第349話 俺でなくてもキレちゃうね
うん。美味い。
公金を我が物にしようと集まるダニ共に囲まれようとフラペチーノの味は変わらない。
むしろ、ダニ共集まる掃き溜めの様な場所にいて尚、変わらないフラペチーノの味に賞賛の言葉を贈りたくなってくる。
いや、しかし、ピンハネの奴はやりたい放題やってんな……。
カメラに見せ付ける様にして、プライバシーの塊みたいな資料を突き出しちゃダメだろ。
俺でなけりゃキレちゃうね。
そりゃあそうだろう。だって、あいつが持っているのは、東京都が把握している宝くじの当選者が書かれた名簿だ。
闇の上位精霊・ディアボロスが背後に付いているから調子に乗っているのか?
その上位精霊、俺の上位精霊ですよー。
確かに、ディアボロスの力を使えば、自分の意のままに周囲の状況を動かす事ができる。
調子に乗るのも頷ける話だ。
だって、プライバシーの塊をボロンした所で、闇の上位精霊・ディアボロスが何とかしてくれるのだから……。
精霊の力を上手く使い、権力者に寄り添う事で、俺を社会的に抹殺する。
実際、俺でなければ簡単に抹殺されていた事だろう。
例えば、こんな風に……。
『では、確認してみましょう。その為に、宝くじ協議会とアース・ブリッジ協会の事業仕分けを一緒に行おうと提案したのですから』
俺が視線を向けると、ピンハネはニヤリと笑う。
嫌な奴だ。力や特権に溺れると人はこうも堕落するのか。
この世には、権力を持つと自惚れ、自分だけは何をやっても許されると勘違いした馬鹿が思った以上に存在する。弁護士と共に議員連れて警察署に行く税金泥棒然り、権力の笠に隠れ、個人情報を公式の場でボロンする馬鹿然りだ。
目の前で俺を嘲笑うピンハネや、都知事の池谷、俺に突っかかって自滅した馬鹿共がそれである。何でそんなに増長できるのか、本気で理解しかねる。
恐らく、権力の側にいればやり返される事はない。ずっと俺のターンとでも思っているのだろう。実に愚かな思考回路だ。
「俺がどうかしましたか?」
そう尋ねると、ピンハネは鬼の首でも取ったかの様に声を上げる。
『あなたは、アース・ブリッジ協会の理事長であると共に、宝くじ研究会の代表も務めていますよね』
「ええ、その通りですが、それが何か?」
『この資料には、宝くじの当選金が誰に幾ら支払われたのか記載されています。これを見ると宝くじの当選金の大半があなたの運営する任意団体、宝くじ研究会に属する方々に支払われている様です。直球で言いましょう。あなた、不正を働いているのではありませんか?』
まさか、質問をする体で、個人情報をボロンするとはね。露出狂も真っ青なその所業。驚嘆に値する。
「……流れる様な所作で、評価者の一人が個人情報の漏洩を行いましたが、これは些か問題ではないでしょうか?」
何、勝手に宝くじの当選者情報をお漏らししてくれとるんじゃワレと、都知事に向かって質問すると、都知事はただ一言。『これは、宝くじ協議会が宝くじ研究会と共謀して、宝くじの当選金を流用しているのではないかという非常に重要な質問です。個人情報保護からは外れていると判断致します。質問に答えてください』と言ってマイクを手放した。
弁護士もない都知事が勝手な解釈で法律を判断していいものなのだろうか?
と、いうより、証拠を突き付けるなら兎も角、個人情報を絡めた憶測を公開の場で質問するなよ。
個人情報保護から外れる訳ないだろうが。
とはいえ、今、俺にできる事は限られている。
『偶然ですよ。知っての通り、宝くじは銀行が事務管理しています。宝くじ協議会が自分の意思で管理できるのは、社会貢献広報費位のものです。先ほど、宝くじ協議会の担当が答弁した通り、事実無根です』
俺がそう答えると、ピンハネはポケットからスマートフォンを取り出した。
『あくまで事実を否定しますか……』
いや、事実もクソもないだろ。
現実問題、俺が宝くじ協議会と内通していたとしてもそんな事は不可能だ。
すると、ピンハネはスマートフォンの画面をタップし、どこかに電話をかけ始める。
プルルルル、プルルルル
『これが何の電話番号か分かりますか?』
ピンハネが見せ付けてきたのは、宝くじ協議会理事長槇原と表情されたスマートフォンの画面。
それを見た瞬間、俺は戦慄した。
コイツらは、敵を潰す為にここまでの事をするのかと……。
『――もしもし、事業仕分けの評価を行っている羽根と申しますが、宝くじ協議会理事長の槇原さんの電話でよろしかったでしょうか?』
ピンハネが電話を掛けたのは、宝くじ協議会の現理事長。どうやら、見境が無くなったらしい。
『単刀直入にお伺いします。あなたは宝くじ研究会の代表、高橋翔に協力し、宝くじの当選金を不正に流用しましたか?』
人一人を貶める為に、赤の他人を利用して冤罪を作り出そうとするとは、吐き気を催す悪辣さだ。
宝くじ協議会の理事長、槇原は、息を飲み答える。
『―――はい。その通りです。しかし、これは私と高橋翔君の二人で共謀して行った事であり、その事は誰にも分らぬよう秘密裏に行いました。他の職員達に責任はありません』
はい。アウト―!
つーか、誰だよ、お前。
他の職員達に責任はありませんじゃねーだろ。勝手なことを抜かすなボケ。
どうやら、宝くじ協議会の理事長、槇原は想像力が著しく減退しているらしい。
例え、それが嘘だとしても、一度認めてしまえば、それが事実となる。
俺を巻き込むよう誰かに吹き込まれ、自分が責任を取って辞めればいいとでも思っているのだろうが、それは大きな間違いだ。
まったく、手間を掛けさせてくれる。
「……シャドー。念の為、宝くじ協議会の理事長の下へ向かえ。万が一の時の対応は任せる」
影に向かってそう言うと、影の精霊・シャドーは、影の中に潜り、宝くじ協議会の現理事長の下へと向かっていく。
しかし、厄介な事をしてくれたものだ。
まさか、宝くじ協議会の現理事長が捨て身の覚悟で自爆攻撃を仕掛けてくるとは……。
いや、ピンハネか都知事がそうさせたのか?
俺を社会的に抹殺したくて必死。
だが、敵を社会的に抹殺するのに、こういった手法は実に効果的だ。
当事者である俺には、宝くじ協議会の現理事長、槇原が嘘を付いている事は分かっている。しかし、他の奴等には、それが分からない。
むしろ、この話をすれば、理事長職の辞任は必至。何の証拠も示していないにも関わらず、民衆は、理事長の言葉を真実であると思い込む。不謹慎な話だが、この事を悔やみ理事長がこの世から退場すれば、ある意味完璧だ。誰にも疑念を払拭する事はできなくなる。例え、それが嘘であったとしても。
カラン、カランカラン……。
空き缶が床に転がる音。
ピンハネが宝くじ協議会の現理事長との通話を終えると共に、多くの空き缶やゴミが俺に向かって飛んできた。
「ふ、ふざけるなァァァァ!」
「宝くじの当選金を不正に流用しただとっ!?」
「通りで当たらない筈よ!」
「返してよ。今まで私が投資してきた宝くじの購入金額を返してよ!」
「そうだっ! 掠め取った金を返還しろォォォォ!」
はぁ……。こうなると思っていたから嫌だったんだ。
「エレメンタル……」
そう呟くと、エレメンタルは俺を守りながら、勝手な勘違いで怒りを爆発させ、ゴミや空き缶と共に罵詈雑言を浴びせかけてくる愚か者共を映像に収めていく。
民衆は巻き込みたくなかった。だが、俺に攻撃を仕掛けてくるなら話は別だ。
誰だって急に殴られたり、物を投げ付けられたら、その瞬間からその加害者の事を敵認定するだろ。そういう事だよ。
とはいえ、俺は分別の付く大人。誤情報に踊らされ感情のままに暴れる馬鹿とは違う。
とりあえず、警告だけはしておくか。
優しい俺は、マイクを持って二度、警告する。
『えー、今、皆さんが行っている行為は立派な犯罪です。今すぐ止めて下さい』
しかし、罵詈雑言と物の投げ入れは止まらない。
まあ、何となくそうだろうなとは思っていた。こういうのは一度、火が付いてしまうと中々、収まらないものなのだ。
それを分かった上で、俺はもう一度だけ警告する。
『えー、もう一度だけ警告します。今、皆さんが行っている行為は立派な犯罪です。今すぐ止めて下さい』
しかし、案の定というべきか、民衆の暴動が収まる事は無かった。
憶測を事実と思い込み暴動を起こすとは、実に民度の低い奴等である。
まあ、ここで暴れる事ができるという時点で、コイツらは犯罪者予備軍みたいなもの。
再三に渡って止めるよう言っても聞き届ける耳を持たない猿には冷や水を浴びせかける位が丁度いい。
「フェニックス」
指をスプリンクラーに向けながらそう言うと、フェニックスがスプリンクラーの熱探知器の近くを回遊する。
すると、フェニックスの熱に熱探知器が反応。警報音が鳴り響き、大量の水が散水される。
ジリリリリリリリリリリリン!
けたたましい警報音だ。
だが、暴動には効果的。
「か、火事か!?」
「出口は……! 出口はどこだっ!」
「ちょっと、押さないで! 押さないでってば!」
スプリンクラーが作動した事により建物内で火事が発生したと勘違いした人々はパニック状態に陥り、出口に向かって殺到する。
民衆が会場から退避していくのを確認していると、それに乗じて避難しようとする池谷とピンハネの姿を見つけた。
「――都知事、今日の事業仕分けはお開きですかね?」
音響は生きている。
火災が起きている訳ではないので当たり前だ。
ピンマイクをオンにして東京都知事である池谷にそう尋ねると、池谷は表情を崩さず返答する。
『ええ、誤作動にしろ何にしろ、スプリンクラーが作動した以上、これ以上の続行は不可能。この続きを開催するかについては追って連絡致します』
「そうですか。わかりました」
事業仕分けは一時中断と、それならば話が早い。
一体何が起こったのか訳が分からず、呆然とした表情を浮かべる長谷川を放置すると、俺は宝くじ協議会の理事長、槇原の下へと向かった。
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