19.聖女、日常を噛み締める

初めての『自分の部屋』は、とても素敵だった。

程よい柔らかさと反発を感じるマットは、ゴロンと転がれば、目的を忘れそうなほど気持ちが良い。

マットを包む布は無駄に手足を動かしたくなるほど滑らかで気持ち良く、ほのかな花の香りがする。

「んふふ」

コロコロと転がると、マット横の、温かみのある白色の棚に手が届く。

寝転がったまま、『ちらし』を手に取る事ができる。

(このまま寝っ転がって袋を作っちゃおうかな)

あまりに素敵な状況に、そんな浮かれた事を考えてしまう。


粗末な寝台と、配給された服や錫杖だけが入った無骨な木箱。

何一つ『自分の物』がない、眠りに帰るだけの空間は『自分の部屋』ではなかった、と、今のアーシャには思える。

過去の部屋は石の壁と木の扉で、堅牢に囲まれていたが、ただただ体を休めるためだけの場所だった。

今の部屋には扉も壁もないが、こんなに寛げるし、既に愛おしさすら感じる。


———ツクエジャナイト、ムズカシイワ

浮かれるアーシャに、アカートーシャが仕方のない妹にそうするように、諌める。

「えへへ」

起き上がったアーシャは、作業に適した場所はないかと見回し、棚の横にある台に目をつける。


「おぉ〜」

ゴソゴソと移動して台の前に座ると、マットがまるで小さな椅子のように機能する。

足を伸ばして楽に座れる。


———マズハ『ちらし』ヲ シカクニシヨウ

「………?」

アカートーシャの指示に、アーシャは首を傾げる。

四角にするも何も、『ちらし』は元々四角だ。

———『はう』ニスルノ

(『はう』………?)

戸惑うアーシャの脳裏に、回転させても形が変わらない四角の映像が、アカートーシャから流れ込んでくる。

どうやら各辺の長さを全て同じ四角にすると言っているらしい。


(全て同じ長さに………?)

アーシャは顔を曇らせる。

言っていることはわかるが、その方法がわからない。

アーシャは元々農地と一括りにして管理される最下層の人間で、聖女になってからは、その力のみを求められた。

つまり、教育らしい教育を受けたことがないので、学がないのだ。

根性で文字は覚えたが、それ以外はからっきしだ。


(えっと……糸を用意して、一つの辺と同じ長さに切って……)

それでも何とか自分なりに解決方法を考えていると、アカートーシャがおっとりと笑う気配がする。

———ドウグナンテ、イラナイワ。カミヲ サンカクニ オレバイイノ

その言葉と一緒に、『ちらし』の横の辺を、縦の辺に沿わせるように三角に折った図が、彼女から流れ込んでくる。

次に三角に含まれなかった部分を切り離した図が示される。

それらで『これで全てが同じ長さになるでしょう?』と伝えてきているのだと思うが、

「???」

アーシャには、全く意味が分からない。


(紙を三角に折って……余りを切り離すと、どうして『はう』になるの?)

アーシャがそう聞くと、何故かアカートーシャから動揺したような気配が伝わってくる。

そして彼女は何やら考え込んで、沈黙する。

———シカクノ タテト ヨコハ、ソレゾレオナジナガサデショウ?

暫く待ってから彼女は説明を始めた。

(……うん。言われてみたら、そう……だね)

アーシャは『ちらし』を縦と横に畳んで、それぞれの辺を重ね合わせて、大体の長さを確認する。


———カサナッタブブンハ、オナジナガサヨネ?

アカートーシャは、アーシャが辺の長さが同じである事を確認するために重ね合わせた事を指摘する。

(うん)

同じ長さにしたいなら重ね合わせるのが一番だ。

アーシャは頷く。


———ジャア、サンカクニオッテ、カサナッテイナイブブンヲ、キリトッタラ、タテトヨコノナガサガ、オナジニナルネ?

先程のように、紙を三角に折り、重ならない部分を切り取る画像がアーシャの脳裏に流される。

———タテトヨコガ、オナジナガサトイウコトハ、ゼンブ オナジナガサトイウコト

「確かに………!!」

アーシャは初めて納得する。

しゅごい!!天才てんしゃい……!!」

そして、その発想に感動してしまう。


(こんな事思いつくなんて、アカートーシャは聖女みこで学者だったの!?)

———ア………ウウン……コレハ……

そう答えながらも、うっすらとアカートーシャが戸惑っている気配がする。

(アカートーシャ?)

———……ナンデモナイワ。……ワタシハ ズットアナタニ ツイテルカラ!

(うん……?)

何故か唐突に強く憑いてくる事を宣言された。

———ワカラナイコトハ、イツデモ オシエルカラ!

良くわからないが、頼りになる存在だ。


(よし!)

アーシャは早速『ちらし』を三角に折る。

———カドガ トビダシテイルワ

しかし早速ダメ出しされてしまう。

(そんなに飛び出してるかなぁ……?)

言われてみれば、三角の頂点が少しだけ紙から飛び出しているが、アーシャにとっては、ほぼ合っているように見える。

———キチント アワセナイト、ユガンデシマウカラ

しかしアカートーシャ的には全然ダメらしい。


早速直そうとするが、角は思った所で、上手く止まらない。

「う〜〜」

行き過ぎたり、戻し過ぎたり。

繰り返す度に、思い通りに動かない自分の指に苛立ちを感じ始める。

ほんの爪の先ほどの長さを、行ったり来たりするのが、もどかしい。

「合っちゃ……!!」

それでも何回も紙を動かした末に、何とか角を合わせられたアーシャは、ホッとする。


後は綺麗に折り曲げるだけだ。

アーシャは指で頂点を押さえて、紙に折り目をつける。

すると、確かに角は合っているはずなのに、線にズレが生じる。

———カドダケジャナクテ、センヲ ゼンブアワセナイト

アーシャから見ると大したズレではないのだが、アカートーシャ的には『全く合っていない』判定らしい。


「う〜〜〜〜」

縦と横の線を合わせるのは困難を極め、イライラとした感情が、虫のように腹の中を這いずり回る。

下唇を突き出し、顔を歪めながら、何とか全ての線がピッタリ重なるように動かすが、簡単な作業ではない。

思ったように指が動かなくて、もどかしくて、お尻がムズムズする。


『ん〜、折り紙かえ?』

苦労していると、バニタロに騎乗したモモタロがやってくる。

モモタロは自由に飛べるのに、何故かよくバニタロを足にしている。

「……四角を作ってりゅの……」

不器用に動くアーシャの手を、モモ・バニ組は興味深そうに見つめる。


『…………………進まんの』

しかし一向に三角形すらまともに折り上がらない状況に、すぐに飽きてしまう。

『驚ク、不器用』

『シッ、幼児おさなごの指は本人でも上手く動かせないと聞く。責めてやるな』

『………アシャ、発達、頑張ル』

瞼がついただけで、これ程表情豊かになるものだろうか。

バニタロの明らかな憐憫の表情に傷付きつつも、アーシャは必死に三角を重ね合わせる。


———……ウン。コレナラ ダイジョウブ……ダトオモウ

アカートーシャがそう言うまで、結構かかった。

モモタロとバニタロはすっかり飽きて、マットの上を転がって遊んでいる。


———アノ……フクロヲオルノハ ショウショウ ムズカシイカモシレナクテ……

アカートーシャはとても言いにくそうに、切り出す。

撤退宣言を察知して、アーシャは慌てる。

(待って!そりゃあ私も自分の手の動かなさにびっくりしてるけど、もうちょっと頑張らせて欲しいの!)

何回も折り返したせいで、すっかり『ちらし』の折り目からは、張りと強度が失われた状態になっている。

しかしようやくここまで辿り着いたので諦めたくない。


———……ウン。ジャア、ガンバロウカ

そう言ったアカートーシャから、三角に重ならなかった部分を折り返す映像が流れてくる。

———オリスジヲツケテ、イラナイトコロヲキルノ

「ポフォッ……!」

今度は明確な角や線などもなく、自分で三角の線を確認しながら、折らねばならないと知って、アーシャは奇声を発してしまう。


———オラナクテモ、キレルトハ オモウンダケド……

彼女から流れてきた映像で、本などの固い物を沿わせて、紙を持ち上げると真っ直ぐ破れるのだが、折筋をつけていた方がより安全だということがわかる。

(アカートーシャって、とっても器用で物知りだわ!)

ナイフもハサミもなく紙を切るなんて発想がなかった。

尊敬を込めつつ、アーシャは再び思うように動かない自分の手との戦いを始めた。

———エット……ウン、ソ……ソウカナ………………ガンバッテネ

アカートーシャは何かを伝えようとして迷い、応援の言葉を送る。


『なんじゃ〜まだ、せーほーけーに届いてもおらんのか』

『アシャ、頑張ル。子供、オリガミ、スキ。出来ル、損ナイ』

『そーそー。折り紙は、めじゃあな遊びじゃからな。こんな所でつまずくのはアァシャくらいだから、よーく練習するのじゃぞ』

しかしアカートーシャが飲み込んだであろう過酷な現実を、タロコンビが暴露する。


「こ……これが……これが子供のあしょび……!?」

中々思うように動かない手に、苛々していたアーシャは愕然とする。

彼女の体は、もう手足をむちゃくちゃに振って、床に転がって、溜まりに溜まった苛々を発散させたいと言っている。

こんなに細かく、苛つく作業を『遊び』にするだなんて、信じられない。

しかも大人ではなく子供がやると言うのだ。


———サイショカラ、ミンナデキルワジャナイノ

———スコシズツ、ジョウズニナルワ。ダイジョウブ

アカートーシャは優しく希望を持たせてくれようとするが、少なくともこの作業を『楽しい』と思えない時点でアーシャには適性がない気がする。


———オリメ、ジョウズ!

———シッカリ ツメデ カタヲツケテ………ウン!ジョウズ!

アカートーシャはせっせと褒めてくれる。

———ジャア ホンヲオリメニ シッカリアワセテ

———ズレテイルワ

しかし要求するレベルがかなり高い気がする。

アーシャは苦労して、字の練習をする本を折り目に合わせて置く。


———ホンヲ オサエテ ヤブッテイコウ

「ん!」

そうこうして、遂に全ての辺の長さが等しくなる時が来た。

アーシャは張り切って、破る方の紙を掴み……

「あぁぁぁぁああ!!」

紙が裂ける音ともに悲鳴を上げた。

強く引っ張られた『ちらし』が、本の下から飛び出してしまって、折り目を無視して、裂けてしまったのだ。


『………ダメだこりゃ』

『無惨。悲惨』

素直すぎるモモ・バニコンビの感想を浴びながら、アーシャはパタリと台の上に倒れ込む。

最早、三角に折った事など、まるで無意味になった。


(も……もしかして、私って、この国の基準で行くと、かなり『出来ない子』なのかも……)

努力があっという間に水の泡になってしまったアーシャは、台の上に頭を預けながら、一つの答えに辿り着く。

アカートーシャは遠い過去とはいえ、この国の人間だ。

今回、彼女が戸惑いまくっていたのは、簡単にできることや、常識である事を、アーシャが全然できないし、知らないからではないだろうか。


———ゴメンナサイ……ユックリヤブロウッテ、イッテオケバ……

アカートーシャは自分の教えた方が不適切であったと、しょんぼりしてしまっている。

(いやいや。私があんまりにもできなかっただけだから!アカートーシャは悪くないよ!?)

アーシャは慌ててしまう。


———アノ……フクロハ アキラメテ、ツツンデミナイ……?

しょんぼりとしていたアカートーシャだが、おずおずと提案してくれる。

(つつむ?)

フワリとアカートーシャの考えが脳裏に映る。

彼女の提案は、斜めにした『ちらし』の、左寄りにおやつを置き、角を左、上、下、右の順で、おやつを隠すように、内側に折りこむだけという、簡単な方法だった。

最後に折る右の角を、ぐるりと巻いて、折り返すのがミソらしい。

———オイワイノ ツツミカタナノ

彼女の映像から察するに、どうやら本来は布で贈り物を包む方法らしい。


(それならできそう……!!)

大きく凹んでいたアーシャであったが、あっさりと復活を遂げる。

折っただけでは簡単に解けてしまわないかという不安はあるが、お祝い事の包み方というのが、プレゼントに相応しい気がする。

早速『ちらし』を広げ、おやつの選定に入る。


クンクンと注意深くおやつの匂いを嗅いで、それぞれ広げた『ちらし』の上に置いていく。

(ユズルには甘いのが良いよね!)

『あめたん』を始め、甘いと確信できる物はユズル用へ。

(『しょーゆ』の匂いがするような……)

逆に甘くなさそうな物をゼン用へ。

(これは可愛い!!)

彩りが愛らしい物はシノザキとケーへ。

(柔らかそうなのはイズミ用!)

各人の顔を思い浮かべながら、アーシャは楽しくおやつを分ける。


『お?なんか始めたぞ』

『復活、早イ』

作業をしていたら、モモタロとバニタロも寄ってくる。

「『これ』、ユズゥ『の』」

そう宣言してアーシャは包み始める。

感謝を込めて、ユズル、イズミ、シノザキのおやつは心なし量を増やしている。


———ジョウズ!デキテル!

少々不恰好かもしれないが、何とか包めたアーシャを、アカートーシャは手放しで褒めてくれる。

「へへへ」

アーシャも悪くない仕上がりに、にやけてしまう。


『平包みじゃの』

『知テル、カ?』

『うむ。奥様もとあるじの結婚式で、クソババが祝い金を弔事包み左包みにする嫌がらせをしきおったので、雷撃を落としてやった』

『……過激、良イナイ……』

フフンとモモタロは得意顔だが、その過激すぎる行動に、バニタロは肩の代わりに鎌首を落とす。

(………?回転したら、どちらから包んだかなんて分からなくない……?)

包みを回してみて、アーシャは首を捻るが、そこは何か呪い的な見分け方があるのかもしれない。



「アーシャたーん」

全員分包み終わった頃に、ポソッポソッとカーテンがノックされる。

「ケーオネチャン!」

アーシャが応えると、カーテンが開かれる。

「ごはんのまえに、おふろしよか〜」

そしてケーが顔を覗かせる。


「ケーオネチャン!『これ』、ケーオネチャン『の』!!」

そんな彼女に、アーシャは意気込んで、たった今出来上がったプレゼントを渡す。

「へ!?」

いつもは眠たげに見える、伏目がちな目が見開かれる。

「………オネチャンの?」

確認されて頷くと、受け取った包みの中を確認して、ケーは眉を下げる。

「アーシャたん………!!」

ケーは抱きしめようと腕を広げるが、アーシャは部屋の柵を越えられないし、小柄なケーも柵の上からは手が入らない。


「なにやってんだよ」

二人がもどかしく伸び縮んていたら、後ろから、ため息を吐いたユズルが手を伸ばす。

ちょうどお風呂から出たところらしく、髪もまだ濡れているし、白い肌が上気している。

「あ、あっ!」

ユズルの手が柵の上から伸びてきたので、アーシャは慌てて、その手に、心なし大きな包みを渡す。

「『これ』、ユズゥ『の』!」

「ぁあ?」

ユズルは疑わしそうに包みを手に取る。

「………………。はぁ〜〜〜」

そして中身を確認して、数秒固まってから、手で顔を押さえて、大きなため息を吐いた。


「『これ』、『おやつ』!……『おいしーな』?」

ユズルの好きそうな甘い物を選んだつもりだが、実際は違ったのかもしれない。

アーシャは心配になって、ユズルの顔を覗き込もうとしたのだが、柵の間から伸びてきた手に、鼻を摘まれてしまった。

「ゆひゅう!!」

抗議すると、白い手は鼻を離して、かなり強めに頭をまぜっ返した。

「おあおあおあおあ」

「きーつかてんじゃねーよ」

頭をガクガクと動かされるアーシャに、そっけない声が降ってくる。


「あ〜!いーんだ!いーんだ!!アーシャたん!ユッキーの、わ?」

そんなやり取りに入ってきたのはシノザキだ。

「ユッキー『の』!」

アーシャはすかさず袋を差し出す。

「やった〜〜〜!!わ〜〜い!!」

シノザキはプレゼント自体が嬉しかったようで、中身も確認せずに小躍りしている。

「へへへへ」

こんなに喜んでくれると、アーシャも嬉しい。



残る二つの包みを両手にそれぞれ持って、アーシャはユズルに下におろしてもらう。

そうして温かい風を発生させる『どらいあー』で頭を乾かしていたイズミに走り寄る。

「『これ』、イジュニ『の』」

そう言って差し出すと、イズミは目を丸くする。

彼は慌てて温風を止めて、細長い体を小さく折り畳む。

「あ、あの、えっと……あ、ありがと?」

「『これ』、『おやつ』!」

彼は少しわかっていない様子だったので、美味しいものが中に入っているのだと教えて、アーシャは最後の目標に駆け寄っていく。


ゼンは忙しく料理をしていたが、アーシャが近づいて行ったら、笑顔でしゃがみ込んでくれた。

「『これ』、ゼン『の』!」

「……ありがとー!」

プレゼントごとゼンはアーシャを抱きしめる。

そのまま抱え上げられ、グルグルと振り回されて、アーシャは笑い声を上げる。

ゼンも一緒に楽しそうに笑う。


そうして暫く二人で笑っていたのだが、ふと、ゼンが首を傾げる。

「アーシャ……わ?のこてるか?」

彼はぐるっとみんなが持っている物を見て、聞いてきた。

「アーシャの?」

「アーシャの」

よく分からなくて聞き返すと、ゼンはコクコクと頷く。

彼の指はアーシャが持っている、ゼン用のプレゼントを差している。

「『これ』、ゼン『の』」

アーシャが訂正すると、ゼンは困り顔になってしまう。


「アーシャの、わ?」

「アーシャの……?アーシャの……」

一体何を聞かれているのだろうと、包みを見ながら考え、ハッとアーシャは思い至った。

「アーシャの………!!あぁぁぁっ!!」

みんなに分けるのが楽しくて、自分の取り分をすっかり忘れていたのだ。


何といううっかりミスだろうか。

しかし一度贈った物を返せとは言えない。

(べ……別に、『やきいも』も食べたし!お腹はそんなに減ってないし!)

アーシャは己のミスに涙を呑む。


そんなアーシャの頭を大きな手が撫でる。

アーシャが顔を上げると、ゼンはニッと笑った。

「ゼン、と、アーシャ、の!」

そしてゼンとアーシャを指差した後に、ゼン用の包みを指差す。

「………?」

———フタリノ ダッテ

分からずにゼンの指差しを真似して、自分と彼を交互に指差していたら、アカートーシャが微笑ましそうに教えてくれる。


「…………!ゼン、アーシャ、『の』!?」

アーシャが驚いてお互いを指差して聞くと、ゼンはまた白い歯を見せて笑う。

「ゼンと、アーシャ、の!いっしょ!」

そして同じように二人を指差す。

「〜〜〜〜〜〜!!」

嬉しくて太い首に飛びつくと、ゼンが笑い声を上げながら、その背中を叩く。

「あした、たべよーな。いっしょに!」

抱きついた喉が震えるのがくすぐったい。

「『あした』!『いっしょ』!」

アーシャは愉快な気分になって、そう言いながら、笑いが込み上げてくる。


『あした』は次の日という意味だ。

何の憂いもなく、未来の話ができる。

次の日も、その次の日も、一緒にいることが当たり前で、喜びを分かち合ってくれる人がいる。

それは何て幸せなことだろう。

これが、これからずっと続く『日常』なのだと思うと、心臓のあたりから全身に温かさが広がっていく。


アーシャはこれからも毎日『ほいくえん』に通って、この家に帰ってくる。

ここがアーシャの『家』だからだ。

そしてこうやって『家族』と小さな幸せを分け合って行ける。

「ふへへへ」

アーシャは幸せを噛み締めた。


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