

「『神級』を内密に対処できる人間なんて、分家以外にはいないはずです」

大福の最後の欠片を口に放り込んで、ゆっくりと咀嚼しながら、丁寧にポケットティッシュで指を拭う。

「そして六件もの対処を報告し忘れたなんてあり得ない。意図的に強い穢れを隠蔽いんぺいしている。それは何故か。恐らく、急激に力を増した穢れの原因を調査されたくないから」

まるで武知にわざと考える時間を与えるように、峰子はお茶をゆっくりと飲む。

優雅に楽しんでいるように見えるが、その鋭い視線はずっと武知を捉えている。


「武知さんも最初に地図を見たときに気がついたはずです。分家が何を隠蔽しているか」

「待ってください。……決めつける前に、私の方でも調査する時間を……」

倒れそうな顔色で声を押し出す武知に、峰子は容赦ない。

「分家は『禁術』を行っている」

その一言を聞いた武知は顔を両手で覆うようにしながら、伏せる。

武知の激しい動揺に、禅一と譲は顔を見合わせる。

『禁術』と言うものがわからない二人には、ことの重大さがさっぱりわからないので、話に置いてけぼりだ。


「た、武知さん、大丈夫ですか?」

こちらも場の空気に取り残されていた五味が、オロオロと上司の背中をさすろうとしてやめたり、その顔を覗き込もうとしたりと、落ち着きなく動く。

「私は園児を守る義務があります。禁忌を犯し、『禁術』に手を出すような輩を園児を近づけたくありません。一体どう悪用されるか予想がつかないので、ご兄弟やアーシャちゃんに関する情報を渡すのを止めて頂きたい」

武知を心配する五味を見ても、峰子の攻勢は止まらない。


つまる所、峰子の要求はそこだったのだろう。

分家が怪しげな事をやっていると疑いを持っており、そこにアーシャが巻き込まれるのを危惧していたのだ。

「…………私の一存では情報を出す、出さないの決定は行えません」

「ほぉ」

武知がそう言った瞬間、峰子周辺の温度がグググっと下がった気配がする。

テーブルの下に揃えられた指がバキバキと準備運動をするように鳴らされたのは、きっと禅一の気のせいではないはずだ。


「但し、我々は藤護家当主の要請には従う必要があります」

突然武知に視線を向けられた、禅一は驚いて目を見張る。

当主の要請というのは先ほどの『藤護禅一は当主代行であり、彼の命令は当主が発したものとして扱うように』という物だろう。

「俺が武知さんたちに要請を出しても良いと言う事ですか?」

「要請を出す出さないに関して、私は言及できません」

禅一の質問に、武知はあくまでも角張った答えを返す。

とことん真面目な人なのだろう。


禅一は少し考えてから口を開く。

「分家と情報のやり取りをする時、そこに俺たちのチェックを入れさせてください。出ていく情報は勿論ですが、入ってくる情報も正確に知りたいんです。それから分家の調査を俺たちからも依頼します。彼らが何を行っているのかわかるまで、調べていることは分家にバレないようにお願いします」

「そのよう取り計います」

武知は背筋を伸ばしてから、まっすぐに頭を下げる。


「それから、きんじゅつ?って何ですか?俺たち、そのあたり知識がなくって……」

続けて聞こうとした禅一は、二階からトスンと音がした事に気がつく。

小さな足音は部屋の出口に向かっている。

「禁術というのは……一般の方が言う『のろい』に近い物です。強力で確かな結果をもたらしますが、取り扱いが難しく、周りを巻き込む恐ろしい厄災の種になる、数々の手法を指します」

のろいとまじないって漢字も一緒だし、色々紙一重なんですけど『人を呪わば穴二つ』って言うでしょ?術者でさえ制御できないヤツです。人間相手は勿論、動物相手にも危害を与える術は禁止されてるんですよ。一般の人でも分かり易いのは『丑の刻参り』とか『蠱毒こどく』『狗神いぬがみ』とかですね」

武知の説明に、この話なら着いていける!とばかりに五味が付け加える。

丑の刻参りは一般人でも分かりそうだが、蠱毒、狗神あたりも『分かり易い』に混ぜてしまって良いのだろうか。

少なくとも禅一には、ぼんやりとしかわからない。


「『呪物じゅぶつ』を作ることは総じて禁止されています。丑の刻参りであれば藁人形、蠱毒や狗神はそれ自体が呪物ですね」

説明を続けようとしてくれている武知を、禅一は片手を上げて止める。

「すみません。アーシャが起きたみたいです。迎えに行ってきます」

アーシャからのお呼びの声はかからないが、二階を歩く気配がした。


「え……起きたって……何か音、しました?」

「いや、私には聞こえなかったが……」

「ウリ坊見つけたら、すぐ逃げろって言いますからね。音を出さなくても、気配だけで母猪はわかるんですよ」

「母猪って……確かに禅は猪だけど……」

その場に残った面々が意外と仲良く喋っている声を背中に受けながら、禅一は階段を見上げた。

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