19.聖女、笛の意味を知る

介助なしに排泄ができない。

ゼンが全く気にしていない様子で、用を足したいと伝えたら、笑って頷いて手伝ってくれるので、遠慮せずに言い出せていたのだが、やはりそれには申し訳なさがあった。

(か………快適………!!)

用を足す白い磁器に、手すりが一体化した足台が取り付けられた事で、一人で用を足す事が出来て、アーシャは感動に震えた。

白い磁器にのぼるための足台。

そして座席の左右に突き出た手すり。

座る部分は穴が大きくて、お尻が落ちそうなのだが、手すりに掴まっていたら、その心配もない。

しかもお尻を拭くための紙に手が届かなかったのだが、手すり横に紙が取り付けられるようになっていて、この問題も解消された。


譲が作っていたのは、一対の羽を一枚の板で繋いだような、可愛らしい造りの、アーシャが一人でトイレに行けるようにする台だった。

磁器の両側に出てくる羽根のような形の手すりも、磁器の形にピッタリと沿うように切られた台も、すべすべで触り心地が良い。

木で作った物なのに、全てがコロンと丸く作られていて、角が全くないのが凄い。

どうやって削ったのだろうか。


各部屋に入る為のノブも、丸い形で握って開けるものから、アーシャが手を伸ばして引っ張って開けられる、棒状の物に替えてくれたので、自由に出入りが出来るようにもなった。

手を洗う場所にも、小さな階段を作ってくれていて、アーシャは誰にも手伝ってもらわずに、手を洗う事ができるようになった。

因みにこちらの小さな階段も、両側の羽根のような形の板を、大小二枚の板が繋ぐ形で、すごく可愛い。


アーシャは嬉しくて嬉しくて、何度もユズルにお礼を言ったのだが、彼はシッシと手を振っただけで、後は卓の後ろにある、ソファーに寝転んで読書を始めてしまった。

アーシャは嬉しさが止まらなくて、何度も部屋を行ったり来たりしたり、台を登ったり降りたりして楽しんだ。

自分でできるようになる事が、こんなに嬉しいとは思わなかった。


陽が落ち始めると、ゼンは忙しくご飯の支度を始める。

「ちび!朽浩礎白報篠籍」

アーシャはそのお手伝いがしたくて、手洗い場所から、作ってもらった階段を移動させようとしたのだが、速攻でユズルに回収されてしまった。

どうも譲はアーシャの名前を『ちび』だと誤解している節がある。

『ちび』と呼ばれるたびに、アーシャだと訂正しているのだが、通じていない様子だ。


「鴨い巡駈帥雅佃蛮蒔退両繭蕉妾小」

何事か呟いて、ユズルはアーシャを、ソファー前の黒い板の前に座らせる。

「ほぁ!!!!」

何だろうと思っていたら、急にその黒い板が輝く。

ただの黒い板だと思っていたら、これは以前ゼンが見せてくれた『真実の鏡』の巨大版だったのだ。

神の世界は不思議なものが沢山あるから、何となく黒い板が飾ってあるなと認識しながら、深く考えていなかったが、とんだ貴重品が日常生活に紛れていた。


ゼンは直接鏡を触って操作していたが、ユズルは中途半端な長さのワンドで、鏡の操作をしているようだ。

覗き込んだら、ワンドには何やら文字が書いてあったり、青、赤、緑、黄色などの色鮮やかな突起が付いている。

最初は人が沢山いるお祭り会場のような場所が映っていたのだが、ユズルが操作すると、三人の子供たちが映し出された。

子供たちは体に見合わない、大きな荷物を背負っている。

昼にゼンが背負っていた袋に似ているが、革製で、その入れ物だけですごく重そうだ。

荷運びの労働についている子供なのかと思ったが、彼らの表情は明るく、着ている服の質がとても良い。

荷物は大きいが、三人は労働者ではなさそうだ。

(子供の表情が明るいだけで、素敵な国だとわかるわ)

アーシャは微笑ましく、楽しそうな子供たちを見守る。


子供たちからは、こちらは全然見えていない様子で、彼らは弾むような足取りで、時々ふざけ合いながら歩いている。

すると『真実の鏡』はグググっと子供たちから離れて行き、路地に立つ怪しげな男を映す。

(何かしら。子供たちを見ているわ)

男の視線の先で、子供たちは手を振り合って、別れる。

小柄で愛らしい女の子が一人になってしまう。

(あんな大荷物じゃ何かあっても走れないわ。……大丈夫かしら)

アーシャがハラハラと見ていると、怪しげな男はにこやかに表情を変えて、一人になった女の子に近付いていく。

男が声をかけると、女の子は礼儀正しくお辞儀で応える。

(あぁ……その男、信頼がおけるのかしら)

先ほどの何か企んでいるような顔を見ていたので、アーシャは心配を募らせる。


男は優しげな声で、言葉巧みに少女に語りかけ、どこかに連れ去ろうとしているようだ。

(神の国にも人攫いはいるのね……!!)

アーシャは衝撃を受ける。

天国へは善人しか行けないと聞いていたし、今まで、神の国で出会った人々は、びっくりするくらい親切だった。

(あ、でも、ゼンに何やら騒ぎ立ててる輩はいたわ。……神がいるっているだけで、ここは『天国』とは違うということかしら……)

神の国にも悪人やモンスターもいるのかも知れない。

その事実に思い至って、アーシャはちょっとショックを受ける。

人間が想像するような都合の良い楽園は、もしかしたら、どこにもないのかも知れない。


(余計に心配だわ!!)

鏡の上から男を叩いてみても、何の影響も与えられないようだ。

騙されないで!とアーシャが念じながら見ていたら、少女は厳しい顔で男の甘言を拒絶する姿勢を見せる。

(賢いわ!)

アーシャは心の中で少女に賞賛を送る。


しかし苛立った様子の男は、少女の腕を引っ張り、実力行使に出る。

「あぁ!!」

思わずアーシャはもう一度男を叩くが、鏡の上では、やはり意味がないようだ。

「ユズゥ!ユズゥ!!」

振り向いてアーシャはユズルに声をかける。

女の子が危ないというのに、ユズルは冷めきった顔で鏡を見ている。

そしてちゃんと見ろとばかりに、鏡を指差す。


『請番丞〜〜〜〜〜!!』

女の子は大きな声で叫びながら、肩の下辺りについた飾りの紐を引く。

すると聞いたことのない、大きな音が周囲に鳴り響く。

男は音に驚いて手を離し、その隙に女の子は走って逃げ出す。

「良かった~!」

鏡の外でアーシャは安堵する。

少女は走っていって、優しそうな女性に保護されている。


小さく拍手していたアーシャの頭が、後ろからポンポンと叩かれる。

「ん?」

相変わらず、ソファーにゴロンと横になっているユズルだ。

「ああいう爵今あ滴鱒凄橿竪荊覗壷両仰」

振り向いたアーシャの首に下がった笛を、ユズルはトントンと叩く。

「???」

笛がどうかしたのだろうか。

首を傾げていたら、ユズルは『真実の鏡』の方を指差す。

「………え!?」

するとどうした事だろう。


先程、確かに女性に保護されたはずの少女が、また男に腕を掴まれている。

しかも時が凍りついたように動いていないのだ。

「これは………一体………」

男の顔は見えないが、少女はまばたきすらしていない。

「はぁ〜」

深いため息が聞こえて振り返ると、時が止まるなどという異常事態なのに、全く動揺していないユズルが、ノロノロとソファーから下りている所だった。

そして彼は『真実の鏡』を人差し指でトントンと叩き、次いで、アーシャの笛を再びトントンと叩く。

「???」

アーシャが首を傾げると、ユズルは再び『真実の鏡』をトントンと叩く。

叩いているのは、先ほどと同じ場所で、少女が肩の下につけている飾りだ。


(この飾りと、笛……?その二つが時を止める鍵なの……?)

アーシャが考え込んでいたら、ユズルは再び中途半端な大きさのワンドを、鏡に向ける。

「!!!」

すると止まっていた時が再び動き出す。

「猫浪、窓鴨醤刃悩範娃純嚢鵡?お倹勿凹盟民挽畢段渓皿冶湧伺糾葺狙」

ユズルは何事か説明してくれているが、全く意味がわからない。

少女は先ほどと全く同じで、男の手を払い、女性の元へ走っていく。

寸分の違いもないように感じる。

「??????」

目の前で起こっている事が理解できずに、アーシャが呆然としていると、ユズルはため息を吐いて、再びワンドを鏡に向け、ただの板に戻してしまう。


「チビ」

コイコイと人差し指で、ユズルはアーシャを呼ぶ。

「アーシャ!」

混乱しながらも、きちんと訂正しながら、アーシャはユズルに続く。

ユズルは階段への道を塞いでいるゲートを開き、上れと言うように、二階を指差す。

「???」

釈然としないが、あの少女は女性に保護されたことは間違いないので、首を傾げながらも、アーシャは言う通りに、大きな階段を一段一段体全体を使って登る。

ゼンと一緒の時は、抱っこされて上り下りをしていたので気がつかなかったが、中々一段一段が大きな階段だ。


アーシャがフウフウと登りきった所で、再び目の前のゲートを開けられ、ベッドのある部屋に導かれる。

「?」

まだ全然眠たくない。

一体何だろうとアーシャが首を傾げていたら、ユズルがトントンとアーシャの笛を叩く。

そして何かを咥える素振りをして、思い切り息を吹き込む真似をする。

笛を吹いてみろと言うことだろうか。

アーシャが笛を咥えると、大きく頷いて、『思いっきり吹けよ』とばかりに息を吹き出して見せる。

よくわからないが、アーシャは結構強めに息を吐いて、笛を鳴らす。


「………?」

こんな事をして何の意味があるのだろうか。

そうアーシャが疑問に思った瞬間、ダンッダンッと強く何かを叩く音に次いで、激しい音をたてながら、部屋のドアが開かれた。

「アーシャ!!拳階廓凡!?」

ドアが開かれると同時に、部屋に飛び込んできたのは、血相を変えたゼンだった。


彼は確かに一階の奥の台所にいたはずだ。

階段を登る前に、アーシャは彼の姿を見たから、間違いない。

それなのにテレポートでも使ったのかと聞きたくなる速度で、彼はこの部屋にやってきた。

アーシャは驚きのあまり、笛を咥えたまま固まるが、ユズルはアーシャの肩を叩き、『わかっただろう?』みたいな顔をして見せる。

「おい……ユズル、間轄絵莱矩?」

「誠墓棄縛恢便傷待八裕岸穫瑚担?」

怖い顔をしていたゼンはアーシャの様子を確認しながら、ユズルと言葉を交わす。

そしてはぁ〜〜っと盛大に息を吐いたゼンは、アーシャを抱き上げて、ポンポンとその背中を叩く。

まるで安全の確認をされているようだ。


「あっ」

ゼンの安堵した顔が、先程の鏡の中で少女を抱き締めた女性と被り、その瞬間、アーシャは理解した。

あの鏡の中の少女は、大きな音を出して、自分の危機を、あの女性に伝えたのだ。

少女の装飾とアーシャの笛。

そのどちらも大きな音が出る。

何かあった時は笛を吹けと、ユズルは教えてくれたのではなかろうか。

そしたら鏡の中の女性のように、ゼンもその音を頼りに駆けつけてくれる、と。

(でもそんな都合よく教えられるような事件を、どうやって鏡に映したのかしら?しかも時を止めたり、進めたり。ユズルももしかして神様なのかしら?)

疑問は尽きないが、ここは『神の国』。

アーシャの理解に余るのは仕方ない。

今、重要なのは、きっとこの笛は、ただ鳴らすために与えられたのではなく、アーシャを守るために渡されたと言うことだ。


「へへへ」

ここでアーシャは無力で面倒をかけてばかりの貧弱ゴブリンなのに、その無力さを責めるわけではなく、補ってくれようと動いてくれる。

お腹の中で蝶が羽ばたいているような気分だ。

恐るべき早さで駆けつけてくれたゼンにも、その為の笛をくれたユズルにも、感謝だけではない、フワフワと体が舞い上がりそうな暖かな気持ちが湧き上がる。

「ゼン、ユズゥ……ありがと」

早くこの国の言葉を覚えたい。

このサイズでも、できることを見つけたい。

もうどれだけ自分の中に溜まっているかわからない感謝を、彼らに伝えたいし、返したい。


感謝を込めてゼンを抱きしめると、ゼンはアーシャの頭を撫でてくれる。

「まぁ、位末分吾蓮据う祖当缶彪い珍埜憶、執掃よ淘缶斡」

階段を下ると、美味しそうな匂いが流れてくる。

「ふあぁ〜〜〜」

行儀悪くクンクンと匂いを嗅いだアーシャは声を上げてしまう。

何の匂いかわからないけど、匂いだけで蕩けそうだ。

「おっ……おしゃかな!?」

ワクワクと、自分用の椅子に下ろしてもらったアーシャは目を剥いた。


豚や鳥とは全く違う、筋の入った身に、その背中についた、鱗の名残のある皮。

顔を近づけ、仔細に確認したが間違えない。

しかも身の大きさから、そこいらの川でとれた小魚や、養殖の鯉ではない。

(ま、ま、まさか……海のお魚!?)

初めて見る、美しい赤味のさした身に、アーシャは感動に震える。

庶民が食べられる魚は、その辺の川で釣れた小魚か、養殖できる鯉、もしくは干物になった魚だ。

新鮮な海の魚など、高価すぎて、夢のまた夢だ。


足の早い魚は水揚げして、すぐに都に向かって運ばれる。

魚類を運搬する馬車は『海の御者』などと言われ、速さこそ命で街道を駆け抜けるらしい。

そうやって特別に早く運ぶために、その運搬費は目の玉が飛び出るほど高くなり、庶民の口に入るような価格にはならないのだ。

盗賊はもちろん、他の商人なんかも運搬人を襲ったりするほど、鮮魚は価値があるらしい。

(そんなお魚が……当たり前のように卓に並んでいる……!!)

何度瞬きをして目を閉じても、魚は消えたりしない。


しかもその魚の周りには、この時期には取れないはずの木の子が添えられている。

(神の国は一年中木の子が採れるのかしら?)

こんもりと盛られた木の子にアーシャは驚く。

そして魚の隣には、先程アーシャが伸ばしてしまった青菜が、料理されて並んでいる。

(穀物とスープを入れたら四皿も……!!お魚が入っているのに四皿……!!)

あまりに豪華絢爛な食事にアーシャは感動に震える。


「い・た・だ・き・ま・す」

感動しているアーシャを微笑ましそうにしながら、ゼンが手を合わせて、ご飯前の祈りの言葉を唱える。

「いたぁきましゅ!」

真似してアーシャも、勢い良く手を合わせる。

まず目指すは、もちろん、お魚だ。

あまりにがっついたら、あまりにゴブリンなので、アーシャは魚を口に丁度入るくらいのサイズに切って、他のゴブリンと一線を画す。

フォークに差して行儀良く……と思ったのだが、魚の表面をトロリと流れる脂に、我慢ならず、パクリと口に突っ込んでしまう。

「はふっはふっ」

じゅわっと独特の匂いと共に、濃厚な汁が、肉から染み出してくる。

口を焼くような熱さが引くと、ただの塩味ではない、旨みの詰まった油のようなものが、舌に絡まる。

「ん〜〜〜!」

その美味しさに、アーシャはうっとりする。

確かに値千金。

貴族がこぞって手に入れようとするはずだ。


アーシャが夢中で、一口、また一口と魚を運び、感動に震えながら食べていたら、

「アーシャ、こ・め」

チョンチョンと肩を叩かれ、口の前に白い穀物ののったスプーンを差し出される。

まだ魚が入っていたのに、条件反射のように、アーシャの口はスプーンを迎え入れてしまう。

「!!!」

そして衝撃を受けた。

(お、お、美味しい〜〜〜〜!!!さらに美味しい〜〜〜!!!)

魚から染み出す脂が、白い穀物と一緒になると、さらに美味しさが際立つ。

ほのかな甘みを持つ白い穀物は、優しく魚の味を受け止め、柔らかに口の中に広げる。

(白いツブツブは『こめ』と言うのね)

神の国の主食らしく、しばしば卓に上がっていたのに、初めてその名前を知った。


感動しながら飲み込むと、次は木の子がスプーンにのって運ばれてくる。

どうやら、魚にばかりに夢中になっているアーシャに、他のものも食べさせようとしているようだ。

(そ、そうよね。美味しいからって魚ばっかり食べてちゃダメだわ)

こんなにも色々と選択肢のある食事を食べてこなかったので、目の前のものに夢中になりすぎてしまう。

「!」

口に入った木の子は、シャキシャキと、何とも言えない爽快な歯触りだ。

しかも魚と一緒に焼かれたようで、しっかりとその味が染み込んでいる。

「美味しい〜〜〜!」

こんなに木の子とは美味しかっただろうかと思う程に美味しい。


「あ」

前回は全くお腹に入らなかったスープも今度はちゃんと飲まないといけない。

ゼンに言われる前に、わかってますよと、アーシャは自信たっぷりにスープに口をつける。

「!!!!???」

そしてあまりに無防備に口をつけたせいで、吹き出しそうになった。

「何これ!?何これ!!美味しい!美味しい!!」

何とか飲み込んで、アーシャは叫ぶ。


アーシャの知っている『スープ』というカテゴリーにはない味だった。

水に塩と芋や玉ねぎを入れた素朴な味を想像していたら、とんでもない美味しさだった。

口に入れた時に圧倒的な密度の味が襲いかかってくる。

スープなので勿論塩味はするのだが、とんでもない香ばしさと、複雑な旨味までが三位一体で口の中に広がるのだ。

(こんなに美味しいものを残していたと言うの!?)

アーシャは己の罪深さに震える。

ふわりと鼻先を掠める温かい湯気まで、独特な美味しい匂いがしている。


スープに入っていた白い四角も、噛むまでもなく、舌で押しただけで崩れるほど柔らかいのに、つるんとした面白い食感だ。

「?」

黒っぽい緑の紙のようなものがフォークに引っかかって、アーシャは首を傾げる。

紙好きが高じて、スープに入れてしまったのだろうかと警戒したが、口に入れてみると、木の子に近い歯応えがあって、全く紙ではなかった。

二つの具はスープの味にとてもよく馴染んでいて、汁と一緒に食べると尚更美味しい。


(無限に美味しい……)

こんなに幸せで良いのだろうかと、アーシャは頭がクラクラする。

食べるもの、全部が全部美味しい。

(ここは……一旦、葉っぱで落ち着こう)

この時、アーシャはデジャブを感じるな、と思いながら、青菜を口に運んだ。

確か、昨日も、こんな美味しいづくしの天国で、一旦落ち着こうとした気がする。

可もなく不可もない味であろうものを口に入れて……

「やっぱり美味しい〜〜〜!!!」

のけぞった。

まるで生なのではないかと思うほどシャキシャキした青菜から、鳥の匂いと旨味、そして深みのある辛さで、咀嚼が止まらない美味しさだ。

神力を含ませたせいで、体に力も染み渡る。


もうどれを食べても美味しいの猛攻にあう。

「全部美味しい〜〜〜!」

アーシャは嬉しい悲鳴を上げる。

魚も、木の子も、スープも、青菜も、『こめ』も美味しい。

敢えて言うなら『こめ』が一番攻撃力が弱い気がするが、他の食べ物へのバフが凄い。

言わば最強の補佐役だ。

「美味しいね!」

と、何度も感動を伝えながら食べるのだが、やはり胃の容量には限界がある。

あまりに美味しいので、もうちょっと、もうちょっとと頑張るが、ゴブリンの胃は小さすぎる。


「碧祝熱咋菰凹暦報〜」

フォークを持った手を動かせなくなった所で、ゼンが少し小さ目の平皿を持ってきてくれる。

極力残す時のことを考えて綺麗に食べていたのもあるが、ゼンは二本の棒を器用に動かして、残した魚と木の子を、新しい皿に盛り付けて新品のようにしてしまう。

そして保存用の薄い硝子を張ってくれる。

「へへへ」

昨日と同じようにアーシャのご飯は取っておいてくれるのだ。


「嫡諏樗宇逸当別いい蒼酌、御柴支敬研」

今日は『こめ』を完食していたので、空になった器を示して、ゼンはアーシャをいつもの倍くらい撫でてくれる。

美味しい物を美味しく食べて褒められるなんて、本当にここは天国だ。


ゼンに抱き上げられると、胸の小鳥と笛が、カチャンと小さな音を立ててぶつかる。

アーシャはその二つをギュッと握り締める。

(どこに居ても『迎えに』来てくれる)

それはこここそがアーシャの居場所だと言ってくれているような気がする。

あまりに幸せすぎて、そろそろ、どこかに落とし穴が開いてそうで怖い。

そんな不安を消しとばしてくれる、約束の象徴。

何もできないゴブリンでも、ここに居て良いんだと言われているような安心感。

「へへへ」

また嬉しい気分が再燃してきて、アーシャはゼンの腹に、グリグリと頭を擦り付けるのであった。



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