21.有識者、ゴーストバスターズする(中)

「あ………あぁぁぁ!!いや………だあああぁぁぁ」

自らの一族が生み出し、利用してきた『神』に接触した老人の最期の言葉は、何か固いものが砕ける音と、粘度の高い水音にかき消された。


人は案外簡単に死ぬ。

特に側では人智を超えた存在にあっさりと刈り取られてしまう。

面白半分の肝試しに行って人ならざるモノになって帰って来た人もいたし、『今回は調査だけ』と言って帰ってこなかった先輩もいた。

本来は人が踏み込むべき世界ではないのだから、何が起きてもおかしくない。

事が起こった時は、いつも気をつけようと思うのに、喉元過ぎれば、すぐに忘れてしまうのは五味が生来能天気過ぎるからだろう。


たたらを踏んだ当主が異形にぶつかった瞬間、彼等を繋ぐ鎖は、物凄い勢いで異形の中に吸い込まれ始めた。

当主は胸に繋がった鎖に引き摺られ、胸から吊り上げられ、異形の頭部に張り付いた。

張り付いても尚、鎖は当主を引っ張り、当主の体は胸を起点に、背中が本来曲がらない方向に曲がり始めた。

その様子は掃除機に吸い付いてしまった紙を思い起こさせた。

小さな穴に無理やり人間が吸い込まれていく。


当主の背中が限界を超えて曲がり、人としての形が崩れる前に、五味は目を背けた。

見ずにすんだ五味は、何かが折れ、破れる音を聞いただけなので、それほどの精神ダメージは受けずに済んだ。

「と……と……父さ……」

五味が肩を貸して無理やり歩かせている、当主の息子は喘ぐように呟く。

あまりの衝撃映像に、目が離せず、全てを見てしまったようだ。

同じように、自分が突き飛ばした夫の末路から目を離せなかった奥方は、形容し難い、濁音の悲鳴を撒き散らしている。


「……鯖折り……」

敵から目を逸らすわけにいかなかった峰子が、顔を歪めて短く呻く。

「……しっかり!」

同じく目を逸らせなかった慧が、そんな彼女を叱咤する。

当主が吸い込まれている間も、外に吐き出された鎖は、歓喜するように激しく動き回るので、彼女たちは、それらから五味たちを守る。


「一撃が重くなったわ……!!」

「マジでそれ!」

長身で鍛えられた肉体の峰子は、腰を屈めて重心を落とすことで何とか防いでいるが、小柄な慧は一撃を返すたびに、土煙をあげて少し押されている。

押されても体勢を崩さないのは流石だが、いかんせん元々の体重が軽過ぎる。

衝撃音も先ほどより、比べ物にならないほど重くなっている。

峰子は鋭く回転する事で、遠心力をのせて鎖を蹴り返す。

慧は蹴りを封印し、姿勢を低くして、薙刀に回転の力とテコの力を乗せて、何とか対応している。


「そこに下ろしてくれ」

乾老は素早く宣誓する準備に取り掛かる。

キビキビと動く乾老に対して、父親は異形を見たまま、魂が抜けたように座り込んでいる。

「あの……術者が取り込まれちゃったわけなんですけど、大丈夫なんですか?」

冷静に作業を進める乾老に、安心する事を言って欲しくて、五味は尋ねる。

「大丈夫じゃないね」

しかし乾老の返答はあっさりと、安心を蹴り飛ばした。


「しかしそれでも縁を切っておかないと、赤ちゃんが無事にお天道様と対面できないかもだからね。やるしかない」

「赤ちゃんは守れるとして……アレは?」

「……祀り上げて、時間をかけて気長に浄化するほかないねぇ……まぁ、それも何とか封じられることが前提になるが……」

そう言って乾老は軽く手を振る。

儀式に入るから邪魔をするなと言う事だろう。


「えっと……えっと……」

乾老の朗々とした祝詞が響き始め、それと同時に、建物内の武知も呪い返しを始めている。

桜の神霊は宣誓を力に変え、父親から何かを取り除いている。

峰子と慧は儀式の進行を妨げられないように、鎖を防いでいる。

各々が各々頑張っている中、戦闘力皆無な自分は何ができるだろうと五味は周りを見回す。


「ひぇっ!!」

その五味に向かって、真っ黒な鎖が叩き落とされてくる。

「伏せて!!」

五味の尻を蹴り飛ばしながら、慧は少し無理な姿勢から薙刀を薙ぐ。

「ひぶぇっ!!」

吹っ飛ばされながら、五味は頭を抱えてゴロゴロと転がる。

そこから半瞬遅れて、鈍い音が響き、小さな体が五味の上に降ってくる。

「ふぐぇっ!!」

それが体勢を崩して、吹っ飛ばされた慧だと気が付いた時には、五味の口からは情けのない声が漏れていた。


「ゴメン!!」

五味に降ってきた慧は、コロンと一転してすぐに立ち上がり、砂埃を上げて鎖に突進していく。

「五味さん!下がってて!」

日本人形のような髪は乱れ、身体中砂だらけになりながら慧は、薙刀を振るう。

「ご……ごめんなさい!ごめんなさい!!俺、こんな物理力がぶつかり合う現場は初めてで……!!」

自分が使える威力の薄い符術など、到底入り込む隙がない、力と力のぶつかり合いだ。

ここは祓いの現場というより、異種格闘技の会場だ。


「殴るのは慣れとるけん、任しといて!」

「え……慣れてる……?」

そんな場合ではないのに、戦う慧についつい聞き返してしまう。

「アタシは術は使えても、氣が使えんけん!相手が消えるまでぶん殴るんよ!!」

下り、払い、切り返して打ち下ろす。

五味を背に守りながら、彼女は怒鳴るようにしながら説明する。

お国言葉が出ているのは、標準語に変換している余裕がないのだろう。


「な……なるほど……」

穢れに実体を与える術は、彼女が戦うために必要な手段だったらしい。

最初から武器を持っていた意味が良くわかった。

物理力で人ならざるモノと対峙するなんて、そんなのハリウッド映画の世界だけだと思っていたが、現実でやっている人もいたらしい。


いつものような読経も祝詞も術もない現場では、五味にできることはない。

(いや、いつもの現場でも雑用くらいでしか役に立たないんだけどね!)

そう思いながらも、五味は大きく下がる。

無作為に暴れ回る鎖から、守る人間を一人でも減らして、彼女らの負担を減らさねばならない。


「腕が……生えたわ……」

慧と同じく髪を振り乱して応戦していた峰子が呆然と呟く。

五味は桜の神霊が作った結界の中に、ギリギリの位置で入りながら、意図的に視線を外していた異形本体を見る。

「うげっ!」

そして、見ると同時に吐き気が込み上げて、口を押さえる。


異形の頭の側面から吸い込まれていた当主は、のけ反ったまま干からびたような首から上を残して、全てが取り込まれてしまった。

異形の首と胴体は、二倍くらいの太さになって、重なり合うのではないかと思うほどの顔密度が、多少のソーシャルディスタンスが取れる程の距離感になっている。

胴体は一人の皮の中に、無理やりもう一人を詰め込んだような状況で膨れ上がっているのだが、手足は太くするのではなく、増やす方向にしたらしい。

当主のものと思われる腕が、右胸部分と左肩甲骨辺りから、足が右太ももの付け根と左尻辺りから生えている。

手足も本体同様、肉や血液を押し込まれたように、はち切れそうな程浮腫んで、皮膚が突っ張っている。

今にも弾けて中身が出てきそうだ。


「何で微妙に斜めに生えてきているのかしら……?」

「生えてる手足が長すぎて不気味……」

手足が生えるべきでない場所から生えているのも、小さな胴体に不釣り合いな長さなのも、全てが気持ち悪い。

今まで荒ぶって振り回されていた鎖が、消化が終わったせいか、ピタリと動きを止めたため、峰子と慧はその姿をじっくりと見ている。


異形の頭部から生えた、干し椎茸のような頭が、油切れの歯車のような動きで回転し、空を向いていた顎がこちらを向き、正面を見る形になる。

水分を全て失って干からびているのかと思いきや、眼球だけ艶々と水分を湛え、輝いている。

「……人間ケルベロス……」

顔だらけの老婆の頭部から、更に頭部が生えている、悪夢のような見た目に、軽口でも叩いていないと正気を保てない。

「双頭はオルトロスじゃない?」

五味の呟きにツッコミを入れたのは峰子だった。

「昔、頭から頭が生えてる菌類のキャラ、いたな……。禅が集めてたのよね……」

悍ましすぎて、慧が現実逃避するように、少し遠い目をしている。

見た目による精神ダメージは中々大きい。


ギョロギョロと、そこだけ生者の生々しさを持った、当主の目玉が動く。

「も……ラ……い……ウケ……る」

そしてガラガラに枯れた、当主の声で、異形が喋る。

「もらい……ウケ……る、……マツダイ……まで、つゆ……ハライ……モラい……うける……」

こういう化け物は喋ると怖くなくなる、と、聞いたことがあるが、とんでもない。

パクパクと表情変化なく動く、ミイラのような唇から、感情を排除した声が流れると、背中が激しく粟立つ。

先程まで生きていた人間の喉をスピーカー代わりに使われると、生命に対する冒涜を受けているような気分になる。


喋っている間も、動き回っていた目玉が、園児の父親を捉える。

それと同時に歪な生え方をしている足がバタバタと動き始める。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

連続で四股を踏んでいるような不気味な動きで、素早く移動を開始した異形に、たまらず五味は悲鳴をあげる。


異形は動き出すと同時に、一時期動きを止めていた鎖を、捕食対象に伸ばす。

「させるかっ!!」

その間に入った慧が、薙刀で払おうとしたが、途中で鎖と噛み合い、少しの間の均衡の後に、力負けして弾かれる。


「はっ!!」

走り込んできた峰子が、軌道が逸れた鎖を、蹴り上げる。

鎖は無事に弾かれたが、かなり重かったようで、峰子は重心を崩してよろめく。

その峰子に邪魔をするなとばかりに鎖が振り下ろされる。

「このっっ!!」

構え直した慧が、振り上げた薙刀でその鎖を受け止める。

真正面から受け止めるのではなくて、薙刀を斜めにして、横に受け流したは流石の判断だ。

しかしやはり重かったようで、彼女は地面に片膝をついてしまう。


その彼女を薙ぎ払おうと真横から鎖が打ち込まれる。

「ふっ!」

これを体勢を立て直した峰子が左腕で受ける。

「っっっ!!」

そして受け止めた左腕を右手で支え、全体重で持ち堪えようとしたのだが、耐えきれずに、二人揃って薙ぎ払われ、地面に転がる。

その二人に鎖がしなりながら、更に襲いかかる。

「危ない!!!」

何もできないと知りながらも五味は慌てて飛び出そうとする。


『ぬぅん!!』

しかし五味が駆けつけるより早く、光の柱が立ち昇り、その鎖を貫く。

「……桜さん!!」

それを放ったのは、神々しいサイドチェストを見せる桜の神霊だ。

『誓約は成った!往ね!穢れ神や!』

気がついたら、乾老の祝詞が終わっている。

桜の神霊は、更に逆サイドチェストを決め、光の柱を立ち昇らせ、もう一本の鎖を貫く。

(何でわざわざポージングを決めるの!?神力の発動条件なの!?)

そんな場合ではないのに、ツッコミが止まらない。


フウゥゥゥウと呼吸をして、桜の神霊が更なるポージングを決めようとした時、

「桜様!貴方のお力はどうぞ守りに!!」

そう言いながら、乾老が鎖を蹴り飛ばした。

義足と鎖が激しい衝突音を上げ、押し負けた鎖が弾き飛ばされる。

「あぁ!!」

しかし通常使い用の義足は蹴りの衝撃に耐えられずに、破損した破片が飛び散る。

五味は思わず悲鳴を上げたが、壊れることは織り込み済みだったらしい乾老の顔に、動揺はない。


「チョロチョロと動くんじゃないよ!」

器用に片足と両手を使い、大きく飛び、襲いかかってきた、もう一本の鎖を避けたと思ったら、懐から何かを取り出し、鎖に向かって振り下ろす。

「縛!」

手のひらほどの長さで、鋭い先端を持つ鉄棒に握る為の輪の着いた、寸鉄すんてつという暗器の一種だ。

その先端には符が着いている。

乾老の氣が込められた寸鉄は、鎖を地面に縫い付ける。


乾老は両手と片足を使って、転回し、大きく飛んで移動する。

機動力に問題はなさそうだが、足が破損しているので、危うく見えてしまう。

(神霊様に任せたら良いのに……!)

ハラハラと見守る五味は思わずそう思ったが、

「………あっ!!」

目の前の結界が薄くなっている事に気がついて、驚きの声を上げてしまった。


『桜さんは守護の神様だから無理はさせないでください』

そう、峰子が言った意味が漸く理解できた。

桜の神霊は守りに特化しているのだ。

故に自ら打って出ると、大きく消耗してしまう。

強力な一撃も出せるが、その代償として、守りの力が激減してしまうようだ。


しかし減衰したとはいえ、結界の守りは強力だ。

「っひっ!!」

乾老の手によって桜の神霊の結界の中に放り込まれた父親に鎖が迫ったが、見事に弾き返してしまった。

ついでのように五味にも鎖が飛んできたが、結界は大きくしなっても、壊れることはない。


「縛!」

その間に駆けつけた乾老によって、最後の鎖も地面に縫い付けられる。

二本は神霊の光によって、もう二本は乾老の寸鉄によって、自らが吐き出した鎖で地面に縫い付けられた異形は足を踏み鳴らし、体を揺する。

まるで子供の地団駄だ。

子供と違って、可愛さのかけらもないが。


「お祖父ちゃん……」

取り敢えず異形の動きを止めた事に、峰子が安心した声を出す。

「峰子ちゃん、和泉のお嬢ちゃん、へたり込んでる奥方を連れて、室内へ」

しかし乾老の声は静かながら、焦燥を含んでいる。

「あ、あの、俺は……?」

五味も一応聞いてみるが、

「五味君はステイ」

退避命令は出してもらえなかった。


「子供を消耗品扱いするババァを助けないとけないなんて」

怒りに満ちた顔で、砂だらけになっている慧は奥方の肩を持つ。

「私も害虫は発見し次第叩き殺す主義ですが、醜く肥え太った豚は、にとって、牛糞なんて比較にならないほど高エネルギーな肥料ですから。堪えましょう」

同じく砂だらけの峰子は、淡々とした声で、悪口混じりに説得しつつ、反対側の肩を担ぐ。


彼女らに担がれた奥方は『小娘が』とか『貧乏人が』とか小学生のような語彙力で、キイキイと不快な声で喚いている。

「黙れ、妖怪厚化粧」

「お黙り、牛糞婆ぎゅうふんババ

これも異口同音と言うのだろうか。

ピシャリと同時に二人は言い切る。



そんな彼女らが結界の中に入った瞬間の事だった。

「……………っ!!」

強風が突然吹きつけたように保育園の窓が大きくしなり、悍ましいものが空間を走り抜けた。

それは目で追うこともできないほどの速度で、矢のように、真っ直ぐに異形に突き刺さる。

「呪いが……!」

それが武知によって返された、お腹の赤ちゃんにかかっていた呪いだと、視る前に理解できた。


術者は不在。

いや、術者は異形に取り込まれた。

そこに呪いを返すとどうなるのか。

「あぁぁああぁぁぁああぁああああ!!」

地団駄を踏んでいた足が、更に激しく踏み鳴らされ、生えただけで存在感がなかった腕がもがき苦しむように空気を掻き、萎びた当主の口から悲鳴とも怒号とも取れる声が上がる。


もがき苦しむように、怒りに震えるように、異形は激しく揺れ動く。

「チッ!」

乾老は抜けそうになっている寸鉄を見て、改めて印を組み、氣を送り直す。


それでも尚、異形は大きく揺れ、鎖は激しく引き回され続ける。

その状態で寸鉄が動かなくなるとどうなるか。

鎖を吐き出している、異形に張り付いた顔が大きく苦悶に歪み、やがて口から裂け始める。

「お……おえっ……」

異形の体についている顔は、元は人間だったと思うと、とても直視していられない。


ぶちん、と、音が聞こえた気がする。

それが現実の音なのか、在らざる世界の音なのか五味には聞き分ける余裕もなかった。

人間の顎ごと鎖が異形からもげる。

顎が千切れた顔は、プツプツと泡立ちながら、異形の中に飲み込まれていく。

「……まずいね……」

それを見た乾老は符を手に取って、異形の周りを動き始める。


一箇所、二箇所と、足と手を使いながら移動して、乾老は符を異形の周りに配置する。

鎖が一箇所外れた異形の動きは更に激しくなり、手足が大きくばたつく。

義足がほぼ使えない状態になっている乾老は、これを避けながら、動くのが大変そうだ。

(符……符を置くくらいなら……!)

逃げ足の速さには自信がある。


五味がゴクリと唾を飲んで、走り出そうとした時だった。

後ろの掃き出し窓が開くと同時に、ヒュッ、ヒュッ、ヒュと何かが空を切る。

「五味君はステイですよ」

そう言って軽く五味の肩を叩いて、横を走り去ったのは、たった今呪いを返したであろう武知だった。

その先には符の刺さった苦無くないが、乾老の配置するはずだったであろう場所に刺さっていた。


「現当主が呑まれて、一番古い当主が同化した」

「………厳しいですね」

乾老と武知の会話は短かった。

それだけの言葉を交わすと、二人は異形を挟んで反対側に別れ、それぞれ地面に手をついた。

それと同時に二人の朗々とした声が響く。

歌っているような一定の音階で響く声に呼応するように、二人の氣が湧き上がり、符が描く円に沿って広がり、荒れ狂っていた異形を包囲する網を形作っていく。


(そうか……あの四本の鎖を吐いていた顔は、アレと呪いの鎖で繋がっていた歴代当主……)

術の古さから言って、四代しか経ていないと言うことはないだろう。

恐らく、あの顔が魂の核なのだ。

人間としての記憶と人格を保持している間は、逃れられなくても、顔としてこの世に残っていられる。

しかし顔という魂の核を壊されるか、時間を経て人格を維持できなくなったら、完全に異形に溶け込み同化するのだろう。

欲をかきすぎた結果だが、魂すら残らないとは哀れなことだ。


包囲網を作り上げている間も、異形は荒れ狂い続けている。

『ふぬぅ!!』

術の途中なので、地面から手を離せない二人に、桜の神霊が結界を張るが、生きた当主を取り込み、同化した魂を増やした異形に押されている。

結界という膜のおかげで無理やり同化させられるようなことはないが、二人は水膨れしたような手足に殴られ、蹴られ、無抵抗にやられ放題だ。

鎖ですら、女性二人を吹き飛ばす程の威力があったのだから、その本体の威力が凄まじい事は容易に想像できる。

桜の神霊がダメージを幾分か引き受けてくれても、衝撃は激しい。

大きくのけぞり、血を流しながら、それでも二人は地面から手を離さず、呪を唱え続けている。


「お祖父ちゃん!!」

乾老が踏みつけられた所で、我慢の限界がきたらしく、峰子が走り出す。

「だ、だ、ダメですよーーーー!!」

その峰子にタックルするようにして五味は止める。

いや、止めきれずに引き摺られる。

「重いですよ!」

六十キロ以上ある負荷が踏ん張っても止められない。

「出ちゃダメです!乾さんはもうフォローに回る余裕がないんです!だから貴女たちを結界の中に入れたんです!!」

ならば口で説得するしかないと声を上げたが、

「わかっています!でもこのままじゃ、術の完成まで保ちません!」

峰子は納得しない。


「もう敵わないんです!強すぎるんですよ!人の身でなんとかできるなら、あの二人は守り役と、封じ役に別れたはずなんですよ!別れずに術の完成だけに注いだのは……」

そこまで言って、五味は口をつぐんだ。

二人が死ぬのが先か術の完成が先かなんて、とても口に出すことができなかった。

「わかっているわ……!わかっているけど……!!」

ギリリと歯を噛み締める音がする。


峰子の気持ちは痛いほどわかる。

しかし五味はここで押し負けるわけにはいけない。

非力で無能な役立たずが、ここに『ステイ』と命令されたのは、きっとこれが役目だからだ。

「ごめんなさい!本当は俺が何とかしなきゃいけないのに!ごめんなさい!!厄介ごとを見つけるだけの役立たずで、ごめんなさい!でも止まってよ〜〜〜!!俺は止めるくらいしか能がないんだよ〜〜〜!」

必死に五味は声を張り上げる。


しかし一旦気持ちを言葉にすると、どんどん切なくなってしまう。

「俺だってなんとか出来るならしたいけど!!え〜〜〜ん!武知さん〜〜〜!!ごめんなさい〜〜!!俺があんなの見つけちゃったせいで死なないで〜〜〜!!」

遂には子供のように泣き出してしまう。


峰子が足を止めた事にも、ボロボロになりながら、武知が苦笑したのにも気が付かず、五味は泣く。

「え〜〜〜ん!助けてよ〜〜〜〜禅一さ〜〜〜ん!」

恥も外聞も投げ捨てて、まるで未来の猫型ロボットに泣きつく眼鏡っ子のように声をあげて五味は泣く。



「はい。アーシャをお願いします」



「ほえ?」

聞き違えかと、声の方を振り向いた五味の目には、舞い上がった砂埃だけが映った。

前髪が突然起きたつむじ風に吹き上げられる。

「へ?」

風を追いかけるように、五味は顔を再び前に向ける。

「ええっ!?」

そこには乾老を踏みつけまくっていた、水膨れした足が舞い上がっていた。

上にねじ上げられ、千切れ飛ぶ足は、血も肉も出ていなくて、不気味な蝋人形のパーツのようだった。


「………あ、取れた……」

異形に対して猛々しい蹴りを入れた人物の独り言は、妙に平和に響いた。


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