17.聖女、『ないしょ』を覚える

ご飯はお腹いっぱい食べられて、眠くなったら抱っこでフワフワの寝床に連れて行ってもらえる。

その上、一人になるのは寂しいなぁ等と甘えた事を考えていたら、完全に眠りに落ちるまで、背中をポンポンと叩いてもらえる。

これは、もう五十回くらい世界を救ったっけ?と錯覚する高待遇だ。

あまりにも素晴らしい待遇で、アーシャが積んできた徳くらいなら、一日で使い尽くしてしまいそうだ。

すっかり近くにあるのが当たり前になりつつある体温に、くっ付いて、アーシャは眠りに落ちた。


こんなに惰眠を貪って許されるのだろうか。

神の国に来て、アーシャは『微睡』という最高の贅沢を知ってしまった。

眠っているけど、半分意識もある。

そんな状態でうつらうつらと体を横たえていられる。

これを贅沢と言わずして、何を贅沢と言うのだろうか。

手を動かすと温かい物が当たり、それに擦り寄ると、優しく撫でてもらえる。

(……近くにいてくれる……)

眠りと現実の狭間で、アーシャは幸せを噛み締める。


カリカリと何かを書きつける音と、本のページをめくる音。

(お勉強中……?)

ゼンはアーシャのために沢山時間を使ってくれるから、自分の為の時間があまりないのかもしれない。

先程も、少し空いた時間に勉強らしきことをしていた。

(私も……何かしないと)

細々とお世話をしてくれている上に、アーシャが惰眠を貪っている間は、勉強している。

このままでは、そんなゼンの負担になり続けてしまう。

全く方法の見当はつかないが、アーシャもこうやって幸せを貪るばかりではなく、何かしないといけない。


使命感で、アーシャは自分の瞼を引き剥がす。

「ん?惹二お甲碗苓禽駒鋲爵此?」

眠り過ぎて、逆に朦朧とする頭を、グラグラとさせながらアーシャが起き上がると、笑顔のゼンが目に入る。

ベッドに腰掛け、アーシャに太ももを提供しつつ、脇に椅子を引き寄せて勉強していたらしい。

高価そうな、美しい装丁の本が何冊も積まれている。

アーシャが目覚めると、読みかけだと思うのに、ゼンは書きつけをしている紙の束を、本の間に突っ込んで、閉じてしまう。

アーシャは勉強を邪魔してしまったなと申し訳なくなるが、ゼンは鼻歌混じりにアーシャを抱え上げると、階下に降りる。


下にはユズルがいるのかと思ったが、どこにもいない。

「ユズゥ?」

また出かけてしまったのだろうかと、ゼンに向かって首を傾げると、彼は笑って日が差し込む硝子に歩み寄り、外を指差す。

見てみると、外にユズルらしき人影が見える。

しかしユズルが立っている場所の前に、半透明のカーテンのようなものが引いてあって良く見えない。


「ほぁ〜」

アーシャは硝子の向こうを見て、驚く。

そこはゼンとユズルが両手を広げて二人で寝転べるくらいの大きさの庭だ。

手前半分には透明の屋根がついていて、その屋根の縁から透明のカーテンが吊り下がって、周りを囲んでいる。

ユズルはそのカーテンの外で何かやっているようだ。

カーテンの中には、洗ったと思われる衣服が吊り下げられている。

(昨日着ていた服だわ)

アーシャは干してある服を見て、目を丸くする。

こちらに来て同じ服を着る事がないなと思っていたら、どうやら一度着た服は全て洗って干しているらしい。

(もしかして毎日洗っているの!?……布からいい匂いしかしないわけだわ……!!)

アーシャは驚きながらも、納得してしまう。


人間の世界では、概ねの家庭の洗濯は週に一回で、教会では洗濯女に任せていた。

洗濯女たちは集めた服を持って、洗濯船に乗り、水の綺麗な川などで洗濯をする。

そして洗った洗濯物を船の上の屋根で乾かして、持って帰って来てくれる。

お金持ちは綺麗な水で衣服を洗わせるために、汚染されていない遠くの川まで洗濯物を送っている者もいるらしいが、教会には、そこまでする者はいなかった。

アーシャは実際に洗濯をしたことはないが、清流まで洗濯物を運ぶのも、踏んだり叩いたりして汚れを落とすのも、絞って干すのも、重労働であろう事は想像できる。

洗濯は一日がかりでやる大変な仕事で、それを生業とする、洗濯女を『苦役』と言う者もいる。

それなのに、一体いつゼンたちは衣服を洗ったのだろう。


朝から一緒にいたのに、昨日の服が干してあるのは何故か。

(ゼンはちゃんと夜に寝ているのかしら)

アーシャは不安になってしまう。

夜は一緒にベッドに入ってくれているが、朝起きるとゼンはいない。

もしかして、アーシャを寝かしつけた後に、夜なべして働いているのかもしれない。

(睡眠不足でゼンが倒れちゃったら大変!今度から私も手伝って、ちゃんと寝てもらうようにしないと!)

呑気に昼寝まで貪っていたが、ゼンの睡眠時間のために、これからは頑張らねばならない。

アーシャは固く決心する。


「縦粒鎧秀訳慮横宗件」

アーシャの決心など知らないゼンは、呑気に何事か呟き、硝子の扉を開く。

透明な屋根の下は、薄い大地色のタイルが敷き詰められている。

左側に小さな履き物を入れる棚があり、右側に大きな扉付きの箱が置いてある。

「ユズル、アーシャ形庭竹升癌怒近いい藩?」

「あぁ、初共撰値頑悠唱滋薄縞、惚ー昌椛あ象産黙筋。兵箪路計承い宜随欝」

透明のカーテンを少し開けてゼンとユズルが何事か言葉を交わす。


そしてゼンはアーシャを連れて透明のカーテンの外に出る。

「わぁ!」

そこには何に使うのかは良くわからないが、可愛らしい台のような物が二つ並んでいて、ユズルが太い絵筆で、それらに水を塗っている。

とても可愛いので近くで見たいと思ったが、

「こらこら、土迄杏土」

と、ゼンに何やら嗜められてしまった。


透明なカーテンの先は少し殺風景な庭だった。

三方向を、斜めに木を組み合わせた木の柵が覆っており、タイルは屋根の少し先ぐらいまでしか張られていない。

タイルが貼っておらず、土が見えている部分には、何も植わっていない。

「………?」

いや、よく見たら、何か植っているが、ぐったりと死にかけている。

(何かこう……圧倒的な力で、地面に押し返されたような……)

ゼンに抱っこされた状態で、ジッと観察するが、どうも普通に枯れているわけではなさそうだ。

大地には力が満ちているし、栄養も行き渡っている。

しかし強力な力に逆らって伸びる力が、この植物にはないようだ。

(あ……そう言えば、ここは凄い神気が噴き出している)

以前、ゼンが住んでいた所は、神気に満ち溢れていたのだが、この辺りにはスカスカの神気が地面近くに時々浮き出ては消える程度にしかない。

しかし、この庭だけ、あの地域よりも濃ゆい神気が満ち溢れている。


アーシャはチラッとユズルと話し込んでいるゼンを見る。

(もしかしなくても……)

通常、神気は風で飛ばされる薄い紗のような物なのだが、ゼンが纏うのは超圧縮された重量級なのだ。

神気に親和性の高い聖女であるアーシャには、ゼンの神気は気持ち良いくらいなのだが、他の生物にしてみたら、『威圧』スキルを常時浴びせかけられているようなものかもしれない。

通常は緑を育てる神気だが、あまりに強力過ぎると、弱い器では受け止めきれず、潰れてしまうのかもしれない。

以前『漆黒』が封じてあった場所でも、高密度の神気によって木々が枯れ果てていたから、そういう事なら納得がいく。


アーシャが植物を見ていることに気がついたゼンは、寂しそうに笑う。

「……横留鉄澱蝶堵鼎販放答痛胡署」

悲しそうに、枯れかけた植物を見つめるゼンだが、アーシャは嬉しくなってしまう。

(見つけた!!私に出来ること!!)

まだ植物は死に絶えていないし、土壌には何の問題もない。

神気を大地から呼び起こすんじゃなくて、今ある物を薄めて、循環させれば良いだけなので簡単だ。

これでもアーシャは『豊穣の聖女』と呼ばれ、幾多もの大地を復活させ、多大なる実りを与えてきた。

うまく植物に干渉して、成長を促進させる事もできる。


「ゼン、ゼン、下におりたいです。あの植物の所におりたいです」

アーシャは必死に植物を指差して伝える。

「ははは、額矧恕糸層妨漬差庭成御晒」

ゼンは笑って頷き、透明カーテンの中から、色鮮やかな紙を持ってきて、タイルの一番先の所に引いてくれる。

そしてその紙の上に座らせてくれる。

「什伝あ鉄地首、猿鄭萌万飾」

そして緑の小鳥と笛のついた紐を、アーシャの首にかけて、トントンと笛を叩く。

「ユズル、アーシャ杷翌県怜」

アーシャを下ろしたゼンは、ユズルに何やら声をかけて、透明カーテンの向こうへ消える。


植物が元気になる瞬間を、ゼンに見せられないのは、残念だが、後で見せてびっくりさせよう。

そう思ってアーシャは張り切って、立ち上がる。

「おい、顎悟学晒秀移叢凹楚妾」

少し離れた所で作業しているユズルが、何やら注意するような口調で言ってきているが、特に悪い事をするつもりはない。


スッと息を吸って、アーシャは植物に語りかけるように音を紡ぎ始める。

成長する事のできない植物の周りの神気を、アーシャの声で舞い上がらせ、残った薄く残った神気を植物に注ぎ込む。

―――大きくおなり

―――根を広げ、大地の恵みをお受け

―――葉を広げ、大空の恵みをお受け

―――生きることへの讃歌を

アーシャの歌に共鳴するように、潰れかけていた植物が、細々と歌い始める。

土の中にある彼らの根は、生きる糧を飲み込み、水を汲み上げる。

根は大地の力を受け取るために、更に伸び、彼らの歌は少しづつ大きくなってくる。

曲がっていた茎が下から生えてきた茎に押されて、健やかに伸び、葉が広がっていく。

そうやって成長する音こそが、彼らの歌だ。

それを助けるようにアーシャは優しく力を注ぎ続ける。


「浴言髄!!」

更に伸ばそうとした時、アーシャの口は乱暴に塞がれた。

「!?」

ユズルだ。

何故か物凄く恐ろしい顔をしている。

ビックリして固まっていたら、ユズルは荒々しくアーシャを小脇に抱える。

「ゼン!ゼン!!ゼンっっ!!!」

そして透明なカーテンに入り、硝子の扉を開けて、明らかに怒っている声でゼンを呼ぶ。


アーシャはユズルの血相に身を固くする。

(やっちゃいけない事だったの!?)

取り返しのつかない失敗を犯してしまったようで、アーシャは震える。

せめてもの恩返しと思ってやったが、ユズルは激しく怒っている。

(ど、ど、どうしよう……植物は伸ばせるけど……元には戻せない……)

もしかしたら、あの植物は、あれが正しい姿だったのかもしれない。

枯れかけていると思っていたのは、アーシャの勝手な思い込みだったのかもしれない。

ここは神の国だ。

人の常識で測れる世界ではないことを忘れていた。

アーシャの手はカタカタと震える。


「おい、膝匪兵おお桟慣賓箸菖……」

「いい縞飯!!余準什払鰍!!」

ゼンとユズルの声が頭の上で響く。

アーシャは怖くて顔が上げられなかった。

(どうしよう……どうしよう………考えなしにとんでもない事を……)

ゼンにどれだけの失望を与えてしまうのか。

彼はあの植物の変わり果てた姿を見て、どれだけガッカリしてしまうのだろうか。

アーシャは身を固くして震える。

ユズルとゼンが何か言い争うように、話しているのが聞こえる。


「……ごめんなしゃい……」

どんなに謝っても、元の状態には戻せない。

どうやって詫びれば良いのかわからない。

泣いてどうなるわけではないとわかっているが、固く閉じた瞼を、大増水してしまった涙が越えていく。

『泣いてどうなる!お前の涙に何の価値がある!』

誰かの叱咤が、脳裏に浮かび上がる。

泣いてはいけない。

涙は視界を曇らせるだけで、役に立たない。

そう思うのに、次々に溢れ出てしまう。

「ごめんなしゃい……わ、わたし、わかって、にゃくて……ご、ごめんなしゃい……」

ちゃんと謝りたいのに、声が震えてしまう。


「アーシャ」

そんなアーシャを力強い腕が抱え上げる。

震える彼女の全身を温めるように、ぎゅっと、少し強すぎるくらいの力で抱き込まれている。

怖くて目を開けられないアーシャの頬を、ちょっとゴツゴツした手が撫でる。

「アーシャ、訊巡極隻。アーシャ住弦嬉睦薯股気計狛い介債」

その声の優しさに、アーシャは恐る恐る目を開く。

うっすら開いた、涙で歪む視界には、心配そうなゼンの顔が映る。

失望でもなく、怒りでもなく、ただただ、優しい目が気遣うようにアーシャを見ている。

「……ごめんなしゃい……」

それを見て、ますますアーシャの目からは涙が溢れる。


役に立とうと思ったのに、逆に悪いことをして、ちゃんと謝れずに泣いて、ゼンを心配させて。

自分が情けなくて、申し訳なくて、心の中がごちゃごちゃになって泣き続けてしまうアーシャを、ゼンはずっと抱きしめてくれていた。

時折、涙と鼻水を拭いてくれながら、ゼンはじっとアーシャが泣き止むのを待ってくれている。


「ゼン、ごめんなしゃい……」

泣いたせいで始まったしゃっくりが、やっと止まったころには、大分時間が経ってしまっていた。

ゼンは大きな手でアーシャの頭をヨシヨシと撫でてくれている。

落ち着いたのを見越して、彼はアーシャを自分の膝に座らせて、真剣な顔で覗き込んでくる。

「アーシャ、裾魅吾剰署い宜半姻、アーシャ篠椛伝芹籍麻出倫桟鍔陪沸い什零」

言葉では通じ合えない。

わかっているはずなのに、彼は真剣な顔をして、アーシャに語り続ける。


「棚唱烈い腹越漬、鍔繊拡獄威石頁苔斜廟欝誰。あ契茅流う。尤瞬劾枚鼎可獅周回橘い核継、粋典熱将室部花飾烈郊犠」

優しい笑顔で、頭を撫でてもらうと、また涙が溢れてきそうだ。

彼の言葉は理解できないが、温かくて、ゆっくりと語りかけてくる音を聞いていたら、自然と心が落ち着いてくる。


「欧痩あ倦抑鋤劣犀狩肯い的い座狽蓄奴玄旨妻お序皆少萱いい刻手」

開けた硝子の扉に腰掛けていたゼンは、庭の先を指差す。

その方向には、透明カーテンを開けて立っている、少しバツの悪そうなユズルと、その先に青々と葉を伸ばす植物が見える。

しょぼんと落ち込むアーシャの両手を、ゼンは自身の両手で包み込む。

そしてアーシャが顔をあげるまで、彼はジッと待つ。


アーシャがおずおずと顔をあげると、ゼンはニカっと笑って見せる。

青々とした植物を指差した後に、彼は自分の口に、その人差し指を当てる。

「な・い・しょ」

悪戯の相談でもするような顔で、彼はそう言う。

大したことじゃない。

でも秘密にしよう。

そう言ってくれている気がする。

「ないしょ?」

アーシャが真似して言ってみると、彼は大きく頷いて見せる。

そしてもう一度人差し指を口に手を当てて、

「ないしょ」

と笑う。



『過剰なる恵みは人心を腐らせるわ』



ふと、そんな言葉がアーシャの脳裏をよぎる。

(あれ……誰が言ったんだっけ……?)

頭に靄がかかったように思い出せない。

(思い出せないけど……そう、その人も、この力を誰にも見せちゃいけないって……)

誰にも見せないと約束をしたんだっけ?と、アーシャは記憶を手繰り寄せようとするが、上手くいかない。


「ユズル!托欣、お鵬埴瓢浴い諦叉脳欣烈。常手冒粋興椛耽櫓准合い瓢軒」

ゼンに声をかけられたユズルは、嫌そうに顔を歪める。

「ユズル」

少しゼンの声が低くなる。

すると渋々ユズルはやってくる。

「あ〜〜〜〜〜、櫓通買殻購堀柘!!」

彼はそう言って、ガシガシとアーシャの頭を雑に撫でる。

ジッとその顔を観察してみるが、険しさはない。

不貞腐れているが、アーシャに怒ってる感じではない。

「ユズゥ、ごめんなしゃい」

アーシャが謝ると、ユズルはますますブスッとした顔になって、更にアーシャの頭をまぜっかえす。


ゼンはいつもの太陽みたいな笑顔を見せる。

「アーシャ、お・や・つ」

そして扉の先に置いてある、『すーぱー』でアーシャが選んだ袋と、『むぎちゃ』をのせた盆を指差す。

どうやら一度家の中に入ったのは、これを取りに行っていたらしい。

(でも……私、悪い事しかしてないのに……)

アーシャはモジモジしてしまう。

食べるのは大好きだが、今喜んで食べるのは、あまりに現金というか、反省がないというか。


そんなアーシャの様子がおかしかったのか、ゼンは声を出して笑う。

彼はアーシャと盆を持って、先ほど、紙を敷いた所に戻る。

そして当然のようにアーシャを膝にのせて、どっかりと座る。

「アーシャ、あ〜ん」

美味しい怪物の書かれた袋からは、小指くらいの棒が出てくる。

見た事のない形だが、鼻先に持って来られると、凄く良い匂いがする。

「〜〜〜〜〜っ」

我が身の食い意地が憎い。

アーシャは我慢できずに、それに飛びついてしまう。


「!」

噛み付くと、サクッと軽快な歯応えと共に、棒は気持ちよく割れる。

程よい塩味と、何故か、昨日食べたサクサクの匂いが口の中に広がる。

噛むたびに小気味の良い音と共に、口中に旨味が広がる。

歯応えと言い、サクサクに似た味と言い、文句のつけようがない完璧さだ。

(『うどん』のお汁につけたい……!!)

口の中で砕けた棒が、慌てて出てきた唾液に湿らされる。

すると途端にシュンと縮んでしまうのが面白い。

驚くほど軽い食べ心地だ。

「美味しい!!」

思わず声が上がる。


「あ………」

いつものように楽しんでしまって、アーシャは恥ずかしくなって俯くが、ゼンはやっぱりニコニコと笑っている。

もっと食べてごらんとばかりに、ゼンは袋をアーシャの目の前に持ってくる。

「……ゼンも……あ〜ん」

アーシャがそう言って、オズオズとサクサクした棒を差し出すと、

「狩渓循打〜」

少し恥ずかしそうにしながらも、棒を咥えてくれる。


「うん、購網諌い!」

破顔するゼンに、アーシャは勇気づけられる。

「ゆ……ユズゥ……」

話は終わったとばかりに、こちらに背中を向けていたユズルをアーシャは呼ぶ。

こんなに美味しいのだ。

ユズルだけ仲間はずれにはできない。

「ユズゥ」

聞こえていないのかと、今度はもう少し大きな声で呼んでみる。

「ユ・ズ・ル?」

それでもユズルは振り向かなかったが、ゼンの良く通る、低い声は聞こえたらしい。


「莫斜姻郵極?癖棉晦お賓慶伝?」

ゼンは笑いながら、ユズルに語り掛ける。

渋い顔で振り向いたユズルは、深々とため息をついて、ガリっとアーシャの差し出した棒を噛む。

そしてあっという間に飲み込んでしまう。

「……肪砲会館畜。通揖伝末換漂み念髄巨芸塑鱗閥飯」

一緒に食べる気になってくれたらしく、ユズルは何事か呟いて、ゼンの隣に座り込む。


「アーシャ、あ〜ん」

ゼンがそう言ってアーシャの口にサクサクの棒を入れてくれる。

「ゼン、あ〜ん」

「ユズゥ、あ〜ん」

そしたらアーシャも二人の口に入れ返す。

小さな袋はあっという間に空になってしまったが、アーシャはとても嬉しかった。

失敗してしまった時は、もうこんな風には一緒にいられないかもしれないと思った。

怖かった。


アーシャは失うかもしれないと思った、温かいゼンのお腹にくっつく。

目の前ではアーシャの失敗が青々と葉を揺らしている。

(『ないしょ』)

豊穣の力は極力使わないように気をつけようと、アーシャは誓うのだった。



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