22聖女、穴の空いたパンを食す

ゼンがいない日常は、何事もなく流れていく。

彼がいない分を埋めるようにユズルがそばにいてくれたし、いつもより意地悪が控え目だった。

それなのについつい、ふとした瞬間に、気がついたら大きな背中を探している。

(すっかり甘えたになってしまっているわ……!)

幼児の姿に引っ張られまいとアーシャは度々自分を戒めるが、寂しいと言う感情は、夏の雑草のように次々と生い茂る。


(今から寝たら、ユズルがお迎えに来て、『くるま』でゼンの所に行く。……あとはもう寝るだけ……寝るだけ……)

アーシャは『ほいくえん』の寝具の中で目を強く瞑る。

たった数日ぶりだが、これからゼンに会えると思ったら、嬉しくて気が昂ってしまう。

ゼンがいない間に貰った人形や、ユズルが作ってくれた『はんばーぐ』や、ユズルが怖い目にあった事など、話したい事が次々と頭に浮かんで、それに対して、一体ゼンはどんな反応をするのだろうと考えてしまい、全く眠気が来ない。


———アァシャ、眠レナイノ?

(うん。何か胸が高鳴っちゃって、上手く眠気が来ないの)

アカートーシャが少し心配そうに声を掛けてくる。

昨日から、急にアカートーシャの意思が、より明確に伝わってくるようになった。

良くわからないが、『自分を受け入れた』事によって、色々な事が急に理解できて、意志伝達も上手くなったらしい。


一緒に頑張ろうと言ったアーシャだったが、結局何もできなかった。

アカートーシャが言うには、アーシャは彼女を外に連れ出して、危うくなった時に守ってくれたとの事なのだが、全く記憶にない。

彼女を探している夢は見たような気がするが、あまり記憶に残っていないので、役に立てた実感は全くない。


———少シ、オ話デモスル?気ガ紛レルカモ

(良いの!?助かるけど、外を見て回らなくても良いの?)

自分を受け入れたらしいアカートーシャは、あっさりとアーシャの中から自由に出られるようになっていた。

———イイノ。ドウセ長ク外ニハイラレナイカラ

しかし長時間アーシャから離れると、自分が保てなくなってしまうらしい。

今のアカートーシャは、憎しみや呪いに荒ぶる、もう一つの心と、完全に切り離されているわけではなく、アーシャから離れる時間が長いほど、その影響を受けてしまうのだと彼女は語った。


(私が一緒に外に出られると良いんだけどなぁ)

それならば自分も一緒に外に出れば良いと思うのだが、それをやれる自信が全くない。

眠った後は完全に無意識で、制御できないのだ。

———昨日、実ハ一緒ニ出タノヨ

(え!?そうなの!?)

アーシャは驚いてしまう。

まだ外に出れるようになったばかりだというのに、アカートーシャは意外と挑戦的だ。


———ウン。デモ、アァシャハ、ユズル殿ノ中ニ入ッテシマッタカラ

(ユズルの中には入れないの?)

———アノ方ハ、寝テイル時ガ一番刺々シイカラ……

寝ているのに刺々しいとは不思議な話である。

そんな事を考えていたら、

———中ヲ覗クダケデ精一杯ダッタワ

「ブッ」

アカートーシャが真面目な調子で、そんな事を言うから、思い切り吹いてしまった。


(覗き見!?中を覗き見してたの!?)

———覗キ見!?イヤイヤ、見守ッテイタノヨ……!!

アカートーシャは指摘されて大慌てで否定する。

———中ニ入ッタ、アァシャガ大丈夫カ確認シタダケ!

———ソレデ、エット……チョット気ニナル夢ダッタカラ……

———ホンノチョットダケ……長メニ見テシマッタケド……

他人の夢を覗き見た後めたさか、アカートーシャの意思伝達はどんどん弱っていく。


夢は自分でも気がついていなかったような願望が滲み出た、荒唐無稽で都合の良い物だったりするので、あまり覗き見られたい物ではない。

それがわかっているから、アカートーシャは恥ずかしそうに沈黙してしまう。

しかしアーシャとて人のことは言えない。

何せアーシャは無意識にでも、他人の夢に土足で入り込んでいるのだから。


(あーーー、うん。ユズルの夢って物凄い悪夢率だから、ハラハラして目が離せないよね)

アーシャが覚えているのは二つ程度だが、そのどちらも酷かった。

一つは途中でゼンが現れてくれたおかげで事なきを得ていたが、もう一つは寝ている間に幽霊れいすのような物が全身を舐めているという、とんでもない物だった。

しかもその幽霊が、アーシャが嫌っていた神官のような、ねちっこさを体現したような男で、あまりの気持ち悪さで、考えるよりも先に、蹴り飛ばしてしまった。

自分が透明で干渉できない世界であるとしても、絶対に見守るだけなんて、できなかった。


———目ガ離セナイト言ウカ、アァシャハ大暴レダッタヨ

(………うん。蹴った記憶は何となく……)

———他人ノ夢デアソコマデデキルノ、凄イヨ

(……そんなに?)

———蹴ッテ殴ッテ頭突キシテ……悪夢ヲ記憶カラ抹殺スル勢イダッタ

物凄い大暴れだ。


(……ユズルを守らなくちゃって思って……)

———ウン。良イト思ウ

アカートーシャも変態への鉄槌は賛成だったらしい。

話のわかる武闘派で良かった。

———ユズル殿ガ何デアンナニ刺々シイノカ理解デキタ気ガスルノ

アカートーシャはアーシャが覚えていない夢の話もしてくれる。


集団で狩りをするように、悪気なく追い立ててくる子供達。

執拗にいつも一緒にいようとする子に、『嫌だ』と言うと、叱ってくる周りの人間たち。

できない事を教えるというていで、ねっとりと触れてくる教師。

他の子には挨拶だけで済ませるのに、何故かユズルにだけスキンシップを図る、小さな店の店主。


(ユズルは……刺々して……身を守ってたのね……私も……まもって……)

そんな話をしているうちに、ウトウトと微睡まどろみが訪れた……

「はーーーい!おはようございまーす!」

と、思ったらお昼寝の時間が終わってしまった。


「きちゃっ!」

『せんせー』の声と同時に、微睡が裸足で逃げていってしまった。

———アァシャ、寝テナクテ大丈夫!?

(目を瞑って横になってたんだもん!寝てたのと一緒!)

アカートーシャには心配されたが、アーシャは誰よりも早く飛び起きて、お帰りの準備をして、ユズルが迎えにくる門に向かって走った。


そしてアーシャは可能な限り門に張り付いて、ユズルが乗ってくるであろう『くるま』を探す。

「ゆずぅ!!」

程なくして、言われていた時間よりも前に、ユズルの『くるま』が見えてきて、嬉しくて飛び跳ねてしまう。

———アァシャ、門ガ壊レチャウ

アカートーシャに苦笑気味に注意されても、体の弾みは止まらない。

小さな体が、こうでもしないと喜びで破裂しそうなのだ。


「ユズゥ!ユズゥ!」

ユズルの姿が見えたところで、アーシャは待ちきれずに門の外に手を伸ばす。

「はいはい。あけらんねーから、おりる、おりる」

このお腹から飛び出してきそうな歓喜がわからないユズルは、そっけなくアーシャを門から遠ざけてから、回収する。


『せんせー』たちとユズルが話している間も、遂にこの時が来たと体が弾んでしまう。

「チビ、はしゃぎすぎ」

おかげで小鼻をユズルに摘まれてしまった。

「ゆひゅぅ、ひぇん、たのひーな!」

しかしそんな些細な攻撃でアーシャの興奮は止められない。

「……はいはい」

ユズルには疲れた顔をされてしまうが、喜びは次々と溢れ出てくる。


「アーシャ、ユズゥ、ゼン、ね!」

「へいへい」

久々にみんなが揃うと思うと、顔のニヤけが止まらない。

許されるなら、ここで踊り狂いたい気分だ。

「ん?」

そうやって浮かれながら『くるま』に運ばれると、ユズルの席の隣に先客が座っている。

膝を抱え込み、そこに顔を埋めているので、顔は見えないが、全体的に黒っぽい色合いの服を着ている。

「んん〜?」

その、内部から湧き出ているのではなく、薄く包まれているような独特の神気は見覚えがある。


誰だったか思い出そうと、その人物をじっと見つめていると、ユズルがそれを遮るようにして、『くるま』の後ろに回り込む。

しかし車の中に入ってしまえば、アーシャが座るのはユズルの後ろの席なので、丸まった人物は見ることができる。

夜空を切り取ったような色の衣に、飾りげなく、首の付け根あたりで結ばれた明るい茶色の髪。

「あ!」

しみじみと眺めていたアーシャは、声を上げる。


いつもの色鮮やかな服を着て、愛らしく髪を結っていたので、すぐに結び付かなかった。

「ユッキー?」

そう呼びかけると、夜色の衣がビクンと動く。

「だいじょーぶ?」

丸まって反応しないので、具合でも悪いのだろうかとアーシャは心配になってしまう。


「……アーシャたん……」

伸び上がって何とかシノザキの様子を確認しようとしていたら、彼女は振り返る。

「ユッキー?」

何故か彼女は手でおでこの辺りを隠している。

涙ぐんでいるが、顔色は悪くない。

いつもの色鮮やかな化粧をしていないので、顔色が良く見える。


「だいじょーぶ?」

「……ん……」

どうも落ち込んでいる様子のシノザキに、アーシャは手を伸ばすが、しっかりと座席に固定されていてままならない。

「チビ、かまってやるな」

そんなアーシャにユズルは『すまほ』を渡してくる。

「あ!」

そこにはケイに良く見せてもらう、歌いながら踊る少女たちが映っている。

「わ〜!」

何度見ても、『どが』は不思議で魅力的だ。

向こうからこちらが見えていないのも、この小さな板の中に彼女らが入っているわけでもないのも、理解はしたのだが、やはり時々気になって『すまほ』の裏側を確認してしまう。

その確認ついでに、チラリとシノザキを見ると、ホッとした顔になって、前に向き直っている所だった。


(あんまり触れてほしくないのかな?)

体調が悪いなどであれば、アーシャもお手伝いができるのだが、精神的に落ち込んでいるというなら、その気持ちに寄り添うくらいのことしかできない。

アーシャがチラチラとシノザキを見ていると、

———任セテ!見テクルワ!

今こそ自分の新しい能力を活かす時とでも言うように、アカートーシャは張り切ってスルリと外に出る。


光るタンポポの綿毛のような物がアーシャから出てきたかと思ったら、羽虫のように勢い良く、前の座席に飛んでいく。

(おお!)

アーシャは柔らかな光の球体に目を凝らす。

放射状に広がった光の中心に小さな人影が見えたような気がする。

(妖精みたい……!)

光輪を纏った妖精なんて夢のように美しい存在ではないか。

アーシャはときめきつつアカートーシャを待つ。


「んんん?」

しかし帰ってきた光の妖精は様子がおかしい。

行きの勢いはどこに行ったのか、風に翻弄される綿毛そのもののように、上下にフラフラしながら戻ってきた。

そして最後は墜落するようにしてアーシャの中に入り込む。

(アカートーシャ?どうしたの?)

———ウン……エット……チョットダケ……マッテ……

彼女は何やら混乱している様子だ。


(ユッキー……何かあったのかしら……)

アカートーシャですら口を濁す事態が起こっているのかと、アーシャは心配になってしまう。

———ユッキィハ大丈夫……ウン……大丈夫……元気……元気?

そんなアーシャに、アカートーシャはそれだけを告げる。

———ソウヨネ……鍛冶デスモノ……ソウヨネ……

その後は取り止めのない思考が、時々漏れ伝わってくるだけだ。

良くわからないが、アカートーシャにとって何か衝撃的な事があったようだ。



シノザキは動かないし、ユズルは無言だし、アカートーシャは自分の世界に入っているしで、何も解決しないまま、気もそぞろに『どが』を見ていたら、『くるま』が止まった。

「チビ、おやつだ。お・や・つ」

そう言って『くるま』から降りたユズルが、アーシャを迎えにくる。

「おやつ!」

その単語を聞くだけで、アーシャのお腹は喜びの声を上げる。

ゼンに早く会いたいが、『おやつ』も魅力的だ。


「ユッキー?」

ユズルはアーシャを抱き上げて、そのまま目の前の建物に向かって歩いていく。

シノザキは座席に座って丸くなったままだ。

「あ〜、あいつは……るすばん」

『るすばん』はあまり好きな単語ではない。

置いていかれるという意味だ。

丸くなったシノザキに、アーシャは心配の視線を向ける。

「は〜〜〜〜。ちゃんとかっていくから、きにすんな」

ユズルは大きくため息を吐いた後、アーシャの鼻を摘まむ。

———ユッキィノ『おやつ』ハ買ッテイクッテ。……少シ、ソットシテアゲヨウ

まだ少し元気がないアカートーシャに、そう言われて、アーシャはシノザキを気にしつつ、ユズルに抱き上げられたまま建物の中に入る。


そんなアーシャの肩を、ユズルがチョンチョンと叩く。

「?」

何だろうとユズルを見上げると、彼は建物の中を指差した。

「!」

そこには硝子で作った大きな戸棚が並び、その中に色とりどりの装飾をされたパンが並んでいる。

「ひゃぁぁぁぁ!」

一面の食べ物の群れを見て、アーシャは思わず声を上げてしまう。

強い白い光に照らされて、美しく透き通った硝子の中のパンたちは誇らしげに、整然と列をなしている。


「とこ!」

アーシャは硝子戸の中に、最近の流行りである食材を見つけて指差す。

間違いない、パンの上にかかっている黒い物体は『ちょこ』だ。

ご飯前、小腹が空いてお腹の虫が泣き止まない時に、ゼンがいつも背負っている袋からコソッと出してくれるやつだ。

『しー、な』と言われて、ユズルから隠れるようにして食べる『ちょこ』は、悪いことをしているというエッセンスも加わって、とんでもなく甘やかで美味しく感じたのだ。

これも例の法則に漏れず、黒いので、凄く美味しい。


パンは美味しい。

『ちょこ』も美味しい。

ならば二つが組み合わさったら、物凄く美味しいに違いない。

気の早い涎が口の中に溢れてくる。


「こら」

美味しいの引力に引き寄せられて、硝子戸に体ごと倒れていくアーシャを、ユズルが無理やり起こす。

彼はアーシャを右手に抱っこした状態で、トレーを硝子戸前に設置された台の上に置く。

そして火バサミを左手に持つ。


「どれにする?」

「とこ!」

ユズルの質問に食い気味にアーシャは答える。

「……どのちょこだよ……」

ユズルは呆れ気味に、火バサミで、チョコのかかったパンを次々に指し示していく。

「ほあぁぁぁ」

示されて初めて気がついたが、『ちょこ』がかかったパンは凄く多い。

アーシャが見ていた半分だけ黒いパン以外にも、全部黒い物があったり、その上に粒々した物がまぶされていたり、何と薄紅色の『ちょこ』もあるようだ。


(ま、ま、迷う!迷うわ!!アカートーシャはどれ食べたい!?)

———アレハ砂糖ガカカッテイルノカシラ!?アチラノ『じゅず』ミタイナノモ興味ガアルワ!

アカートーシャもすっかり元気になって、はしゃぐ。

許されるなら、全部食べたい。

しかしこの体では二個くらいが限界だろう。

厳選せねばならない。


(全部丸くて穴が空いてるのね、変わった形のパン!)

———丸クナイノモアルワ、左下ヲ見テ

(わ、本当だ!アレはパイだわ!きっとパイよ!)

———キノコミタイナノモアルワ!ア、アレハ普通ノマン丸

そうやってどうでもいい事を言い合いつつも、二人は相談の上、それぞれが一つづつを選ぶ。


アーシャは薄紅色の『ちょこ』がかかっていて、オレンジの房が少しずつ傾いたような形のパンにした。

良く見るとパンとパンの間にも、何かクリームのような物が挟まれていて、とんでもなく豪華だ。

アカートーシャは『じゅず』というブレスレットに似ているらしい、丸が連なったような形のパンにした。

アーシャは折角だから『ちょこ』がかかった『じゅず』を進めたのだが、まずは素の美味しさを知らなくてはというこだわりで、一番シンプルな物が選ばれた。


アーシャが必死に検討している間に、ユズルは硝子戸をスライドさせて、火バサミでパンをどんどん選ぶ。

取り出されたパンは色とりどりに盆の上に並び、まるで花のようだ。

「ゆずぅ、あえ、あえ」

そんな盆に、アーシャは指差しで自分のパンを追加してもらう。


「んふふふ、ふふふふ〜!」

盆の上に花咲くパンを見ながら、アーシャはニヤニヤが止まらない。

ゼンに会えるのも楽しみだし、目の前のパンも嬉しいしで、自分でも驚くほど浮かれている。

「ちょっとここにいろ」

体が自然に動き出してしまうから、精算の邪魔になってしまったようで、アーシャは床に下ろされてしまう。

「あ〜〜〜」

そうなると、どんなに伸び上がっても、盆の中身は見えない。

何とか自分のパンの行く末を見守ろうと跳ねたりしていたら、ポスンと頭にユズルの手がのり、跳ねられないようにされてしまった。


「ほれ、チビ」

やがてユズルは盆を持って、奥のテーブルに向かう。

アーシャは堪えきれなくて、飛びつくようにして、大人用の椅子に登ろうとするのだが、まだまだ腕力が弱い。

「チビわこっち」

そうしていたらフワリと体が浮いて、体にピッタリな椅子にのせられる。

椅子には専用の小さなテーブルがついていて、そこにユズルが皿を置いてくれる。


「ふわぁぁぁ〜〜〜!いたーきましゅ!」

アーシャは両手を勢いよく合わせて、パンに飛びつこうとする。

「まて、まて」

しかしその手を掴まえられて、丁寧に拭かれてしまう。

流石、清潔にすることに抜かりがない。


「いたーきましゅ!」

気を取り直して、もう一回手を鳴らしてから、アーシャは自分が選んだ方のパンを手に取る。

「おわっ」

すると、思っていたよりもかなり柔らかくて、張り切って握った指が、軽くめり込む。

優しく持つ必要がありそうだ。


「んぐぐっ」

このパンは意外と分厚くて、思い切り口を大きく開けても、下半分しか齧り取れなかった。

「ん〜〜〜!」

パキリと『ちょこ』に歯が食い込んだかと思うと、フワリと柔らかい感触が歯に伝わり、次いでクシャリと空気が抜けるように崩れる。

———フワフワシットリ〜〜〜

その感触にアカートーシャも大喜びだ。


口の中に入ると、いっぱいに甘い香りが広がる。

「ひひごひゃ!」

その香りにアーシャは目を丸くする。

確かに味は『ちょこ』なのだが、苺の香りと、少しの甘酸っぱさがある。

『ちょこ』を噛み締めてを味わおうとすると、フワフワの生地の中から濃厚なクリームが飛び出してきて、口の中で混ざる。

「おひひぃ〜!!」

『ちょこ』と苺と柔らかいパンとクリームは、噛む度に混ざりあい、絶妙な食感だ。

時折、『ちょこ』の中の何かが、サクッと口に当たって、何とも小気味が良い。


「うん!うん!うん!」

あまりの美味しさに、アーシャは次々と『ちょこ』がかかった部分を食べ切ってしまった。

「………………」

『ちょこ』の衣を失ったパンはそっけない姿だ。

しかしアーシャは食べ物を見た目で差別する気はない。

『ちょこ』は偉大だが、それ以外も十分に美味しいはずだ。

———オイシイ!!

「うん!」

これはこれで、クリームをより感じられて悪くない。

『ちょこ』代わりに、何やら粉がかかっているなと思っていたら、これは砂糖だったようで、これも中々甘くて美味しい。


あっという間に口をベトベトにしつつも食べ切ってしまった。

(これは……三個いけたのでは……!?)

空気が沢山入った生地だったせいか、それほどお腹に溜まった感覚はない。

「チビ、おちゃ」

勢いに乗って、次なるパンにも挑もうとしたアーシャだったが、途中で口元に飲み物を持ってこられる。

「ふ〜〜〜」

口の中の濃厚な甘味が、飲み物で爽やかにリセットされる。

お茶の香ばしさで、鼻もスッキリとする。

ついでに口もグイグイと拭かれて綺麗になった。


万全の状態に戻って、アーシャは二個目のパンに挑む。

このパンが見た目以上に柔らかいと学習したので、気をつけて次のパンは掴む。

「お?」

先程は力を入れてしまえば潰れそうだったが、今度は柔らかいだけではなく、指を押し戻す弾力がある。


大きく口を開けて、丸をいくつも連ねて円を作ったようなパンの、一つ目の丸をアーシャは齧り取る。

「ん!?」

———!?

噛み付いた歯にも、強い弾力を感じてアーシャは目を丸くした。


弾力があるのに柔らかい。

柔らかいが、ギュッギュと歯を押し返してくる。

———凄イ!柔イ『もち』ミタイ!

味ももちろん美味しいのだが、柔らかいのに、しっかり噛めるこの感触は素晴らしい。

選んだアカートーシャも大喜びだ。


先に食べた方は蕩けるように口の中からなくなってしまったが、こちらは何度も噛んで楽しめる。

一口目では気が付かなかったが、上に塗られた砂糖の衣も甘くて美味しい。

「おいしーな!」

一個食べて、お茶でスッキリして、また一個食べる。

こうすると毎回新鮮な美味しさが味わえる。

(あ〜〜〜これはずっと噛んでいたい〜〜)

夢見心地でアーシャは、ギュッギュとパンを噛む。


———アァシャ?

(うん。美味しいね〜〜〜)

いつもは少量で終わる『おやつ』なのに、今日はお腹いっぱい食べてしまった。

アーシャは夢見心地で目を閉じた。

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