5.聖女、ゴブリンになる
「ふぁ〜」
彼女は何度目かわからない感嘆の声をあげてしまう。
神のお住まいは本当に凄い。
大教会でも殆ど使えない硝子が随所に配置され、硝子は頑丈そうな金属で堅固に支えられている。
硝子から差し込む光に照らされた部屋は、職人によって磨き抜かれたと思われる、光沢のある板が、惜しげもなく敷き詰められている。
そんな部屋の随所に謎に満ちた物体が沢山ある。
精巧な絵が描かれた、材質不明の袋。
傘を無くした木の子が大量に生えているかのような、突起だらけの奇妙な敷物。
時々唸る巨大な金属の箱。
そして様々な所に使われている、
軽いのに硬く、色鮮やかで、目の覚めるような青い物があれば、黄金や、何物にも染まらない純白もあり、探すだけで楽しい。
原初の素材である木と、
無事に生理機能の来襲を超え、好奇心が疼き始めた彼女は、戦神の周りをチョロチョロと動き回る。
戦神はそんな彼女を微笑ましそうに眺めながら、時折、小さな金属板を見ながら、料理に励んでいる。
水の出る金属の筒。
突然火がつく棚。
風が巻き起こる天井。
冷気が吹き出してくる金属の塊。
神の台所は驚きに溢れている。
驚く事に、これらは一切『神の恵み』は使われていないのだ。
その証拠に戦神の周りでは、全く魔力が渦巻いたりしない。
戦神はいとも容易く水を出し、火をつけ、風を起こし、冷気を放つ。
(戦神様、凄い!!)
彼女の尊敬は止まらない。
それと同時に、もうここは現世ではなく、神の世なのだと深く納得する。
(一々驚いて戦神様にお手間を取らせてはいけないわ!今のうちにもっとよく見て慣れておかないと!)
何かお手伝いをと思ったのだが、現世と勝手が違い過ぎる上に、神の世界は大き過ぎて、今の所、彼女にできるのは、ここに慣れる事と、戦神の手元から流れてくる甘い香りに胸を高鳴らせる事くらいだ。
(あぁ〜なんて甘い香り……もしかしなくてもお砂糖を使ってらっしゃるんじゃないかしら……あんなに高価な物を惜しげもなく……私もお相伴にあずかれるのかしら)
色々な物を見ながら、戦神様の手元も盗み見て、くぅくぅと浅ましい音を立てるお腹をさする。
食べれる前提で考えてしまっている自分を戒めつつも、期待は高まるばかりだ。
「あ〜………」
期待を込めて後ろ姿を見ていたら、戦神は突然振り返って、首を傾げる。
戦神は彼女を手招きして、しゃがむ。
「な・ま・え、ねー・む。皆歪搬?」
何か尋ねられているようだが、わからない。
首を振ってわからない事を示すと、彼は少し考え込む。
そして何か思いついたらしく、戦神は自分を指差す。
「ぜ・ん」
「???」
わからないと首を振るが、また彼は
「ぜ・ん」
と言って、自分を指差す。
真似せよと言う事だろうか。
「ぜ・ん」
彼女が彼を指差しながら、そう言うと、戦神は大きく頷く。
そして次は彼女を指差すのだ。
「???」
戦神を指差して『ぜん』、そして彼女を指差して―――
「あ!!!」
彼女は漸く思い至る。
「アーシャ!!!」
そして張り切って答える。
それを聞いた戦神様はニッと白い歯を見せて笑う。
「アーシャ」
呼ばれて、彼女は大きく頷く。
落ち着いた素敵な声で呼ばれると、自分の名が凄く尊いような気持ちになる。
神殿に引き取られた時、下賤な名と言われ、妙な名前をつけられたが、やっぱり自分の名前は『アーシャ』なのだと彼女は嬉しく思う。
「アーシャ、あーん」
戦神、もとい、ゼンは優しく笑いながら、持っていた皿から、黄金色に輝く食べ物をフォークに刺して差し出してくれる。
彼女は躊躇いなくそれに飛びつく。
すっかりご飯を貰う事に慣れてしまった。
人は堕落するのは一瞬なのだ。
「んんんん〜〜!!!」
唾液がジュワッと出てくるので、彼女は頬を押さえる。
甘く煮込まれた林檎が、舌の上でホロリと崩れて、口の中に幸せな甘味が広がる。
生まれてから今まで、こんなに甘い物を食べたことがあるだろうか。
幸せ。そう。これは幸せの味だ。
耐えきれずに、ごくんと飲み込むと、甘味は体の中に溶け、爽やかな酸味があと口に残る。
「あーん」
感動していたら、もう次の幸せがやってくる。
「おいひぃ……おいひぃ………」
何度も幸せがやってくるから、もう感涙しながら咀嚼するしかない。
「アーシャ」
消化器と共に喜びに震える彼女に、次なる幸福の種が渡される。
選ばれし王侯貴族しか使えない、繊細な硝子のコップだ。
その中には、なみなみと液体が入っており、持っただけで、ふんわりと林檎の匂いが漂ってくる。
(もしかして噂に聞く果実水!?)
そんな物を飲んだことがない彼女の胸は高鳴る。
淡い黄色の液体に、彼女は迷わず口をつける。
「〜〜〜!!」
口の中に程良い甘酸っぱさが広がり、涙と唾液が込み上げてくる。
飲み物といえば、水か水に色がついた程度の薄いお茶くらいしかなかった彼女には、刺激的な飲料だ。
こんな美味しい飲み物が口に入る日が来るなんて。
生き残るために泥水を啜った記憶が浄化されそうだ。
すり下ろされた林檎が、甘やかな液体と共に、感動を引き連れて、体を駆け抜ける。
咀嚼できないのが残念なくらい、美味しい。
軽い喉の渇きも手伝って、喉が止まらない。
体を潤しながら、こんなにも美味しい目に合わせてくれる小憎い奴だ。
「あぁ………」
あっという間に果実水は無くなってしまった。
あまりの美味しさに止まれなかった彼女は、空になったコップを舐めたい衝動に駆られる。
それはあまりにも礼儀に反するので、グッと我慢するが、それ程美味しかった。
「菰焦、唯杷奔甫」
しかしそこに、正に神の恵みが下される。
空になったコップになみなみと、果実水が注がれたのだ。
「ふぉぉおお!!」
思わず歓喜の声を彼女は上げてしまう。
「明私轟評景焼窺桃」
飛びつくように飲み始めた彼女に、ゼンはニコニコと笑う。
心なしその笑顔が硬い事にも、彼女は気付かず、果実水を二回楽しめる幸運に飛び付いてしまう。
「けぷ」
二杯目もノンブレスで飲んでしまった彼女は、頬をさすって、果実水の余韻を楽しむ。
「槽悟。拘三社蜜許誘才狐曾……」
その様子を見て、何やらゼンは頷いている。
そしてゴホンゴホンと彼は咳払いをする。
「アーシャ、ふ・ろ」
「………?」
彼女が首を傾げると、ゼン様は頭を掻きむしり、腕を磨くような動作をする。
「???」
それでもわからなくてポカンとしていると、手を引かれる。
そして彼はある扉を開ける。
もちろん扉は横開きだ。
(水音……?)
大きな金属の箱など、色々な知らない物があるのは、もう割り切ったが、近くに水の気配がする。
「ふ・ろ、バ・ス」
そう言って、ゼン様は磨り硝子張りの扉を指差す。
扉の横の棚に、布や先程飲んだ果実水が置かれる。
また横開きなのだろうと予想していたが、今度は押し込むと二つに曲がる扉だった。
神の世界はとことん予想の斜め上に行く。
扉が開くと同時に、部屋から湿った熱い風が流れてくる。
何だろうと覗き込んで見ると、そこは一面、神の金属でできた空間だった。
何と棚や、それに収まっている入れ物なんかも全てそれなのだ。
(凄い……惜しげもなくオリハルコンを使いまくっているわ………!!)
中は白と灰色で統一されており、奥に大きな桶がある。
神なら二人、アーシャなら十人くらい入れそうな大きさだ。
驚く事に、その大きな桶は水で満たされている。
いや、顔に熱を感じるから、水ではなくお湯だ。
(教会の薪を使い切ってしまいそうな量だわ!!)
あれだけのお湯を沸かそうと思ったら、一体どれだけの薪が必要になるだろうか。
その桶の隣には小窓があって、その先にも同じような空間が広がっている。
向こうの部屋にも誰かいる。
「ひっ!!!」
小窓の先の姿を確認した彼女は、息を呑む。
そして慌ててゼンの所に駆け戻る。
「ゼンしゃま!!ゴブイン!ゴブインでしゅ!!」
上手くゴブリンと言えないこの舌が憎い。
魔物が神の館に住み着いているなんて予想外である。
慌てて飛び付いたせいで、下の履き物を脱いでいたゼンはよろけたが、何とか堪える。
「牛杷女志、彦億韻露竜。遥木跨薄菅春序夙稽廿」
そして何事か語りかけ、彼女が落ち着くように、ポンポンと背中を叩きながら抱き上げてくれる。
「ひっ!!」
ゼンはゴブリンに気が付いていないのか、無防備に部屋に入る。
思わずしがみつくと、また安心せよとばかりに、背中をポンポンと叩かれる。
ゼン様は彼女を抱き上げたまま、部屋の中心にある、歪な円柱形の物に座る。
「ゴブインがいましゅ!ゼンしゃま!!」
のびりとしている神に危機を知らせねばと指差すと、うんうんと彼は頷く。
「狙糸域勾追慶、か・が・み」
そしてあろうことか、小窓に向かって手を振ってみせる。
(そんな悠長な!!)
姑息な奴らの事、隙を見せたら襲いかかってくる―――と、小窓の先に居るゴブリンに睨みを効かせようとして、彼女は停止した。
小窓の先で、ゴブリンを抱えたゼンが手を振っている。
ゴブリンは神の召し物をしっかりと握り、こちらを睨んでいる。
「えっ」
まさか―――そんな気持ちで彼女は神の召し物から手を離す。
するとゴブリンも離す。
ペタペタと顔を触ると、ゴブリンも間抜け面を触っている。
(まさか、まさか、まさか――――!!!)
ゼンの膝を下りて、ヨロヨロと小窓に向かって歩いていくと、やはりゴブリンも頼りない足取りでこちらにやってくる。
髪はパサパサで艶がなく、汚れと垢で毛虫のように寄り固まっている。
肌の色は緑ではないが、まだら黒い。
目は周りが落ち窪み、ぎょろぎょろとしている。
全体的に痩せ細り、皮が張り付き、骨の形が外から見てわかる。
それなのに腹だけは出ている。
手も足も骨張っていて、鋭利な線を描く。
色以外は、どれをとっても、討伐で見かけたゴブリンそっくりだ。
しかしこのゴブリンは神と同じ服を着ている。
肩の辺りで余った布を縛られているが、神が着ている服の色違いで、彼女が今、着ているのと同じ色だ。
彼女は震える手で、そっと小窓に触れる。
(鏡だーーーー!!!!)
冷たい感触と共に、ゴブリンと手を合わせて、彼女は絶望した。
(ゴブリンになってるーーーーー!!!)
口から魂が抜けていきそうな衝撃だ。
まさかこんなに大きく、はっきりと姿を映す鏡があるなんて思わなかった。
いや、貴族の家にもあるから、神の住まいにあって当然なのだが、こんなにも何気なく、壁に張り付いているなんて思わないじゃないか。
鏡は高価な物で、それはそれはゴテゴテと装飾を施して、目立つところに配置される物なのだ。
こんなふうに「窓です」みたいな顔をして、壁に張り付いているなんて、絶対思わない。
しかも貴族たちの家にある鏡より、数倍鮮明で、そのまま世界を映し取ったような素晴らしさなのだ。
(何で私がゴブリンになんて……)
自分がまさかゴブリンになっていると思いもしなかったのも、鏡に気がつけない要因だった。
天に召されたらゴブリンでした、等と聞いた事がない。
彼女は目の前の、戦意喪失したゴブリンを見る。
元々大した顔でもなかったが、ゴブリンよりは多分マシだったはずなのに。
「脱浅焦……紳智蹴?」
鏡に張り付いたまま呆然とした彼女に、ゼンは語りかけてくる。
相変わらず慈愛に満ちた目である。
ゴブリン相手なのに。
「奄離喰止緋浸担?権肋皿冶寄」
真似しろとばかりに神が両手をあげるので、彼女は糸をつけられた操り人形のように両手をあげる。
(私が上げれば、ゴブリンも上げる……)
鏡の中で両腕を上げているゴブリンを、彼女は絶望的な気分で見つめる。
ゼンが服を引き上げると、ゴブリンの上半身が見える。
ゴブリンは肋骨の隙間まで皮膚が入って、酷い有様だ。
全体的に痩せぎすな種族だが、こんなに痩せ衰えた個体は見たことがない。
(いや、小さい頃……見たような………?)
最近は激務すぎて、農村で暮らしていた頃の記憶が薄れてきているが、農村の子供はこんな感じだったかもしれない。
しかし王都周辺の子とは雲泥の差だ。
ゴブリンは骨っぽくて腹が出ていたけど、食事情のせいでそんな姿になったのかもしれない。
(魔物の事情も知らずに、無慈悲にやっつけて申し訳なかったわ……でもあっちも生きたままの家畜や人を食べるから、おあいこなのかしら……)
彼女が呆然とどうでもいい事を考えているうちに、お湯が体にかけられ、せっせとゼンが薄布で体を擦ってくれている。
(あったかい………ゴブリンを退治しないでくれて有難うございます、ゼン様)
多分ゼンなら刃物なしの、拳一撃で彼女レベルのゴブリンなら粉砕できるだろう。
しかし神の慈悲は深い。
このような身に、美味しい食事を供し、今も陶器を拭くような丁寧さで体を拭いてくれている。
「抜復琶瀬搾甫亜董姑、筑廷、煤嘱済悠押蔽丁両宇憎蝦蒙………?」
何事か深刻そうな顔で呟きながらも、何回も花の香りのする泡を丁寧に身体中に伸ばしてくれている。
その泡は彼女に触れた途端、プツプツと音を立てて消えていくから不思議である。
あまりの衝撃で立ち直れない彼女は、ゼンが動かすように動き、温かなお湯をかけてもらう。
「梱農湖辰曇……」
彼女が茫然自失状態を脱したのは、何度もお湯で丁寧に流された後、慎重な手つきで、巨大な桶につけられてからだった。
肩より少し下まで満たすお湯の中、上を向かされ、頭を何度も撫でるようにして髪を洗われている。
ゼンは真剣この上ない顔で、髪を引っ張らないように、複雑に絡み合った、それらを解いている。
体の芯まで、いや、心の底まで温めてくれる、お湯が心地よい。
湯に入ると、毛の穴が開き、悪い物が体の中に入ると言われており、普通は水で濡らした布で体を清める。
貴族になると、それすら良くないと香水で拭く者もいるらしい。
聖女は病にかからないという迷信と、立場上、霊泉で禊をしなくてはいけなかったので、彼女は水に入る習慣はあった。
しかし毛穴が開くと良くないという事で、お湯に入った事はなかった。
だから温かな湯が、これ程気持ちいいものとは知らなかった。
頭を温められ、櫛付かれる感触も何とも気持ち良い。
「はふぅ……」
気持ち良すぎてため息が漏れる。
身体中の緊張が解かれ、ゴブリンだった事実もどうでも良かった事のように感じる……
(いやいや!!ぜんっぜん良くない!!)
わけもなく、彼女は薄汚れた体を見る。
(せめて!せめて清潔にしなくては!!)
見れば、神たるゼンは、その召し物を濡らしたり汚したりしながら、せっせと彼女の身を清めてくれている。
魔物になってしまった事は既にどうしようもないが、不潔な魔物と清潔な魔物なら、断然後者が好まれるはずだ。
まずは腕を自分の手で擦ろうと、持ち上げる。
「………?」
すると腕の皮膚の一部が捲れ上がっている。
彼女は恐る恐るそれを摘んでみる。
「!!!!」
するとズルリとそれは剥がれる。
(ま、ま、まさか、まさか、まさか!!!)
他に捲れている所も摘んだらズルリと剥ける。
(垢だーーーー!!!これ、全部垢だ!!!)
魂が再び口から逃げて行きそうだ。
(こ、こ、こんな、こんな垢だらけの姿で、神のお住まいを汚していたなんて!!!)
彼女はお湯の中で四肢をめちゃくちゃに動かす。
「北塊諌!情淀豚顔返!?」
ゼンが驚いているが、ここは鳥の行水作戦だ。
激しい動きで、垢を剥がす。
「………伺状寅長鵜剣董?」
不審そうな目線も気にしてはいけない。
(あ、一度全部潜ってしまえば良いんだ!)
彼女は大きく息を吸って、ドブンとお湯の中に潜る。
「わーーー!!!情空誘!!!」
しかしお湯の中でジタバタする前に引き上げられてしまう。
「亭篤沿桃!?」
少し意表をつきすぎたせいで、ゼンは驚いてしまっている。
流石に潜るのはやり過ぎだったかと、彼女は反省する。
しかし垢は身体中にびっしりとついているのだ。
(あ、顔も!綺麗にしなくっちゃ!)
彼女はバシャバシャとお湯を掬って顔にかけるが、その内、面倒になって顔をお湯につけて、湯の中でゴシゴシと顔を擦る。
透き通っていたお湯はどんどん濁り、黒い塊が浮き始める。
「宍踏、剥寧塵梁嘩」
まだ全然綺麗になっていないのに、彼女はお湯の中から引き上げられる。
そして先程ゼン様が座っていた円柱に座らせられ、厚手の布をかけられる。
「???」
不思議に思っていたら、再び先程のコップが手渡される。
そこには、なみなみと果実水が入っている。
「わぁ!!!」
果実水は過度に冷たいわけではないが、火照った体に染み込む。
温まった体に最高のご馳走だ。
彼女は歓声をあげて口をつける。
目の前の鏡には相変わらずゴブリンが写っているが、果実水のお陰で、それ程ショックではない。
無くなったら、すぐにおかわりが注ぎ足され、至れり尽くせりだ。
彼女がのんびりと果実水を味わっている間、ゼンはせっせと桶の中のお湯を抜き、洗っている。
自分が汚いばっかりに、と、申し訳なくなってしまうが、目が合うと、ニカッと笑ってくれる。
桶を泡だらけにしていたゼンは、鏡の横にかけてあった管から水を出して、それを洗い流す。
(神の奇跡に慣れてきたわ……)
それをあまり驚かないで見ていられる自分に、彼女は満足して頷く。
しかしピピピッと何か耳慣れない音がした後、桶の底の方からお湯が湧いて出てくるのを見て、再び目を見開いてしまった。
(神様の桶は勝手にお湯が湧くのね……凄いわ!!!)
まだまだ慣れてしまうには時間が要るようだ。
ゼンは驚いて桶を見る彼女に笑いながら、コップを受け取り、布を外す。
「涛処訪岳冊」
ゼン様は頭を掻きむしる身振りをする。
これはきっと頭を洗うと言っているのだろう。
頷くと、ゼンは彼女の手を耳に持っていく。
「務両善夷恰」
そして自分も耳を塞ぐ身振りをして、
「箭岨奄汎映!」
目をギュッと閉じて見せる。
これはきっと目と耳を塞げという事なのだろうと、やってみると、大きな手が頭を撫でてくれる。
彼女は上を向かされて、閉じた目の上に柔らかな布が置かれる。
そして丁寧に髪が洗われ始めた。
(ほぁぁぉぁぁ〜〜)
誰かに頭を触られる事自体無かったのだが、頭を洗ってもらうのが、こんなに気持ちいとは知らなかった。
上向きのままだが、頭を完璧に支えてもらっているので、全く辛くない。
頭皮が優しく揉まれる感触が、気持ち良くて眠たくなる。
いや、目を瞑っているので、既に半分眠っている。
体も時々お湯を掛けてもらい、ポカポカして、夢見心地だ。
(神様にこんなにさせて良いのかしら……)
うとうとしながら彼女はそんな事を考える。
普通は人間の方が傅くはずなのに、こんなに良くしてもらえるなんて、いったいどういう事だろう。
いや、人間じゃなくてゴブリンだから別に良いんだろうか。
(いやいや、ゴブリンなら尚更ダメでしょ)
フワフワとしてきた意識の中、自分にツッコミを入れたのを最後に、彼女はついに眠りの世界にどっぷりと浸かってしまった。
ゴブリンになったとは言え、頭を洗ってもらいながら、全裸で爆睡。
十五の乙女がやって良いことではないが、ゴブリンなら、まぁ、許されるのではないだろうか。
「え!?鮪畿陳鋪胴ロ賃垣!?銅凌饗楳!!磐済秦!!磐済秦!!」
神の必死の叫びは彼女の耳には届かなかった。
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