20.兄弟、小松菜ブーストする

「俺が居ない時は、トイレとかの世話、譲に任せても良いか?」

譲の今回の工作は、そんな一言で始まった。

答えは絶対NOだ。

ガキの下の世話なんて絶対にしたくない。

あと、禅一は全く意に介していないが、補助便座が無造作にトイレに置いてあるのも嫌だった。

ちゃんと拭いてから脇に置いていると言われたが、何となく不衛生に感じる。

やはり便座は便器の上にのみ、あって欲しい。


そんな極めて利己的な原因で作った二種類の踏み台は、チビ助に大好評だった。

因みに二種類ともに、二枚の三角板の間に板を通すだけの簡単な構造だ。

三角そのままだと少し素っ気無いか?と、ちょっと羽根っぽい筋を入れたのが良かったのかもしれない。

アーシャは大喜びで、意味もなく台にのぼっては手を洗うふりをしたり、用を足すふりを繰り返していた。

(まぁ、しっかりイメトレして、本番で俺に迷惑をかけるなよ)

くらいの気持ちで見守っていたのだが、ずっと喜ばれると悪い気はしない。


そのうち、食事の支度をしている禅一を見て『良いこと思いついた!』みたいな顔で、台を動かし始めたので、譲は重い腰を上げて、アーシャを捕獲した。

「チビ!大人しくしとけ」

そう言ってみたが、

「アーシャ!」

とチビ助は自分の名前を訂正するだけで、何もわかっていない。

子供と遊んでやるなんて、面倒だが、見張っていないと、余計な事をしそうだ。


譲の視界にはテレビが入る。

しばし考えて、彼は頷いた。

「ついでだから防犯啓蒙してやるか」

無駄な事に時間を割きたくない。

労力も割きたくない。

そんな譲が選んだのは、動画だった。

テレビ前にポイッとクッションを投げて、その上にアーシャを設置する。

そしてテレビの電源を入れて、動画アプリを起動して、『子供・防犯』等それっぽいキーワードを入れる。

「ん〜〜〜」

意外と何件も引っかかるので、譲は詳細を読んで、警察関連が出している、お堅そうな動画をチョイスする。

頭がパンのアニメとかの方が、子供の興味を引きそうではあったが、外国籍の子供に通じるのかが疑問だったので避けた。


流れ出した動画は『流石お堅い所が作った映像』といった感じで、子供たちの演技が教育チャンネルのノリだ。

子供にわかりやすいように、わざとらしい。

しかしチビ助は興味津々といった様子で、テレビを見ている。

譲に置かれた所から移動することもなく、大人しい。

安心して譲はソファーでゴロゴロできる。


雑誌を流し読みしながら、動画を見るが、極々一般的な防犯啓蒙映像だ。

校庭で帰宅途中の子供たちが不審者の噂をしてフラグを立てつつ、不審者と出会った時に、とるべき行動をわざとらしく解説していく。

この辺りは日本語なんで全く意味がわからないだろうと思うが、チビは何故か微笑ましそうな顔をしつつ、映像を見ている。

一体どこに和んでいるのか皆目見当つかない。


そしてその後はお決まりで、友達と別れて、一人になった少女を見つめる、怪しい男が出てくる。

(何でこういう時、『それっぽい』奴を犯人役にするかねぇ。一番危ないのは善人に見える奴なんだから、分かり易さより、無害そうな奴こそ危険っていう事実を入れといた方が、ガキのためになるのに)

世の中には落とし穴が多い。

殆どの悪人は善人の仮面を被っているのだと早めに教えるべきだとか、どうでも良いことを思いつつ、譲は雑誌を捲る。

そんな人生にスレている譲とは違って、アーシャはハラハラとしているようで、胸の前で手を組んで、女の子を見守っている。


画面下に『ついて行かない!』というテロップが出て、女の子が明らかな拒否を示すと、アーシャはウンウンと深く頷いている。

言葉がわからなくても、ついて行かない方が良いということを理解しているらしい。

これはちょっと意外で、譲は目を見張る。

お菓子なんかで簡単に誘拐されそうな頭の緩い子供に見えるが、そうでもないのかもしれない。


「あぁ!!」

画面の中で男が女の子の腕を握った時、アーシャはピョンと立ち上がった。

そしてテレビの上から男を叩き始める。

(けっこう武闘派だよな、この子供)

怯えるでも、叫ぶでもなく、まず攻撃しようとする所が危うい。

「ユズゥ!ユズゥ!!」

男をやっつけろとばかりに、チビは画面を指差して訴える。

(そしてどうもこれが、ただの動画とわかっていない………)

このご時世、動画を理解していない子供がいるなんて驚きだ。

タブレットを使いこなす赤ちゃんもいるこの時代に、どれだけ放置されていたら、こんなに情報に疎く育つのか。

譲はため息を吐きながら、続きを見ろとばかりに画面を指差す。


丁度画面には『大きな声を出す』とのテロップが出て、「助けて」と女の子が声を上げながら、防犯ブザーを引く。

「みにゅんなぁ〜〜〜」

チビ助はわかりやすく安堵して、拍手までしている。

『大人のいる方へ逃げる』や『あったことをしらせる』などテロップは出続けて、物語は続いているが、アーシャにとっては少女が危機を脱した所で、大団円だったようだ。

(全く啓蒙されてねぇな)

譲のため息は止まらない。


譲は軽そうな頭を、スイカを叩いて詰まり具合を確認するように、ぽんぽんと叩く。

「ん?」

振り向くアーシャに、動画を防犯ベルを引くところまで戻して、停止する。

「ああ言う事があったらそれを吹くんだ」

そしてチビの首から下がっている笛をトントンと指差す。

「???」

わかっていない様子なので譲はテレビを指差す。

「………え!?」

しかし防犯ベルを引いている場面を示してもわからないらしく、物凄く驚いて、うにゃうにゃと何か呟いている。


譲が重い腰を上げて、お前の笛はこれと同じ役割なんだとばかりに、テレビに映った防犯ベルとアーシャの笛を交互に指差しても、アーシャは困り顔で首を傾けている。

(やっぱり防犯ベルとか知らないのか)

防犯ベルを鳴らす所から、動画をもう一度再生しつつ、

「ほら、でけぇ音が出てるだろ?お前も笛を吹いてでかい音を出すんだ」

一応日本語で説明してみるが、アーシャの顔から疑問符は消えない。


こうなれば実際に笛の効能を見せてやるしかないだろう。

譲はテレビを消して、階段に向かう。

「チビ」

と、呼ぶと、

「アーシャ!」

と訂正しながらチビ助は小さい足で不恰好に走ってくる。

譲はベビーゲートを開けて、階段を上るように二階を指差す。

禅一のような、抱っこしての運搬など、ユズルにはやる気がない。

出来ることは自分でやらせる。

それが子供のためにも自分のためにもなることだ。


アーシャは首を傾げたが、文句も言わず、階段クライムを開始する。

一段一段をふうふうと言いながら、険しい山でも登っているかのような様子の、小さな背中の後ろを、譲はついて行く。

そして禅一の部屋に誘導して、ドアを閉める。

予想外な動きをする事が多々ある男を召喚するので、ドアからは少しズレた位置に立ってから、譲はアーシャに身振りでアーシャに思い切り笛を吹くように指示する。

家の中なので、ドアを蹴破ったりしないと思うが、色々と兄は前科が多いので、用心に越したことはない。


首を傾げつつ、アーシャは強めに笛を吹く。

もっと思いっきりやった方が、効果があると思ったのだが、まぁ、その辺りは集合住宅に配慮ができるお子様だということで目を瞑る。

「………?」

笛を吹いた本人は何が起こるのか全くわかっていないので、笛を咥えたまま、不思議そうな顔のままだ。

しかし変化は瞬時に現れた。


買ってきた時点で、チビが吹いて、その音は禅一に登録済みだ。

チビの姿が見えない状態で、その防犯用の笛が鳴らされる。

すると禅一がどんな行動をとるか。

譲には読めている。


ダンッダンッと階段を踏み締める音がしたかと思ったら、迷いなく、部屋のドアが取れそうな勢いで開かれた。

「アーシャ!!どうした!?」

昭和建築なのだから、もっと大切にしてほしいと思う譲を他所に、禅一は残像が見えそうな勢いでアーシャに駆け寄って、安全点検を始める。

笛が鳴った瞬間に、音だけでその場所を特定し、恐るべき跳躍力を活かし、たった二歩で二階に到達し、対象を確保する。

(我が兄ながら野生のセ◯ム)

異常な運動能力と野生のカンだ。

笛を吹いた形のまま固まっているアーシャの肩を、軽く叩いて、譲は現実に引き戻してやる。

これで笛を吹けば、禅一が飛んでくる事が理解できただろう。


何も無かったとわかると、禅一は渋い顔をする。

「おい……譲、これは何だ?」

「家庭内セキュリティの接続確認?」

譲が答えると、禅一は盛大にため息を吐く。

「あのなぁ………一応集合住宅なんだから、こういう事は昼間にやれよ。ご近所迷惑になるだろ」

別にやるなとは言わないらしい。

「大丈夫だって。和泉も篠崎も帰省中だし」

譲たちは角部屋で、二軒隣までは知り合いだ。


「へへへ」

わかったのか、わかっていないのか。

抱っこされたチビは、嬉しそうに禅一にしがみついている。

呑気そうな笑顔だ。

「よし、セキュリティチェックできたから解散」

そう言いながら、譲はさっさと部屋を出る。

「はぁ………まぁ、そろそろ呼ぼうと思っていたから、丁度よかった」

小動物に懐かれた禅一はこの上なく嬉しそうな顔で、その頭を撫でながらついてくる。


一階に戻ると、既にテーブルには、殆どのおかずが並んでいる。

禅一はチビ助を椅子に座らせて、途中で投げたらしい箸を流しに置いて、新しく配膳していく。

「ふあぁ〜〜〜」

鮭のホイル焼き、小松菜のナムル、そしてご飯と味噌汁。

ホイル焼きには明らかなビタミンD狙いで、シメジ、舞茸、エリンギとキノコが山盛りで、鮭とキノコどちらがメインかわからなくなっているし、ナムルは胡麻を入れ忘れているし、味噌汁は豆腐とワカメだけの寂しい構成だ。

特に豪華でもない、キノコが異様に多い以外は、いつも通りの夕飯だ。

なのにチビ助は涎を垂らしそうな様子で、うっとりとそれらを見つめている。


「い・た・だ・き・ま・す」

配膳が終わっても、プルプルと震えながら夕飯を見つめているアーシャに、禅一がご飯を促す。

「いたぁきましゅ!」

するとパァンと手を鳴らしながら、元気良くアーシャは倣う。

「何でナイフなんか並べてんだよ」

「え?昼も出してただろ?」

「あのなぁ……昼はパンケーキだから出したんだよ。子供は基本フォークとスプーンで良いだろ」

「でも……使ってるぞ?」

驚いたことに、子猿のようだと思っていたアーシャは、ナイフで鮭を切り分けている。

「いや……意味わからんし……」

垢だらけの痩せこけた姿で放置され、動画も理解できないような子供が、貴婦人のようにナイフで魚を切り分ける。

その姿は、あまりにもアンバランスだ。

(いや、考えてみたらパンケーキをナイフで切る自体おかしかったのかもしれねぇ。子供ならそのままかぶりついても良いくらいだったのに)

自身がホットケーキはナイフで切って食べるせいで、昼は違和感を感じ取れなかったが、鮭を迷わずナイフで切り分ける姿には違和感を感じる。

その能力といい、やっぱりこの子供は底が見えない。


譲の警戒心は高まる。

「はふっはふっ………ん〜〜〜!」

しかし目の前の子供は呑気に鮭に舌鼓をうっている。

間抜けな顔で、食事に夢中になっている姿はどう見ても、ただの子供だ。

ナイフとフォークを持ったまま、頬を押さえて、頭を振り回す様は、貴婦人からかけ離れている。

美味しかったらしい魚を、次々と口に放り込んでいく姿も、ただの子供だ。

「アーシャ、こ・め」

見兼ねた禅一は他の物も食べるように、お手伝いを始めてしまう。


ご飯を口に入れてもらったチビはうにゃうにゃと騒ぎながら、幸せそうである。

幸せそうなチビを見て、禅一も嬉しそうだ。

「米って何だ、米って。米は炊いてない状態の事だろ」

呑気な親子を見ていたら、警戒するのも馬鹿馬鹿しくなってしまう。

謎は多いが、じきにわかる事もあるだろう。


「禅、明日の病院が終わったら、そろそろ預け先を探し始めるぞ」

「え!!!!」

ニッコニコでご飯の介助をしている禅一は突然の宣告に固まる。

「あのなぁ、しばらくオンライン対応してもらうとか言ってたけど、ずっとそんな事できるわけねぇだろ?まさか大学にチビを連れて行くわけにもいかねぇし」

「………………」

譲の言葉に、禅一は何やら考え込んでしまう。

「何だ?」

「……連れて行ったら、ダメだと思うか?」

阿呆な事を言い出した兄に、譲は脱力する。

「ダメに決まってんだろ。第一、もうすぐ試験もあるんだぞ。試験中どうするんだよ」

「あ〜〜〜〜〜〜」

考えていなかったらしく、禅一は頭を抱える。

「大体、大人だけの環境なんて問題だろ。同年代と一緒にいた方が言葉も覚えるだろうし、成長には絶対必須だ。保育のプロだっていろいろ教えてくれるはずだ」

「そ……そうだな……」

正論にしょんぼりと禅一は萎れる。


「最上とかに勝手に連れていかれたりしたら困るから、これだけは、信頼できそうな園を見繕って、自分ら主体で申し込みをやった方がいいだろうな」

勤労していない学生の身分は手続きが面倒なので、本当は代理人に丸投げしたいところだが、最上たち、本家の息がかかっていないとは言い切れないので、任せてしまえない。

そこで役に立つのが無駄に威圧感があり、『生真面目そう』『好青年』などの外面補正の高い兄だ。

やる気を出して、とても十代とは思えない貫禄で手続に行ってもらわなくてはいけない。


「待機児童とかよく聞くけど、いきなりで大丈夫なのか?」

「ああいうのは人口多い地域の話な。こんなうらぶれた人口流出しまくりの地方都市にゃ関係ねぇよ」

当然のように答えたが、この辺りはきちんと調べている。

譲たちが住んでいる地域は、私立幼稚園の数が多く、延長保育もやっており、いざとなればこっちを頼る事もできる。

但しアーシャの正確な年齢もわからないし、言葉が通じないので、教育をメインにする幼稚園より、保育をメインに据えた保育園が望ましい。


一人賑やかに、美味しそうに夕飯を頬張るアーシャの世話をちょこちょこと焼きながら、禅一が曇る。

言葉が通じない彼女が、他の子どもたちに馴染めるのかとか、自分が離れてしまっても大丈夫だろうかとか、どうしようもない事を考え込んでいるのだろうが、この決定は覆せない。

学生という身分で、子供を引き取るなどという事は、周りの補助なしには決して実現しない。

子供を優先して、学生としての生活が破綻すれば、いずれ子供にも影響が出る。

その為に福祉というものがあるのだ。

使わない手はない。


そんな事を考えながら、譲は胡麻のかかっていない小松菜のナムルを口に放り込む。

「んっ」

胡麻のかかっていないナムルなどナムルにあらず、などと思っていたのだが、思わぬ美味しさに譲は目を見開く。

クセがなくて、存在感が薄いゆえに食べ易いと思っていた小松菜が、旨味と甘みを出している。

苦味のないほうれん草のようだ。

「あ、すまん。胡麻を切らしていたのを忘れていた」

譲が止まったのを味への抗議と誤解した禅一は、申し訳なさそうに謝る。


「いや、違う。食ってみろよ」

そう譲が言うと、禅一は首を傾げながら小松菜を口に放り込む。

「………味が、少し濃くなったような……?」

譲ほどの味にうるさくない禅一には、違いがそれ程わからなかったらしい。

しかし飲み込んでから目を見開く。

「……スッとする」

「は?」

「いや、『祭り』の後は体に……不快感が残るんだが……それが和らぐと言うか」

禅一は少し言いにくそうに、顎を撫でる。

「あぁ?」

体に不快感が残るなんて一言も聞いたことが無い。

譲が不機嫌そうに睨むと、禅一は誤魔化すように小松菜をかきこむ。

「あ、うん、美味いな。うん」

下手な誤魔化しを続ける禅一を譲は睨み上げる。


「ん?」

そこでふと気がついた。

禅一から、いつも無駄にダダ漏れしている『氣』の質が変わっている。

いつもより密度が高いというか、輝度が上がっている。

「どうした?」

「いや、禅の氣、いつもより鬱陶しさが倍増してる」

「ええ〜?」

残念ながら禅一は殆ど『氣』が見えない。

(まぁ、見えていたら自分の氣が鬱陶しくて気が狂うわな)

そう思う程、禅一の『氣』は濃い。


譲は試しに、自分の手をジッと視ながら小松菜を食べ進める。

「おいおい………これはとんでもないな」

そしてそう嘆息した。

譲の薄い『氣』が少しづつ濃くなっていく。

「何だ?何が起こってるんだ?」

状況が見えない禅一は、呑気に小松菜を食べ続けている。


「昔さ、ホウレンソウ食って、異様に強くなるアメリカのアニメあっただろう?」

「……あぁ、何でホウレンソウが缶に入ってるんだろうって思っていたヤツがあったような……」

見たとは言っても婆さんが撮っていたビデオに紛れ込んでいた古いアニメなので、禅一はほぼ覚えていないようだ。

「それだ。それのホウレンソウがコレ。食うだけで異様に氣を高めてる」

「小松菜食ってパワーアップ……」

荒唐無稽な話に、禅一は間抜けな顔になっている。


「ふぐっっっっ!!」

そしてその話が脳に染み渡った途端、吹き出した。

「……笑い事じゃねぇって。ブーストできる小松菜とかマジで洒落にならねぇ」

「小松菜ブースト!ふぐっっっ」

何がおかしいのかわからないが、禅一の感性では、笑いの神が降りてくるほどの事だったらしい。

プルプルと震えながら笑っている。

「いきっつうぃにぃあぅみ〜〜〜!!!」

丁度良いタイミングで小松菜を食べ始めたアーシャが、奇声をあげて仰反るものだから、禅一の笑いは止まらなくなる。


(いや、ぜんっぜん笑い事じゃないぞ)

呑気な親子は、美味しい美味しいと笑い合いながら食事を続けるが、譲は頭を抱える。

枯れかけた植物を急成長させる能力だけでも、バレたら欲しがるやつは五万と出てくるだろう。

日本が恵まれすぎているだけで、食料難に喘ぐ国、不作に苦しめられる国、砂漠化が進む国なんかは五万とある。

いや、一瞬で植物を育てる力なんて、日本内だって欲しがる奴は、沢山いるだろう。

その上、急速成長させた作物に付加価値があったら、狙われる確率は指数関数的に増える。

譲たちの貴重な命綱を奪いにくる敵が増える。

そう思うだけで吐き気がする。


頭を押さえる譲の視線の先を、禅一の指がトントントンと叩く。

「……何だよ」

不機嫌に顔をあげると、禅一は能天気そうに笑う。

「大丈夫だ。俺がついてる」

禅一は譲とアーシャに視線を送る。

「何も起こさせない」

その顔は根拠のない自信に満ち溢れた顔だ。

「俺に任せとけ」

特に対策があるわけでもないくせに、何か問題が起こる度に禅一はそう言うのだ。

そして実際にたった一人で全部背負い込んで、全部自分が飲み込んで、なんとかしてしまう。

命懸けの宗主代理もたった一人で引き受け、譲には一切関わらせなかった。


その顔にはもう騙されるものかと思うのだが、禅一の深刻さのかけらもない、能天気な顔には毒気を抜かれる。

「頑張って食べたな〜」

禅一は何も起こらなかったと言う顔で、満腹になってしまったらしいアーシャの食べ残しを綺麗に保存する。

「無理はしなくて良いけど、頑張ったな」

そう言って茶碗を空にしたアーシャを、デロデロに褒めまくっている。

「へへへ」

恥ずかしそうにしながらも、アーシャは嬉しそうに笑う。


禅一にとって彼女は命綱じゃない。

庇護するべき、大切な、ただの子供だ。

(だからこそ……俺がやらないといけないのに……)

譲は今日何度目かわからないため息をこぼした。

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