13.次男、頭を抱える
「あちらにとってアーシャちゃんは喉から手が出るほど欲しい存在だわ。今までそうしてきたように、囲い込んで、村のために命を尽くす傀儡に育てたいでしょう。そんな所に子供だけで行かせる事はできないわ」
漆黒の髪と白皙の肌を保つ、絶対零度の雪女のような保育士は、一見、冷たい声に情熱を込めて言い切った。
「そりゃあ子供だけで行かせるわけにはいかないよ。それは決まっている。でもね、あそこは峰子ちゃんにとっても、とても危ない所なんだよ」
「わかってるわ。だからこそ行くと言っているの」
「いやいや……わかっているんなら、どうして行こうと言うんだい」
頑固な孫に乾老は困り顔だ。
行かせたくない理由が理由なので、孫娘にどう説明したら良いか迷っている様子だ。
「逆に私以外、誰が同行できるというの?あちらに入っている駐在は立場が弱いし、分家の人間は本家には逆らえない。お祖父ちゃんは結界張られるレベルで拒絶されているし、お母さんも迎え入れてもらえるか微妙。仕事的に繋がりがある武知さんたちは手続きを取れば入れるかもしれないけど、儀式に間に合うかは、わからない」
一息にそう言って、峰子は祖父の顔を正面を覗き込む。
「あちらが諸手を挙げて迎え入れるのは、直系に近い血筋を持った、次期当主、もしくは有力な戦力を産める可能性がある女性。そうでしょう?」
自らに降りかかる危険性を知って、尚、彼女はそれを利用して付き添おうと言っているのだ。
(何で俺の周りには覚悟がガン決まっている奴ばっかりいるんだ)
その様子を見ながら、譲は内心頭を抱える。
譲も峰子なら信頼できるし、村から迎え入れてもらえる可能性が高いと思っていた。
しかし迎え入れられる理由が理由なので、彼女に頼むことはできないと判断していた。
それなのに、峰子はその危険性を利用して、アーシャを守ると申し出たのだ。
(どう言う精神構造してたら、あっさりと自分の人生を破滅させるような選択肢を選べるんだよ……)
譲は片割れからは頭が良いとか、何でもできるなどと大いなる勘違いを受けているが、本当の所は、ただの半端者だ。
確かに小中高と学校内の集団行動では、常に成績は良かった。
勉強は教科書を読んでいるだけで何とかなったし、体育もさわりさえ習えば卒なく動けるようになった。
字は手本通りに書けばいいし、絵も見えている通りに書けばいい。
特に苦労もなく『何となく』で、同じように始めた他の子供よりも突出して上手くなるのが早かった。
しかしそれだけなのだ。
『神童も二十歳過ぎればただの人』なんて言葉があるが、まさしくそのタイプだ。
同じ地域で集められただけの子供たちの中では、一番になれたが、それだけなのだ。
勉強ができても、ものすごい発明ができるわけではないし、ボードゲームで敵なしだったとしても棋士になれるレベルではないし、運動神経に恵まれていても、プロのアスリートになれるほどの実力はない。
多少お勉強ができるだけ、体育で活躍できるだけ。
周りの子供より、ほんの少し順応が早かっただけで、突出した才能があるわけではない。
ただの器用貧乏だ。
そしてこれと言った信念もない。
禅一のように全てを背負ってしまえるほどの気概もなく、峰子のように誰かを守るために危険に飛び込む覚悟もない。
ただ藤護の血に呑まれて『普通』の生活が送れないのが嫌なだけだ。
アーシャだって、禅一がさっさと背負い込んでしまったから、渋々付き合っただけ。
それが偶々、自分たちが『普通』に過ごせる光明になっただけだ。
禅一もそうだが、あまりに真っ直ぐな人間を見ていると、自分の矮小さや小狡さを改めて認識して、嫌になってしまう。
結局は祖父を言い負かしてしまった峰子を見ながら、譲はひっそりと息を吐く。
「ごっはんっだよーーー!」
そんな中、ノックをする配慮などを捨て去った、別の意味で我が道を邁進する篠崎が、スパーンっと下半分がガラスになっている障子戸を全開にして入ってくる。
「うわぁ………」
有り得ないぐらいフリフリなエプロンをつけて現れた篠崎に、譲はドン引きだ。
「しゅごー!」
しかし隣のアーシャは大喜びだ。
「かわいいっしょ〜〜〜!」
褒められて調子に乗った篠崎はフィギュア選手の如き回転ジャンプを見せ、着地して、裾をつまんで優雅にお辞儀する。
「……うへぇ……」
アンダースコートというのか、ドロワーズというのか。
フリフリとした中身が見えてしまって、譲は顔を歪める。
篠崎が迎えに来たことで、祖父と孫娘も一時休戦だ。
「ジィさん……じゃなかった、乾さん、ちょっと聞きたい事があって………」
アーシャが篠崎に抱えられるのを横目に、譲は乾老に話しかける。
「ジィさんで構わんよ。実際ジジィだしねぇ」
孫娘にほぼ敗北した乾老は元気なく応える。
「こっちにくる前のことなんですけど……」
話を始めようとしていたら、
「ゆずぅ」
か細い声が譲を呼んだ。
「あぁ?」
先に行っておけと伝えようと振り向いたら、そこには小さな眉毛を八の字にした、不安いっぱいの顔がある。
そんな顔を見たら、シッシと振ろうと思っていた腕を下ろさざるを得ない。
「……すぐ行く」
泣きそうな顔に、譲がそう言うと、緑の瞳が微かに震える。
「……ん」
小さな頭はしっかりと頷く。
口の端を、何とか上げようとして、頬が引き攣って、口が不自然な真一文字になっている。
寂しい。
けど我慢する。
そんな心情がありありとわかる表情に、譲の腰は浮きそうになる。
「だいじょーぶ!ユッキーがいるからね!」
「アーシャちゃん、私もいますよ」
しかし篠崎と峰子が二人がかりでアーシャの気を紛らわしてくれているので、座り直す。
「家族が欠けたりすると、小さい子は不安を感じやすくなるからねぇ。さて、あんまりアーシャちゃんが不安定にならないうちに話を聞こうか?」
乾老が水を向けてくる。
「単刀直入に。生き霊が急激に変化する事ってありますか?数日前まで手紙に何とかこびりついている程度だったやつが、本体を引き摺り出してくる悪霊レベルに成長する……ような」
「生き霊が短時間で悪霊化する……か……」
唐突な質問だったのに、乾老は大して驚く様子もない。
「生き霊ってヤツは、大体、呪い筋の家系の奴が出すもんだが、ごくまれに、全く血筋関係なく、精神が壊れる事で出す場合がある。この生き霊は大体が凶暴で、悪霊との見分けがつかない事が多い。……元から生き霊筋だった人間を、強く呪いを感じるような状態に追い込んで、精神を壊したら、生き霊が急激に悪霊化したように見えるかもしれない……くらいかねぇ。今、思いつくのは」
そして冷静に考えて答えを出してきた。
「呪い筋……なんてあるのか……」
譲が驚くと、ニヤッと乾老は悪い笑みを浮かべる。
「プライドが高く、挫折を受け入れられないがために、自分からは決して動かないが、相手には多くを望む。思い込みが強く、内に情念を溜め込む。不思議と生き霊筋には、そういう奴が多い。直接は話しかけてこないけど、ねっとりと見てくる感じの、内向的な子が多かっただろ?」
どんな相手に譲が悩まされてきたか、わかっている様子だ。
「………………」
思わずこれまでの被害を思い出して、譲は鳥肌がたった腕をさする。
「今日、保育園の近くに現れたって奴かい?タケが嬢ちゃんの警護に着いていた奴が動かなかったってカリカリして戻ってたから、近いうちに何か調べが上がってくると思うよ」
そう言いながら乾老も立ち上がり、机の上に置かれた盆の上にコップ類を片付けていく。
どうやら今日、乾老と武知は一緒にいたらしい。
譲も片付けを手伝おうとしたが、
「早くお嬢ちゃんのところに行っておあげ」
そう言って、先に送り出されてしまった。
(別に俺が急がなくても大丈夫なんじゃねぇの)
とは思うものの、先ほどの真一文字に唇を引き結んだ顔がチラついて、譲はついつい急ぎ足になる。
「アーシャちゃん!」
「アーシャたん!!」
乾家のリビングでは、芋ジャージに割烹着を着た咲子と、フリフリエプロンの篠崎がアーシャを挟んで大騒ぎしている。
(何だ……?)
何を騒いでいるのかと覗き込んでいたら、いち早く峰子が譲の存在に気がつく。
「お兄ちゃんが来ましたよ」
そして猫の子でも持ち上げるように、二人に挟まれたアーシャを取り出してくる。
「あぁ?」
振り向いた峰子の手にぶら下げられたアーシャを見て、譲は目を見開く。
その緑の目からは、ハラハラと大粒の涙がこぼれ落ちている。
ほんの少し離れている間に、何があったと言うのだ。
「どうしたチビ」
その問いへの答えは勿論無い。
峰子に脇を持たれたアーシャは、譲に向かって大きく手を広げる。
「………っと……」
譲は大いに戸惑いながら、そのアーシャを受け止める。
こんな状態の子供を自分に渡して、どうせよと言うのか。
譲には子供を泣き止ませる技能などない。
泣いている子供なら、保育のプロである峰子の方がよっぽど適任だろう。
「……ぅうぅぅ……」
しかし譲の戸惑いなど、お構いなしで、小さな腕は譲の肩に巻きつき、手がギュッと服を握りしめてくる。
まるで譲がこの世で唯一のよすがとでも言うように、両手両足、果ては頭まで擦り付けてくる。
「おい。チビ?」
顔を見ようとしても、フジツボの如く張り付いてしまって、どんな顔をしているのかわからない。
そっと体を支えるように腕を添えると、もっと抱きしめろとばかりに、全身で締め上げてくる。
(……わかんねぇ……寂しかったって事か?たった数分離れたことが?)
その力強さに、更に戸惑いつつも、この場で求められているのは自分なのだと、何となく理解できた。
(……俺がやるしかねぇのか……)
譲はため息を吐き、不慣れながら、その背中を宥めるように叩く。
どれくらいの強さで叩くものなのか、こうするのが正解なのかもわからない。
「新人パパみヤバす〜〜」
「初期型子守りロボット感ヤバす〜〜」
譲の不器用な手つきを、篠崎と咲子がニヤニヤしながら見ているのが、腹立たしい。
しかし不慣れながら、背中を撫でる度に、アーシャの体から力が抜け、グシュグシュと鼻を啜る音は次第に小さくなっていく。
「……………」
何だか不思議な感覚だ。
ここには明らかに譲より甘えさせてくれる、子供好きな人間が沢山いる。
それなのに、このチビ助が選んでいるのは、一番適性がない譲だ。
これが家族として信頼なのかと思うと、どうも耳の後ろあたりが痒くなる。
やがて泣き声が止まって、体から完全に強張りが消えたら、アーシャはピョコンと顔を上げる。
そしてクンクンと鼻を鳴らしながら食卓の方を見たかと思うと、盛大に腹の虫を鳴らした。
「……………」
『今鳴いたカラスがもう笑う』なんて言うが、子供の切り替えの速さは凄い。
明らかに過ごしている時間軸が、大人と違う。
(まぁ、子供あるあるか)
真剣に何故自分なんだ等と、考える方がおかしい。
単なる子供の気まぐれだ。
「メシ食うか?」
そう聞けば、顔に似合わぬ重低音をお腹から響かせているアーシャは、恥ずかしそうに頷く。
「……………」
しかし用意されていた子供用の椅子に下ろしても、アーシャは譲の服をしっかり掴んで離さない。
おかげで譲は、アーシャを椅子におろした前傾姿勢になったまま、体を起こすことができない。
「…………おい、チビ」
譲の肩の辺りを、がっしり掴んだ手を、離してくれと指でつつく。
しかしグーグーとお腹を鳴らしながら、アーシャの両手は譲を離さない。
一体何だと、答えを求めてその顔を見たら、眉尻が大きく下げて、口をギュッと結んでいる。
『寂しい』『離れるのが怖い』『一緒にいてほしい』
とでも言いそうな顔だ。
譲はガリガリと耳の後ろを掻く。
調子が狂う。激しく狂う。
こんな感情を向けられた経験が無さすぎる。
祖母は愛情を持って譲たちの手を握った。
しかしそれは子供達がいつでも飛び立てるような、緩い力で、そっと支えるような握り方だった。
禅一は大体近くにいたが、譲が必要とする時にしか、その手は伸ばされなかった。
幼馴染の和泉や和泉姉は家族同然だったが、個を尊重する距離を保っていた。
その他に伸ばされる手には、常に所有欲、支配欲、独占欲などの性愛混じりの気持ち悪い感情がこもっていた。
譲は大きくため息を吐いて、アーシャの隣の椅子を、彼女の椅子にくっつける。
こうするのは、『自分がいなくては』と自惚れています!と、自ら宣言しているような気がして、しかめっ面になってしまう。
「これで良いか?」
そう聞く声は、思った以上に渋くなって、我ながら機嫌が悪そうに聞こえる。
しかし当のアーシャは、大いに安心した顔になる。
ホワッとアーシャの顔の筋肉が緩み、譲の肩は開放される。
「へへへ」
そしてアーシャは嬉しそうに笑って、譲に少しでも近くなるように、椅子の肘掛けに寄りかかるようにして座る。
掛け値なしの信頼と、混じり気無しでぶつけられてくる親愛。
「………………」
何故、中途半端で、全く情に厚くなく、扱いも全く良くない自分に、そんな感情が向けられるのか。
向けられる感情は素直すぎて、疑いようがなく、認めるしか無いのだが、認めようと思うとどうにも、むず痒くなってしまう。
(……めちゃくちゃ自惚れてるみてぇじゃんか……)
譲はムズムズとする耳の後ろを掻く。
「アーシャたん、アーシャたん!め・ん・ち・か・つ!俺が作ったんだよ〜」
「かぼちゃコロッケは、私でーす!か・ぼ・ちゃ!か・ぼ・ちゃ!ホックホクよ〜〜〜!」
いつでも心がフルオープンな二人組は、恥ずかしげもなくアーシャに自分達の功績をご披露している。
羨ましい能天気さだ。
「チビ、醤油にするか?ソースにするか?」
食事を始めようとしているアーシャに譲が尋ねると、
「醤油!」
「ソース!」
と、篠崎と咲子のコンビは自信満々に、自分のオススメをアーシャに選ばせようとする。
自分が好きなものに絶対的な自信があって、それを相手から拒否されても全く動じない精神力がないとできない所業だ。
峰子が用意した小皿に、それぞれのオススメを注いで、二人は継続してアーシャにからみ、どちらが喜ばれているだとか、好評だとか自慢し合っている。
(俺の周りの奴らはホント、我が道を突っ走ってんだよなぁ)
迷いなく突っ走って、その先に行き止まりや落とし穴があっても、それでも邁進していくような奴らばかりだ。
常に周りを警戒し過ぎて、ほぼ前進できない譲とは違う。
「食いながら、口を開けるな。口を」
「そっちはそのまま食ってみろ」
禅一のように、アーシャと一緒に食事を楽しむことすらできない。
時々横から注意をしたりする程度の絡み方しかできない。
「アーシャちゃん、安定していますね。家族が欠けたり、環境が変わると、癇癪を起こしたり、体調を崩したり、急に食べなくなったりも珍しくないんですが」
「そうなんですか」
騒がしい妹と顔はそっくりなのに、纏っている空気が全く違う峰子は、そんなことを言う。
(まぁ、チビは図太いからな)
そんな事を思いながら、譲は食事を続ける。
「でもやっぱり普段しない後追いをしたり、一人遊びを嫌がる可能性があります。今、アーシャちゃんに愛情を補給できるのは譲さんしかいませんから、しっかり抱きしめて愛情を伝えてあげてくださいね」
唐突に峰子にそんなことを言われて、譲は一瞬喉にコロッケを詰めかける。
「藤護の儀式は四日後。祖父に確認したら、かなり早朝から執り行うようですから、三日後の勤務終了後から、村に移動して前泊したいと思っています。禅一さんを通じて私が村に入る事を連絡お願い出来ますか?」
慌てて水を飲む譲に、峰子はサラッと話を変える。
「……ゴホッ………えっと、保育園は大丈夫ですか?」
コロッケを食道に流し込んで、譲は尋ねる。
「ええ。今、シフトを変わってくれる人を探していますし、いざとなれば園長が穴埋めに入ってくれるそうです」
村に行く事を決めてから、僅かな時間しか経っていないのに、手配が異様に早い。
「……峰子、今、村に行くような内容が聞こえたんですが?聞き間違いですか?」
今日も奥さんが帰ってきてからご飯を食べるらしく、給仕に徹していた峰子の父が、話に入ってくる。
「間違ってないわ、お父さん。どうやらアーシャちゃんが、あそこでやる儀式に出ると、誓約してしまったみたいなのよ。だからボディガードしに行ってくるわ」
能面バーサス能面。
どちらも全く表情が動いていないが、その間の空気が不穏になりつつあるのは伝わってくる。
「あの村は君たちにとって危険だと重々伝えてきたと思いますが」
「伝えられてきたわ」
「………伝わっていないように感じます」
「伝わっているわ。だからこそ私が行くと言っているの。あの排他的な村が迎え入れたがるのは、私くらいでしょう?それとも、危ないから子供達だけで行かせろとでも言うの?」
親子は無表情にお互いの顔を見つめ合う。
二人とも声を荒げているわけではないのに、背景に稲光が走っているように感じるのは、何故だろう。
そのまま数秒間、真っ直ぐに見つめ合う親子だったが、先に父親が視線を逸らした。
父親は篠崎に向かう。
「ユッキー君、ちょっとエプロンを戻してもらって良いかな?」
そして何故かフリフリのエプロンを篠崎から受け取る。
何をするのかと思ったら、父親はフリフリのエプロンを受け取り、おもむろに身につける。
「………………!?」
ムキムキの強面がレースにまみれると、中々破壊力が強い。
流石の篠崎も目を丸くして、父親を見守っている。
レースまみれになった父は、後で括っている少し長目の髪をほどき、伸ばすようにグイグイと引っ張る。
「峰子だけでは心配なので、父さんも行こう」
そして真顔のまま、宣言する。
「……………………。お父さん、お母さんのエプロンを身につけて……まさかそれでお母さんのふりをしているつもりではないわよね?」
そんな父の姿に、峰子は絶対零度の視線を向ける。
「お母さんと呼んでください」
明らかにおかしい裏声が、真面目な顔から出てきた。
「っっふひっっふひゃひゃひゃはははは!!」
「っっあはははははっ!!」
父の奇行に、篠崎と咲子の腹筋が崩壊したようで、二人で盛大に吹き出しながら倒れてしまう。
「っっふぐっ」
譲も危うく崩壊するところだった。
「お父さん…………流石にそれは、お母さんに対する冒涜だわ」
クスリとも笑わない峰子は、聞いただけで凍りそうな声で応じる。
「………………。無理ですか?」
「絶対的に無理です」
娘に言い切られて、しょぼんと大きな背中が萎んでしまう。
その姿が更に面白かったらしく、篠崎たちは笑い転げている。
「視覚への暴力なので、とりあえずそのエプロンを脱いで、落ち着いてください」
そう言いながら、ハッと峰子はアーシャの方に視線を走らせる。
「しまった……お父さんが意味のわからない錯乱をするから、止め時を逃してしまったわ……アーシャちゃん、アーシャちゃん、ティーチャーストップです。お腹が破裂してしまいますよ」
その父を錯乱させたのは、他でもない峰子なのだが、我関せずだ。
ケプっと満足そうな音を立てるアーシャから、皿を遠ざけている。
「いひひひひ、ひひひ、アーシャちゃん、ハンプティダンプティみたいになってるっっ、お腹がっ、おなかがっ」
一度笑い始めた篠崎は、全てがおかしいらしく、もう止まらない。
親しくもない他人の家なのに、足をばたつかせて、笑い転げている。
自由な奴だ。
「何か……ついていける方法を……」
基本的に血縁しか受け入れない村なので、女装(?)してでもついて行こうとした父親は、エプロンを脱ぎつつも、考え込んでいる。
峰子はアーシャを守らねばならないと思っているが、譲から見ると力強さしかない峰子もまた、親からすれば守りたい対象なのだ。
「あーはいはい!ネコパパ!俺!俺!なんとか入れるように俺が本家と交渉するよ!」
散々笑った篠崎は涙を拭いながら、手を挙げる。
「は!?本家ってお前……」
「あ、ちゃうちゃう。篠崎の本家ね。ひぃジジがずっと藤護の鍛冶やってたらしいんだけど、そっから三代、シンケン?に受け入れられる奴が出てないんだってさ。俺ならヤレるとかなんとか適当フイて、入れてもらえるように交渉すっから」
あっさりと篠崎はとんでもない事を言い出す。
「
「ん?でも、何か良くわかんないけど、ネコちゃんとアーシャちゃんが危ないんだろ?じゃあやれる事やった方が良いじゃん?」
「わかってるのか……!?藤護ってシャレにならない集団なんだぞ!そんなのと関わりを持つのは……」
「何言ってんだよ。もう
あっさりと篠崎は言ってしまう。
馬鹿力ではあるが全く戦えないし、何も視えない。
そんな一般人を巻き込んでしまって良いのか。
譲には判断がつけられない。
しかし本人はとてもやる気だ。
(ホントに……なんで俺の周りはこんなに、覚悟がガン決まっている奴らばっかりなんだ……)
大きいお腹に邪魔されて、後に反ったままのアーシャの横で、譲は頭を抱えるのだった。
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