11.聖女、初めての樹木を味わう

食材のような顔で台所に鎮座していた木の根っこは、あっという間に真っ白な姿になってしまった。

「根っこ、白くなっちゃった……」

アーシャは目を丸くする。

ゼンが銀色の紙を取り出し、根っこを擦ると、あっという間に白くなってしまったのだ。

(前に触った時は固かったと思うんだけど……)

しかもかなり柔らかくなった様子で、ゼンは大した力を込める様子もなく、軽快な音を立てて、それを切ってしまう。

触れて、その硬さを確認しようとしたのだが、

「こーら」

と、優しく頭を撫でて嗜められてしまった。


(あの銀色の紙!あれが怪しいわ!あれには物質を変異させるとか特殊能力があるのかも!)

そう踏んだアーシャは、ゼンが無造作に屑籠に放り込んだ紙に駆け寄る。

そしてクシャクシャに丸まった紙に手を伸ばす。

「……鉄だ!」

驚いたことに、手に触れた感触は紙ではなかった。

硬質な、金属としか思えない手触りに驚いていたら、再び、

「こーら」

と嗜められて、手を洗われてしまった。


(うぅ……これじゃお邪魔虫だわ……)

アーシャは素直に反省し、根っこの変異や、金属の紙の解明を諦める。

そして時々ユズルが元気にしているか確認しつつ、大人しくゼンの調理を眺める事にした。


「ほぇ〜〜〜」

———トノガタナノニ キヨウ……!

ゼンはその大きい体に似合わず、細かい作業を難なくこなす。

木の子は足を取って、その大きなカサにバツ印の切り込みを入れ、小鍋に放り込んでいく。

何故木の子に切れ目を入れるのかはわからないが、流れるような動作で、十数個の木の子は、あっという間に鍋に収まってしまう。

迷いのない動作で、その小鍋に透明な液体を注ぎ、白い粉を入れ、火にかける。


(あれ、何だろ?)

———サイショニ イレタノハ サケダトオモウ。コナハ……サトウ?

(砂糖!へぇぇぇ〜貴重品なのに!)

アーシャは目を丸くする。

木の子なんて、食事のかさ増しに使うような脇役で、貴重な砂糖を使うような食材ではないという認識だったのだ。

———キチョウダカラ チガウカモ

アカートーシャの時代も砂糖はそこそこ高価だったらしく、自信なさげだ。


そんな事を話している間に、ゼンは細長い香草を刻み、別の鍋で湯を沸かし葉野菜を茹でる。

そうかと思ったら、煮立った、先程の木の子の鍋に新たな液体を投下する。

「しょーゆ!」

これは知っているとばかりに、アーシャは胸を張る。

この国では、あらゆる場面に出てくる調味料なので、最近ではこの独特な匂いを嗅ぐと、涎が滲むくらいだ。


「あたり!」

アカートーシャではなく、ゼンが答える。

彼は振り向いてアーシャを撫でようとして、ぎょっとした顔になる。

「たれてる!」

そして慌てて、布のように柔らかい紙で、アーシャの口周りを拭く。

「………っぁ………」

匂いにつられて溢れてきた涎が、『しょーゆ』と言った時に、口の外に飛び出してしまったようだ。

レディにあるまじき失態に、アーシャの顔は熱くなる。


慌てて涎を吸い込むが、次から次に溢れてくる。

その上、『そう言えば、空いていました』とばかりに、急にお腹まで騒ぎ始める。

夢中になって線を書いていたせいで忘れてしまっていたが、実はかなり空腹だったようだ。

「おやつ!おやつっっ!」

ゼンは慌てたように棚を覗き込んだり、食料の入った箱を見たりする。


「ほれ」

そんな中、気怠そうに立ち上がったユズルが、黄色い物を渡してくる。

「ばばば?」

それはレミからもらった『ばばば』だ。

透明な袋に入っていたそれを取り出して、ユズルはアーシャに握らせる。


———アマイカオリガ スル

アカートーシャはうっとりと呟く。

彼女が言う通り、甘い果実であることを雄弁に語りかけてくる、濃厚な香りがする。

(この外側は皮よね?中身を抉って食べるのかしら)

そう思って近づけた顔を、ユズルに止められてしまう。


「ば・なぁ・なっ!」

そう言いながら、ユズルが皮を指で掴むと、それはスルスルと簡単に剥がれてしまう。

「ばなぁな」

アーシャは復唱する。

どうやら『ばばば』ではなく『ばなぁな』だったらしい。

三方向に剥かれた皮は重みで垂れ下がり、中の果実だけが『さぁ食べろ』とばかりに胸を反らせて立ち上がっている。

甘い香りといい、皮の剥きやすさといい、噛みつき易さといい、理想的な果物だ。


「んんんっっっ!!」

甘い匂いに誘われて、大口で噛み付いたら、濃厚な甘味が舌に触れる。

この国で食べた果物はどれも驚くほど甘かったが、『ばなぁな』はそれらすら大きく凌駕する、異質の甘さだ。

舌で潰せるほど柔らかい果肉には、果物の特徴である、滴る果汁や酸味は全くない。

食感は煮た芋に似ていて、水分の少ない、甘い果肉が、舌や歯をしっとりと包む。

いくら噛んでも、ただただ甘く、まるでお菓子である。


「お……おいふぃーな………!!」

———アマイ!!

アーシャたちはその甘さに感動する。

食べ易さや、その味から、人間に食べられるために生まれてきたとしか思えない果物だ。

そんな疑念を裏付けるように、どれだけ食べ進めても種が出てこない。


「あ!」

夢中で一口二口と食べ進めてしまい、気がつけば、一人で半分以上食べてしまった。

「あっ、あっ」

すっかり短くなった『ばなぁな』の皮を更に剥いて、アーシャはユズルに差し出す。

一つしかない、こんなに美味しい果物を、独占してしまった。


「いらね」

しかしユズルは差し出された果物を嫌そうに見て、ソファに戻っていってしまう。

やはり薬を食べるほどなので、体調が思わしくないのだろうか。


「ゼン?」

ゼンにも差し出したが、彼も笑って首を振り、拒否する。

彼はアーシャの手の上から『ばなぁな』を握って、アーシャの口元に『ばなぁな』を寄せる。

「ぜーんぶ、アーシャの!」

ゼンは笑って、そう言う。


「あ……う………『ゼンの』」

美味しいものを沢山食べられるのは嬉しい。

しかし一人で独占してしまうのは、お腹は満ちるが、心が減ってしまう。

一緒に食べたいと伝えたいが、うまく言葉にできなくて、アーシャはもどかしさに身を捩る。

そんなアーシャに、ゼンはびっくりしたような顔をしたが、すぐにまた笑って、アーシャの頭を掻き回してくれた。


ゼンの大きな手が『ばなぁな』の上を通る。

「ん!あまい!」

意外と器用な手は、それだけで『ばなぁな』を折り取ったらしく、ゼンは口をもぐもぐとしながら、笑う。

「ありがとーな!おいしー!」

食べたゼンはアーシャを抱きしめてくれる。


「へへへへへへ、『おいしー』!」

アーシャは一時的に歯形が無くなった『ばなぁな』に齧り付いて笑う。

「『ゼンの』?」

まだ食べるだろうかと差し出したが、ゼンは自分の口を『まだ入っている』とばかりに指さして首を振る。

そしてもう一度アーシャを撫でてから、調理に戻る。

「へへへへ」

甘い果実は下の方までみっちりと詰まっていて、最後だけ少し固かったが、最後までお菓子のように甘かった。


皮からも良い匂いがするので、アーシャはしばらくその香りを楽しむ。

「…………うっ」

あまりに良い香りなので、もしかしたら皮も甘いかもしれないと思って齧ってみたが、渋かった。

「アーシャ、だめっ!だめっっ!」

アーシャの声に振り向いたゼンが、慌てて皮を回収して捨ててしまう。

「あ〜〜〜」

食べられなくても良い匂いがするので、もう少しの間香りを堪能したかった。


皮を捨てたゼンは苦笑しながらアーシャを抱き上げる。

「ユズル、あとわたのん〜」

そしてソファのユズルに声をかけた。

ユズルは背もたれの上に手だけを伸ばして、犬を追い払うように手を振る。

「?」

そうして、ご飯の準備をしていたゼンは、何故か突然、アーシャを抱っこして、家の外に出てしまった。


どこに行くのだろうと思っていたら、そのまま隣の扉に向かう。

ゼンが扉横のボタンを押すと、不思議な音楽が鳴る。

「はーい!」

それに応えるように、中から元気な声がする。

『主!主!』

それと一緒にはしゃいだ声も聞こえる。


バタバタと走ってくる音に続いて、扉が勢い良く開き、シノザキが顔を出す。

「あ、ゼンじゃーん」

『あるじぃぃぃぃ!!!』

それと一緒に豆粒のような物が飛び出してきた。


「モモタロ!?」

ピターンとゼンの額に張り付いた姿を見て、アーシャは目を丸くする。

愛らしい顔はそのままだが、髪を後ろで一本に結い上げ、風に愛らしく舞っていた長い服の袖が、肩に巻いた紐で押さえられている。

『アァシャ!そくさいだったか!』

「うん。何か……凛々しくなったね?」

装いは凛々しくなったが、感涙で顔がべしょべしょなので、台無しだが。


『ふふふ、我がかぬちが、いくさ支度をしてくれたのだ!』

モモタロはゼンの頭に張り付いたまま、胸を逸らす。

『ふふふふふふ、やはり刀は振るわれてこそ!流石我がかぬち!わかっておる!』

一体どういう事かと思ったが、尋ねる間もなく、モモタロ本体が運ばれて来た。


今までモモタロを包んでいた美しい布袋に、金具のついたベルトが巻かれている。

そして花のような形に結われていた、袋を留める紐が、いつでも解ける簡素な片結びになっている。

「はい、ぬぐ!」

シノザキはゼンの上着を引っ張って脱がせ、肌着の上に、皮で作ったベルトを身に付けさせる。

腰にベルトを巻き、そのベルトから伸びる輪に左肩を通す。


新たにモモタロの袋に付けられた金具は、ゼンが身につけたベルトに繋がるようになっており、ゼンの左胸側面に、モモタロの本体が取り付けられる。

『頭が下になるのが、ちょっと不服なのだが……まあ、これなら主の危機にすぐ飛び出せるからな』

つかを下にして取り付けられたモモタロは、文句をつけながらも、顔がニヤニヤと崩れている。

『これぞフトコロガタナ!これでいつでも主をお守りできる!』

大変ご満悦な様子だ。


(この国では武器の携帯が許されていないみたいだから、服の下に隠すことにしたんだ)

何で柄が下向きなのだろうと思ったが、再び上着を身につけたゼンを見て、納得した。

服の裾からモモタロを取り出すためだ。

首元の狭い服を着ているので、下からしか取り出せないのだ。


モモタロから肌身離さず持ち歩いてもらえるようにしてと頼まれて、何とか伝えねばと思っていたが、シノザキが先に対応してくれたらしい。

(私は何もできなかったけど、良かった)

アーシャはホッと息を吐く。


嬉しそうに飛び回るモモタロの括り上げた髪は、子馬の尻尾ポニーテールのように揺れている。

———コレハ オドロイタコト。コンナニトシワカイ『つくも』ハ ハジメテミタ……

モモタロが出てきてから無言だったアカートーシャが呟く。

彼女にとっては、モモタロの存在が珍しかったらしい。

『?』

彼女が呟くと、モモタロが不思議そうに首を傾げる。

「どうかした?」

『いや………何か……みょうな気配が……我らに近いようで、人の子にも近いような……』

キョロキョロとモモタロは周りを警戒するように見回す。


「あ、それは多分………」

アーシャはアカートーシャについて、説明する。

先日モモタロが切り離した相手を受け入れていること、この国の神官のような存在であったこと、彼女が囚われた経緯、そしてアカートーシャと名前を付けたこと。

説明している間に、シノザキの他にイズミも出てきて、ゼンと言葉を交わしながら、一緒に家に帰る事になったようだ。


『名をつけたのか!?しかも仮初とはいえ、そなたの名を!?』

『アカートーシャ』が元の国でアーシャに押し付けられた名である事を告げたら、モモタロは大いに驚いていた。

「だ、ダメだった?」

あまりの驚きように、何か悪いことをしたのかと、アーシャは心配になってしまう。


『いや……う〜ん。……あのな、名前とは、実はすごく重要な物なんじゃ。わらわも主に名前を頂いて縁を結んだくらいだ。名をつけると言うのは、魂を形づくる行為。それに自分の名前を付けたとなると……』

「となると?」

聞き返すと、モモタロは首を捻る。

『う〜〜〜ん。とんでもない事のような気がするが………こういうのはバニタロウの方が詳しいんよなぁ……バニタロウは?まだ帰ってきておらんのか?』

「うん。まだ寝てた」

そう答えると、それにもモモタロは驚く。

『寝てたって……そんな生き物のような事を……あやつもしや……いやいや。そんな事できるわけないか』

更にモモタロはブツブツと考え込んでしまう。


(何か……とんでもない事したのかな)

アーシャは不安になってしまったが、部屋に入ると、『しょーゆ』を主とした、温かで芳しい香りが漂ってきて、思考が途切れた。

———ダシノ カオリガ〜〜〜!!

アカートーシャも歓喜の声を上げるので、急速に気が緩んでしまう。


「ん〜〜〜〜!!」

先ほど『ばなぁな』で小腹を満たしたと言うのに、アーシャの口の中には涎が溢れる。

卓の上では柔らかな湯気が上がっている。

アーシャは自分の椅子に走り寄ろうとするが、

「アーシャ」

ゼンに捕まえられ、両手につけていた人形を取られて、手を洗われてしまった。

食事の前には、絶対に手を綺麗にしなくてはいけない規則を忘れてしまっていた。


「わぁぁぁ〜〜『うどん』!!」

アーシャの卓には、何時ぞやも見た、大きな器が、どどんと置いてある。

まるで鍋のように大きく、厚みがある器の中には、白くて太い『うどん』がたっぷりと入っている。

その上に、木の子、緑の野菜類、燦然と輝く黄色い玉子、魅惑の肉がのっている。


「お肉にちゃまご〜〜〜〜!」

椅子に座ったアーシャは思わず、上下に揺れながら踊ってしまう。

「………ん?」

しかし大きな器の隣に置いてある存在に気がついて、ピタリと動きを止める。


『うどん』が入った大きな器の隣には、空の器、そして見覚えのある奴がのった皿がある。

「………根っこ………?」

こんがりと焼けているが、間違いない。

木の根っこが置かれている。

アーシャの体に不具合など全くないのに、何故薬である根っこが分配されているのか。


(私はとっても元気ですけど!?)

そう思って周りを見ると、根っこはそれぞれの席にも置いてある。

「………………?」

一体何だと言うのか。

予め薬を摂ることによって体が健康に保たれるとか、そんな効果があるのだろうか。


「いただきまーーーっす!」

考え込んでいたら、シノザキが元気な声を張り上げて、両手を鳴らした。

それに倣って、皆も手を合わせる。

「いたぁーきましゅ」

アーシャも存在感を発揮しまくる木の根っこから目を離せないながらも、両手を鳴らす。


「アーシャ、ご・ぼー」

食事が始まっても、根っこを見つめていたら、隣に座ったゼンが笑いながら、それを指差す。

根っこは『ごぼー』と言うらしい。

「『ごぶぉー』」

アーシャは復唱しながら頷く。


しかし名前がわかっても奇妙なものは奇妙だ。

手を出す気になれず、やはりじっと見ていたら、トントンとアーシャの肩を叩いてから、ゼンが『ごぼー』を口に入れてみせる。

すると、サクッと、聴覚的には何とも美味しそうな音が立つ。

「おいしー!」

ゼンはそう言って頬を押さえて見せる。


「………ん」

アーシャは小さく頷く。

目の前で毒見をして、害がないことを示してくれた事はよくわかる。

アーシャはフォークを手に取って、恐る恐る、根っこに突き刺す。

「…………っ」

そして覚悟を決めて、齧り付く。

これが生まれて初めて食べる樹木だ。


『ごぼー』周りの硬くて薄い殻のような物が、歯に当たってパリっと小気味の良い音を立てたかと思うと、すぐに複数の繊維を一気に断ち切るような感触が歯に伝わる。

適度な硬さがあるのに、サクサクっと簡単に避ける、その感触は中々爽快だ。

「ん!」

歯当たりだけでも十分心地良かったのだが、二度三度と噛み締めるに従い、『しょーゆ』と香辛料が混ざり合った、香ばしい匂いと味が濃くなっていく。

「んんん!」

ザクザクと繊維を断ち切る歯触りと、外側のパリパリの皮の感触、そして噛む度に溢れ出す香ばしさ。


「んんん!ん!ん!」

口を止められないアーシャは、激しく頷いて、美味しい事をゼンに伝える。

「うんうん」

ゼンも嬉しそうに笑って頷き返してくれる。

そして空の小さい器に『うどん』を始め、いろんな具を取り分けてくれてくれる。


「あついから。ふーふー」

ちゃんと冷ますようにと、ゼンは息を吹きかける真似をしながら、アーシャに器を渡す。

流石ゼンはわかっている。

燦然と輝く玉子と肉を最初から入れてくれている。

「ふー!ふー!」

大好物を前に、アーシャは激しく息を吹きかける。


迷うことなく、真っ先に玉子にフォークを突き刺したら、薄い皮膜が破れて、中から黄金色の液体が流れ出る。

「あ、あわわっ、ふーっ、ふーっ!」

アーシャは慌てて下の『うどん』ごと引っ張り上げて、一応息を吹きかけつつ、口の中に押し込む。

「はふっはふっ」

『うどん』も玉子も、まだ熱々だったので、口の中の空気を往来させて冷ます。

そうこうしている間も、玉子の黄身が、旨味たっぷりのスープと混ざり合い、更に魅惑的な味になって舌に絡む。

アーシャはハフハフと息をしながらも、誘惑に耐えられず、熱々の玉子と、それが絡んだ『うどん』を噛む。


「はふっ、はふっ、ん〜!おいふぃーっ!はふっはふっ!」

冷ましたり、噛んだり、雄叫びをあげたりと、アーシャは大変忙しい。

「ふふぁ〜〜!」

用意されていた『むぎちゃ』を流し込めば、熱々になった喉から胃にかけて、爽やかな冷たさが通過していく。

黄身の流出を何とか『うどん』で受け止めきったアーシャは、爽快な気分でため息をこぼす。


玉子の次はもちろん肉だ。

———トリ?トリニク?

肉食に抵抗があるアカートーシャだが、何故か鳥の肉なら大丈夫らしい。

期待を込めた、嬉しそうな声が漏れる。

(ふふふ、わかるわ。この艶々した表面……!!私にはわかる!これは絶対美味しい鳥!!)

肉を食べる機会が少なくて知らなかったが、鳥のイボイボした部分は特に美味しい。

いかにも肉っぽい油が滲み出てくる。


「ん〜〜〜!」

予想通りの肉の旨味にアーシャは反り返る。

このスープで煮込んでいるのかと思いきや、しっかりと甘辛い下味がついていて、それがスープの味と溶け合って、何とも言えない喜びをもたらす。

そこに肉の油も染み出して、舌に絡んでくるから、危険極まりない美味しさだ。

———トリ………オイシイ……ニク……オイシイ……

アカートーシャもその美味しさに陥落寸前だ。


「おいしーなぁぁぁぁ!」

思わず雄叫びをあげてしまったアーシャは、次は木の子にフォークを突き刺す。

このまま肉を食べ続けたら、気持ちが舞い上がり過ぎて危険だ。

小休止を入れなくてはならない。

「ふーっ、ふーっ」

余裕を持って冷まし、アーシャは木の子に齧り付く。

「………………!?」

そして驚きに目を見開く。


先程料理の過程を見ていたから、何となく甘いのではないかと予想はできていた。

しかし予想以上に『しょーゆ』と甘味のバランスが良過ぎる。

甘過ぎず、塩辛過ぎない絶妙な味付け。

そこに肉や玉子の旨味も含んだ熱々のスープが、たっぷりと絡んでいる。

噛む度に、木の子のヒダから溢れ出てくる、甘味の加わったスープに、アーシャは舌鼓を打つ。

「はふっ……ふぉっ……ふぁふっ……ふぉぉぉぉ……!!」

木の子だが木の子に非ず。

食材全ての旨味が口の中に開放されて、アーシャは口の中を冷ましているのか、感嘆しているのかわからない音を出してしまう。


「はぁぁあぁぁぁ」

美味し過ぎて、心臓が高鳴り過ぎている。

アーシャは『むぎちゃ』で、今度こそ小休止をとる。

口の中を中庸ニュートラルに戻しつつ、周りを見ると、ゼンやユズルが先ほどの『ごぼー』をスープにつけて食べてることに気がついた。


「……………!」

『ごぼー』の美味しさに調子に乗って殆ど食べてしまったが、一つだけ残していた。

———アァシャ、ソレハ サイゴノ タノシミデハ……!!

アカートーシャに止められるが、一度興味を持ってしまったアーシャは止まれない。

(だって……わざわざスープをつけて食べるのよ……!?絶対更に美味しくなるのよ!?)

そう言うと、アカートーシャの期待も膨らむのを感じる。


そっと『ごぼー』をスープに浸す。

一本しかないので、丹念に浸す。

そして期待を胸に齧り付く。

「…………!!!」

スープを吸った皮は崩れ落ちるように、トロッと口に広がり、そのトロトロの中にジャクっと何とも言えない歯応えが隠れている。


「お………おいふぃぃぃな……!!」

アーシャは再び反り返る。

(いつぞやの『えびふらい』も中が弾けるような感触で美味しかったけど、こっちも美味しい……!!)

この皮にスープが染み込むと、何故こんなにも美味しくなってしまうのだろう。


———『えびふらい』…………!?

『えびふらい』の経験がないアカートーシャからの羨望の感情が向けられる。

(いつかまた食べられた時は一緒に食べようね……!!)

アーシャはそう声をかけながら、『ごぼー』を惜しむように食べる。


「はい。どーぞ」

空になった皿を未練を込めて見つめていたら、そっと皿が差し出される。

見ればイズミが、自分の皿をアーシャに差し出してくれている。

「いじゅみ……!!あいがとーー!!」

いつも大人しくて、そっと佇んでいる彼だが、本当に良い人だ。

有り難く一本分けてもらって、アーシャは今度こそこれを最後の楽しみとして大切に取っておく。


「はい、アーシャ」

そんなアーシャに笑いながら、新しい『うどん』をゼンが注いでくれる。

至れり尽くせりだ。

「へへへへ」

幸せな気分でアーシャは食事を続けるのであった。

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