24.関係者、会談する(後)

階段の上を覗き込むと、ベビーゲートの向こうに、不安そうな顔をしたアーシャが立っていた。

「アーシャ?」

どうして自分を呼ばないのだろうか、どこか体調が悪いのだろうかと心配したが、アーシャは禅一が声をかけた途端、パァッと表情を輝かせた。

「ゼン……!」

禅一が階段を駆け上がっていくと、嬉しそうに両腕を伸ばして抱っこをせがんでくるのが、何とも愛おしい。

(すっかり抱っこが当たり前になってるなぁ)

そう思うと同時に、自分の頬の緊張がとれるのを感じて、今まで自分の顔が強張っていたのだと禅一は気がつく。


「アーシャちゃん」

アーシャを下に連れていくと、峰子の声が心なし嬉しそうになる。

椅子からいつ立ち上がったのかと聞きたくなる滑らかな動きで、カサカサっと彼女はアーシャに走り寄る。

彼女の服の色も相まって、その動きは某黒くて素早い虫を連想してしまったが、禅一はアーシャを下におろして、微笑ましく見守る。

表情変化に乏しい人だが、感情は声と行動に出るのだなと、何となくわかるようになってきた。


「みにぇこしぇんしぇい!」

アーシャも一瞬、峰子の動きにビクッとしたが、すぐに嬉しそうな顔になる。

無表情でちょっと取っ付きにくい印象のある峰子だが、アーシャはすっかり心を許しているようだ。

「お・邪・魔・して・い・ます」

ゆっくりと聞き取り易い発音で挨拶をしながら、峰子はアーシャを物凄い勢いで撫でている。

声の遅さに体がつられるか、体の速さに声がつられるかしそうなものなのに、中々器用な人だ。

「おじゃま……しちぇ……むしゅ?」

「んふっっっ!!!」

アーシャに挨拶を返されて、峰子はアーシャを抱きしめて悶える。

その姿に禅一もウンウンと頷く。

自分なりに挨拶を返そうと努力しているアーシャは、とても可愛いらしいから悶えたくなるのも理解できる。


そんな禅一の頭を譲が小突く。

「何だ?」

「顔、ちゃんと引き締めろ」

不思議に思って聞き返したら、ものすごく渋い顔で言われてしまった。

どうやらかなり顔が緩んでいたようだ。


峰子に解放されたアーシャの前に、武知と五味が、背筋を伸ばして起立する。

子供に相対するには、少々仰々しい姿勢だ。

どこから湧いて出た与太話かわからないが『神代かみしろ』の話を、彼らも聞いているのかもしれない。

「武知、です」

アーシャが彼らの存在に気がつくと、まず武知がゆっくりとした発音で名乗り、最敬礼で頭を下げる。

子供相手には、少し肩肘張りすぎた挨拶だ。

アーシャは驚いて目を丸くしていたが、すぐに武知を見上げて微笑む。

「ちゃけ……たちぇき……ちゃけち。アーシャ」

中々発音が難しかったようで、何度か言い直しながら、武知の真似をして頭を下げる。

ただ、下げた頭を支えるために、腕が少し上がり、ガニ股を踏ん張っているので、こちらは最敬礼というより、気合を入れる応援団員だ。

しっかりと頭を下げたアーシャに、武知の目尻の皺が深くなる。


「ご、五味、です」

武知に続けとばかりに、五味も頭を下げる。

「ごごみ。アーシャ」

緊張のせいか噛んでしまった五味の名前は、間違ってインプットされてしまった。

「あっ、五味!五味!五・味・です!」

頭を下げ返したアーシャに、五味は慌てて訂正している。

「ごみ?」

「はい!」

「ごみ、アーシャ」

「あっ、はい!」

そんなやりとりを聞きながら、禅一はアーシャのコップに麦茶を入れて戻る。


「は〜〜〜」

幸せそうな顔で麦茶を飲むアーシャに、武知の目尻は下がっている。

『孫ラブおじいちゃん』だというのは、本当のようだ。

「武知さん、禁術自体については何となく理解できました。でも、その禁術を分家が使ったと考える根拠は何ですか?禁術とやらを使うと穢れが増えたり氣が減ったりするんですか?」

和んでいる中、申し訳ないなと思いながらも禅一は話を進める。


「禁術は色々とあるのですが……その中に擬似的な龍穴を作る術があります」

「禁術で龍穴を作る……?」

「はい。まだ調査する必要性がありますが……この地図の状況が本当だったら……可能性は限りなく高いと思います」

アーシャを見て和んでいた武知の顔は再び強張る。

「すみません、俺にはちょっと理解ができないんですが、禁術は呪物を作るものを指すんですよね?呪物って、どちらかというと穢れを集めそうなイメージで……穢れと氣って真逆で、打ち消し合うものだと思っていたんですが……」

禅一の言葉に、ソファーにもたれた譲も深く頷く。


武知は腕を組んで、暫し考え込んでから口を開く。

「禅一さんが言うように、呪物は穢れを引き寄せます。呪物は憎しみや恨み、苦痛、怒り、怖れ、さまざまな負の感情で塗り固められた物で、同じような存在、つまり穢れを引き寄せます。類は友を呼ぶ。人間でもクズはクズと絡みますからね」

わかりやすく伝えようとしてくれているのだろうが、例えが意外と過激な表現だ。

「ただ同時に氣も引き寄せるんです。そのままでは未来永劫の苦しみが待っているだけですから、呪物は救いを求めるんです。ちまたの怪談でも『呪いのナニガシ』を物を手に入れた者が、どんどん衰弱していくとか、良くあるでしょう?これは呪物が、持ち主の氣を根こそぎ奪い取るから、出回っている話なんです。ただの人間に宿る氣は微々たる物ですので、呪物を浄化するどころか、大体は人間ごと呪物の一部になって、更に肥大化してしまうんですけどね」

そしてサラッと恐ろしい実例を出してくる。


「生物が持つ微々たる氣とは比較にならない容量を誇るのが、大地の氣です。広大な大地の中を血管のように氣が流れています。このうちの太い血管……大動脈を龍脈と我々は呼んでいるわけです。大動脈を切ったら大出血するように、龍脈の氣が流れ出す龍穴からは、物凄い量が噴き出ているんです」

一々例えが生々しい。

「地表に出てきた氣は、周辺の穢れを祓い、清浄にしてくれます。磁石のマイナス極に引き寄せられるプラス極のように、氣は穢れに向かって流れ、それらを打ち消してくれます。大地の自浄作用のような物ですね」

「……氣がみずから動くんですね……」

そう言いながら、禅一は藤護たちが祀る『御神体』を思う。

超強力な穢れの塊である『御神体』があるから、あの地はあんなにも、禅一にすら見えるほど氣が濃いのかもしれない。


「呪物は穢れに向かって流る氣を、更に強力に引き寄せます。禁術では、この引き寄せられた氣を結界内に閉じ込める事で、そこを氣で満たし、龍穴がある土地を擬似的に作るんです。このせいで周囲の氣は少しづつ減ります。そして通常であれば、氣と同じように引き寄せられてくる穢れを散らす術が同時に施されます」

武知は難しい顔で地図を見つめる。

「じゃあ分家の周りにある穢れは、その術を施していないから集まっているという事ですか?」

「一概にそうとも言えなくて……」

禅一の質問に武知はそう答えて、考え込むように難しい顔をして黙り込む


武知の思考を邪魔しないように、禅一は沈黙する。

「ん?」

そして何気なくアーシャに視線を送ると、彼女は熱心に呑気に大福を食べている五味と、目の前の豆大福のパックを見ている。

その目はキラキラと輝いている。

(餅は……まだ危ないよな?小さく切ったらいけるのか?いやいや、毎年何人もの人間を病院送りにしている餅だからな。ちゃんと言葉が通じるようになって、注意してからが良いよな)

そう思って目の前から豆大福を回収しようと、禅一が立ち上がると同時に、今にも手を伸ばそうとするアーシャの視線を、隣の席の峰子が遮る。


「みにぇこしぇんしぇ?」

不思議そうにアーシャが見上げると、峰子はアーシャを抱きしめる。

「……お餅が食べられないのが可哀想可愛い……」

ボソッと呟かれた言葉を聞きながら、禅一は豆大福のパックを回収する。

峰子は新しい感動の扉を開いたようで、アーシャを愛でまくっている。


不精をしてパックのまま出したのは良くなかったなと、禅一は思い直し、譲のために一パックを取り置きしておいてから、残りの三人それぞれに豆大福を分けて皿に盛る。

既にお腹が減っている様子のアーシャには、冷蔵庫のプリンアラモードを提供する。

見た目が派手なプリンアラモードに、大福を見ていた時以上にアーシャは目を輝かせる。

そして渡したスプーンを勇者の剣の掲げるように持ち上げ、嬉しさのあまりトスントスンと腰を浮き沈みさせながら、アーシャはプリンアラモードに切りかかる。


「あっ……」

しかし鼻息荒くブルーベリーを掬い上げ、大きく口を開けた瞬間、微笑ましそうにその様子を見守る大人たちに気がつき、動きを止める。

そして何を思ったのか、キョロキョロと大人たちを見て、無表情ながら一際熱い視線を向けていた峰子の口元に、ブルーベリーをのせたスプーンを向ける。

「あっ、あっ、あ〜ん?」

どうやら一人だけ豪華なおやつを食べることに引け目を感じて、お裾分けしなくてはいけないと思ったようだ。


「くはっぁぁあああぁぁぁぁぁ」

スプーンを向けられた峰子は顔面を両手で覆い、雄叫びをあげる。

直前まで白かった肌がありえないほど紅潮している。

沸騰。

正にそんな感じだ。

「み、みにぇこしぇんしぇい!?」

スプーンを差し出した瞬間の奇行に、アーシャはオロオロと戸惑う。

「……………失礼。取り乱しました」

心配ないと禅一がアーシャをあやす前に、峰子は復旧した。

いや、顔色は全く復旧していないが、表情と口調だけは復旧した。


峰子の突然の発狂、そして不完全な復旧に、アーシャは驚いて呆然としている。

「アーシャ、あ〜ん」

禅一は手を伸ばして、アーシャの手ごとスプーンを持って、ブルーベリーをポカンと開いたままの口に導く。

アーシャはびっくりした顔のまま、反射のように、口の中に入ってきたスプーンを咥える。

「んんんっ!」

そして甘味に気つけされたように、再び顔が輝く。

「美味しい?」

そう聞いてみると、

「おいしー!」

アーシャはブンブンと首がもげるような勢いで、頷く。


アーシャが気にしないように、皆にもお茶請けに豆大福も配ると、五味は配られた途端に美味しそうにパクつく。

彼の分だけ多めに盛っておいて良かった。

「いただきます」

大人たちもおやつを食べているんだよと教えるように、峰子はアーシャに向かって豆大福を食べて見せる。

「いただきます」

その意図に気がついた武知も、難しい顔を緩めて、小さく大福を齧る。

直前まで食欲なんて、とても湧かないような顔をしていたのに、合わせてくれるとは有り難い事だ。

「あ、あ……いただぃ……ています……」

何も考えずに、既に食べていた五味は少し恥ずかしそうだ。


アーシャは納得した様子で、上にのったオレンジや黄桃、メロン、サクランボなどの果物を幸せそうに食べ始める。

うにゃうにゃと大騒ぎしながら食べるアーシャを、峰子は幸せそうに眺めている。

表情筋が仕事していないので、動物を冷静に観察している人のように見えてしまうが、僅かに口元がほころんでいる。

(保育士さんが、あんなにじっと見ていてくれるなら、安心して話に集中できるな)

園児一人のために自分の私的な時間を割いてまで安全確保に動いてくれて、こんなに愛情を注いでくれる。

見た目と言動で誤解を受けることが多そうだが、優しい女性である。


峰子に心の中で感謝しつつ禅一は話を戻す。

「お話を中断してすみません。先程の続きを聞かせていただいて良いですか?」

豆大福をちょっと齧っただけで、それ以上食の進まない様子の武知に、禅一は声をかける。

「あぁ、そうですね。………何から説明すれば良いかと悩んでしまいまして……」

武知は咳を一つ挟んで、説明を始める。

「まず分家近くに現れた活性化した穢れですが、これは大地の浄化作用がなくなったせいだと思われます。毎日二十四時間掃除してくれていた氣がなくなったので、穢れホコリが溜まって目立つようになったと考えてください。掃除をしてくれる氣が少なくなった土地ほど、穢れホコリが溜まる速度は早くなります。単純に分家からの距離で穢れの強さが決まってしまわないのは、元々そこにあった溜まり易い要因の強弱も影響するからだと思います」

武知がそういうと、今まで大人しく話を聞いていた譲が首を傾げる。


「ただの吹き溜まりのような穢れが、短期間であんなに肥大化するとはとても思えねぇんだけど。ウチの市内には、こんなに穢れを集める名所みたいなものがあったのか?」

譲の質問を聞いた武知は、頭が痛むのか、こめかみを押す。

「元々はありませんでした。我々も県内ではそれ程問題が起こらないから、近隣の県に出張対応する事の方が多かったくらいです。しかしお嬢さんの言う通り、昨年の春ごろから小さな穢れが増えだして……今では他の地方の増援依頼を断っても、市内の対応が追いつかない状態になりました」

それを聞いた禅一は頬をポリポリと掻く。

知らなかったとはいえ、そんな大変な状況で、それでもアーシャを守る人員を割いていてくれたのだと思うと、何だか申し訳ない。


これは武知たちのためにも、問題の解決を急がなくてはいけないだろう。

「武知さん、その禁術とやらを何とかしないと状況は悪くなる一方という事ですよね?」

そう聞くと、武知は深く頷く。

「禁術なのだとしたら、急いで対応しなくてはいけません。……私見では、お嬢さんの調査結果から、先日の藤護の結界崩壊の影響で、術が制御を失っているのではないかと……」

私見と言っているが、ほぼ確信を持っているのだろう、武知は厳しい顔をしている。


禅一が譲を見ると、譲は頷く。

「聞いてるかも知れねぇけど、俺たち、分家に乗り込んだんだよ」

譲が切り出すと、五味はびっくりした顔をしたが、武知は知っていたようで、何事もないような顔で頷いた。

「え、え、殴り込みを掛けたんですか!?」

止めたのに!とばかりに五味に責める視線を向けられて、禅一は指で頬を掻く。

「ただの話し合いに行ったんです」

実際は良からぬことを謀っていた連中の炙り出しと、『お前らなんかがどれだけ増強しても無駄だから、アーシャに手を出すな』と多少誇張した大きな釘を刺しに行ったのだが、その辺りは伏せておく。


「俺たちは何とか実力を示して、今後、アーシャに手を出そうとする奴らが出ないように牽制したいと思っています」

「ついでに、穢れの大量発生を解決して、ブラック環境を改善しちまえば、働きすぎて頭がバグった奴らが、第二、第三の幼女誘拐を企てなくなるだろうから一石二鳥だと思ってる」

アーシャの様子を熱心に観察していた峰子が、譲の言葉にピクリと反応する。

「幼女誘拐……!?」

聞き捨てならなかったらしい。

「高次元災害対策会社の内部で、アーシャが力を増幅する能力があるというデマが広がっていて、一度攫われかけたんです。未然に防ぎましたが」

喜びは表情に出にくいのに、険しさは思い切り出てくる峰子に、禅一は軽く説明する。


「でも俺たちはどう動くのが正解かわかってねぇ。武知さん、俺らがアンタの部下だったとしたら、この事態を解決するために、俺たちにどんな命令をする?」

譲にそう聞かれた武知は考え込む。

お茶に口をつけてしばし考えてから、彼は顔を上げた。

「禅一さんには、術を探す間、分家周辺の肥大化した穢れの対応を命令すると思います。万が一、今、施されているという封印が解けたら周辺住民が危険です。これの対応には五味くんと高次元災害対策会社の者をつけます」

突然指名を受けた五味はびっくりした顔で武知を見つめる。

「五味君の感知能力はとても優れていますから、助けになります。高次元災害対策会社の者は補助の意味合いもありますが、禅一さんの実力を見せる良い機会になるでしょうから」

『優れている』に反応した五味は、嬉しそうに緩んだ顔で、照れ隠しのように頭の後ろを掻いている。

禅一に付き合うと言うことは、即ち、一番危険な現場に出ると言うことなのだが、呑気な人である。


「譲さんには我々の調査に加わるように命令すると思います。……今は何よりも先に禁術が本当に使われたのか調査し、術と術者の特定を急がなくてはいけません」

険しい顔の武知に、五味は首を傾げる。

「それなら禅一さんにも調査に加わってもらったら良いんじゃないんですか?凄い実力者ですよ」

どうやら五味は禅一の零感レイかん具合を知らないらしい。

「俺は氣や穢れとか、殆ど見えないんです。かなり濃くなれば、ぼんやりと見えるんですが」

本人を前に調査に関しては全くの無能なのだとは言えずに、困った顔をした武知に代わって禅一は説明する。


「え!?そんな事、あり得るんですか!?」

五味はあんぐりと目と口を開けて驚く。

「……世の中、見えない人間の方が多いと思うんですけど」

禅一は五味の派手なアクションの方に驚いてしまう。

「いやいや、こんなに氣を垂れ流しにしておいて、そーゆー事、言います!?それだけ噴き出すように修行したら……」

「禅は特異体質なんだ」

言い募ろうとする五味の言葉を煩そうに譲が遮る。


譲はまっすぐに武知を見る。

「『藤護』としてじゃなく、一般の善良な市民として、俺らも協力をするよ。禅はチビがいるから日中しか動けねぇけど、俺はフルで付き合える」

その言葉に武知の緊張した表情が少し和らぐ。

「微力ながら、私も善良な市民として、協力しましょう。通常の勤務終了後になりますが、アーシャちゃんのシッターや、幼児誘拐を企てる下郎の抹殺程度なら請け負えます」

峰子も小さく手を上げて宣言する。

「善良な市民が抹殺……?抹殺が微力……?」

五味の小声でのツッコミは黙殺される。


峰子が協力してくれるのは、とても助かる。

アーシャを預けられれば、禅一も活動できる時間が増える。

さらに詳しく少し話し合おうと思った所で、スマホの着信音が部屋に響く。

「おっと……失礼」

そう言って武知は胸元のスマホを取り出す。

着信を拒否しようとして、表示された画面を見て、それを止める。

そして頭を下げて席を外し、玄関の方へ向かう。


最初は小さな声でやりとりしていた武知だったが、

近常ちかとこ君が!?」

そう驚いたように声を上げてから、段々と声が大きくなり始める。

こちらに背を向けているので、表情は見えないが、何処か焦りを感じる口調だ。


「……………?」

突然静まった部屋に、大人の只事ならぬ声が響いて、プリンを頬張っていたアーシャの顔に不安が浮かぶ。

禅一はアーシャの背後に回って、小さな背中を宥めるように撫でる。

「……ゼン……」

「大丈夫、大丈夫」

不安いっぱいの顔に、禅一は笑顔で答える。


何があってもアーシャの安全だけは確保する。

背中の手から、そんな気持ちが伝わったのだろうか。

気を持ち直して、笑顔になったアーシャは、器に残っていたプリンをかき集めて、スプーンを嬉しそうに咥えた。


「ふふ」

果汁がついたアーシャの口周りを、禅一はティッシュで拭き取る。

初めの頃の、頭蓋骨の形がわかりそうな状態から比べると、その頬はずいぶんとふっくらしてきた。

これからもっと沢山食べさせて、いろんな所に連れて行って、友達も沢山作らせてあげたい。

その為に何が起こっても最善を尽くす。

「ゼン、あいがとぉ!」

無邪気に笑うアーシャの頭を、禅一は優しく撫でた。

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