12.長男、ボールプールに入る

「わぁ………わぁぁぁ〜〜〜」

そう言って目を輝かせていたアーシャは、遊具に突撃していくかと思いきや、あっちこっちと見回すだけで、上着を脱がせた位置から動かない。

待ちきれないとばかりに足踏みをしながら、一歩も動き出さない。

人見知りもしないし、保育園でも他の子達と楽しく遊んでいたと聞いていたから、全く知らない子供たちが遊んでいる中にも、すぐに飛び込んでいくと思っていたが、そう簡単な話ではなかったようだ。


(これは俺が遊ぶものを決めてもいいんだろうか)

自主性を尊重しようと、ゆっくりと荷物を棚に入れつつ、禅一は動向を見守っていたが、首を傾げながらアーシャに近づく。

「アーシャ?」

そう声をかけると、ホッとした顔が禅一を見上げる。

(子供なりに初めての場所に警戒しているんだな)

禅一は安心させるように手を繋ぐ。


『エア遊具とトランポリン以外は基本的に保護者様も同伴できますので』

受付ではそのように伝えられた。

(一緒に入れる遊具が良いよな。そうすると最初はやっぱり……)

禅一は真正面の遊具を指差す。

「ボー・ル・プー・ル」

これは大体の子供の心を掴めるはずだ。


本物のプールの楽しさに比べたら、自由度はそれほど高くなく、延々と回転するなんて真似はできない。

しかしプールと違って、ボールに翻弄される楽しさがある。

埋めても埋められても窒息の心配はないし、転んでも怪我の心配がない。

それにボールなので、投げ合って楽しむこともできる。

昔は埋まって驚かそうとして、更に埋め立てられたり、冗談で足を引っ張って、顔からボールに突っ込ませてしまった譲に、怒りの反撃を受け、最終的にプロレスごっこに発展して係員に怒られたりしたものだ。


最後に行ったのは小学生低学年だったと思うが、楽しい記憶を頼りに、アーシャの手を誘うように軽く引いてみると、キラキラと輝く緑の目が禅一を見上げる。

「ぼりゅぷぅりゅ!」

アーシャは大きな声でそう言って、体全体で頷き、禅一の手を握り返す。

ニカっと口の中まで見えるような満面の笑顔は、真夏のヒマワリのようだ。

「わっ」

「大丈夫か?」

ソフトビニールの階段を、おっかなびっくり上るアーシャの手を、禅一もしっかりと握る。


階段を上り切ったアーシャは二度三度と勢いをつけるようにお尻を突き出す。

(もしかして屈伸しているつもりなのか……?)

よく見たら少し膝も曲がっている。

謎の動作をしたアーシャは、存在を確かめるように強く禅一の手を握ってから、えいやと勢いをつけて、ボールたちの海に飛び込んだ。

その様子は初めて水に飛び込むアヒルの雛のようだ。

「わ、わひゃ、うひゃ、おあぁぁぁ!?」

そして着水はアヒルの雛を越える酷さだった。


(三段階で滑った………!!)

運動神経が凄く悪いのか良いのか判別に困る。

足で滑って、尻で滑って、まるで受け身を取るように、背中全体で着地したアーシャは、ポカンと天井を見つめている。

「ふっ」

あまりにもわかり易い、目と口がまん丸になった『意表をつかれた』という表情で、思わず禅一は吹き出してしまう。


子供の失敗は笑ってはいけない。

そう思って禅一は腹筋に力を込める。

「ふふふっふひっふひひひひ」

しかし明るい笑い声が周囲に響いた。

おかしくておかしくて堪らないとばかりに、倒れた本人が身を捩って笑い始めたのだ。


ひっくり返された昆虫のように手足をジタバタとさせて、コロンとひっくり返ったかと思うと、そのままボールの中に埋もれていく。

ジタバタとしていると思っていたら、お尻から浮上してきて、再び転がる。

「くひゃひゃひゃひゃ、ふひっ、ふひゃひゃはやひゃ!」

一体何が彼女の琴線に触れたのかわからないが、もう、楽しくて楽しくて止まらないと言った様子だ。


(よくわからないが、楽しいみたいで良かった)

しかし入り口付近で停滞していたら入りたい人の邪魔になる。

一人でめちゃくちゃ満喫しているアーシャを移動させようと、禅一もボールプールに足を踏み込む。

ボールの浮遊感に足を取られないように…………

「!?」

気をつけながら踏み出した足は、あっさりと一番下の底まで一気に突き抜けた。


バチンッ。

「………………!!??」

足裏で何かが弾けた感触に、禅一は固まる。

「え………えっ!??」

数秒停止してから、慌てて足元を確認すると、逃げ遅れたボールが、無惨に破裂して、ぺちゃんこになっていた。

「…………………あぁ………」

可愛いピンク色のボールの無惨な姿に、禅一は嘆息する。


(そうか………体重…………!!)

何故こんなことに、と、嘆くも、すぐに原因に思い至った。

禅一がボールプールで遊んでいた頃は、今とは段違いに小さかった。

今ではとても信じられない話だが、小学生低学年の禅一は周りと比べて、かなり小柄で、体つきも貧弱だった。

そんな貧弱っ子だったから、ボールプールの底に行き着くことさえできず、コロコロと転がるボールに翻弄されて遊ぶことができたのだ。


(もう昔みたいには遊べないのか……)

ガッカリと禅一は肩を落とす。

今では190を越える巨体となり、体重も三倍くらいになっているので、足を踏み入れれば底までノンストップである。

幼い頃に感じた浮力など、微塵も感じることができない。

昔のように、上手く歩けない状態を楽しむことは、もうできないのだ。


ほのかに哀愁を抱えつつ、後で係の人に謝ろうと、禅一は潰れたボールを入り口の横に置いてから、アーシャを回収に向かう。

小学生の頃の感覚を改め、これ以上の犠牲ボールを出さないように、すり足で慎重に動く。

器用なのか不器用なのか判断がつきにくい様子で、コロンコロンとボールの中を泳ぎつつ、爆笑を続けるアーシャが少し羨ましい。


「ふ〜〜〜〜」

コロコロと転がっていたアーシャは、急に体の力を抜いて、ボールの上に仰向けになる。

「アーシャ?」

急に静かになったので、心配になって覗き込んだら、閉じていた緑色の目が開かれる。

「ゼン!」

そしてキラキラと目を輝かせながら、ボールを振り回し始めた。

どうやらちょっと休憩したくなっただけで、ボールプールは満喫しているようだ。

真っ赤になった頬が、どれだけ楽しんでいるかを語っている。


「ボー・ル」

「ぼぉりゅ」

言葉を教えながら、アーシャを抱っこして、禅一は人が少ない方に連れていく。

そして嬉しげにボールを振るアーシャを奥の方に下ろすと、

「ふひゃっ!」

早速ツルンと滑って、アーシャは楽しそうに笑い始める。


一緒に遊んでやれないのは大変残念だが、一人でもこんなに楽しそうにしてくれるなら嬉しい。

(俺が来てからちょっと人口が減ったような……)

自分の氣がどれだけ抑えられているかもわからないし、それが無くても巨体が突っ立っていたら、圧迫感があるだろう。

あからさまに避ける人はいないが、遊ぶ場所を移動している人を見ると、自分のせいではないかと思ってしまう。

(一人でも楽しんでいるから俺は外で待っていたほうがいいかな)

楽しそうな様子を近くで見ていたいが、立っていることしかできない禅一は、周りに威圧感を与えるだけの迷惑なトーテムポールだ。


そんな事を考えていたら、アーシャが禅一の足にぶつかってきた。

「ゼン!」

禅一のジーンズの裾を、アーシャはグイグイと引っ張る。

緑の目はボールを咥えた犬のような輝きを宿している。

『投げて投げて!!』ならぬ『転がって転がって!』という心の声が聞こえてきそうな目だ。

言葉がなくても、一緒に転がろうと誘われている事がわかる。


(とは言っても………)

この小さくてヤワなボールたちが、どれ程禅一の体重に耐えられるだろうか。

「ゼン?」

思わず悩んでしまったゼンを、アーシャが不思議そうに見上げる。


少しの間アーシャは何か考えるようにした後、唐突に仰向けになったまま、裏返ったカエルのようなフォームで、ワサワサと手足を動かし始めた。

(これは……アーシャなりの……背泳ぎ?)

この子は絶対に泳げないだろうと確信できる不思議な動きで、ノロノロワサワサと三十センチくらい移動してから、

「ゼン!」

『どうだ!?』とばかりに凄く良い笑顔で、アーシャは笑いかけてくる。

全身を使った『楽しいよ!』アピールだ。

ものすごく間抜けであるが故に、ものすごく可愛い。


「ん〜〜〜」

禅一は迷う。

一緒に遊びたいが、ボールたちの安否が気になる。

(他のお母さんたちはボールに座って大丈夫なわけだし、そこそこの重さには耐えられるんだよ……要はボール一つにかかる重さを減らせば良いんだ。スーパーの袋詰め名人も玉子は水平を意識して詰めれば、下に入れても割れることはないって言ってたしな)

足裏のみに全体重をかけるから、ボールが潰れるのだ。


(圧力分散!)

そんな事を念じながら、禅一は底に両手を差し入れて、体を持ち上げる。

そして体を伸ばし、少しずつ慎重にボールの上に体を着地させる。

体操選手の脚上拳に似た動きに、見ていたお母さんが数人目を丸くしているが、軟着陸に必死な禅一は気が付かない。


体を完全にボールに預けてから、禅一はホッとする。

踏んだ時は脆いと思ったが、意外と耐久性があるボールだ。

接地面積が広ければ、そこそこ耐えられそうだ。

安心する禅一の懐に、コロコロとアーシャが転がってきた。


何をするのかと思えば、アーシャは禅一の脇腹を掴んで、そこを起点にその場でグルグルと回転し始める。

「うふふ、ふふゃっ!」

遊びの趣旨はわからないが、楽しそうな笑い声に禅一の頬も緩む。

そのうち、回るのに飽きたのか、アーシャはヨイショヨイショと、横になった禅一に登り始める。

温かさと重さが心地よく、動き回る小さな足や手の感触がこそばゆい。

「ぬふふ」

無事禅一に登頂したアーシャは、会心のドヤ顔で微笑む。

そして何をするのかと思えば、禅一を傾かせて、その上から勢いをつけて転がり降りる。


「ふわっ!はぶっ……ふはっ!はふふふふふふふ!!」

ボールの海に勢いよく突っ込んだアーシャは、大笑いを始める。

おかしくておかしくて堪らないという様子だ。

そんな全身で笑っている姿を見ていたら、不思議とこちらも、腹の底から愉快な気分が浮き上がってくる。


『禅ちゃんは『笑い袋』みたいだねぇ』

小さい頃、笑い話をしようとするたびに、自分自身がおかしくて堪らなくなって、最終的に話そっちのけで、一人で笑い転げてしまう禅一に、そう言って祖母も一緒に笑ってくれていた。

『笑い袋』とは小さな巾着袋で、押すとひたすら笑い声が流れるという、昔の謎のおもちゃらしい。

祖母曰く、『不思議と人の笑い声を聞いていたら、おかしくて堪らなくなるんだよ』とのことだった。

(なるほど。『笑い袋』)

込み上げてくる笑いに、思わず禅一は納得してしまう。


「ゼン、ゼン、うふゃふふふふ、ふひゃ、ふふふ、ふははははは」

笑いまくるアーシャに呼応するように、禅一の腹筋が震える。

「ふっ、あははははははは!!」

笑い始めると、おかしいくらいに止まらない。

ふにゃふにゃとした足取りで、禅一に登ろうとするアーシャの格好が面白いし、少しだけ体を傾けると、ことさら勢いをつけて転がり落ちていくのも面白いし、ボールの海から爆笑しながら出てくる姿も面白い。


こんなに笑ったのは、いつぶりか思い出せない。

昔は『笑い袋』の名をいただく程の笑い易さだったはずなのに、今ではすっかり笑わなくなってしまっていた。

腹を捩るほどの笑いは、苦しいのに、止められない愉快さがある。


笑って、転がして、笑って、登るのを手伝って、笑って、また転がり落とす。

「ふ〜〜〜」

そな事を繰り返して、笑い終わった頃には、顔の筋肉が突っ張るのを感じる程だった。

笑い過ぎて顎が少々痛む。


アーシャも笑い疲れたのか、禅一の腹の上で、ラッコの赤ちゃんのように寛いでいたが、

「ん!」

すぐに滑り台を見つけて、目を輝かせる。

「アーシャ、行く?」

滑り台の上を指さして聞けば、激しいヘッドバンキングが返ってきた。

物凄く滑りたいらしい。


禅一はアーシャの体重まで加わった重みでボールを潰さないように慎重に立ち上がり、二階へ一番簡単に登れるであろう、子供用の小さな階段にアーシャを下ろす。

アーシャは喜んで走り出す……

「………………」

事はなく、口をへの字にしたまま動かない。


少し振り向いて、視線を彷徨わせて、また階段に向き直る。

(あぁ)

その動きで禅一は納得する。

一目散に走り出さなかったのは一人で行くのが心細いのだ。

振り向いた時のアーシャの視線は、禅一の手を捉えていた。


(他のお母さんも上がってるから、俺も大丈夫かな)

禅一は周囲を確認して、そっとアーシャに手を取る。

するとアーシャは弾かれたように禅一を見上げ、眉毛を下げてホッとした顔になる。

『一緒に行きたい』

とすら伝えられないアーシの小さな手が、ギュッと握り返してくる。

(SOSが出せないのは言葉のせいなのか、環境のせいなのか……)

嬉しそうにトテトテと階段を上り始めた姿に、禅一は少し心配になる。


高さも横幅も子供用の階段を上ると、子供が立って歩けるくらいの空間が広がる。

禅一が二階の床部分にのると、ぐぐぐっと床がしなるのを感じる。

「揺れるな〜〜〜」

冗談っぽくそう言ったが、禅一は慌てて四つん這いになって体重を四箇所に分散させる。

他のお母さん方は中腰で付き添っているが、とてもじゃないが禅一は中央に体重をかけられない。


遊具の柱は柔らかな素材の中に、頑丈な鉄芯でも入っているようで、揺らぎがないのだが、床はプラスチック素材だ。

もしかしたら強化プラスチックなのかもしれないが、体重をかけるのは怖すぎる。

柱が下を通っている端っこに体重をかけるように、股と手を開き、不恰好なハイハイで禅一は進む。

(他の保護者はコレ、怖くないのか!?床のしなりが凄いぞ!?)

小柄な保護者は中腰で、少し大柄な保護者は膝をついて移動しているが、床の強度に不安を持っている者は居なさそうだ。


禅一はまたしても自分の大きさを完全失念しているが、子供と一緒に二階に上っている保護者は、彼以外全員女性だ。

身長で言えば40センチ近くの差があり、体重的には二倍近く違っているので、他の保護者が床に不安を覚えるはずがない。



施設にダメージを与えないように苦心する禅一を先導するように、誇らしげにアーシャは胸を張って歩く。

彼女は床に生えているソフトブロックを指差して注意を促したり、横から生えている可愛らしいローラーを見つけて、禅一が通れるか心配するように見つめる。

(頼り甲斐のあるご主人様だな)

プハッと禅一は吹き出してしまう。

大きな犬の散歩をしているつもりで、しっかりと犬に面倒を見られている赤ちゃんの動画が、禅一の頭をよぎる。


「……………………」

そんな風に余裕で笑っていた禅一だが、そんな彼の前に強敵が現れた。

小柄な保護者でもハイハイか、もしくは、ずり這いを要求されるトンネルだ。

「………ゼン…………だ、だいじょぶ?」

子供にもハイハイをさせる目的で作られているであろうトンネルを、中腰で通過したアーシャが心配そうに禅一に声をかける。

「だ………大丈夫」

子供に心配をかけては保護者の名折れ。

一応の笑顔を作って禅一は答える。


腕を伸ばした状態でトンネルに入り込む。

「……………」

腕を胸元まで引き寄せられたら、楽に匍匐前進出来るのだが、残念ながらスペースにあまり余裕がない。

仕方なく顔の前のスペースで忙しく腕を交互に前に出し、チビチビと進む。

(これ、ちょっと芋虫っぽい)

そう思ったら、土管に詰まった巨大芋虫がウネウネしている様子が頭の中に浮かんで、腹筋が震えそうになる。

「ふっ」

笑ったら力が入らなくなるので、トンネルから抜けるまで我慢したが、上半身を引き出した途端に、気が緩んで吹き出してしまう。


それでも何とか堪えて体をトンネルから引き出そうとしていたのだが、

「ふひっ」

笑いを堪えすぎて、顔を真っ赤にして、歌舞伎の『にらみ』のような顔になっているアーシャと目が合った瞬間、崩壊してしまった。

(やばい、ここで俺が爆笑したら二階全体が揺れる)

そう思うのに、もう腹の痙攣は止まらない。


笑いながら歩くアーシャの後ろ姿がどう見ても、ちっちゃな酔っ払いで、その姿が、更に笑いに拍車をかける。

二人とも笑い過ぎて、呼吸が間に合わず、ヨレヨレだ。

それでも何とか滑り台の場所に着いた禅一は手を広げる。

「アーシャ、抱っこ、する?」

息絶え絶えに声をかけられたアーシャは、笑いながら腕の中に飛び込んでくる。


滑り台は摩擦の高い禅一が、抱っこしたおかげで、それほどスピードが出なかったが、それでも体をできるだけ真っ直ぐにして着地したおかげで、周りのボールが舞い上がり、アーシャは歓声を上げる。

「ゼン!ゼン!」

よっぽど楽しかったようで、笑いながらの千鳥足で、アーシャは再び階段を目指す。

途中でボールの中に倒れたりして、その動きは本当に小さな酔っ払いのようだ。


自ら禅一から離れて行けているので、場に慣れてきたようだが、足元がどうにも危なっかしい。

まだ付き添いは必要だろう。

「………あーさ?」

そう思って禅一も歩き出そうとしたが、それよりも前に、小さな子がアーシャに親しげに話しかけてきた。

(あ、さっきの子だ)

それは先程駐車場で飛び出し未遂をした子だ。

どうやら目的地が一緒だったらしい。


自分が近寄ったら、相手の子に逃げられるかもしれない。

そんな思いで禅一がその場に留まって見守っていたら、二人は仲良く手を繋いだ。

「あーさ!あそぼ!」

中々積極的な子のようで、アーシャを引っ張っていこうとする。

アーシャは戸惑ったような顔で禅一を見るので、彼は笑って手を振る。

「ゼン、いちぇます!」

すると会心の笑みを見せて、アーシャが手を振り返してくる。


(やっぱり親より同年代の友達だよな)

少々寂しい気もするが、この図体では、一緒にはしゃぐこともままならない。

ボールを踏みつけないように、摺り足で禅一はボールプールから退場する。

(あ、これ、謝っとかないと)

そして入り口に置いておいた潰れたボールを手に取る。


「………ん?」

遊具の周りには様々な形の椅子が置いてあり、保護者たちが座れるようになっている。

その中の一つに腰掛けた妊婦に、禅一の目は吸い寄せられる。

白を通り越した、青白い顔。

その顔には全く赤みがないのに、額に汗が浮かんでいる。

見るからに体調が悪い様子だ。


(ついでに受付に言って、声掛けしてもらうか)

こんなに厳つい男がいきなり声をかけるより、受付の女性に対応してもらったほうが良いだろう。

そう思いつつ禅一は受付に急いだ。


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