6.聖女、訓練所に入る

1.聖女、和解する

今日も幸せだったとアーシャは横になって微睡みながら、素敵な一日を振り返る。

毎日体を洗うため、体は常に清潔で、体を包む寝具はいつも良い匂いがして、世界中で一番安心できるゼンの懐に入って、一日を振り返る時間は幸せ以外の何物でもない。

満ち足りた気分で、体に程よい疲労を感じ、柔らかな寝具と温かなゼンの腕に包まれる。

気絶するように眠っていた頃と比べると、素晴らしすぎる。


———アシャ シアワセ

アーシャと一緒にベッドに入ったバニタロも嬉しそうだ。

彼の場合、眠る事はないようなのだが、アーシャごとゼンに抱っこされている状態が最高に幸せな様子だ。

アーシャはひっそりと笑って、バニタロを撫でる。


(………ちょっと下の気配が怖過ぎるけど……)

本当はアーシャとゼンでバニタロの入った『もちもち』を挟んで寝ようとしたのだが、階下から恐ろしい気配がしたので、『もちもち』を抱っこしたアーシャをゼンに抱っこしてもらう二段構えにしたのだ。

それでも時折、低い雷の唸り声のような物が聞こえる気がする。

(何故かバニタロをめちゃくちゃ警戒しているんだよね〜〜〜)

階下の卓にのっているであろう、ゼンの懐に入っていた神具を思ってアーシャは小さく息を吐く。


あの神具が何を基準に警戒するのかが、アーシャにはわからない。

今、警戒されているのはバニタロとイズミだ。

(二人の共通点がないのよね〜〜〜)

バニタロは『見えざる存在』だからかもしれないが、イズミはしっかりとした人間だ。

しかし彼がゼンに近寄ると神具は小さく唸る。


(魔力を警戒しているとか?)

そう考えるが、魔力は神気と相反する力だが悪い力という事はないので、何となく納得できない。

アーシャの国の貴族は大なり小なり魔力を持っていたくらいだ。

(イズミはすっごく良い人なのに。お昼は小麦のお魚をくれたし、夜のごはんには最高に美味しいパンを持ってきてくれたわ)

彼が御飯時に持ってきてくれたパンを思い出して、アーシャの口の中には唾液が満ちる。


この国のパンはほんのり甘くて、ボソボソしていなくて、弾力があって、顎ごと砕くような勢いで噛む必要がなくて、食べ易くて美味しい。

あまりに柔らかくて上品な味わいなので、アーシャからすると、お菓子の類のように感じる。

そのせいか、自分でも気がつかないうちに、歯が立たないほど硬い『パン』が少しばかり懐かしくなっていたのかもしれない。

アーシャはイズミが持ってきてくれた『パン』を見て物凄く感動してしまった。


紙袋に入っていた細長いパン。

しっかりこんがりと焼かれている事が見た目でわかる、テカテカと輝く、少し黒めの茶色。

細長いお腹の部分に入った切れ目の、いかにも歯応えがありそうな様子の尖ったフチ。

イズミが何本ものパンが入った紙袋の中を見せてくれた時の感動を思い出すと、アーシャの口の中が潤い放題になってしまう。


(もうあのパンのサクサクさと言ったら……)

思い出すと強烈な幸福感と共に、顎の奥から涎がどんどん出てくる。

細長いパンは薄くスライスして、更に焼いてから出されたのだが、これが堪らなく歯応えが良かった。

最初に口に入れた時はカリッとした歯触りがして、思い切り噛むとザクザクっと反動が返ってくるのだ。

アーシャが食べていたパンから比べるとボソボソしていないし、歯が立たないという程の硬さではなかったが、その感触は『パンを食べている!』と実感させてくれた。


(そしてあのサクサクのパンを白いスープに浸したら……)

アーシャは絶え間なく湧き出る涎を飲み込みながら、ゼンが作ってくれたスープを思い出した。

いつも作ってくれる土色のスープも物凄く美味しい。

お昼の蝶々カタツムリのスープなんか絶品だった。

元の国で食べていた、水に申し訳程度の塩と野菜クズ、そして大量の豆が入っている、黒っぽい灰色に濁ったスープとは天と地の差だ。

しかし今日、土色スープを超えるスープを食べてしまったのだ。


純白の輝きを持つ汁に、緑、オレンジ、黄色、灰色と色彩豊かにぎっしりと詰まった具材。

(思い出すだけで、お腹が鳴っちゃいそう……)

ジュジュっと染み出す唾液をアーシャが喉を鳴らして飲み込むと、小さな笑い声が聞こえて、バニタロごとアーシャを抱きしめていた大きな手が、頭を撫でてくれる。


(いやいや、まだ寝てないよ!食べてる夢とか見てるわけじゃないからね!………でもあのスープ、本当に美味しかった。どちらかと言うとしょっぱい味のはずなのに、すんごく濃厚で、まろやかで、どこか甘みがあって……)

更に滲み出てくる唾液をアーシャは飲み込みながら、反芻する。

重くなった瞼を開く事はできないが、脳裏には先ほど食べた料理が、味や匂いまでまとって、鮮明に浮かんでくる。


匂いと色からミルクで煮込んだスープかと思いきや、味はチーズに近かったような気がする。

(チーズもそれほど食べた事があるわけじゃないんだけど……あのとろけるコク。その味がお野菜に染み染みで、特にお芋がホックホクで……お肉がたくさん隠れてて……)

アーシャの脳裏ではスープを口に含んだ時の『どが』が流れている。

口の中でほろりと崩れる芋や、甘く感じる玉ねぎ、しっかりと自身の味を主張しながらもスープと調和している人参、濃厚な中に爽やかな風味を添える『ぶおこりぃ』、そしてたっぷりと入った食べ物の王様であるお肉。

スープにもそれぞれの具材の味が染み出しているのか、それはそれは深い味わいだった。


そのスープにカリカリのパンを浸して食べる。

(カリッがジュワッとなって、でも中はパリッとしていて……)

思い出しただけでアーシャの口の中に感触が蘇ってくる。

それは神が巡り合わせたとしか思えない、完璧な調和だった。

表面がとろけても、中はしっかりと歯応えを残したパン。

噛む度に喜びが生まれるのだ。

美味しくて、美味しくて、アーシャは何個もパンをお代わりしてしまった。


あんまりにもアーシャが『おいしーな』を連呼するものだから、最初は戸惑っていたイズミも、そのうち『おいしーね』と応えてくれた。

そしてもう一つの皿の葉物野菜盛りが入る隙間がないほど、パンをお腹に詰め込んだアーシャを見て、目を細めて笑ってくれていた。

(あんなに美味しいパンをくれるイズミはとっても良い人だわ)

アーシャはそう思う。


———オイシイ シル ヌシ ツクッタ

久々に食べた硬いパンに思いを馳せていたら、バニタロの不満そうな呟きが伝わってくる。

(そうよね!ゼンのごはんは国一番だわ。あんなに美味しいのはゼンが優しい気持ちで作ってくれいるからだわ!)

アーシャはバニタロに深く同意する。


超絶とっても優しくて暖かくて心が広くて、この人が私のお父さん(仮)ですと、皆に向けて自慢したいゼンと、美味しい食べ物をくれる良い人であるイズミが、とても仲良しそうなのも、アーシャは嬉しい。

(ユズルもイズミがいてくれたら、凄く沢山お喋りしていたし……ケーオネチャン、ユッキーも優しいし……)

楽しいごはんを思い出しながら、アーシャはうっとりしてしまう。


食卓の空気も食事の一部なのだとしたら、ここは空気も一級品だ。

皆が微笑み合い、語り合って食べるなんて、聖女の頃は、戦場での無事と勝利を讃え合う宴くらいだった。

酔っ払って無礼講になった兵士たちの輪の中に入れる宴は、食べ物こそ貧相だったが、とても楽しかった。

そんな宴のような楽しさが、毎日味わえるなんて、本当に幸せなことだ。




(あの神具さんもイズミとバニタロと仲良しになれたら良いのに)

アーシャがそう思った時だった。

「よけーなおセワだ。わらわは小さくても、しゅごをつかさ……つかさどう神剣!何か黒くてベタベタしたのがくっついた男を、かるそめ……かいそめ……あ、カリソメと言えど、主人あるじにちかづけぬ!」

幸せな食卓の上に、小さな女の子がふんぞり返っていた。

「…………???」

自分の記憶の中のはずなのに、何故記憶にない人物が突然現れて、話し出したのだろう。

アーシャは驚いて、その子を見つめる。


歳の頃は四、五歳というところか。

塗ったように真っ白な肌に、ハケのように肩の辺りまで広がった黒髪が良く映えていて、耳の上あたりにつけた、美しく依った紐で作った花の髪飾りがとても似合っている。

(すっごく……可愛い……!!)

愛らしい丸眉を精一杯吊り上げているが、ドングリのような垂れ目のせいか、可愛いとしか言えない。


「か………カワイイ!?………い、いや!わらわはダマされんぞ!!」

真っ赤になった顔をブンブンと振って、ぴょんと跳ねると、彼女の艶やかな朱色のスカートが重そうに揺れる。

(いつぞや、ゼンが『漆黒』に立ち向かって行った時の服に似てる?)

輝かんばかりの真っ白な生地に、淡い紅色と金の糸で細かい刺繍がされた上着と、その上から腰紐を結んで履いているスカートは、色や豪華さが違うが、形は以前見た服にそっくりだ。


「ムシするな〜〜〜!!」

アーシャがしみじみと観察していたら、少女は癇癪を起こしたように、地団駄を踏む。

ここまで生き生きとした想像の人物を、自分が作れるとは思えない。

(えっと……貴女は……誰かしら?お名前は?)

そう話しかけるように考えてみると、頬を赤くして怒っていた少女の顔がサッと固まる。


「……ない」

悔しそうに顔を歪めながら少女は答える。

(え?お名前、ないの?)

「……………ない」

思わず聞き返してしまったら、悔しそうな顔が段々泣きそうに歪んでしまって、アーシャは慌ててしまう。

農奴の娘にだって呼び名くらいはあるのに、この上質な衣を身につけた少女に名が無いなんて思いもしなかった。


(えっと、その、お名前ないの困っちゃったね。あ〜、えっと、えっと、変なこと聞いちゃったな)

一体なんと言って慰めれば良いのか、アーシャは大慌てしてしまう。

そもそもこちらが考えていることが丸わかりなのだから、作り事で慰めても意味がない。

「アシャ キニ シナイ。モノ ナマエ ツケル スクナイ」

自分の想像の世界だったと思っていたのだが、チョロリとバニタロが姿を表す。

『もちもち』姿ではなく、本来の小蛇の姿だ。


「おまえ……!!自分が主人に名前をもらったからと言って……!!」

涙目の少女は憤怒の表情になり、バニタロを睨む。

「オチツク。バニタロー イキモノ ナッタ。ダカラ ナマエ ツイタ ダケ」

「うるさい!うるさい!うるさーーーい!!」

癇癪のように、大声を上げながら、少女は雷撃を身に纏う。

「ピィ!!」

慌てて飛び上がったバニタロは、アーシャの鳥の巣のような髪の中に飛び込んでくる。

(ひーーーーーー!!)

雷撃の矛先が自分に向くのを感じて、アーシャ悲鳴を上げる。

そしてバニタロごと頭を抱えてアーシャはしゃがみ込む。


「……………?」

しかし雷撃は襲ってこない。

「この…………ヒキョーもの!ヒキョーもの!かくれていないで、どちらが主人にフサしいか、せーせーどーどーと戦え!!」

「ムリ バニタロー タタカウ ナイ」

「戦う力もなく主人のおそばにいるなんておかしい!!」

「バニタロー ヌシ スキ。ダカラ イッショ イル」

「一緒にいるだけで、おやくに立てない奴など、クソじゃ!」

「フン クサイ。イッショ ムリ。バニタロー クサイ ナイ。バニタロー ウエ」

「ウンチというイミで言ってない〜〜〜!!そもそも、ウンチと上下カンケーを争うなんて頭おかしい!!」

代わりに少女と頭の上の小蛇間で、言い争いが起こっている。


(あれ………?)

アーシャは引っ掛かりを覚える。

先ほどの雷撃と、バニタロに対する敵意。

そして何より少女が着ている服の柄。

見覚えがある。

(貴女って……もしかして……本当にもしかしてだけど、ゼンの神具?)

ゼンが懐に入れていた布袋の柄だ。


「いかにも!わらわは神剣!けがれをはらい、アッキーをたち、主人をイカなるヤクからも守る『カタナ』だ!」

バニタロと低次元の言い争いをしていた少女は、顎を逸らして、胸を張る。

小さい体でふんぞり返るのが愛らしくて、アーシャは思わず笑ってしまう。

どうやらあの袋の中身は小さな剣らしい。

「ケン チガウ。『カタナ』」

バニタロがそう言うと、今まで美味しそうなご馳走が並んでいた卓に、アーシャが知っている形に近い両刃と、両刃を半分にしたような不思議な形の剣が現れる。


「コレ ケン。コレ 『カタナ』」

バニタロは二振りをそれぞれ尻尾で指し示す。

『かたな』の刃は濡れているような光沢があり、刃先が驚くほど薄い。

(凄い切れそう………綺麗………)

アーシャの知る、力をのせて敵を叩き潰す、殺傷能力の高い棍棒のような剣でない事は良くわかる。


もっと近くで見ようとアーシャはそっと柄を握るが、感触がない。

「?」

アーシャはびっくりして、二度三度と握り直してみる。

「コレ ユメ。サワル ナイ」

そんなアーシャにバニタロが教えてくれる。

「あ……これ、もう夢なんだ……」

ごはんのことを考えていたら、いつの間にか眠りに落ちてしまったらしい。

「…………夢ってなんだろうね…………」

最近、アーシャの夢は、人ならざる者が入りたい放題なので、ついついそんなことを呟いてしまう。


しかし夢ならば刃物で怪我する恐れもない。

アーシャはバニタロが出してくれた『かたな』をしみじみと見つめる。

「この波紋みたいな柄、綺麗ねぇ」

見れば見るほど美しい。

感心して見つめているアーシャの視界に、小さな手が入ってくる。

それと同時にコホンコホンと空咳が聞こえる。


差し出された少女の手の上には、美しい装いの『かたな』が、抜き身と鞘を並べた状態でのっている。

その鞘は水を湛えているかのような輝きを持つ、上品な朱色が塗られており、金で美しい花が描かれている。

柄のグリップ部分には、あでやかな刺繍をされた細い布が規則正しく巻かれている。

そして何よりその刃部分が妖しさを感じるほど美しい。

刀身に惹き込まれてしまいそうだ。


「ふふふふふふふふふ」

うっとりとアーシャが見つめていたら、顔を逸らしつつ、やたらと機嫌の良い声で少女が笑い出す。

そっぽを向いているが、頬の形から笑っているのは一目瞭然だ。

「この『かたな』とっても綺麗ね!」

素直な感想を述べると、向こうを向いているのに、にやける口の端がこちらからも見える。


少し経ってから、少女の顔はアーシャの方向に向き直る。

「これがわらわじゃ。力ある主人にフサしい神剣であろ!」

そしてまたふんぞり返る。

「カゴ ツヨイ 『カヌチ』 ウッタ ヨイ 『カタナ』」

アーシャの頭の上から、小蛇が垂れ下がりながら教えてくれる。

しかし単語単語を並べるだけなので、アーシャには少々理解が難しい。

「ええっと……加護が強い……良い『かたな』?」

アーシャが聞き返すと、少し首を傾げる動作をした後、『まぁ、間違いじゃないからいいか』とでも言いそうな感じで、コクコクとバニタロは頷いた。


「そう!何にもできないヤツより、わらわの方がカチがある!わらわの方が主人にフサしい!」

少女は両手を腰に当てて、大きく胸を張る。

その様子にアーシャは眉を顰める。

「何もできないヤツが主人につかえるのは、おかしいのだ!ちかよるな!」

更に少女はバニタロを指差して、そう宣言する。

「こら!」

アーシャはすかさず少女の指差した手を掴んで、その方向を変える。


突然アーシャに手を握られた少女はびっくりした顔になる。

「まず、人を指差すのはとっても失礼な事よ!」

声は大きくないが強い調子で、アーシャはしっかりと少女の目を見て叱る。

するとピンと張っていた少女の人差し指がヘニャリと力が抜ける。


「それから、どうして何もできない人がゼンのそばにいてはいけないの?そんな事を貴女が勝手に決めて良いの?何もできないなんて言ったら、私は食べて寝てお世話しまくられるくらいしかできない、どこに出しても恥ずかしい立派な穀潰しよ?」

自分で言った事なのに、アーシャは自分でも少しダメージを受ける。

「そんな私に比べたらバニタロはごはんもお世話もいらない自立した蛇よ?そばにいてゼンに何か迷惑になるかしら?貴女が勝手に遠ざけてしまっていいの?」

ヘニャヘニャと丸い眉が下がり始める。

真っ直ぐに引き結んだ唇もプルプルと震えている。


「それにバニタロは貴女に何度も酷い目に遭わされたのに、貴女のことを良い『かたな』だって褒めたわ。そんな相手を一方的に攻撃して貴女は自分に恥じる事はない?」

強く叱ったわけではないが、大きな真っ黒な瞳は急激に潤み、呼吸音が乱れて、口からへひゅへひゅと不思議な音が出てくる。

必死に堪えていたようだが、涙はあっさりと堰を切って彼女の頬を伝って下に降り注ぎ始めた。


「う………うぇっぐ……うぅ……」

少女は何とか涙を止めようと頑張っているが、涙は次々に生まれては溢れる。

それほどキツく言ったつもりではなかったが、彼女にとっては衝撃だったようだ。

アーシャは泣き止めない少女をそっと抱きしめる。

雷撃を食らわされるかもと、少し警戒していたが、肩を震わせていた少女は、やがてギュッとアーシャを抱きしめ返してきた。


そのうち、小さな嗚咽が漏れ始める。

アーシャはその背中を優しくさする。

幼い故に自分の中の不安や満たされない苛立ちを消化できずに、他人にぶつけてしまう。

そんな子は教会にも沢山いた。

(でもこの子はちゃんとそれを悪い事だとわかってる。あの子と一緒。きっと仲良くなれるわ)

そう思ってから、アーシャは首を傾げる。

(……………?『あの子』って誰だったかしら……?)

脳裏を一瞬、大樹の幹のような色の髪をした誰かがよぎった気がしたが、すぐに霧消してしまう。


不思議に思ったが、今はエグエグと揺れる背中を撫でてあげる方が重要なので、アーシャはすぐに切り替える。

「あのね、何か怖いことがあったり、辛いことがあったら、攻撃してくるんじゃなくて、話してくれると嬉しいな。この国で私ができる事なんて殆どないんだけど、何か貴女の助けになれるかもしれないでしょう?」

そう語り掛けてから、少女が落ち着くのを気長に待つ。


「………メイがほしい………主人に……メイを……つけてもらって……ずっと……そばに置いて、ほしい……すてないで……ほしい……」

しばらくしてから、グスグスと鼻を鳴らしながら、少女はそう言った。

「『めい』?」

「ナマエ」

アーシャが聞き返すと、バニタロが補足してくれる。

「あ、そうだね!お名前欲しいよね。うんうん」

アーシャは納得したが、はて?と止まる。

言葉が通じないアーシャと、ゼンには見えないバニタロ。

どうやったらこの二人で、ゼンに武器に名前をつけてもらうという奇妙なミッションを達成できるのだろうかと思ってしまったのだ。


「あと……おでかけは……いっしょがいい……」

「うんうん。そうだね。一緒が嬉しいよね」

この要望はゼンがお出かけする時に、懐に入れて貰えば良いので、達成可能だ。

「……それから……家で……主人のまくら近くに、おきばが、ほしい」

「置き場……えっと入れ物?みたいなもの、いるのかな」

アーシャは自分の宝物入れになっている、ミルクの箱を思う。

あれならすぐにもらえるのだが、少々匂いがするので、家にいる間中それに入れられたら嫌かもしれない。

「『ぎゅーにゅぱっく』はイヤ……」

どうやらアーシャの思考は丸見えらしく、謹んでお断りされてしまった。


話している間に、少女は落ち着いてきた。

しゃくりも涙も止まったのを確認して、アーシャは口を開いた。

「不安なことは一緒に解決していこうね」

そう言うと、黒い瞳がジッとアーシャを見てから頷く。


「バニタロにごめんなさいできるかな?」

アーシャの肩まで下りてきて、抱きしめ合う二人を観察していたバニタロは、その言葉にギョッとして、鎌首を上げる。

「…………」

無言で少女に見つめられて、バニタロは器用にうねりながら下がる。


「………ごめんなさい。前の主人に、がんばっておつかえして、守ったつもりだったのに、いらないって言われて、返されて……何でダメかわかんなくって……ずっとモノオキで……さびしくて……くやしくて……」

止まっていた涙がまたハラハラと落ちる。

「もうニンゲンなんかしらないって思ってたら……わらわを使えるニンゲンが出てきて……。だから、こんどこそはって………でも……『えにし』をむすんでるバニタロが出てきて……」

深々と頭を下げたままの少女に、クネクネとバニタロは近づいていく。


「バニタロ ヌシ スキ。イッショ スキ スル。イイ?」

そうバニタロが聞くと、少女は顔を上げる。

「いっしょ、イヤじゃない?わらわをジャマにしない?」

「??? バニタロー ヌシ スキ ダケ」

「……………ごめんなさい…………」

そんなやりとりを聞きながら、アーシャはバニタロへの執拗な雷撃の意味がわかった。

邪魔にされる前に、近付くのを邪魔してやろうという先制攻撃だったのだ。

(う〜ん、好戦的)

パリパリとアーシャは頬を掻く。


人間と蛇と『かたな』。

共通点はゼンが大好きな事だけ。

そんな奇妙なちびっ子部隊はこうして夢の中で結成されたのだった。


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