16.聖女、『どが』を体感する(後)

『ばーちゃーん……俺のサボテン枯れちゃった〜〜〜』

『やけんサボテンは可愛がり過ぎたら枯れるって言ったやろ。多分、水のやり過ぎやけん、しばらく放っといて、様子見とき』

最初の異変はそんな小さな所から始まった。

これでもかと手をかけて育てていた植物たちが枯れ始める。

手をかければ手をかけるほど枯れていく。


些細で気が付かないような変化から、段々と目に見える変化が起こり始める。

仲良くしていたはずの近所の小型犬に逃げられる。

野良猫を見かけなくなる。

飼育小屋のアヒルが剣呑な鳴き声を上げ、兎たちが逃げ始める。


ゼンは大いに戸惑っていたが、バニタロの目を通した『どが』には輝きを増し始めた彼の神気が映っている。

相変わらずの優しい色はそのままなのに、畏れを感じる重い威圧が加わり始めている。

あり得ない。そんな事が起こるはずがない。

見守るバニタロからは、そんな動揺が伝わる。


『ミタマ』は普遍の存在で、器はあくまでも器。

器たる人間は、注がれた力をその身に一時的に溜めておくだけの存在である。

力をあるべき場所に運び、その力を借りて成すべき事を成すだけだ。

神をその身に降ろす事はできても、その力を自分のものにする事はできない。

そのはずだった。

魂は絶対的なもので、例え血のつながりがあろうと、三世の縁を結ぼうと、溶け合うことなど絶対にあり得ない。

そんなバニタロの絶対的であったはずの知識がひっくり返される事態が目の前で起きている。


散々に破れ、傷つけられながら何とか形を保ったゼンの神気。

その破れた部分をどうやって継いでいたのか、バニタロは考えもしなかった。

死を目前にした人間の馬鹿力とか底力とか呼ばれるもので、自己修復しているのだろうだろうと思っていた。

まさか割れた器を継ぐために、体の中の『ミタマ』を取り込むなんて考えもしなかった。

全くの異物すらも取り込んで、自らを修復しようとする、それは想像を超えた、生への執念の賜物だった。


割れた器を継いだ所から、『ミタマ』とゼンの体は密接につながり始めている。

つながりから少しずつ力を吸収して、我が物として取り込む。

それは最早ただの『器』とは呼べない。

(要するに、魔石を取り込んだ魔道具のような物……かな?)

アーシャの感覚からいくと、自分の体の中に入った力を取り込むのは、極々普通の事のように感じるのだが、バニタロ的にはあり得ないことらしい。


(ゼンの神気は……『ミタマ』という物の影響を受けているから、あんなに凄いんだ)

バニタロからの知識を受け取りながら、アーシャは納得する。

『ミタマ』は相対あいたいしただけで、普通の人間を壊してしまうほどの力がある。

ゼンはそんな力を取り込み、無意識に繋がってしまった。

するとその影響を受けやすい植物は押しつぶされるし、勘の鋭い動物は脅威を感じて怯える。

影響を受けそうな人間も無意識に畏れ、ゼンを避け始める。

繋がりが薄いうちは、それほど影響は出なかったようだが、月日を重ねるごとに繋がりは堅固なものになり、周りに染み出す力も増える。


(ゼン、動物が好きなのに……可哀想)

納得すると同時に可哀想になってしまう。

今、流れるように見せられた『どが』でも、ゼンが動植物をこよなく愛し、喜んでお世話していたのはわかった。

それなのに、我知らず強い力と繋がってしまって、それが漏れ出しているのにも気がつけない。

『どが』の中のゼンは小さい生き物から避けられ、祖母の畑仕事もろくに手伝えなくなっている。

自分では何もしていないのに、とにかく嫌われてしまうという、謎の現象に戸惑う、その姿に胸が痛む。


平気な顔をしながらも、一人落ち込むことが増えたゼンを、すっかりバニタロも心配している。

心配するだけで、体のないバニタロには出来ることなど何もないのだが、彼は一層ゼンに寄り添う。

(私もこれからは全力で膜を作るわ!鼠も猫も犬も捕らえたい放題、撫で放題にするからね!)

それを見ながらアーシャもこれからは更に寄り添って役に立とうと、張り切る。



そんな事を考えている間にも、『どが』は進む。

ゼンは直接食べてもらえないのに、毎日せっせと兎小屋に餌を運ぶ。

そして春に生まれた子兎を遠くから眺めて、ニコニコとしていた。

(みんな丸々と肥って美味しそう)

アーシャはそんなことを思ってしまうのだが、ゼンは食料としてではなく、純粋に兎を愛でている。


その兎小屋に、襲撃者が現れてしまった。


真夜中に酔っ払いが戯れで、『はなび』なる鮮やかな色に爆ぜる火薬を小屋に投げ込んだのだ。

眠らないバニタロは、ゼンが大切にしている生き物への非道にすぐに気がつき、駆けつけた。

そして常にゼンの近くにあったお陰で、力を溜め込んでいたから、愚か者たちには制裁を与え、すぐに追っ払うことができた。

しかし既に起きてしまった被害を無かった事にはできなかった。

寝ている最中に火薬を投げ込まれ、パニックを起こした兎のうち、一羽の心臓が止まってしまっていたのだ。

それはたまたま要領が悪くて餌にありつけない、ゼンが一番心配して見ていた小さな兎だった。


「………………」

バニタロは少しの間、迷う。

兎など長く生きても高が知れている。

悠久の時を存在し続けてきたバニタロにとって、その寿命は、それこそ瞬きのような短い時間だ。

バニタロは涙を流して悲しむかもしれないゼンを思う。

そしてこんなにそばに居るのに、触れ合えないどころか、存在にすら気がついてもらえない我が身も思う。


(バニタロはゼンを好きになったのね)

悩むバニタロに、アーシャは嬉しくなってしまう。

自分の大切な人を、他の人も大切に思ってくれるというのは嬉しいことだ。

最初はあっさりと壊そうとしていた、道具のように思っていた相手が、泣いて欲しくないと思える程大切な存在になるなんて凄く素敵なことだ。


暫し迷ってからバニタロは兎の中に入った。

すると再び心臓が動き始め、少し痺れていた手足に血が巡り始める。

肉の体を持つということに、違和感を感じて、バニタロは体を上手く動かせない。

何とか動かしてみるが、他の兎のように自然に動けない。

体に感じる重みも気持ち悪い。


しかしバニタロは地面に近くなった目から周りを見ながら、胸を躍らせた。

これで、いつも餌を持って行っては寂しそうに離れて見ているゼンに、餌やりをさせてやれる。

沢山ふわふわで手触りの良い毛皮を撫でさせてやれる。


夜明けまで兎っぽい動きを研究して、バニタロはゼンを待ち受ける。

『ごはんだよ〜〜〜』

そして笑顔で現れたゼンに、渾身の兎っぽい動きで走り寄っていく。

『えっ!?』

自分が遠ざかるまで兎が来ないことに慣れていたゼンは、驚きの表情になる。

そして恐る恐る葉物野菜を差し出してくる。

『わぁぁ〜〜〜〜』

それをバニタロが食べて見せると、ゼンの顔が輝く。

ゼンがくれた野菜はとても美味しい。

彼の神気が染み込んでいる。

バニタロは目を細める。


地面に張り付いているかのような小さな体から見上げても、ゼンは相変わらずゼンで、真っ黒な目を輝かせて、笑っている。

目だけではなく体全体が輝いていて———

(……いや、流石に、これはちょっと輝き過ぎじゃない?バニタロ視点のゼン)

思わずアーシャが突っ込んでしまうほどだ。


ゼンは自分に寄ってきてくれるバニタロが可愛くてたまらない様子だった。

頻繁に、そっと優しい手つきで毛並みを撫でる。

その度にバニタロの心が弾むのを感じる。

『へへへ……可愛いな〜〜〜』

そう言われて、内心鼻高々で、兎の鼻もヒクヒクしてしまう。


『ばにたろー』

そう言ってゼンが兎を呼ぶ。

『ばにたろー、いい子、いい子』

それが自分の名前だと思った瞬間、プツンと大いなる意志から自分が切り離される感覚がした。

(あ………今、『バニタロ』になった……)

その瞬間はアーシャにもよくわかった。

無限とも思えた力と知識の供給が止まると共に、自分の周りの薄い膜が弾けて、感覚が冴え渡る。

風の匂いや、体を包む暖かな温度、足裏の土の感触。

全てが鮮明になる。


(今、『バニタロ』が生まれたんだ)

肉の体を得たバニタロは、ずっとゼンを見守る事はできなくなったが、毎日ゼンはやってきてくれるし、目と目が合って、触れ合える。

それをバニタロが心から喜んでいることが伝わってくる。

(なんか……わかるなぁ)

特別な力を持ったまま存在すら認識されずに、ずっとそばに居るより、ただの兎になって、ほんの少しの間でも、ご飯をもらえて、撫でてもらって、声をかけてもらえる。

アーシャがバニタロでも断然そっちが良い。


———ばにたろー ヌシ スキ

使える言葉が大幅に減った。

知識の大元も消えた。

思考も上手くまとまらなくなった。

でもバニタロは幸せを感じている。


毎日、毎日、やってくるゼンを待って、その手が自分の毛をいてくれる感覚で、心が満たされる。

ゼンを怖がらない動物はバニタロしかいないので、その寵愛を一身に受ける。

色々な動物に避けられ、怯えられるゼンが可哀想だが、少し嬉しくもなる。

時間を見つけてはゼンはやって来てくれるし、誰にも話せない心配事なんかもバニタロには話してくれる。


『ばーちゃんが、ちょっと具合悪そうでさ。俺、ばーちゃんの畑、手伝えたら良かったのに』

『畑の手伝いはできんけど、俺、家事やることにしたんだ!昨日は風呂洗ったし、米も炊いたんだぞ〜〜〜。魚は焦げとったけど、何事も慣れだよな〜〜〜』

『ばーちゃん、最近キツそう。体力がある俺が畑をやれたら全部解決すんのに……』

ゼンの口から祖母の心配が出てくることが増え、自分の体質を悔いるような発言が増え始めた頃。



唐突に別れは訪れた。



バニタロは聞こえてくる鐘の音を数える。

朝から九回目の鐘が鳴ると、ゼンが出てくる。

昼に一回、そして夕方に一回彼が撫でてくれるのが、バニタロの何よりもの楽しみだ。

『ゼンちゃん、飽きないよねぇ』

『絶対、飼育委員より、ここに通ってるよ』

『良いだろ〜〜〜。別にここは付き合わなくって良いって。俺も後から行くから』

そんな事を言いながら寄ってくる、白、青白、黒の三人組。


一人は少し前まで繊細すぎて太陽を浴びるだけで倒れそうだったのに、線がしっかりしてきたゼンの妹。

一人は病的にか細い少年。

二人はゼンとは対照的に凄く白い。

その肌に太陽の恵みを一切感じない。

ゼンとはかなり性質が違いそうなのに、三人は結構気が合うようでよく一緒にいる。


さあ今日も至福の時間が来たぞとバニタロが後ろ足で立って、ゼンを迎えようとした時だった。

『ロクネンニクミとサンクミのムネカタ君、至急ショクインシツまで来てください。ロクネンニクミとサンクミのムネカタ君、至急ショクインシツまで来てください』

そんな大きな音が響いた。

人間たちが大きな音をばら撒く道具を作っていることを知っているバニタロは驚かない。

しかし音を聞いたゼンたちは驚いたような顔をして、踵を返した。

『バニタロー!ごめんな!また後でな!』

手を振るゼンを、鼻をヒクヒクとさせてバニタロは見送る。


今か今かと撫でてもらうのを待っていたので、去っていく背中にバニタロはガッカリする。

もう頭の中では毛の間を通る指の感触まで再現されていたバニタロは、不貞腐れたように柵の前にゴロリと横になる。

———デモ スグ クル

ここでは日向ぼっこか、他の兎たちと戯れるくらいしかやる事がない。

ゼンの力を感じるためにバニタロは目を閉じる。

———トオク イク? イエ カエル?

すぐ帰って来ると思っていた、光り輝く力の塊は急速に離れていく。

———ヌシ カエッタ?ナンデ?

初めての事にバニタロは戸惑う。


『あれ?ゼンは?』

『さっき放送入ってたから来ないんじゃない?』

『え〜〜〜ゼンが来てくれないと仕事が大変やん〜〜〜』

自発的にお世話の手伝いをしていたゼンがいないので、世話係を任命されているらしい子供たちが面倒臭そうにバニタロたちの小屋を掃除する。

『兎を一匹づつ小屋から出さないと〜〜〜』

『後でガァコちゃんも捕まえないと』

『ゼンがいてくれたら移動が楽なのに〜〜〜』

小動物に逃げられたり、威嚇されたりする気の毒な体質は、意外と周りには便利だったらしい。

ゼンと比べると熱意も使命感もない子供たちの掃除は適当に終わる。


一見片付いた小屋で、バニタロは一生懸命ゼンの気配を追うが、彼の気配はどんどん離れていく。

———ヌシ コナイ

気配を感じ取れなくなって、ようやくバニタロは諦める。

———デモ アシタ ナレバ クル

撫でてもらえなかった頭を草に擦りつけて欲求を満たし、バニタロは不貞寝する。



明日はきっと来る。

明日こそきっと来る。

バニタロはその日から、ひたすら待った。

陽が沈むまで待ち続け、明日こそは来ると希望をつないで、次の日の夜明けを迎える。

ゼンに撫でてもらえなくなって毛艶がなくなり、神気の染みていない餌からは栄養が取れず、細々と『本体』から送られてくる神気を啜って生き延びる。

明日こそは撫でてくれる。

明日こそは名前を呼ばれる。

そう信じてバニタロは待ち続けたが、遂に兎の肉体を維持することが出来なくなるまで、ゼンは帰ってこなかった。


———アア ヌシ カナシム

バニタロは死んでしまった兎の体に何度も戻ろうとするが、残念な事に、彼にはもう、その心臓を動かす力が残っていなかった。

何度も死体を素通りしてから、遂に諦めて彼はフラフラと移動する。


それから訪れたゼンが住んでいたはずの家は、彼の神気が残り香のように漂っているだけだった。

その僅かな力を啜りながら、バニタロは家の中を彷徨う。

———『てれび』 『れぞーこ』 『せんたっき』

家族が住んでいた時のまま、家具は全て残っていて、住人の姿だけがなくなっている。

不器用なゼンがせっせと作っていたと思われるド下手くそな『ぷらも』は、組み上げ途中でそのまま机の上に残っているし、その隣の整頓された机には栞が挟まったままの本が埃をかぶっている。

器用さも几帳面さもまるで正反対の二人だが、何かを始めたら途中で止めないという事だけは共通している。

何かを作りかけてそのままにすることも、読みかけの本を最後まで読まないなんてこともあり得ない。


———ヌシ カエッテ クル?

家の様子に、バニタロの心に希望の光が灯る。

ゼンという力の補給元が無くなってからは、『本体』から戻ってこいと呼ばれている気配がする。

ゼンの神気を受け取るように変化した『バニタロ』のままでは、『本体』が力を送ってくれても上手く吸収できない。

このまま力を吸収できないままでは、いずれ消滅してしまう。

そうなる前に本体の一部に戻れという事なのだろう。


『バニタロー!』

しかしバニタロは自分に向けられた優しい声や笑顔を思い出して、動けない。

『本体』の元に帰ってしまえば、『バニタロ』は消えてしまう。

嬉しそうにバニタロを呼ぶ声も、優しく毛皮をくしけずる手の感触も、食べる姿を見守ってくれた笑顔も、暖かさを失い、ただの知識になってしまう。

大切な思い出が、瑣末な情報に変わる。


———ハヤク カエッテ キテ

バニタロは願いを込めて、ゼンの力の残滓が漂う家の中で、体を巻いて小さくなる。

彼の残した力を細々と取り込みながら、冬を越す蛇のように、一切の動きを止める。

兎の体がなくなったら、眠ることはできない。

意識が途切れる事はない。

———サビシイ ヌシ サビシイ

バニタロは人間の一生など、瞬きほどの時間だと思っていたはずなのに、一度生身の体を得たせいか、一日一日を恐ろしく長く感じている。

その寂しそうな声にアーシャは心を痛める。


『本体』からは力と共に情報も送ってくるが、ゼンの居場所などはわからない。

———ウミ コエタ?

バニタロたちは基本的に大地の力を頼りに動いているため、海を隔てると力が途切れるらしい。

海を渡って行けるのは彼らの上位存在が道を作っている島くらいらしい。


ゼンの残した力と『本体』からの力を細々と消費して、なんとか食い繋いでいくが、バニタロはゆっくりと力を無くしていく。

———ヌシ カエル ナイ

幾日も、幾月も、幾年も待って、家からゼンの気配が全て消え去って、バニタロは遂に諦めた。

もう自分の我儘を通すわけにはいかない。

消える前に戻らなくてはいけない。


バニタロはフラフラと『本体』の元に帰り始める。

未練をいっぱいに残しながら、かつては綺麗に保たれていた、草だらけの廃屋を出て、自分たちの源の場所へ移動する。

川の流れを辿り、自分たちの元々の住まいであった懐かしい森を見ても、まだバニタロは未練に引かれて、振り返る。

———ヌシ カエル ナイ

自分にそう言い聞かせているのが、気の毒で、『どが』に干渉できないと知りつつも、アーシャは何とかならないのかと、ついつい思ってしまう。


そんなバニタロの視界に、一台の『くるま』が入る。

休んでいるのか、道の端っこに停められた姿を何気なく見たバニタロの視線は、一度『くるま』を素通りしてから、バッと戻る。

———ヌシ!ヌシ!ヌシ!!

微かにだが、その『くるま』に輝く神気を感じたのだ。


間違いないとバニタロは喜び勇んで、その『くるま』に飛び込む。

———ア!アア!?アアアア!!

そして『くるま』に乗っていた人物に突進していって……突き刺さってしまった。

直前で別人であったと気がついても、勢いがつき過ぎていて止まれなかったのだ。


(今……一瞬しか見えなかったけど、イズミだった気がする……)

バニタロ視線の『どが』なので、一瞬しか見えなかったが、『くるま』に乗っていた人物の判別はできた。

そのおかげで、アーシャはこれからのバニタロの事情を察した。


(私と一緒で、少々思慮が足りなくて、無駄に勢いに溢れているのね……)

アーシャは憐れみの心で、突き刺さった体から脱出しようともがくバニタロの『どが』を見つめる。

———ヌケナイ ヌケナイ!ゴウ ベタベタ!イヤ!イヤ! 

バニタロは体をくねらせ、何とか突き刺さった体から出ようとするが、何か黒いものに囚われて上手くいかない。


(………私、バニタロに優しくしよ……)

アーシャは心に決める。

突然いなくなったゼンを、ずっと待ち続けて、最後の最後で奇跡のように見つけたと思ったら別人で、突き刺さって、訳のわからない力に拘束されて逃げることもできない。

海を越えたら消えてしまうと、最後の力を振り絞った抵抗で、突き刺さった人物を動けなくして、助けてと叫び散らす。

そしてベタベタの黒い物に囚われながら頑張っていたら、今度こそ間違いないゼンの神気を感じて、死力を尽くして出ようとして……アーシャが最初に見た状態になったのだろう。


やっとゼンに会えたと思った所で消え始め、アーシャが力を注ぎ込んだから、あんなに激しく食らいついたのだ。

(ゼンの神気をそのままバニタロに注げばもっと効率が良かったんだ)

そう思いつつも、直接ゼンの神気を注いだら注いだで、彼の懐にいる存在に阻害されたかもしれないという可能性が頭を掠める。

(あの子はあの子でゼンのことが好きなんだろうけど……私はバニタロの味方をしてあげよう。………すっごく怖いけど)

そんな事を考えるアーシャの頬に柔らかくて気持ちの良い感触がする。



「ん……」

『どが』の中では感じなかった自分の手が動く感覚がする。

手触りの良い、しっとりと手に吸い付くような撫で心地の布を、何度もアーシャは撫でる。

目を開けると、枕のようにして眠っていた『もちもち』の中から、小さな蛇の尻尾が出ている。

「『おはよー』、『ばにたろ』」

アーシャが笑うと、盛んに小さな尻尾が揺れる。

———オハヨ ミコ

「『ミコ』じゃなくてアーシャだよ。よろしくね、『バニタロ』」

———バニタロー ヨロシク アシャ

素直なバニタロにアーシャは笑う。



こうして、寵を争う人外と子供のタッグが、争われている本人が全く預かり知らぬ所で組まれたのだった。


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