21.聖女、小鳥を失う
「ふぅ〜〜〜」
朝から『くるま』に乗せられたアーシャは、降ろしてもらえてから、大きく息を吐き出した。
もう何回も乗ったのだから、そろそろ慣れないといけないと思いつつも、いざ動き出すと、恐ろしくて目を開けられない。
(ごめんなさいね。あなたを嫌ってるわけじゃないのよ)
アーシャは謝罪と労りを込めて『くるま』の鼻先を撫でる。
(ここはこの前、
アーシャは建物を見上げあげる。
丁度坂の上に立っている瀉血の建物は、一段低い『くるま』駐めの場所から見ると、二階にあたる所に入口があるのだが、表からは普通に一階が入り口になるのが面白い。
「アーシャ」
少し表情の硬いゼンに呼ばれて、アーシャは彼に駆け寄る。
(一昨日も来たのにどうしたのかしら。夜はぐっすり寝ているし、ご飯もたっぷり食べているのに、まだ病気を疑われているのかしら?)
瀉血はそうそうやる物ではないので、アーシャは首を傾げる。
よっぽど治りにくい病気に罹っているように見えるのだろうか。
良く寝て、良く食べて、健康そのものの生活……と、言うよりは少し怠惰な生活をおくっているのに、納得いかない。
昨日だって、お風呂で、張り切って自分で体を洗える事を示したまでは良かったが、張り切り過ぎたせいか、頭を乾かしてもらっている最中に、上と下の瞼が仲良くなってしまった。
そして絶対に朝に早起きして、洗濯を手伝おうと思っていたのに、ご飯が用意されるまで惰眠を貪ってしまった。
(しかも朝から海のお魚を食べられる豪華さ……)
思い出しただけでうっとりしてしまうが、朝から味付きの『こめ』を丸くした物と、前日の残りの魚と木の子、そしてあの美味しいスープをしっかりと楽しんでしまった。
働きもしないで、良く寝て、良く食べる。
病気になる要因が全くない、優雅過ぎる毎日だ。
この所、食事情が良くなり過ぎて、体がふっくらしてきた気さえする。
肉がついたおかげか、活力は日を追うごとに増えている。
ゼンは少し心配そうな顔で、アーシャの頭を撫でる。
「アーシャ、ちょ・こ・れー・と」
そして手に持っていた袋をカサカサと振る。
袋の中には心臓を象ったような形の、黒い塊が入っている。
「ちょこりぇと?」
聞き返してみるとウンウンとゼンは頷く。
「蝕歎威迦尋櫓殴婁穴拡贋亨い顔い陣島い渦振っっ」
何かを言いながら、袋を破ろうとしたゼンだったが、その袋を横から掻っ攫われてしまう。
「ユズル!」
掻っ攫ったのは不機嫌な顔をしたユズルだ。
「持誇嘆羨椎革遅丞曳光赤葡葺法蛎菓捜幾楚!癒磯!刊!」
彼はゼンを怒鳴りつけて、黒い塊の入った袋を、自身の背負い袋の中に入れてしまう。
「あぁ……」
ゼンは黒い物を没収されて、しょんぼりとしてしまったので、アーシャは手を伸ばして、頭を撫でて慰める。
「アーシャ〜!」
すると、倍のナデナデが返ってくる。
アーシャはくすぐったくて、笑いながら、ゼンがのぼり始めた階段の先を見る。
元気がないと思われているのは誠に遺憾ではあるが、それだけゼンたちが、アーシャの事を気にしてくれているという事だ。
(あ、しかもここには、あの滑り降りる脚立があるのよね!)
あれをまたやれると思うと嬉しい。
自分でも、あれの何が楽しいのかわからないが、上から下に流れていく感じが癖になるのだ。
階段を上がり切ると、受付と思われる女性とユズルが何やら話を始める。
アーシャは首を伸ばして、受付の隣にある部屋の様子を窺う。
滑り降りる脚立を見つけて、一人、にやけてしまう。
「ちび、漏鷹蔚警予侍」
そんなアーシャに、話の終わったユズルが、ちょっと意地の悪い笑い方をする。
「?」
不思議に思っていると、ユズルは脚立のある部屋ではなく、二階にのぼる階段を指差す。
「えっっ!!」
アーシャは何度も脚立のある部屋を見るが、ゼンたちは無情に二階へとのぼり始めてしまう。
「あぁ……」
思わず残念で声が出てしまったアーシャの背中を、苦笑したゼンが、慰めるようにさすってくれる。
(う……遊べなくてガッカリするとか、子供みたいじゃないの)
アーシャは自分の行動を恥じて、上気する頬を押さえる。
「?」
二階に上がると、そこには紙のカップを持った女性が待っていた。
ゼンとユズルが大きすぎるせいか、その女性はちょっと腰が引けた様子で、彼らに何やら説明を始める。
(あれはこの前、イソザキが貸してくれたカップだわ。ここに彼女がいるのかしら?)
彼女には是非もう一度お礼を言いたいと思っていたので、アーシャは彼女を探して、周りを見る。
「え?あ、あわわ、あああ」
しかしキョロキョロとしていたら、突然、体を持ち上げられ、荷物のように、女性の腕に渡されてしまっていた。
「ゼンッ」
ゼンとは全く違う、柔らかな腕に抱っこされて、アーシャは慌てる。
「榎屠続轄。お濯盛幌李越友冠箭尤桶模充」
しかしゼンはちょっと困ったように笑いながらアーシャの頭を撫でるだけだ。
「は〜い、アーシャ困吸尤、い鋼整患掌う友〜」
女性は明るい声をかけながら、アーシャを抱っこしたまま移動するが、ゼンは動かない。
「ゼンッ」
急に不安になってアーシャはゼンに向かって手を伸ばすが、彼は困った顔でアーシャを見送る。
「……ぜん……」
女性は大きな扉に手をかけ、その中に入り、あっという間にゼンの姿は見えなくなってしまう。
途端にアーシャの不安の水位が上がり始める。
(でも、ゼンが預けたんだから、悪い人ではないはずよ)
アーシャが見上げると、女性は優しい笑みを浮かべる。
笑うと幼く見えて、白粉を塗っているから大人だと思ったが、少女と呼ぶような年齢なのかもしれない。
悪い人ではなさそうだ。
(捨てられたとか……では、ない……ないよね……?)
不安がぬぐい切れず、アーシャは首から下げた小鳥と笛を握り締める。
扉の中は木で仕切られた小部屋が三つあり、女性はその中で一番大きい小部屋のドアを開く。
「はーい、お絶菌奔艇特椿〜」
その中に、明るい声と共に下ろされたアーシャは首を傾げる。
小部屋の中には、隅にちょこんと小さな白い陶器が置いてあるだけだ。
(これは……いつも排泄している椅子にすごく似ているわ。ここは排泄のための部屋なのかしら……?)
しかし排泄する部屋としては無駄に広いし、陶器はゼンたちの家にある物の半分くらいの大きさしかない。
形は似ているが、大きさで言うと別物だ。
そもそも排泄の意思がないアーシャをそんな所に連れてくる意味がわからない。
「は〜い、アーシャ塞益娯、お型楼榎享開曲激苑褐〜」
「!?」
にこやかに、女性は何か言うと、突然アーシャのスカートが捲り上げ、下着を下ろした。
ビックリしたアーシャは、下げられた下着を、慌てて上に引っ張り上げる。
「あ〜矧婆矧婆。しー、憤用尖、しー」
すると女性は再び下着に手をかける。
「やっ!」
下されまいと、アーシャは咄嗟に座り込む。
これはゼンがアーシャにくれた服なので、誰にも渡せない。
(何!?何!?何で下着を取ろうとするの!?ゴブリン愛好家なの!?)
座り込んだアーシャに、女性は困ったように、紙のカップを持って、何やら訴えている。
「???」
何かを言いながら、物凄く紙のカップを振り回しているが、それとゴブリンの下着をとる事に何の関連性があるのだろう。
アーシャは理解できずに、マジマジと女性を見つめる。
女性は商売をする商人のようにひたむきな顔で、何やら訴えながら、紙のカップと下着を交互に指差している。
(う〜〜〜ん?あのカップと下着を交換しようと言っているのかしら?熱心に勧めてくれているけど、こればっかりは……)
アーシャのものは全部ゼンがくれた物なので、自分の一存で交換したりはできない。
ブンブンと頭を振って、アーシャはお断りする意思を伝える。
「…………」
「…………」
商談不成立でアーシャと女性は気まずく見つめ合う。
そこにコンコンと小部屋をノックする音が響く。
「撲春営勾?沖蛮匝?技茅蚊訟曜畢い需?」
もしかしてゼンかもしれないと思ったのだが、残念ながら外から聞こえてきたのは女性の声だった。
「組巻〜〜〜、加隣尾賎厘〜〜〜!」
紙のカップを片手に熱心に語りかけていた女性は、少し泣きそうな声を上げながら、小部屋のドアを開ける。
するとドアの向こう側から、少し気の強そうな女性が入ってくる。
(ば……万事休す……!!)
このゴブリンの小さい体で、二対一なんて、勝てる要素がない。
力で来られたら、大事な下着を守れそうにない。
(どうする!?大人しく渡すふりをして、隙をつく!?でも二人相手になんて、とても逃げ出す隙があるとは思えないわ)
目まぐるしくアーシャは考えるが、最初の女性は、入ってきた女性に紙のカップを渡して、頭を大きく下げながら出ていく。
どうやら二対一でアーシャを攻めるつもりではないようだ。
交渉役交代という所だろうか。
「アーシャ隣尾賎?描訣訓足幹鼓肴」
新しく入ってきた女性は、口につけている布を外して、微笑んで見せる。
それは彼女の美しさと相まって、とびきり優しそうで、慈悲深い微笑みに見える。
「………………」
普段のアーシャであれば、微笑み返したと思うが、今は下着を押さえながら少し下がる。
伊達に長いこと聖女はやっていない。
(……『顔』は笑ってるけど……)
本当に笑っている人か、笑顔を作っているだけかは、大体見分けがつく。
「アーシャ況描訣、訓足幹」
女性は手を広げてアーシャに近づいてくる。
仮面の笑顔を浮かべている者が全て悪人とは限らない。
単に笑顔の仮面で自分を守っている場合や、周りに気を遣っている場合もある。
(胡散臭い)
しかしこの女性はこの一言に尽きる。
自分の笑顔が、他人から好まれるものである事を知って、効果的に使っている人だ。
この顔が男性に向かって投げられた物なら、相手をモノにしたいのだなと納得できるが、相手が弱小ゴブリンでは、胡散臭さしかない。
普通に出会ったなら絶対に程よい距離を置く種類の人間だ。
しかしここはゼンが信頼している施設なのだ。
そんな施設に信頼ならない人間がいるのだろうか、自分の気のせいではないだろうか。
そう、アーシャが迷いながらジリジリと下がっていたら、トンっと背中が壁にぶつかった。
「どーぞ」
そんなアーシャに女性は殊更優しく微笑んで、何かを差し出す。
「甘い硝子!」
見覚えのあるお菓子に、思わずアーシャは飛びついてしまう。
そんなアーシャに女性は笑みを深くする。
「あっ……」
朝ご飯もしっかり食べてきたのに、思いっきり釣られてしまった。
甘い硝子を握り締めて、アーシャは気まずく思う。
女性は愛想の良い笑みを浮かべつつ、お菓子を持ったアーシャを抱え上げる。
思わずアーシャは下着を押さえ直したが、特に女性はゴブリンの下着に興味はないようだ。
彼女はアーシャを抱いたまま、小部屋から外に出る。
「?」
小部屋から出た所に、先ほどまではなかった、車輪のついた籠が置いてある。
一体これは何だろうと思って覗き込んだら、中には可愛らしい柄が織り込まれた毛布が敷いてあり、布で作った抱き人形のような物が置いてある。
(耳が長いから……兎?服を着ているから兎人?)
裕福な家の女子が持っている抱き人形なら、何度か見たことがあるが、獣人の抱き人形は初めて見る。
通常の抱き人形の顔は磁器で作るのだが、獣人なので、顔までふわふわの布で作ってある。
中々斬新な意欲作だ。
獣人はモンスターの一種と見なして警戒して遠ざける者が多いから、製品として売り出して成功するとは言い切れないが、割れる心配も無いし、陶器の頭を作らなくて済む分、安価になるのではないだろうか。
観察するアーシャを、女性は籠の中に下ろす。
そして手に持っていた、甘い硝子をアーシャの口に持っていかせる。
「???」
硝子を咥えたアーシャを見て、女性は満足そうに頷いて、頭を撫でてから、『しー』っと口に人差し指を当てる。
そしてカゴの上に薄い布を被せる。
「?????」
籠はそのままゆっくりと動き出すが、アーシャには全く状況が掴めない。
(ゼンが預けたんだから……きっと大丈夫よね?)
少し薄暗くなった籠の中で見る、兎人の抱き人形はちょっと不気味だ。
ボタンで作られた目が虚に煌めいている。
神の国の人形なので、突然喋り出したりしそうだ。
アーシャは少しだけ端に寄って、抱き人形を避ける。
「ひゃっ!?」
しかしすぐに抱き人形と抱き合う羽目になった。
籠の内側の袋が、枠から外され、手荒に持ち上げられたのだ。
「ひゃ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!?」
そしてカンカンと響く高い音と共に、袋が激しく揺らされる。
(これは、この揺れ方は、階段!?)
アーシャは袋の中で弾み、声を出した拍子に、咥えていた、甘い硝子が飛んでいく。
弾みながら、情報を得ようと、耳を澄ますと、袋の中に風の音と、『くるま』が走る音が伝わってくる。
(外!?外にいる!?)
それならばアーシャたちがのぼってきた、建物内にある、竜の壁画がある階段ではない。
『くるま』から出た時に見えた、この建物の側面にくっついていた、鉄の階段だ。
鉄の階段の終点は『くるま』を駐めた広場だ。
その事実に、アーシャは青くなる。
「ゼンッ!!!」
ゼンは建物の中だ。
このままでは、二度と会えなくなってしまうかもしれない。
袋の中で混ぜっ返されて、上も下もわからない状態だが、アーシャは必死で首にかかった紐を手繰る。
激しく動いているので、やっとの思いで笛を引き寄せても、上手く吹き口の蓋が外せない。
「あ、あ、あ、あ、あ!!」
上下にブレながら、何とか吹き口を出して、アーシャは笛を咥える。
もうもみくちゃで自分が上を見ているのか下を見ているのかもわからないが、大きく息を吸い込み、思い切り息を吹き込んだ。
ピィィィィィィィィィっと、耳を突き破りそうな大きな音が鳴り響く。
「股栂!?」
「頒勿寸頒!?」
袋の外から男たちの声がする。
どうやらこの袋を粗雑に運んだのは、先程の女性ではないようだ。
アーシャはそう考えながら、すぐに、また大きく息を吸って、笛に吹き込む。
(ゼン!迎えに来て!迎えに来て!)
祈るような気持ちで、アーシャは笛を吹く。
役立たずだからだと、捨てられたじゃない。
今、きっと、何かの異常事態に巻き込まれているだけだ。
きっとゼンは、アーシャを迎えに来てくれる。
昨日のように絶対来てくれる。
信じると言うより、そう、願うことしかできない。
「刷詳粛!!産乍端偶籍享労把質欝北視賑渇瑠浪唱第裡傘鎗!!」
「薯費訓っ!!おい!!剤下!!」
祈りながら、三回目の笛を吹いていた所で、袋が開けられる。
アーシャは袋に入ってきた手に、手荒に掴み上げられる。
「うぅっ!!」
服が激しく引っ張られたせいで、首が締まり、笛の音が止まる。
突然陽光の下に出されたアーシャは、目を眇めながらも、敵の姿を確認する。
見覚えのない二人組の男だ。
片方の男の大きな手が、顔に伸びてくる。
(笛を取られる!!)
そう思ったアーシャは、両腕で頭を抱え、笛を取られないようにもがく。
この笛は無力なアーシャの唯一の抵抗手段であり、宝物だ。
絶対に取り上げられるわけにはいかない。
「佳賓っっ!英寵発戒侠!!横堪駕杯侯騎塗条国戯!!」
しかし怒鳴る男たちに対して、アーシャはあまりに無力だった。
「あぁああぁあ!!」
枯れ木のような腕は、簡単に捻り上げられ、首からアーシャの宝物はむしり取られる。
首から完全抜き取られる寸前に、アーシャは首紐に食らいついた。
「慶勢韓限!!」
男たちは怒鳴りながら、笛のついた紐を引っ張るが、アーシャは歯を食いしばって離さない。
(これは『アーシャの』!『アーシャの』!!)
紐が振り回されて、噛み締めた歯に痛みを感じながらも、アーシャは離さない。
離すもんかと、もっと力を入れて食いしばる。
「怜別飢閑割!!」
男の怒声と共に、顔の左側に強い衝撃を感じる。
「あっ」
叩かれたのだと、気がついた時には、口の力が緩んでいた。
衝撃に歪む視界の中で、アーシャの小鳥と笛が、憎々しげに地面に叩きつけられる。
そして地面に落ちた小鳥に、大きな足が振り下ろされる。
「……………っっ!!」
アーシャはただそれを目を見開いて見ていることしかできなかった。
パキンっと小さな音。
地面を踏みしめる大きな足。
ヒュッと自分の喉が息を吸う音が、他人事のように聞こえた。
「ああぁああぁぁあああぁぁぁっ!!!」
男の足が上がった後、そこにもう小鳥はいなかった。
緑色の破片が、陽の光を弾いて光っている。
「ああぁぁぁぁぁっ」
男たちに口を塞がれるまで、アーシャは叫び続けた。
この世界に来て、初めて貰った宝物。
可愛い小鳥。
陽の光を透かす、アーシャの小鳥。
ただの緑色の破片になってしまったその姿を、噴き出した涙が歪める。
沢山大切にしようと思っていたのに一瞬にして、失われてしまった。
「忌刺踊!奴企壕亮傾唱向!!」
黒い『くるま』に乗った男が窓を開けて叫ぶ。
どうやら男たちは三人組で、一人は『くるま』を準備して待っていたらしい。
怒鳴られた二人は、弾かれるように、『くるま』に向かって走り出す。
これに乗ったら、きっともう帰れない。
(逃げないとっ!何とかして、逃げないと!)
しかし口も塞がれ、両腕も拘束され、足をバタつかせても、男はびくともしない。
小さな体では、もうどうしようもない。
(迎えに来て!………迎えに来て!!)
そう願いながらも、アーシャは絶望していた。
いつもいつも、神に願ってきた。
どうか、彼らを戦地から無事に返してあげてください。
どうか、戦を起こさないでください。
どうか、私が行くまで、あの地をお守りください。
どうか、これ以上の悲劇が起こりませんように。
しかし必死な願いは、何一つ聞き届けられなかった。
神は何もしてくれない。
いつも想定していたより三割増の悲劇を撒き散らす。
願うだけ無駄だ。
神は試練という名の苦しみしか与えてくれない。
聖女は神が民に与えた慈愛だと言われるが、神は聖女には何も与えない。
(迎えなんて………)
涙が溢れて前が見えない。
『くるま』の扉が閉まる音が響く。
あの幸せな暮らしと、さよならする音だ。
―――しかし、次の瞬間。
扉が閉まる音なんかとは比べ物にならない轟音と共に、『くるま』が大きく振動した。
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