11.聖女、魔女の大釜を味わう

一見ゆったりと動いているゼンは、実は凄く機敏に動いている。

あっという間に買ってきた物たちを片付け、外に干してあった布類を取り込み、食材を刻み、卓を拭き、その紙製の雑巾に棒をつけたような清掃道具で清め、風呂の準備まで整えてしまう。

忙しくしている感じではないのに、あっという間に家の中は綺麗になって、ご飯を食べる環境が整ってしまう。

何か手伝えないかと、チラチラと様子を伺うのだが、ゼンは鼻歌混じりに、どんどん仕事を進めていって、とても割り込む隙がない。


「アーシャ、いーこ、いーこ」

仕方なく、大人しく言葉の練習をしていたら、近くを通りがかる度に、ゼンはニコニコと、アーシャの頭を撫でて褒めてくれる。

自分のためにやっているので、別に褒められる事ではないと思うのだが、撫でられるたびに、お臍のあたりがくすぐったくて、誇らしいような気持ちが生まれてきてしまう。

(もっと頑張ろう)

そして単純なので、そう考えてしまう。


そうこうしていると、部屋に芳しい匂いが漂い始める。

クンクンと匂いを吸い込むと、先程、豆を食べたばかりなのに、もう準備はできているとばかりに、口の奥から涎が染み出してくる。

甘いような辛いような、不思議な匂いだが、絶対に美味しいという確信だけは持てる。


アーシャは期待を込めて、ソファーの背もたれから顔を出す。

「?」

すると皿が並んだ卓の中央に、不思議な鉄の箱が置いてある。

鉄の箱の中央には星を模したかのような形の、不思議な鉄の爪がついている。

食器でもない、食べ物でもない物が、卓の上にのっているのが不思議で、アーシャは、それをじっと観察する。

「アーシャ、匙灸だ芭」

そんなアーシャに、大きな鍋を持って振り向いたゼンが微笑む。

彼が持った鍋からは、いかにも美味しそうに、柔らかな湯気が上がっている。

アーシャは涎が溢れそうになりながら、ゼンの言葉に頷く。

きっと、こちらにおいでと言ってくれているに違いない。


「ユズゥ、ユズゥ」

アーシャは、お腹前の領地を貸してくれていたユズルを揺する。

「あぁ?」

すると気持ちよさそうに目を閉じていた、ユズルは不機嫌そうに目を開ける。

「あぐっ」

そして目を開けると同時に、ユズルの手が伸びてきて、アーシャの頬を潰す。

「ゆひゅう〜」

アーシャがアヒルのような顔になりながら、卓を指差すと、三角になっていたユズルの目が、緩む。

「あぁ……鄭碓か」

食事の準備ができている事を、わかってくれたようだ。


小脇にアーシャを抱えて、ユズルは卓に向かう。

大あくびをして、まだ眠たそうに、ゼンと二、三言交わしつつ、ユズルはアーシャを椅子の上にのせる。

椅子にのったアーシャは、ウキウキと、美味しそうな湯気を上げる鍋を覗き込んで、

「…………………………………………」

声を失った。

鍋の中は真っ黒な液体に満たされていたのだ。


スープに良く入っている白くて柔らかい四角、『うどん』、人参、大小の木の子、葉物野菜、何かの茎、そして大量のお肉。

美味しそうな、素晴らしい食材たちが、無慈悲に、およそ食べられるとは思えない、真っ黒な液体に漬け込まれている。

(………黒い………お肉が……お肉が……黒光りしてる……)

漂ってくる匂いは素晴らしいのに、黒いというだけで、食意欲が削がれる。

白くて美味しい四角も、『うどん』も漬け込まれて茶色に染まっているし、何より魅惑のお肉たちが、黒光りしている。

見た目は完全に魔女の大釜コルドロンだ。


「アーシャ?」

衝撃を受けて止まっていたアーシャを、ゼンが不思議そうに見つめている。

アーシャはハッとなって、椅子にお尻を下ろす。

食べ物をもらえるだけでも、物凄く有り難い事なのに、いつの間にか慢心し、『美味しい』食べ物が貰えるに違いないと思い込んでいた自分を恥じる。

あれこれ言える立場にないのだ。

「……………!?」

そんなアーシャの視界に、二つの器が入る。

一つは空の器。

そしてもう一つは……何故か生の玉子が入っている。

「なま?」

全く意味がわからない。

まさか玉子を生で食べようというのか。

(どうしよう……玉子は大好きだけど、流石に生で食べた事は無いわ……!!)

これをゴクンと飲み込むのだろうかと、アーシャは怖々と器を見つめる。


「い・た・だ・き・ま・す」

ゼンが手を合わせて、祈りの言葉を口にする。

「……いたぁきましゅ」

アーシャもゼンに倣って、パチンと手を合わせるが、少し元気が出ない。

(ど、ど、どうしよう……食べないと失礼だけど、失礼だけど……なま……)

用意されているフォークを手に取ったが、火の通ってない黄身に突き刺すのは気が引けて、アーシャはオロオロしてしまう。


真っ黒な液体に満たされた鍋は、先程の鉄の箱の上に置かれている。

うまい具合に箱から生えた爪が鍋を支えているのだ。

「よっ……っと」

その箱を横から覗き込んで、ゼンが何やら操作する。

「!!!!!!」

するとその箱から急に火が噴き出し、アーシャは驚いて、椅子の上で立ち上がってしまう。

「アーシャ!?」

そんなアーシャに、更にゼンが驚く。


「繋系洩舟瞬綴村た臓か?薗夙変だ雇、宜らなか娯億ら岱滞蛇いからな」

慌てたように何か言いながら、ゼンの大きな手がアーシャの体を支える。

そして宥めるように背中を撫でながら、アーシャを椅子に座らせる。

「チビわ芸滞ら椎世た霜頗いいな」

向かいの席のユズルは、火を噴き出している箱を、上に乗った鍋ごと、アーシャから遠ざけさせる。


アーシャはドキドキと激しく打つ心臓を押さえながら二人の様子を見る。

どちらもアーシャの行動に驚いているものの、この唐突な焚き火は当たり前の事のようで、火に対する動揺はない。

(流石……神の国……室内で、木の卓の上で、焚き火をするなんて刺激的な……予想外過ぎたけど、きっとこれは普通の事なのね)

うっかり失念していたが、ここは神の国。

何が起こっても不思議ではない所だった。


(神の国の火は、燃種もえぐさがないのに燃えるんだもの。きっと凄く特殊な火で、周りに燃え移ったりしないようになっているのよ)

アーシャは自らに言い聞かせる事で、自分の緊張を解こうとする。

木の家の中で、焚き火をするというのは、本来、かなり危険な行為だが、神の国は不思議な力で大丈夫に違いないと、無理やり納得する。


アーシャがフウっと大きく息を吐いて、大人しく背もたれに体を預けると、ゼンは安心した顔になる。

大きな手でアーシャの背中を撫でた後に、ゼンはアーシャの器を手に取り、魔女の大釜コルドロンから具材をよそう。

「お肉………!!」

茶色く染まった『うどん』と、人参、葉物野菜、そして、その上に燦然と黒光するお肉が、これでもかとのっている。

びっくりするほど薄く削ぎ落とされた肉が、折り重なって盛られた様子を、アーシャはうっとりと見つめる。

一見すると、悪魔提供と言われても信じてしまいそうな、真っ黒で禍々しい様子だが、お肉には、それらを凌駕する魅力がある。


フラフラと魅入られるように、顔の近づけると、甘い芳香がアーシャの鼻孔をくすぐる。

(甘いお肉……って想像がつかない。つかない。つかないけど……!!)

アーシャの口の中には、再び唾液が『用意はできています』とでも言うように溢れてくる。

色が怖いという脳の判断より、『この匂いを放つ肉を貪れ』と胃袋と口が、強い号令を体全体に出している。

アーシャの右手はフォークを握り締め、迷わず肉に突き刺す。

フォークに引っ張られた薄い肉が、まるで紙のように、とろんと広がる。

紙が大好きな神々は、肉も紙のように加工してしまうのかと、アーシャの頭はどこか冷静に考えていたが、口は辛抱堪らんとばかりに肉にかぶりつく。


「…………!!〜〜〜〜〜っっ!!」

直前まで考えていた余計なことが吹っ飛んだ。

美味しい。

美味しい。

美味しい。

それしかアーシャの頭には浮かんでこない。

紙のように薄く切られた肉は、空気と芳香を放つ汁を纏って、口の中にまろやかに広がる。

薄いせいか、肉特有の重さが全くなく、空気を内包した軽い感触で、舌に柔らかくのる。

匂い通り、甘い。

しかし甘いだけではない。

辛さといえば塩辛さしか知らないアーシャには、とても表現ができない、濃厚な味わい。

塩のような単純な辛さではない、濃い旨味が、薄く切った肉に染み込んでいて、一噛みするごとに、口の中を、体を、思考を、のっとっていく。


相変わらず、食べている肉が何の肉かわからないが、柔らかくて、旨味と甘みを持ち合わせた、とんでもない肉だ。

噛み切れないなんて事はなく、あっさりと歯を迎え入れてしまうのに、しっかりと『肉』を感じさせてくれる歯応えを提供してくれる。

「〜〜〜おいひぃ!!」

気がついた時には、アーシャは吠えていた。

至福を飲み込んだ、喉が、食道が、胃袋が震える。

もうこの美味さを、どうやって発散したらいいのかわからず、アーシャは身悶える。

「おいしいぃぃぃぃぃぃ!!」

脳から噴き出してはいけない物質が噴き出しているようだ。


一口目で虜になってしまったアーシャは、犬のように更に口を近づけて、肉を持ち上げる間すら惜しんで、次なる肉を掻き込んでしまう。

「んんんんん〜〜〜〜〜!!」

アーシャは口の中を肉一杯にして、身を捩る。

生まれてこの方、こんなにも豪快に肉を食べたことがあっただろうか。

ギュギュと奥歯で何重にも重なった肉をすり潰し、旨味の塊になった肉をゴクンと飲み込む。

貴重な肉なのだからと、我慢に我慢を重ねて、味がなくなるまで噛んで、肉との離別を惜しむ必要なんてない。

程よい柔らかさにした、濃厚な味を纏ったままの肉を、贅沢に、喉でも味わう。

アーシャは肉を飲み込むたびに震える。

この肉が素晴らしいのか、これが肉本来の魔性なのか、食べても食べても、飽きると言うことがない。


「んはぁぁぁぁ」

器に入っていた最後の肉を飲み込むと、アーシャは幸せ過ぎて、ため息が出る。

幸せの余韻を存分に味わいながら、器の中の他の食材も口の中に放り込む。

「!?」

メインの肉は食べ終えた。

そんな慢心があって、ろくに確認もせずに食べたのだが、口の中に広がった、予想外の美味しさに、アーシャは目を見開く。

味の基本は先程の肉と同じだが、野菜特有のシャクシャクとした歯触りと、その中から染み出してくる水分が、濃厚な汁と混ざると、爽やかな後口になる。


「おいしい!ゼン、野菜がおいしい!!」

感動して隣のゼンに思わず主張してしまう。

アーシャの言葉など理解できるはずがないのに、ゼンは頷きながら、ニコニコと笑ってくれる。

神の国では、野菜が美味しいというのは当たり前の常識のようだ。


魔女の大釜コルドロンのようだと思ってしまって申し訳なかった。

黒いが、このスープは、とんでもなく美味しい。

入っている野菜も、飢えをしのぐために食べていたような葉っぱとは違って、堪らなく美味しい。

煮込んでも失われない、素晴らしい歯触りと、爽やかな味が癖になる。

何かの茎のように見える、年輪のような渦を作る野菜もあって、こちらは味に少し刺激がある上に、匂いまで爽やかだ。


茶色くなった『うどん』も、いつもより濃い味を纏うと、別物のようだ。

いつもの味も大好きだが、この濃い味も堪らなく美味しい。

器の中には、二種類の木の子が入っていたのだが、これらもそれぞれが、それぞれの美味しさを持っている。

傘の部分だけにされた木の子は、噛むと中から、ジュッと、汁と木の子の旨味が詰まったスープが溢れてくる。

噛んだ時の弾力も素晴らしい。

もう一種類の木の子は、軸の部分が毛糸より細長くて、紡いだばかりの糸のように何本も身を寄せ合っている。

(これは魚と一緒に食べたことがあるわ。シャキシャキする木の子だよね)

口の中に入れると、予想通り、シャキシャキと、なんとも爽快な噛み心地で、細やかな一本一本に汁が染み込んでいるので、延々と噛み続けたくなる。


(あ、白い四角も入っている)

今は茶色に染まってしまっているが、こちらも美味しい事は知っている。

この汁によって、どれだけ美味しく変化したか、アーシャはウキウキと口に放り込んだ。

「あうっっっ!!!!!」

瞬間、口の中には鋭い痛みが走った。

「あひっ、うひゃ、ふ、ふ、はふ、はふ」

柔らかいと知っているので、舌で潰そうとしたのだが、中が、とんでもなく熱かった。

熱くて、痛くて、しかし吐き出すわけにもいかずに、アーシャはもがく。


「アーシャ!ぺっ!ぺっ!!」

そのアーシャの目の前に、吐き出せとばかりに、器が差し出される。

しかしその中には、まだ食べかけの『うどん』が入っている。

汚すわけにはいかない。

「はひゅ、はひゅ、はひゅ……」

アーシャは痛みに目を滲ませながら、吸い込む空気で何とか冷ましていく。

「アーシャ、嚢!嚢!」

アーシャが吐き出す気がないのだと悟ると、ゼンは『むぎちゃ』の入ったカップをアーシャの前に差し出す。

アーシャは有り難く、それを口の中に流し込む。


「ふはぁ……」

『むぎちゃ』と一緒に、口の中の灼熱が去って、アーシャはホッとする。

殆ど形が崩れないまま飲み込んでしまった、灼熱の塊は食道を焼きながら胃に落ちていく。

「うぅ……」

チリチリと痛む舌にアーシャは顔を顰める。

(か、回復しないと)

そう思ったが、昼間に自分の中の力を、分け与えてしまったので、上手く治すことができない。

たっぷりと力が満ちている時は、小さな怪我は、自分の中の力を移動させるだけで良いのだが、今はギリギリ体を維持するには問題ない程度にしか残っていないので、修復に割ける力の余裕がない。


(舞を踊ればなんとかなるんだけど……)

大地から力を汲み上げれば、神力を体内に取り込んで補給ができる。

そっとユズルを確認してみたら、眉に皺を寄せてしっかりとアーシャを見ている。

こっそりと実行するのは不可能そうだ。

(我慢するしかないなぁ)

しゅぼんと萎れてアーシャは自分の器を見つめる。

こんなに美味しいのに、火傷のある口では、熱いものは食べられそうにない。


「アーシャ、杯糟庚た染か?粋桐頂か?」

ゼンは心配そうにアーシャの顔を覗き込む。

随分心配してくれているようで、彼から噴き出した神気がアーシャを包むように広がっている。

「…………」

アーシャが大地から汲み上げる神気より、物凄く密度と純度の高い、良質の神気だ。

それは、普通であれば絶対に、アーシャには取り込めない代物だ。


基本的に聖女は格上の者が呼び起こした神気は使うことができない。

自らの手に余る神気は体の中に取り込めないのだ。

この理から言えば、圧倒的格上のゼンの神気など、アーシャに取り込めるはずがない。

しかし神具を使用して、ゼンとそっくりのユズルの神気を受け入れた時に、取り込み口が自分の中にできたようなのだ。

極々少量づつであれば、ゼンが呼び起こした神気を取り込むことができる。

しかし本体ゼンの神気は、共鳴を起こして大地から取り出した神気より圧倒的に強い。

ゼンの中にある神気を動かしたりする程度なら可能だが、とてもじゃないが直接取り込むのは無理だ。


(無理……な、はずなんだけど)

大量な神気を浴びているせいだろうか。

じわりじわりと彼の神気は、アーシャの体に入ってくる。

風呂桶に入っていると、いつの間にか肌に染み入ってくるお湯のようだ。

こうやってゼンがアーシャに心を傾けている時は、特に神気が滲み込んでくる。

(……気持ち良い……)

常人なら神気に押し潰されるような状態になるのかもしれないが、染み入って力を補填してもらえるアーシャには、とても心地良い。

心配してくれるゼンの胸に擦り寄れば、満ちた力が口の中の痛みを癒してくれる。


ギュッと力を込めて抱きつくと、ゼンは宥めるように背中を撫でながら抱きしめ返してくれる。

(治っちゃった)

口の中の火傷は、水膨れになって皮が剥げてしまったが、その下には真っ新な皮膚が出来上がっている。

彼は神ではないと誰かが言っていたが、アーシャにとっては神様だ。

アーシャはゼンを慕わしく彼を見上げて、笑う。

するとゼンもホッとしたように、表情を緩ませる。


アーシャを包み込んでいたゼンの神気がいつも通りの流れに戻る。

「アーシャ、脚撫帽首抜繋奴積泰畔澄忙な甚な披只、た・ま・ご」

ゼンは生の玉子を指差して、何かを熱心に伝えてくる。

「ちゃまこ?」

よくわからなくて首を傾げていたら、ゼンは自分の器をアーシャに見せてくる。

「!?」

アーシャは何気なくゼンの器を見て、目を見開く。

溶いた玉子の、黄金色の液体の中に『うどん』が入っている。

(玉子をつけて食べるの!?生の!?生の玉子を!?)

驚愕するしかない。


ゼンの器は、よく見れば、『うどん』の熱で、所々、玉子液が白く固まっている。

その様子が美味しそうに見えて、アーシャはゴクンと唾を飲み込む。

彼女の感覚で言えば、玉子を生で食べるなんてとんでもない。

それは生肉を貪るようなものだ。

しかし目の前で、黄金色の液体を纏ったうどんを食べて見せるゼンの姿を見たら、堪らない。

玉子を纏った『うどん』の美味しさを、既にアーシャは知っている。

味付けは全然違うが、この茶色に染まった『うどん』が、玉子を纏ったらどんな進化を見せてくれるのか、是非とも自分の舌で感じたい。


アーシャはフォークを生の玉子に突き立てる。

そしてカシャカシャと混ぜると、心得たとばかりに、ゼンが新しい具材を玉子の中に放り込んでくれる。

ホカホカと湯気を上げる熱々の『うどん』とお肉が、黄金色の液体を纏う。

アーシャはクルクルとかき混ぜて、しっかりと玉子を絡ませて、まずはお肉を口に運ぶ。

「!!!!!」

ふわふわの甘み。

アーシャの少ない語彙で説明するなら、そうとしか言えない。

生の玉子は、ヌルヌルするのかと思いきや、まろやかに肉を抱き込み、ふわりとした食感がするのだ。

汁の濃い味は、なりを潜め、豊かな甘味だけが口の中に広がる。


「おいひぃいいいいい〜〜〜!!!」

アーシャは両腕を突き上げて震える。

玉子と肉というだけで、最強の存在なのに、この甘い味付けが物凄く良い仕事をしている。

柔らかになった甘味が肉を噛むたびに、玉子と混ざり合って、口の中に革命を起こしている。

「はふっ、はふっ」

アーシャは夢中でフォークを動かす。

トロトロのお肉に、トロトロの玉子が絡んで、何故『ふわふわ』と感じるのかわからないが、玉子がフワフワ食感にした肉から染み出てくる甘味は最高だ。

溶いた玉子が、これほどまでに劇的に味を変えてしまうなんて思わなかった。

しかも生の玉子のお陰で、口を焼くような事もなく、ホカホカくらいの適温で、具材を食べられる。


(恐るべし!恐るべし神の国!!小さな工夫で無限に美味しいものを作り出すわ!!)

アーシャは夢中になって、玉子液がなくなるまで、魔女の大釜の食材を食べ続けた。

そして、もう水すら胃に入るスペースがない状態になった頃、

「アーシャ、い・ち・ご」

食後の楽しみとばかりに、差し出された、艶々と輝く赤い果実を見て、崩れ落ちてしまうのであった。


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