29.聖女、舞う(後)
真っ黒な蛇のように絡みついた人影が、不気味な操り人形のように、もがきながら立ちあがろうとしているのを見て、禅一は眉を顰める。
「これ……
「俺は人外に知り合いはいねぇよ。化け物風リメイク前は似てたのか?」
「原型的には。着てるのもスーツでそれっぽい」
禅一の証言に譲は黙って頷く。
どうやら目の前にいる、九割がた化け物が、呪物を持って逃げた女らしい。
「
少し困ったように言いながら、禅一は構える。
「安心しろ。俺の目には毛深いメデューサみたいにしか見えねぇから。化け物に性別はねぇよ」
奇妙な動きで立ち上がったモノは、譲の目には無数の真っ黒な蛇か鰻のような物を全身に巻いた人型の『何か』にしか見えない。
これ程までに濃く、悍ましい物が見えないとは、何とも幸せなものだ。
真っ黒な無数の蛇たちは、その表面をびっしりと文字で編んだ網のようなものに覆われている。
編んである文字は、見たことのない、梵字と漢字を混ぜ合わせたような形だ。
呪いと祝いは紙一重。
神聖な物や手順をわざと間違えたり、逆にすることで呪いにするのは良くある事なので、この文字こそが呪いの根源かもしれない。
その文字の網の中にいるものは、形が混ざり合って判然としないが、あり得ないくらいの小さな手や足、頭などが、時々浮き出てきながら蠢いている。
見ているだけで気力が削がれていきそうな物体だ。
「あぁああぁああぁあああああ」
禅一が取り押さえようと近付くと、近常という名前だったらしい女は立ち上がりながら、ビクンビクンと痙攣する。
「これ………救急車案件じゃないか?」
異常な女性の状態に、禅一は足を止める。
「うわっ」
「ぴぃぃ!!」
譲と彼がしっかりと捕まえていたアーシャは、思わず抱き合って悲鳴を上げる。
彼らの目には、完全に人の形が見えなくなるほど、体に巻き付いていた黒い蛇たちが、激しく波打ち、うねるようにしながら、人間の体の中に潜り始めた様子が見えていたのだ。
長くてうねうねとしたものが集団で一気に動き出し、人体に潜る。
それがこの世に質量を持たない物だと知っていても、否応なく生理的嫌悪を掻き立てる光景だった。
「おわっ!!」
門の近くで女性を拘束していた篠崎も声を上げる。
拘束していた女が、腰に縄をかけられたかのように、突然足も動かさずに引き摺られ始めたのだ。
「「ムーンウォーク!?」」
腹に生えた呪いの塊が、無理やり寄生した体を引き摺っている様子が見えない、禅一と篠崎のボケが被る。
「……ムーンウォークはその場から動かねぇだろ……」
あまりの光景に譲のツッコミにもキレがない。
ビクンビクンと近常は揺れながら、遂には全身が黒い蛇が全て体の中に入り、『毛深いメデゥーサ』状態から、人間の形に戻る。
しかし形だけは人間に戻ったが、充血して真っ赤になった白目を剥いているし、首は力無く脱力しているし、口や鼻からは涎や鼻水と思われる分泌物が垂れ流しにされているし、鬱血しているのか身体中がドス赤黒いしで、人間の枠に入れて良いのか首を傾げる状態だ。
そんな近常にもう一人の女が不自然に、びったりとくっつく。
「ひやぁぁぁ何か生えた!」
「巨大イソギンチャク……!?」
その腹が波打っていると思っていたら、細かった蛇たちが寄り集まったのか、丸太のような太さの、漆黒の触手が何本も生えてきて、篠崎は悲鳴をあげ、禅一は眉を顰める。
「あんな凶悪なイソギンチャクが………」
『いてたまるか』と続けようとして、譲は言葉を呑み込んだ。
「………お前らにも見えてるのか?」
恐る恐る譲が聞くと、二人は頷く。
「見える。キモい。
「はっきりじゃなくて、薄い……
二人の答えに譲は唾を飲む。
実体を持った穢れは、途方もなく危険だ。
譲は周りを確認する。
禅一と一緒に駆けつけた武知たちの指示か、縛り上げた男たちと、倒れていた警官たちは運び出され巻き添えを食う心配はない。
警官たちが動き、部外者の侵入を拒むように、園の回りはブルーシートで覆われつつある。
園児たちは建物の奥手に避難しているので安全だろう。
峰子は呪いに引き摺られなかったようだが、立ち上がれないまま、片膝を地面につけている。
そんな峰子の隣で、譲の窮地を救ってくれた保育士が真っ青になって震えている。
どちらも立ち上がれる状態ではない。
二人をいち早く逃さなくてはいけない。
「っう………」
そう思ったが、譲自身もダメージが大きく、体温が大きく下がっていて、うまく動けない。
「うわっ!」
考えを巡らせているうちに、真っ黒な触手が禅一に向かって振り下ろされる。
禅一はそれを素早く回避し、更に横から薙ぎ払うような動きで襲ってきた、もう一本の触手を右腕で防ぐ。
触手は確かな質量を持っているらしく、防いだ禅一は踏みしめた足から土煙を上げながら、数センチ押されて動く。
「篠崎!」
一般人である篠崎を近寄らせる事に迷いはあったが、一刻を争う。
「突然第二形態になっちゃうボスってちょっと空気読めてなくない?一回舐めプかましてボコられて『私を怒らせましたね』ってやる美学がわかってないと言うか……」
「個人の意見を聞くために呼んでねぇ!」
呼ばれた篠崎本人に緊張感がないのが何とも残念だ。
「迂回してこの二人を外に逃がしてくれ」
近づいて来た篠崎に頼むと、二人の保育士はハッとした顔になる。
「園児より、先に、避難する、わけには、いきません」
苦しそうにしながらも峰子は、そう主張する。
真っ青で震えているのに、その隣の女性も強く頷く。
「良いから。黙って避難しろ。この場で一番危ないのはアンタらだ」
そんな二人に譲は語気強めに言い聞かせる。
それでも口を開こうとした峰子を、手を上げて譲は制する。
「『アレ』が取り憑こうとしてるのは女だけだ。……『アレ』は自分達を産み直してくれる胎を探しているんだ」
そう聞いて、峰子は少し目を見開く。
短い説明で事情を悟ったらしく、珍しく辛そうな顔になり、禅一が交戦しているモノを見つめる。
「……彼女から、先に、お願いします」
そして彼女は避難を受け入れた。
「パイプ椅子のおねーさん、立てる?」
「あの……その……腰が抜けていて……」
「りょ。ちょっと持ち上げるね」
「ひえっっっ」
そんな会話を交わしながら、美少女が成人女性を担いで走るという、何とも奇妙な絵面で避難が開始される。
譲たちがそんな会話をしている間も、禅一は触手を避け、防ぎ、殴り、蹴り上げている。
「ふっ!!」
禅一に力を込めて攻撃されると、噴き出た彼の氣に、炙られたかのように触手は苦しみながら縮む。
しかし一本がやられればもう一本と、触手は次々に禅一を襲う。
右に左に、時に飛んで、転がって、禅一は本体に近付こうとしているが、触手が多くて中々思うようにいかないようだ。
「……お兄さんと、アーシャちゃん、は?」
「……………………」
避難しないのか?と視線で問われて、譲は沈黙する。
その沈黙に峰子の柳眉が逆立つ。
「まさか………」
そう峰子が言いかけた時だった。
譲の腕の中で、出してくれとばかりに、モガモガと動いていたアーシャの口から、優しい旋律が流れ始めた。
ゆっくりと語りかけるように、穏やかな抑揚で、思わず眠気を誘うような……
「………子守唄……?」
歌に引き込まれそうになった譲は、峰子の一言でハッと我に帰る。
そして激しく首を振る。
「おい、チビ……」
文句を言おうとした譲に、アーシャは指差しで示す。
指差された先では先程まで押され気味だった禅一が、優勢になり始めている。
絶え間なく動き回っていたのに、息を整える余裕が出て来ている。
「……一体何が……」
見れば数本の触手が地面に力無く垂れている。
他の触手の動きも少しづつ鈍り始めている。
驚く譲の胸がトントンと叩かれる。
見れば、アーシャは歌いながら、下ろしてくれとばかりに地面を指差す。
その面差しは、とても落ち着いている。
先程まで泣いていた子供とは思えない、仏像か何かのように悟ったような顔をしている。
「………………」
「お兄さん!?」
譲がそっとアーシャを地面に開放すると、峰子は声を上げる。
そんな峰子を譲は手を挙げて制する。
シャラン、と、涼やかな音を立ててアーシャは錫杖を水平に構えた。
そして子守唄を歌いながら、ゆっくりと回転を始めた。
「………氣が………」
驚いたように峰子が呟く。
触手との戦いの中で周囲に噴き出した禅一の氣が、アーシャの錫杖に纏わりつき、まるでかき集められた綿飴のようにアーシャを包み始める。
十分に綿飴が大きくなった状態になってから、アーシャは錫杖を振る。
すると集められていた氣が譲と峰子を包む。
「………………」
途端に譲の体が楽になる。
アーシャが錫杖を振る毎に、禅一の氣が譲に移され、冷え切っていた体に体温が戻り始める。
峰子の体には禅一の氣は入っていない様子だが、今まで彼女にこびり付いていた穢れが蒸発するように消えていく。
『これで良し』
そんな顔をして、アーシャは再び錫杖を水平に構え、回転を始める。
先程と違って、その場で回るのではなく、彼女はゆっくりと前進を始める。
「アーシャちゃ……!」
それを止めようとした峰子を、譲は腕で遮る。
今、禅一の戦いを有利に持っていける人間は、この小さな体の持ち主だけ。
そんな確信が譲にはあった。
アーシャが禅一の氣を纏いながら、ゆっくりと近づくに従って、触手たちはどんどん脱力して、地面に垂れ始める。
地面で丸くなっている姿は、まるで母の胎内で眠る胎児のようだ。
そんな触手たちを慈しむように、アーシャは歌い続ける。
その歌は特別な呪文や祝詞ではなく、譲や篠崎を眠りに導いた子守唄だ。
自分に対して歌われた時は、あれ程すぐに眠ってしまったのに、不思議と今は眠気を感じない。
やがて最後の触手まで動きが止まって、ゆっくりと垂れ下がっていく。
それに従って、操り人形の糸が切れたように、近常たちも地面に崩れ落ちる。
禅一はアーシャを見て、アーシャもまた禅一を見た。
そして二人は頷き合った。
それが合図であったように、禅一が懐から懐剣の袋を取り出した。
禅一は深く首を垂れ、懐剣を捧げ持つ。
そして素朴で優しい旋律のアーシャの子守唄と共に、朗々と禅一の祝詞が響き始めた。
作法に従った、禅一の舞が始まる。
大振りの剣を持つはずの舞なので、短い懐剣では不恰好になるかと思いきや、全くそんなことはない。
譲の目にしか見えないのかもしれないが、注ぎ込まれた氣を漲らせ、渦を作る懐剣の姿は誇らしさすら感じる。
禅一が身に纏うのは狩衣でも何でもなく、安物のコートとジーンズだ。
舞が滑稽に見えてもおかしくないのに、荘厳さすら感じさせる。
そんな禅一の舞に合わせるように、アーシャが彼の周りを動き始める。
滑らかさと力強さのある禅一の動きに比べると、拙い動きだが、彼女の歩みが際限なく周囲に溢れていってしまう禅一の氣を堰き止め、その場で練り上げられ、更なる禅一の氣の増幅を産んでいる。
子供には似つかわしくない、愛おしそうであり、同時に悲しそうな目で、アーシャは地面に丸まった触手たちを見つめる。
そして彼等のために一度も歌われる事がなかったであろう子守唄を紡ぎ続ける。
まるでそれが最初で最後の子守唄になると知っているような、切なげな表情に見えるのは、譲の気のせいだろうか。
禅一の氣が大きく高まり、噴き上がる。
「…………………!」
「これは………」
それと同時に、地震とは異なる振動が大地の中で起こる。
音が伝わる時の細かな振動……鳴動とでも言えば良いのだろうか。
大地の中に何かが急激に、音を立てて流れ込んでいる。
「弾けた………!!」
峰子が振り返って見たのは、分家がある方角だ。
譲の目には金色の煙が、街の至る所から、昇り始めたように見えた。
建物に遮られて見えない物もあるだろうが、地面から次々と、復活を告げる狼煙のように氣が噴き出している。
「………お兄さんの引き寄せる力に、醜悪なダムが決壊したみたいですね……」
半ば独り言のように峰子が呟く。
禅一の周りは噴き出した氣で光り輝いている。
いや、譲の目には禅一自体が光の塊のように見える。
「神が……降りた……」
最早その顔は禅一のものとは異なる。
男でも女でもない、人間という枠組みを抜けた厳かな表情だ。
力強さを感じる動きが、水が流れるようなしなやかな動きに変化し、氣も強く外に向かって発散されていたのに、体の中で巡り、どんどん高まっていっている。
舞も見たことのない型になっている。
剣を構え、ぐるりと禅一が回転すると、最高潮に高まった氣が、一気に懐剣に集まる。
圧縮され過ぎた氣が稲光のように見える。
禅一の周りで、彼の氣を高める手伝いをしていたアーシャは涙を流しながら、それを見守っている。
舞の終わりが来た事が、わかっているかのようだ。
容赦のない浄化の氣によって、全ての穢れは消え去るだろう。
望まぬ『穢れ』に落とされてしまった哀れな魂たちもだ。
せめて最後の瞬間まで安らかであれと願うように、彼女は子守唄を綴る。
その表情がまるで大人のように見えて、譲はどきりとする。
大祓の時は最後に剣を振り下ろし、叩き切るように穢れを浄化する。
しかし神を降ろした禅一は懐剣を下に構える。
「えっ」
「は?」
そして彼は集まった氣を、思い切り下から上に向かって打ち上げたのだ。
強い氣に引き上げられ、地中の氣と共に空気が巻き上がり、土を巻き上げながら突風が空に向かって駆け上がる。
地面に垂れて安らぐように丸まっていた触手たちも舞い上がり、その表面を囲んでいた文字で編まれた悍ましい網が、氣に晒され、次々と消えていく。
それに従って、網から開放された穢れが空に向かって放たれ、真っ黒な雪のように地上に降り注ぐ。
「……一体……」
しゃがんで突風を堪えていた譲は、降り注ぐ穢れに眉を顰める。
バラバラにされ、消えそうなほど小さくなっているが、今ので浄化されていないなんてあり得ない。
見たことのない、感情の読めない微笑みを浮かべた禅一は、行けとばかりに、涙を流していたアーシャを穢れに向かって押し出し、ふっと脱力して目を閉じる。
次に目を開けた禅一は、いつもの禅一の顔に戻っている。
シャンシャンとアーシャは錫杖を鳴らす。
次に彼女が歌い出したのは、子守唄ではなかった。
高く澄んだ声で、空気を震わせながら、彼女は踊り始めた。
特殊な足踏みで円を描く独特の舞だ。
強い金色の氣が彼女の足から取り込まれ、彼女の中を循環し、美しい紗のように編み上げられ、彼女の声にのって、空を舞う。
最初はぎこちない子供らしい動きだった舞は、一周、二周と円を描くたびに、洗練された動きに変化していき、やがて妙なる舞姫のように小さな体は舞い始めた。
先程の禅一と同じだ。
内側から光り輝くような気配がする。
「……………?」
目の前にいるのは、確かに頭が鳥の巣でガニ股のチビ助のはずなのに、真っ黒な長い髪を波打たせながら舞う女神が重なって見えたような気がして、譲は目を擦る。
高々と飛び、光り輝く氣で織り上げた
降り注ぐ穢れが、領布に触れた途端、光り輝く粒子となって、再び舞い上がる。
地面に降り積もっていた穢れも、上から順に光りの粒となって、重力の干渉を忘れたように宙に浮かび上がる。
小さな光の粒が舞い上がっていく光景は、さながら、蛍の群舞だ。
その中で軽やかに舞いながら歌うアーシャに、皆が魂を抜かれたような顔で魅入っている。
透き通った歌声も、立ち昇る光も、その光を更に舞いあげるようにする姿も、白昼夢のように、幻想的だった。
最後の光の粒が天に昇ったのを見届けると、アーシャは両腕を広げて、深く首を垂れる。
光の領布がふわりふわりと羽のように地面に舞下り、吸い込まれるように姿を消していく。
「ゼン!ゆずぅ!」
再び立ち上がったアーシャが、いつも通りの舌っ足らずな声で兄弟を呼んだ時、場の硬直が解けた。
誰一人動けずに舞を見ていたのが嘘のように、時間が進み始める。
武知や五味を含めた警察官たちが園庭に入ってきて、眠るように倒れている近常ともう一人の女性に駆け寄り、騒がしく指示が飛び交う。
アーシャはすっかりただの子供の顔に戻って、嬉しそうに禅一に抱っこされている。
二人とも顔に疲れが見えるが、大丈夫そうだ。
譲と峰子もすっかり調子が戻っている。
「ごっめ〜ん!アーシャたんのダンスの撮影が忙しくて避難が中途半端になっちゃった!」
そして何の悪気もない顔で、篠崎がスマホ片手に駆け寄ってくる。
「お前な……」
「ごめんごめん。フォトジェニック過ぎて!あぁ〜〜〜やばい、俺の創作意欲が再び火を吹きそう!!」
嬉しそうにスマホに頬擦りしている姿を見ると、真面目に注意するのが阿呆らしくなってしまう。
「今撮ったもん、絶対に拡散すんなよ」
がっくりと肩を落としながら譲はそれだけを言う。
「私は避難した皆に安全宣言をしてきます」
顔色が回復した峰子は微かに微笑む。
彼女の視線の先を見ると……世紀末覇者のように筋骨逞しい腰巻き姿の老婆が、金の扇と鉾のような物を手に楽しそうに踊っている。
どうやら桜の神霊も完全回復したらしい。
「……普通、力が満ちたら、若返って見目麗しくなったりするんじゃねぇの……?」
思わずそう言った譲に、歩き出した峰子が小さく笑い声を溢す。
「若さより筋肉です。これでここの子供たちの安全は約束されました」
そう言って彼女は建物に向かって歩き出す。
園児たちが避難していた部屋は、カーテンで窓を塞いでいたので、峰子が建物に入ってから暫くして歓喜の声が上がる。
カーテンが開かれても、すぐに子供たちが飛び出して来なかったのは、安全確認をしていないせいだろう。
子供たちの元気な声が響き始めた中、二つの担架が運び込まれ、倒れた女性たちが乗せられる。
コトン、と、担架に乗せられていた近常の腹の辺りから、乾いた音を立てて、オルゴールくらいの大きさの木箱が落ちる。
それを何気なく拾おうとした五味が、武知の鉄拳制裁で止められる。
恐らくその木箱が呪物なのだろう。
いや、元・呪物と言うべきか。
もう全く何も感じない、ただの箱になっている。
(中に入っているものは絶対見たくねぇけど)
そこに最早魂はいないと知っていても、見たくないものは見たくない。
「そんなに動いていないはずなんだが……すごい疲れた」
アーシャを抱っこした禅一は、流石に疲れを口にする。
神なんか降ろしたらそりゃ疲れるだろうと思ったが、譲は沈黙を守る。
アーシャはまた眠くなったのか、うつらうつらとしながらも、踊る神霊を嬉しそうに見ている。
「何か、味が濃いものを食べたいな……」
ぼやく禅一に、譲は自宅の冷蔵庫の在庫を思い浮かべ、ため息を吐く。
ろくな在庫がない。
「これから食材買いに行くの、めんどくせぇなぁ」
譲のぼやきを聞いた篠崎は目を輝かせる。
「じゃあ
一空は地域密着型のラーメン店の名前だ。
しっかりと奢られるつもりらしい。
「じゃ、ラーメン行くか!アーシャ、ラー・メ・ン!」
「あめん?」
禅一は嬉しそうにアーシャに話しかけ、アーシャは首を傾げている。
「………行くまでにちょっと時間はかかりそうだな」
すまなそうな顔で近づいてくる武知を見ながら、譲は呟いたのだった。
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