7.兄弟、明日に備える
大泣きする子供を学生風の若い男が連れ歩く。
状況だけなら一発で警察に通報されそうだが、疑いの視線を向けられる事すらなかったのは、支える必要もないくらいの勢いで子供の方がしがみついていたからだろう。
両手両足をこれでもかと広げてしがみつくので、一体感がすごい。
将来なるかもしれない中年腹の疑似体験だ。
すれ違う、子育て中の親世代、もしくは子育て終了した世代の、視線の生暖かさが凄かった。
「お兄ちゃんが大好きなのね〜」
などと声をかけられて、禅一は恥ずかしいような嬉しような気分で、アーシャを抱きしめた。
泣いて、泣いて、泣いて。
彼女の言葉はわからないが、寂しかった、寂しかったと訴えるような声は聞くだけで心が痛んだ。
同時に、小さい手足が、自分に精一杯しがみつく力の強さに、体の芯からホコホコと温まるような気持ちが湧き上がってくる。
懐いてくれているのは感じていたが、こんなに力一杯求められているとは思っていなかった。
「………新しい形の有袋類みたいになってんな」
家に帰り着いたら、プリンターから出した地図を見ていた譲が、呆れたようにそう言った。
歩いているうちに、泣き疲れてアーシャは眠ってしまったのだが、体の前面を全て禅一にくっつけておかないと、苦悶の表情で、ひっくり返された亀のように必死に手足を動かすので、仕方なく自分のコートで体に括り付けて帰ってきたのだ。
「ちょっとでも離れたら眠りが浅くなるみたいなんだ」
アーシャのリュックや靴、上着を玄関に下ろしながら禅一は答える。
重くはないが色々と荷物が嵩張る。
「へぇ」
譲は片手に持っていたインスタントコーヒーを啜りながら、興味なさげに視線を地図に戻そうとして、途中で止まる。
「………何で全開の笑顔?」
「へ?」
怪訝な顔で聞かれて、禅一は自分が笑っていることに気がついた。
アーシャを揺らさないように気をつけながら、靴を脱ぎつつ、禅一は首を傾げる。
「う〜〜〜ん、何って言うんだ……?何かこう……スペシャル感?みたいな物のせいかもしれない」
「スペシャルぅ?」
譲は胡散臭そうな顔をする。
「何って言ったら良いんだろうな……」
禅一は自分にペッタリと張り付いて、目元を腫らしながらも安心した顔で眠るアーシャの顔を見る。
「こう、世の中、いっぱい人がいるんだけど、この子は俺だけなんだなって言う……ちょっとした選ばれし者……みたいな?」
誰かの血を引いているからとか、そんな条件ではなく、自分自身が求められる。
こんなにも『禅一』自身が求められた経験はない。
それは予想以上に嬉しいものだった。
「何だよ、その『初めての承認欲求』的なノリは」
しかし譲にはあまり通じなかったらしく、呆れた顔をされてしまう。
「承認欲求か。……これが『承認欲求』なんだな」
禅一は自分の胸を押さえる。
「SNSに写真や動画を載せまくってる奴の気持ちがわかる気がする。確かにこれは嬉しい。夢中になって撮影する奴の気持ちが初めてわかった」
写真や動画を公開して反応を貰うことに夢中になるという話を聞いても、今一ピンときていなかったのだが、初めてその心理が理解できた。
禅一はウンウンと頷く。
「いや、それは別物だから。絶対違うから」
対して譲は更に呆れた顔になっている。
「違うのか?」
「違う。全力で突っ込みたいけど、今は疲れてるから後でな」
譲は深々とため息を吐いて、譲はマグカップとプリントアウトした地図を手に、ソファに足を伸ばして座る。
「……コーヒーを飲むより、ちょっと休んだ方がいいんじゃないか?」
本来甘党の譲はそんなにコーヒーは好きではない。
外では格好つけて飲んでいるが、家で飲むのは眠気を抑え込みたい時だけだ。
「眠ってる余裕はねぇだろ。今日中に奴らが持て余してるっていう『穢れ』の具合を確認しに行かねぇと」
譲の横顔は疲労が濃く出ている。
譲は本来、騒ぐのも騒がれるのも嫌いで、一人で黙々と作業するのが好きな、人前に出て大立ち回りをするタイプではない。
必要に迫られれば、どんな役柄でも演じる器用さがあるが、やりすぎると精神的に疲労困憊してしまう。
以前アーシャの為に好青年を演じた時なども、疲れから懇々と眠り込んでしまっていた。
今日はかなりテンションを上げて明るい人間を演じていたので、あの時より疲れているだろう。
「場所の確認は後で俺がやっとくから……」
「何も視えない禅がどうやって確認するんだよ」
そう言われてしまうと、禅一にはどうしようもない。
「良いから。俺のことは放っとけ。絶対的な力の差があるって印象づけをするのが必要なんだ。ここは絶対に失敗できない所なんだよ」
シッシと譲は犬でも追い払うように手を振る。
禅一たちは、いつぞやの武知たちの助言に従い、絶対的な力を見せつけることでアーシャを狙う連中を牽制する事にした。
(せめて少しでも視えたら良かったんだが)
疲れ切った顔で、地図上に情報を書き込んでいる譲を見ながら、禅一は肩を落とす。
敵地に乗り込んでのデモンストレーションは上々。
ここからは自分達の有用性を実際に示さねばならない。
しかし禅一は神事を代打でこなしていた経験しかなく、穢れなどを祓ったことがない。
本当に自分達で何とかできるのか。
譲はそれを一つ一つ回って確認してみるらしい。
「えっと……甘いもの……冷凍の回転焼きあるぞ。食べるか?」
「自分でやる」
「……エナジードリンクとか買ってくるか?」
「いらん」
交渉や裏方業務に関しては無能な禅一は、何かできることはないかとウロウロするが、譲に冷たい視線で睨まれる。
「良いから。禅はチビの面倒を見とけ。分業だ。環境ががらっと変わったし、触れ合う人間が急激に増えたから、気合い入れてケアしろ。禅が動き回れるのは、チビを保育所に預けている間だけなんだ。間違っても無理させて体調崩して休む事にならねぇようにな」
そう言われては手出しができない。
「……アーシャを寝かしつけてくる」
「あぁ。俺は情報をまとめ次第、出るから。昼飯はいらねぇ」
スゴスゴと退場する禅一に、譲は地図から目を離す事なく、ヒラヒラと手を振った。
(譲にばっかり負担をかけているよなぁ)
演技は下手で暴走しがち。
交渉も上手いとはとても言えない。
自分の力を認識できないから使い熟せないし、超常的なものも日常生活では感じることがなく、全く縁がない。
(穢れも……本当に祓えるんだろうか)
そんな状態なので自分が本当に役に立つかわからない。
(いざとなったら、気合い入れて殴ってみるか)
ベストは尽くすつもりだが、現状では譲に負担を強いるばかりだ。
「ん……」
そっとベッドの上に下ろそうとすると、アーシャはもがく。
まるで助けを求めるように禅一にしがみつく。
「んん……んんん……」
顔も苦悶の表情だ。
張り付いてくる小さな体温に、禅一は眉を下げる。
眠りながらも、一生懸命に禅一を求めてくる、無力なのに力強い命。
(分業と言っても、アーシャは全然手のかからない子だし、世話は楽しいし)
この何物にも変え難い、まっすぐな信頼を、禅一が独占している。
譲の方がアーシャのために動いているくらいなのに、この幸せを独占するのが申し訳ない。
(コレってよく聞く『育児の良いトコ取り』だよなぁ)
枕を背中に敷いて、アーシャが起きるまで腹の上を提供することにしながら、禅一は寝転ぶ。
(俺が守りたいって言い出したんだ。自分にやれることをやるしかないな)
まだ社会にすら出ていない世間知らずな学生二人で、どこまでやれるかなんてわからないが、精々自分達を大きく見せて、ベストを尽くすしかない。
そう考えながら、禅一は教科書やノートを手繰り寄せて、勉強を始める。
天才肌の譲と違って、頭の出来がそれほど良くない禅一は、とにかく努力あるのみで点数を稼いでいる。
幸い、大学の成績というものはテストの点数そのものではない。
出席点をきっちり確保して、提出物を真面目に提出し、テストで上位三割程度に入れば何とかなる。
配点の重みは教師によって変わってくるので、禅一は出席点や提出物に重みをおいていると噂の科目を重点的に履修している。
できる事をできる時にと、時々寝返りを打って腹から落ちそうになってアワアワするアーシャを戻しながら、禅一は勉強を続ける。
(結構起きないな)
しかし時計が二時半を過ぎたあたりから、心配になってくる。
昼ごはんを食べさせていないので、起こして食べさせるべきかもしれない。
しかしよっぽど疲れたのか、ピィピィと鼻を鳴らしながら、ぐっすりと眠っているのを起こすのは可哀想な気がする。
「んぁ……」
そんな中モソモソとアーシャが意志を持って動き出した時は安心してしまった。
ようやく起きてくれたのだと様子を見たら、うっすら目を開けたアーシャは頭の位置を変えて、再び眠りの姿勢に入ってしまう。
「アーシャ?」
起こすべきか、起こさないべきか。
迷いながら声をかけると、アーシャは再びモソモソと動き始めて、眠そうな目が禅一に向けられる。
「………へへへ………」
そして何とも幸せそうに笑って、ぎゅっと抱きついてくる。
(可愛いなぁ)
こんな風に誰かに懐かれたことのない禅一は、だらしなく笑ってしまう。
外で頑張っているであろう譲に申し訳ないくらい、幸せな役割である。
(ホント、手がかからないんだもんな。ケアも何もする事がない)
洗面所に下ろせば、勝手に手を洗ってくれる。
アーシャの手のかからなさに禅一は安心しきっていた。
しかし手を洗ったアーシャは手を拭く時間も惜しむように、急いで戻ってくる。
そして禅一の足に飛びつく。
「アーシャ?」
いつもではあり得ない行動に、禅一は目を見開く。
セミのように禅一の足に張り付いた、小さな体が小刻みに震えている。
「アーシャ?」
もう一度声をかけても、アーシャは顔も上げずに、必死に禅一の足にこびりついている。
精一杯と思われる力を込めて、全力で抱きついている様子は、怖いを夢を見たとか、そんな程度ではない。
切実に何かに怯えている。
抱き上げてその顔を見たら、今まで見た事ないくらい、不安に塗りつぶされている。
隙間を作ると悪い事が起こるとでも言いたげな様子で、アーシャは禅一に張り付く。
しっかり眠って機嫌が治ったかと思いきや、引き取りに行った時と同じ様子だ。
禅一は安心させるために笑みを浮かべて、その頭を念入りに撫でる。
(譲……エスパーか)
確かにこれはケアが必要な状態だ。
そう思いながら、禅一はしっかりとアーシャを抱っこして、口を濯がせてからリビングに戻る。
(そっか、いきなり預けられてショックだったんだな)
家に帰ってきて、しっかり眠ったから元気になるというわけではなかった。
(保育園なんて意味わからんだろうしな。もしかして捨てられたとか思われていたとか?)
グルグルと考えながら禅一は朝食の残りをオーブントースターに放り込む。
(迎えに行くとわかっていたら少しは安心できそうだが……明日から絶対に迎えに行くということを伝えないといけないな)
言葉が通じないアーシャに絶対伝わる良い方法はないものだろうかと、自分とアーシャの分の麦茶を注ぎつつ、禅一は悩む。
そして冷蔵庫から追加の食材を取り出そうとして、手を止める。
「う〜〜〜ん」
昼は具沢山のチャーハンと餃子にしようと思っていたのだが、アーシャを抱っこしたままだと、作れない。
しかももうすぐ三時だ。
あまり食べすぎると、夕飯が入らなくなってしまう。
(片手で用意できて、軽く食べられて、満足感があるもの……)
ガサガサと冷凍庫を開けて中を漁る。
「お!」
一個だけ食べて、後を残していた冷凍肉まんを見つけて、禅一は顔を輝かせる。
肉まんはアーシャもきっと好きだろう。
何せ彼女の好きな肉が中に詰まっている。
そんなに量もないのでオヤツ的に食べられる。
安物のレンジ用蒸し器を出して、水を張り、肉まんを詰める。
両手が使えれば何ということのない作業だが、アーシャを抱っこしての作業なので、中々スムーズにはいかない。
(世の保護者はこういう時どうしてるんだろうな。片手じゃまともにメシなんて作れない)
本日の夕飯は絶対に両手を使わないと作れないメニューだ。
それまでにアーシャが落ち着いてくれるだろうかと禅一は不安に思う。
(何だっけ……おんぶ紐?あれって家のもので何か代用できるんだっけ?)
禅一は道で見た赤ちゃんの様子を思い出そうとするが、上手く画像が出てこない。
小さなリュックのような物だったような気がするが、アーシャは軽いので、使う必要性はないと、しっかりと見ていなかった。
禅一が悩んでいたら、気持ちが伝わってしまったのか、アーシャが不安いっぱいの顔でしがみついてくる。
(いかんいかん)
禅一は自分の頬を、軽く揉みほぐす。
アーシャが不安を抱えている今、禅一は明るい顔をしておかなくてはいけない。
「大丈夫、大丈夫」
そう言って、ゼンは笑って見せる。
背中を宥めるように叩くと、アーシャは小さく息を吐いて、禅一に体を預けてくる。
(先のことは考えても仕方ない。目の前のアーシャを不安にさせないようにしなきゃな)
禅一は一人頷く。
夕飯のことは夕飯の時に考えようと割り切って、禅一はチンと音のなったトースターからパンを取り出す。
食べる事が大好きなアーシャだが、パンが出てきても大きな反応がない。
ずっと頑張って禅一に張り付いている。
(今日は特別に甘やかしたって良いよな)
今日のアーシャは、たった一人で頑張ってきたのだから、ちょっとばかり甘やかしたってバチは当たらない。
譲だってケアしろと言っていた。
そう思って、禅一は自分の膝の上にアーシャをのせる。
「アーシャ、あ〜ん」
そう言って禅一はアーシャの口元にホットサンドを持っていく。
これは断じて餌やりを楽しもうという不埒な考えからではない。
うんと甘やかして、ケアするためだ。
そんな言い訳を考える禅一だが、肝心のアーシャが口を開けない。
「ん?」
首を傾げると、アーシャは目を潤ませながら禅一を見上げる。
「……アーシャの」
何故か確認されてしまった。
アーシャが自分で食事ができるとわかってから、禅一が介助する事がなかったので、不思議に思ったのかもしれない。
「そう。アーシャの」
禅一は大きく頷いて肯定する。
「アーシャ、あ〜ん」
その上で、もう一度言ってみたら、アーシャは輝くような笑みでホットサンドに噛み付いた。
(小さな歯形が可愛いなぁ〜。ほっぺがパンパンだ)
自分で一生懸命食べるアーシャを眺めるのも良いが、手ずから食べさせるのは、一味違う。
幸せそうに食べる姿の解像度が上がって、感情移入して、自分の顔も緩んでしまう。
(この一心不乱な感じ。本当にウサギみたいだな〜)
昼を大きく過ぎたから、お腹が減っていたのだろう。
あんまり詰め込むものだから、上手く口を閉じ切れずに、シャクシャクとキャベツを噛む音が漏れてしまっているのも相まって、ウサギっぽさに拍車がかかる。
幸せな気分で禅一はホットサンドをアーシャの口元に運ぶ。
「ん?」
一心不乱に食べていたアーシャは、急に禅一を見上げる。
「あぃ……ぜんの?」
パンかすを口の周りにつけて、真剣な顔で見上げてくるのが、これまた可愛い。
禅一を指差しているので、禅一に関する質問のようだが、よくわからない。
「あ〜ん」
何だろうと考えつつも、食べる所を見たいという己の欲と、栄養を取らせねばならないという義務から、禅一は継続してアーシャにホットサンドを勧めてしまう。
アーシャは重ねて質問することはなく、また頬をパンで一杯にして、モッモッと咀嚼を始める。
少しばかり禅一の腹の虫も鳴いているが、美味しそうに食べている姿を見るのに忙しいので後回しだ。
するとアーシャは自分の手で皿の上のホットサンドを掴む。
(自分で食べたいんだな)
ちょっと残念に思いながらも禅一はアーシャを見守る。
自分で食べるのも、それはそれで可愛いものだ。
「ん?」
しかし驚いたことにアーシャの手のホットサンドは、禅一の口元に運ばれてくる。
「ゼンの!」
驚いて咄嗟に対応できない禅一に、アーシャは嬉しそうに笑って、そう言った。
「………」
初めての場所で一人きりになって、心細い思いをして。
やっと帰ってきた家でも不安でいっぱいで。
もうすぐ夕方に入る時間帯だから、お腹もものすごく空いているであろう状態で。
それでもこの子は他の人間のことを考えられる。
(……優しい子すぎる……)
思わず涙腺の辺りがツンと痛む。
ワクワクと禅一が食べるのを待つ姿が健気すぎて涙が出そうだ。
禅一は差し出されたパンを齧って、胸がいっぱいになって、小さな体を抱きしめる。
「へっ、あ、ぜ、ゼンっ」
驚いた顔のアーシャの頭をめちゃくちゃに撫でてしまう。
この子は絶対に誰にも渡せない。
この優しさが利用されるような事は絶対に許されない。
例え誰かを守るためだとか、癒すためだとか、どんな大義名分を掲げられても、この子の子供としての幸せは崩させない。
改めて禅一はそう思う。
「美味しいな!」
そう言うとアーシャは嬉しそうに笑って大きく頷く。
お返しとばかりにホットサンドを差し出すと、大きな口を開けて食べる。
「おいふぃーな!」
そしてヒマワリのような笑顔で、アーシャは真似っこする。
大きく開いた口から中の物が見えてしまっているのは、ご愛嬌だ。
二人揃ってホットサンドを食べ終わったところで、電子レンジが温め終了した音を立てる。
アーシャを抱っこしたまま、蒸し器を取りに行くと、興味津々な様子でアーシャはレンジを覗き込む。
「あちちっ」
片手で持とうと蒸し器の中央を掴むと、あまりの熱さで、慌てて禅一は手を離す。
そのままだと火傷しそうなので、台所に無造作に干している布巾を挟んで、蒸し器をテーブルに移動させる。
譲がいたら、ちゃんと鍋つかみを使えとかうるさい事を言うが、禅一は手袋の中に手を入れるという一手間が面倒臭くて、ろくに使った事がない。
「ふぁっ!」
蒸し器の蓋を開けると、アーシャがわき上がる湯気に驚く。
確かに、これはちょっと湯気が多すぎる。
「あれ?ちょっと長すぎたか?」
大体の勘で温め時間を設定した禅一は焦る。
慌ててパタパタと手であおぐが、そんなに早く肉まんが冷めるはずもない。
クンクンと鼻を鳴らしたアーシャは、熱々の肉まんに手を伸ばす。
「待って、待って」
目をキラキラとさせているアーシャを待たせるのは可哀想だが、火傷をしたら大変だ。
あおぎにあおぎまくって、手に持っても大丈夫な熱さになったことを確認してから、禅一はアーシャに肉まんを渡す。
「ふわぁぁぁ〜〜〜」
受け取ったアーシャは、一目散にかぶりつくかと思いきや、何故か肉まんを揉んでいる。
「プワップワ!!」
そして『すごい発見をした!』とばかりの顔で報告してくれる。
微笑ましさに、だらしなく目尻を下げながら、禅一は自分の肉まんをとって齧り付く。
「んふっ」
そして思った以上に、まだまだ熱々だった内部に飛び上がりそうになる。
(これはアーシャも危ないんじゃないか!?)
そう思って見たら、アーシャは意外と上手に熱い部分を避けて食べている。
「んんん!!」
「んふぁぁぁぁ〜〜〜!」
「ハフッハフッ!」
「うぃにぃあふぅ〜〜〜!」
目を見開いたり、上を向いて雄叫びをあげたり、美味しそうにハフハフしていたり、ぴょんぴょんと弾んだりと、どこでも売ってある冷凍肉まんを食べているとは思えない程、アーシャは表情豊かだ。
『もうちょっと食べたいけど一個は食べられないな〜』という幻聴が聞こえてしまうくらい、考えていることもわかりやすい。
「美味しいな」
そう言えば、
「おいしーな!」
と張り切って返してくれる姿に、目尻のが下がりすぎて、顔面が崩壊しそうだ。
(いっぱい美味しいものを食べて、いっぱい他の子と一緒に遊べるようにしてみせるからな)
監視や警護などがなくても、何ら危険がないように。
将来一人で遊びに行きたいと言い出した時、危ないから駄目だと言わなくて良いように。
明日からも頑張ろうと、禅一は決心を新たにするのだった。
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