第97話 思わぬ遭逢④
「きゃああああっ!」
新橋駅近くのスーパー近くで発生した殺傷沙汰に辺りは騒然となる。
周囲には、ビールと酎ハイの缶が散らばり、つまみと血が散乱していた。
刺さったナイフを抜き、上級回復薬を飲むと身体が緑色に淡く光り、負った傷がどんどん塞がっていくのが見てとれる。
ああ……。
刺されるのは初めてだったが、刺さり所がよかった。
血は大げさな位、ドバドバ出ているが、ナイフ自体はそんな深く刺さっていない。
これはレベルの恩恵か?
防御力は大切だな……攻撃力ばかりにパラメーター振ってたから紙装甲だったわ……。
もし刺された場所が心臓や首だったら上級回復薬を飲むなんて判断、できなかったかもしれない。
つーか、驚き過ぎて、痛みより『この傷どうしよう』って気持ちの方が大きかった。そのお陰で、痛みをあまり感じず傷を治す事ができたが……。
「離してよ! 離せって!」
「落ち着け! 落ち着きなさい!」
目の前には、俺を刺したクレイジーな女とそれを抑える偶々、近くで巡回していたであろう警察官。
やべー。どうしよう。これ……。
上級回復薬で、傷を治しちゃったよ……。
服には血がこびりつき、周囲には血痕が残っている。
さっきから冷や汗が止まらない。
いや、自分の命だし助かって本当によかったけれども、これから起こるであろう面倒事に俺は宙を仰いだ。
治った傷はどう説明しよう……。
刺されたとなれば、事情聴取とか受けなきゃダメだよね?
ニュースになるだろうし、刺されたし血も出てるけど、『安心して下さい。治ってます』とは言えないし……。
あー、クソ面倒臭い事になった。
流石はカツアゲ高校生の親。碌な事しないな……。
いっその事、ゲーム世界にバックれるか?
いや、しかし……バックれるか?
やっぱり……バックれるか?
ダメだ。脳内パニック状態で思考回路がバックれる以外の選択肢を示してくれない。
「ああ、君。動いちゃダメだよ! 今、救急車を呼んだから安静にしていて!」
「あ、ありがとうございます……」
まずい。
どんどん逃げ場を塞がれていく。
しかし、ゲーム世界にログインして、バックれれば、被害者不在としてあの女が逮捕されない可能性もあるし、かといってこのままでは……。くっ、八方塞がりだ。
い、いやっ!
ここは、実は刺されていませんでした。という事にするか?
俺、皮膚が厚いんで刺さらなかったんですよ。怪我もありません的な……。
いや、ダメだ……。
そこら辺に飛び散っている血がネックになる。
ピーポーピーポー
そうこうしている内に、警察車両と救急車が来やがった。
くっ、誰が呼んだのかはわからないが仕方がない。
考えが纏まらなかったので、とりあえず、横になりながらぐてっとしていると、救急車が近くに止まり救急隊員が担架を転がしながらやってくる。
「大丈夫ですかっ!」
「え、ええ、まあ、はい……」
もういっその事、治ってますって言ってしまうか……。
よし、そうしよう。
「すぐに止血しますからね。身体を起こしますよ」
「え、ええ、その事なんですが、既に傷は治っているんですよ。なので、救急車で運んで頂かなくても大丈夫です。なんて……」
そう言うと、救急隊員は呆れた様な表情を浮かべる。
「そんな筈がないでしょう! 服も破れているし、服に血が付着しているじゃありませんか!」
「そ、それはそうなんですけど……」
上級回復薬の事に触れず、説明するのがもの凄く難しい。
「とりあえず、身体を起こしますね」
「あっ! ちょっと待ってっ!?」
救急隊員は俺の身体をゆっくり起こすと、傷口を確認していく。
そして、怪訝な表情を浮かべた。
「おかしい……服も破れていて血も付いているのに傷がない?」
救急隊員の言葉に思わず冷や汗が出る。
し、仕方がない……。苦しい言い訳になるが……。
「じ、実は俺、普通の人より傷の治りが早いんですよ! どんなに深い刺し傷も、ものの五分経てば完全に治る位にっ!」
俺、実はビックリ人間なんです。と弁明する事にした。
「そんな筈が……しかし、実際、怪我が塞がっている訳で……」
しかし、救急隊員は信じてくれない。むしろ、救急隊員は可哀想な人でも見るかのような表情を浮かべてきた。
「……もしかして、ナイフで刺された時に頭を打ちませんでしたか?」
「え? ええ、まあそうですね?」
ほんの少しだけ打ったかも……。
って、あれ?
もしかして、これ……頭打っておかしくなっちゃったとか思われてない?
そんな筈ないよね?
ナイフで刺されて倒れ込み軽く頭をぶつけただけで、頭がおかしくなった人認定される訳ないよね?
「やはり……すぐに病院へ向かいましょう」
いや、なんでだよっ!?
どうやってもそんな判断にならないだろっ!?
それとも何、俺がおかしいの??
救急隊員の判断に唖然とした表情を浮かべていると、救急隊員が手際よく俺を担架に乗せ、救急車へ運び込んでいく。
あまりの手際の良さに言葉が出ず、すべてを諦め、横になって事の推移を見守っていると、いつの間にか俺は近くの大学病院まで搬送される事となった。
◇◆◇
ここは、新橋大学附属病院。
高橋翔が救急搬送された病院で、高橋翔を担当する事となった医者は頭を抱えていた。
「……こ、これはどういう事だ?」
緊急搬送された高橋翔という男。
この男の血液検査をした結果、検査項目に異常が見られた。
検査の結果が異常かどうか……。
血液検査の結果を見るに異常としか判断しようがない
「なんだこの血液は……」
何度血液検査を行ってもエラーとなってしまう。それだけではない……。
三十八度九分……。
これは、高橋翔という患者が運ばれて来た時に測った彼の体温だ。
異常……あまりに異常……。
手術後の発熱はよくある事だが、この病院に搬送れてきた高橋翔の状態は体温以外、健康そのもの……服は破けており血痕は付いていたが身体には傷一つなかった。
一体、何がどうなっている……。
正直、意味がわからない。
「……いや、そう言えば、彼は言っていたな」
なんでナイフで刺されたにも拘らず、傷跡がないのかと質問した時、彼はテンパってこう言った。
『普通の人より傷が治るのが早い』と……。
そして、それは何故かと問い詰めていくと『実は回復薬を飲んだような……』と……。
最初はレッドブルやモンスターのような栄養ドリンクを飲んだのかと思っていたが、違うのか?
っていうか、何だ?
飲んで傷を治す薬品って……回復薬ってアレか?
よくゲームにあるあの……。
パソコンの電源を入れ、ヤフーのポータルサイトを立ち上げると『リアルタイム検索で話題のキーワード』に『回復薬』が上位表示されているのを目についた。
気になって動画を見て見るとそこには……。
『DWの回復薬であろうものを使って絶体絶命の危機を脱した奴を撮影したった』的な動画が流れていた。
◇◆◇
病院の特別個室で過ごす事になって三日。
俺は暇を持て余していた。
被害者である俺の事を慮ってか、警察による事情聴取はこの特別個室で行われ、今は検査結果待ちの状態。
俺がどれほど怪我していないから大丈夫。退院させてくれと言っても、検査を盾に退院させてくれない。頭を打っているからという訳の分からない理由で様々な検査を受けさせられ、今、病院の特別個室でスマートフォン片手に寝そべっていた。
暇つぶしでヤフーのアプリを立ち上げると『話題』に『回復薬』が上位表示されているのが目に付いた。
「うん? 回復薬?」
『回復薬』というワードが少し気になった俺は、そのワードをタップする。
すると、ベストツイートに『DWの回復薬であろうものを使って絶体絶命の危機を脱した奴を撮影したった』というツイートと共に動画が流れ始めた。
「はっ?」
スマートフォンに流れる動画。
そこには女に刺され、上級回復薬を飲み緑色に淡く光る俺の姿がバッチリ映っていた。
投稿主はどうやら俺と同じ元DWプレイヤーだった様で、最近、ニュースになる様な事件があまり起こっていない事もあってかニュースサイトは大盛り上がり。
動画投稿サイトでは検証動画等も流れているようだ。
ネットには俺の個人情報まで流れている。
笑えない。実に笑えない事態である。
もしかして、一向に退院できない理由もここにあるのだろうか?
そんな事を考えていると、『トントン』と、ドアを叩く音が聞こえてくる。
「はい。どうぞ」
そう言って、入室を促すと俺のカルテを持った担当医が部屋の中に入ってきた。
「おはようございます。高橋様、お気分はいかがですか?」
「はい。健康そのものです。ですから、そろそろ退院させて頂けませんか?」
担当医が入室すると共にそう言うと、担当医が困ったかのような表情を浮かべる。
「退院ですか……。それは困りましたね……」
いや、困る事はないだろ。
つーか、現在進行形で困っているのは俺なんですけど?
なんだか凄く高そうな特別個室に通されて、三日間も放置ってどういう事よ。
まあ、結構快適だったし、お酒は飲めないものの料理は美味しかったけどさ。
もの凄く高いんじゃないの、この個室??
そんな事を考えていると、担当医が呟くように言う。
「実は高橋様に一つお願いしたい事がありまして……」
なんだか怖いな。
担当医からのお願いか……。
「お願いですか……。一体何でしょう?」
警戒心を抱きながらそう尋ねると、担当医が頭を下げる。
「……高橋様。是非、当大学病院の臨床研究にご参加頂けませんか?」
「へっ? 臨床研究?」
臨床研究って何だ?
ポカーンとした表情を浮かべていると、担当医は臨床研究について話し始める。
「臨床研究は、新しい薬や治療法の確立を目的とする研究です。世の中には、治療法がなく苦しんでいる人が沢山います。そんな方々の為にも新しい薬の開発が必要となります。新しい薬を待ち望んでいる多くの患者さんや次世代の人々の為にも、臨床研究の参加をお願いできないでしょうか?」
なるほど、つまり新しい薬や治療法の、人での安全性や有効性を確かめる為の研究ね。素晴らしい。医学の発展に協力して欲しいというお願いか。
俺は少しだけ考え込むと、申し訳なさそうな表情を顔全面に浮かべ呟くように言う。
「遠慮させて頂きます。そんな事よりも早く退院させて下さい」
刺された時の傷は上級回復薬で治療済だし、警察の事情聴取も終わっている。
正直、そろそろゲーム世界に戻りたいんだよね。
そう言うと、担当医は唖然とした表情を浮かべた。
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