4.長男、拾い物をする

「なんか資格取ろうかなぁ……」

ハンドルを握る真智の隣で、地図を見ていた禅一はポツリと呟く。

運転しながら視線を向けると、いつもは無駄に姿勢の良い禅一が、しょんぼりと肩を落としている。

「資格って何の資格?」

「何か……稼ぎにつながりそうな資格」

今度は一体何を考え始めたのだろうと、真智はひっそりと笑う。


小学校の頃に離れて、大学に行く権利を何とか勝ち取った幼馴染と、お隣同士で暮らし始めて、もうすぐ一年。

クソガキ、悪タレ、悪童などと呼ばれた、興味の赴くまま、本能に従って、馬鹿な問題ばかり起こしていた幼馴染は、妙に落ち着いてしまっていた。

見る影もなく変わってしまったと言うわけではない。

骨組みだけはしっかりと残っていて、余計な肉が削ぎ落とされてしまった、とでも表現すれば良いのだろうか。


根暗で気弱で、ろくなコミュニケーションすら取れない、面識すらなかった不登校児に、気長に付き合ってくれた優しさは健在なのだが、何処か乾いているのだ。

上手く表現できないが、昔は人として相手の手を取ってしっかり支えていたのに、今は傷が完治したら要らなくなる杖のように、相手に深入りしすぎず、いつその場から居なくなっても問題ないような支え方をする。

お陰で昔のように濃厚な付き合いをする友達は、遠慮というものが生まれつき欠損しているであろう篠崎ぐらいだ。

大学では会えば話す程度の、広く浅い付き合いしかしていない様子だ。


そんな姿は、彼の置かれている状況や立場もあり、この世に強い繋がりを作らないように敢えて気をつけているように感じた。

いつか消える覚悟をしているのではないかと、不安になった。

なので、ジメジメ嘆く姿すら、今は微笑ましい。


「妹ちゃんに色々買ってやりたいから?」

「ん〜〜〜、それもあるんだが、これからアーシャが大きくなって、高校とか大学とかに通うようになった時、肉体労働でしか稼げなかったら、体壊しただけで生活が詰むだろ?俺が引き取ったんだから、責任もって育てられる環境を作らなきゃいけないんじゃないかと……何か特技があった方が給料も良いだろうし」

禅一の言葉に真智は吹き出す。

「禅自体がまだ大学入ったばっかりのくせに、もうあの子の大学進学まで考えてるの!?」

可愛い妹に一緒に行きたいとゴネてもらえるかと思いきや、あっさりといってらっしゃいをされてしまってから、黙り込んで何か考えていると思ったら、思考が羽ばたきすぎている。


正体不明、出所不明、ついでに未知の力を使いこなす、謎のお子様は、短期間で驚くほどの変化を幼馴染に与えてしまった。

来年の話すらしなくなっていた禅一が、随分と先の未来を心配するようになっている。

(あの子には感謝しなくっちゃな)

篠崎謹製の髪飾りをつけて、嬉しくてたまらないと全身から発していた子を思い出して、真智は笑う。

どちらかといえば地味な装いなのだが、本人は凄くお洒落をしている気分だったらしく、ガニ股気味の足で精一杯しゃなりしゃなりと歩こうとしているのが、何とも愛らしかった。



「和泉!和泉!この前、間接球体用のドレス作ってたじゃん!?あれもうちょい拡大して作ってよ!」

「甘ロリな服とか良くない!?」

等と篠崎と姉は騒いでいたが、真智は謹んでお断りした。

真智が作る人形用の服は、動かない人形だから着せることが可能な服だからだ。

(そりゃあ、お人形さんみたいな子だから飾り立てたいのはわかるけど……あんなに動く子に伸縮しない生地は使えないよ)

しゃがんでも裾を踏まないであろう丈の、運動性能に影響与えない範囲内で最大限愛らしいチュニックと、転んでも怪我をしないであろう厚手のスパッツ。

あの子には今日着ていたような服が良い。

多分譲がこだわって買っているはずだ。


真智の趣味はドールのカスタムや、小物作りだ。

よって可愛いものを更に飾り立てたい気分は良くわかる。

しかし左右に揺れながら元気に走る姿を思い出すと、動きを阻害するものを着けないでいてやりたいと思う譲の気持ちのほうが理解できてしまう。


(赤ちゃんって、あんなに左右に揺れながら走るんだ)

真智は思い出して笑う。

意思の疎通はできないが、あの子が『形なき者』がしっかり見えていると言うことはわかる。

あの子は、真剣な顔で部屋の中を走り回って、懐剣の名前を聞こうとしていた。

いや、『懐剣に宿った神霊』の名前を聞こうとしていた。


『形なき者』の見え方は様々だ。

特定の周波数帯を受信するようにチューニングして聞くラジオと同じで、そのチャンネルに合わせられる者でないと見えないし、人によっては合わせ方が悪くて、ノイズが入ったり、掠れたりする。

譲のようにくっきりと視える者もいれば、悪霊の類は良く視えるのに神霊は気配や光しか視えないという姉のような者もいる。

あの子はしっかり視えている上で、懐剣に宿った神霊の名前を聞こうとしていた。


何となく見えたり気配を感じたりできる、譲、真智、姉はそれを感じていたが、禅一と篠崎の零感コンビは全くわかっていなかった。

名前を聞かれた禅一は、懐剣とかドスなどと答えていた。

「……泣いてるな、あの剣」

「泣くって……感情があるんだ」

「ああ。まだ生まれて二、三年の、付喪神になんかなれるはずがない新しい器物なのに……あのバカが作る物はとんでもねぇな」

傍観していた譲と真智はそんなやり取りをしていた。

立派な懐剣なのに、任侠系な方々が懐に隠し持って人をお時に使用した事から、そう呼ばれるようになったとも言われる、不名誉な呼び名で呼ばれたことは大変ショックだったのだろう。


「篠崎、この刀って銘……だっけ?そんなやつとかって、ついてないのか?」

流石に名前を聞かれていると気がついた禅一は、そんな風に尋ねたが、

「あるわけないじゃん。俺は本職の刀打ちじゃないもん」

篠崎の答えは大変シンプルだった。

篠崎本人が言うには、一時期刀鍛冶である本家に養子に入る話もあったらしいのだが、彼は『使い物になる物が打てない』と返却されてしまったらしい。


「???本職じゃないと銘ってつけないのか?」

「つけたい奴はつけたら良いと思うけど、無名の一般人がサインとかしてたら痛々しいじゃん」

「????」

禅一はわかったようなわからないような顔で首を傾げた。

「銘は刀工名。単なる製造者名だよ。めちゃくちゃ出来が良かったり、いわれがある刀には号がついたりするけど……それは刀打ちがつけるもんじゃないし」

そんな禅一に、『号とか俺のにはムリムリ』と手を振りながら、篠崎は補足説明をしていた。



名前がないと知って、何故かあの子はひどく落胆していた。

(『七つまでは神のうち』って言うし……あの子にとったら、刀も友達みたいなもので、名前が知りたかったのかな……)

そんな風に真智は解釈している。

オモチャやヌイグルミが『友達』になるお年頃だ。

神霊が宿っているのがわかるなら、尚更『友達』にしたいだろう。


しかし不思議なのは、あの子自身が刀に名前をつけようとしないことだ。

あの頃の子供は何にでも勝手に名前をつけて友達にしてしまうのに、あの子は教えてもらうことに固執しているように見えた。


「あ、和泉、そこで止めてくれ」

考え込んでいた真智に禅一が声を掛ける。

「え〜〜〜っと、あの辺に何かいるはずなんだけど、視えるか?」

「視えるというか……ミラーの所から、めちゃくちゃ見られてる」

少し先に見える、真新しいガードミラーが取り付けられたT字路には、人間型になり損なった影が立っている。

小学生くらいの大きさの、真っ黒な塊で、目などないのに、こちらを見ていることだけはしっかりと感じる。

胴が恐ろしく長く、左右の足の長さが違い、歪に傾いており、体より長い腕が地面に張り付いて支えている。

ここまでしっかりと輪郭が出来上がっている物が見えないというのだから、羨ましい。


「動けるヤツか?」

「俺と禅がいるのに動かないところを見ると、あそこでしか存在できない感じだと思う」

「……人か?」

「いや、違うと思う。地形的に吹き溜まったヤツが、意思を得たって感じ……かな」

「じゃ、容赦は要らんな。ガードミラーの所だな?」

真智が頷くと、禅一は車からおりる。


山を切り開いて作られた、比較的新しい住宅地で、本来なら事故など起こりそうにもない、見通しの良い、交通量の少ない道だ。

ここは元々そのまま山に続いていた道を延長して、整備して作ったと思われる。

元の道がたまたま霊道と重なっていたのだが、終端を山へ逃すのではなく、T字路にして堰き止める形にしてしまったから吹き溜まってしまったのだろう。

不自然に多い事故に驚いて、ガードミラーをとりつけたのだろうが、真新しいミラーにも何かが追突した痕がついている。


一見のどかな住宅地内の道で、唐突に歌ったり舞ったりするのは、真智には無理だ。

人通りは少ないが、それだけに、いざ人が来たら、目を引きすぎる。

しかし禅一は躊躇いない。

薄く開けた車のウィンドウから、朗々と歌うような祝詞が聞こえ、それと同時に禅一の周りの眩さが強くなる。


(舞というより、禅のは完全に武道の型みたいに見えるんだよなぁ)

一つ一つの静と動がしっかりと別れており、腰を低くしても全くブレずに、体の軸がしっかりと守られている。

見事な動きだが、袴でもない普段着でやっていると、一人で見えない敵を威嚇して戦っている危ない人にすら見える。


爆発的に解き放たれる禅一の氣と、それに呼応するように地面から湧き出してくる氣で、周辺の空気が一気に澄み始めている。

禅一が近づいてきただけで悶えていた人型の何かは、みるみる間にドロリと崩れ、黒い水たまりのようになり、やがてフライパンで熱された液体のように、泡立ちながら縮み始める。

(こんな超出力のガスボンベみたいな奴が、資格取得とか言い出すんだもんな)

真智は一人苦笑する。


真智の姉なんかより、ずっと祓い屋に向いている才能だ。

しかしそれをあまりやりたがらないのは、禅一にできるのが対話も何もない強制的な除霊だからだ。

祓うのが単なる穢れなら良いが、不幸な目に遭い、苦しみながら現世に留まり続けた存在も、禅一は問答無用で、吹き飛ばしてしまう。

肉体という鎧なしの、剥き出しの存在は、禅一の氣に耐えられないのだ。


生者にとっての問題はあっさりと取り除けるが、『見えざる者』の救済になっているかは不明だ。

その場から消えてしまった魂が、一般的にいう成仏をしているのかどうかは、真智にもわからない。

現世に住まう、ただの人間には、魂というものが本当に存在するのか、そんな魂がどこに行き着くかなどわかるはずがない。

(せめて見えないなりに、力の調節とかできれば話は違うんだろうけど)

ジジジジと焼け焦げて縮み、もがいていた存在は、禅一の祝詞が終わる前に綺麗さっぱり消えてしまっている。


ハンドルに頬杖をついて、禅一を見守っていた真智の視界に影が差す。

(わっ、人が来たっ)

こんな明るい道で歌いながら動いていたら、怪しまれるかもしれない。

必要なら禅一を撤収させにいかなければいけないと、真智は慌てて振り返る。

「………………………」

そして呆然とやってきた人物を見つめた。


真っ黒な、目の辺りだけ覆うシールドのついたセミジェットのヘルメット。

首に巻かれた、細かいストライプ柄のストール。

同じく紺と灰色のストライプの着流し。

そして着流しの下からのぞく、くたびれたジーンズ。

都心などなら『お洒落』になりそうだが、鄙びた地方都市では『奇抜』ととられる格好の人物が、可愛らしいピンクのキックボードで移動している。


(変な人がキターーーーーーー!!!)

必要なら事情説明か、禅一に撤収を呼びかけに行こうと思っていたのだが、やってきた相手を見て、真智は固まってしまう。

(何事もなく通り過ぎていってーーーー!!)

気が小さいことに定評のある真智は、身動きできないまま強く願う。


しかし彼の強い願いも虚しく、キックボードの人物は、明らかに禅一に興味を持ったように、止まる。

そして薄い茶色のシールドを持ち上げて、じっくりと禅一を観察し始めた。

(や、ややや、ヤのつく職業の方だーーーーーー!?)

それを横から見ていた真智の心臓は跳ね上がる。

いかめしいその横顔には、大きな傷跡がある。

左目上にあるそれは、刃物傷のように見える。

どう見てもその筋の人だ。


(ど、どどど、どうしよう!?どうしよう!?)

頭の中は激しく空転するのに、体は凍りついたように動けない。

目を動かせば、禅一は大きく噴き出た氣を、最早何も無くなった空間に叩きつける所だった。

奔流のように氣が渦巻き、流れるが、禅一にはいまいち実感が伴わない様子で、首を傾げてガードミラーの根本あたりを確認している。


禅一が男の方を振り向いたら一体どんな事態に陥るのか。

動けない中、バクバクと鳴る自分の心音を聞きながら、真智は禅一とキックボードの人物を交互に見る。

(ど、ど、どうなるの!?絡まれるの!?喧嘩売られちゃうの!?)

ほんの数秒のことが、ひどく長く感じて、真智は倒れそうだった。

禅一がそんじょそこいらの奴に負けるような人間じゃないことは知っているが、荒事自体が怖くてたまらないのだ。

(見ていられない……!!)

真智はきつく目を閉じた。


「大丈夫ですか!?」

そのまま何事も起こりませんようにと願っていた真智の耳に、ガチャンと何かが倒れる音と禅一の声が聞こえてくる。

「?」

状況がわからないので、真智は恐る恐る目を開ける。


(自ら行っちゃってるーーーーーー!!)

そして心の中で悲鳴をあげる。

目を瞑っている間に何があったのか、先程キックボードから片足をおろし、しっかり立っていたはずの男が、さも今転けましたという風に道路に倒れている。

その隣に禅一は駆けつけて手を貸している。


「いたたた……すまないねぇ……うっ……ちょっと足を捻ったようだ」

先程まで他者を圧倒しそうな顔つきだったのに、その男は弱々しく足をさすっている。

(サル演技!!)

「まだ腫れていないようですけど、無理はしないほうが良いですね。家は近いですか?それとも病院に連れていきましょうか?」

(しっかり騙されてる!!)

「家に戻りたいが、ちょっと遠くてね……」

顔に傷がある男はチラッと真智の車を見る。

(こっちも認識されてた!!)

自分の車が足として狙われている。


「タクシーを呼びましょうか?」

(そして天然のスルースキル!)

「いや……歩くと遠いんだが、タクシーだとメーターが上がるか上がらないかの距離でねぇ……キックボードもあるから嫌な顔をされそうで……」

(切り返してきた!)

「あぁ、そのくらいの距離なら俺が運びますよ。どうぞ」

(更にスルー!!)

禅一は真智の尋常じゃない人見知りを知っているので、車に乗せる気はないらしい。

男の前に背中を見せて、しゃがみ込む。


「〜〜〜〜〜〜」

真智は頭をフル回転させる。

見るからに只者ではなさそうな男を禅一に背負わせるのは、何となく危ないような気がする。

後ろから首を絞められる……なんて白昼堂々される事はないだろうが、気になってしまう。

何かあったら困る。


「………禅………えっと……少しの、距離なら、乗せて、良いよ……」

考えた末に、真智はウィンドウを下げて、か細い声をかけた。

禅一はびっくりした顔で振り向き、地面に座り込んだ男は、我が意を得たりとばかりに破顔した。

(あれ……)

笑った途端に、顔に傷痕のある男は人懐っこい、何とも親しみやすい雰囲気になる。


「席はそっちで」

禅一は男を助手席の後ろの、運転席から一番距離の取れる席に案内し、その隣に自分が座る。

いざという時は対応しようと思っている禅一の考えが見えて、真智は少し安心する。

親切ではあるが、見ず知らずの人間をすぐに信頼してしまう程のお人よしではないのだ。


(吉と出るか凶と出るか……)

願わくば、禅一の親切を裏切るような人ではなければ良いなと真智は願うのであった。


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