第96話 思わぬ遭逢③

「あ、あんた……高速道路になんて入って何のつもり?」


 外に目を向けると、車が高速の入り口に向かって進行しているのが見える。

 運転席に座る遠藤は、どうやら高速道路に入ろうとしている様だ。


 高速に入ってすぐ、サイドミラーで車が近くにいない事を確認した遠藤は、ハンドルを横にきり蛇行運転をし始める。


「う、うわあああっ! 何やっていやがるっ!」

「そ、そうよっ! 危ないじゃないっ!」


 両隣に座るクレイジーな男と女がそう叫ぶと、遠藤はバックミラーを睨み付けながら声を上げる。


「……こっちはな、全員道連れにして死ぬ事だってできるんだっ! わかったら黙っていてくれよ!」

「わ、わかったわ……わかったから落ち着いて、話があるのよね? このクソ野郎に話があるのよね?」


 隣に座る女がそう言うと、運転席に座る遠藤は前を見ながらコクリと頷く。


 クソ野郎とは言いたい放題だな。

 俺が一体、何をしたというのだろうか。


 遠藤は暫く黙ると、ゆっくり口を開いた。


「……君は高橋翔本人で間違いないかい?」

「あ、ああ、そうだけど?」


 それがどうかしたのだろうか?

 遠藤の震える声に、車内にいる全員が息を飲む。


「俺達はね。君にカツアゲをした望夢の……高校生の親達の集まりなんだよ」

「ああ、なるほど……」


 そういう事ね。合点がいったわ。

 つまり、ここにいる皆さんは俺にカツアゲをし、強盗致傷罪で逮捕された高校生達の……それが原因で家庭が崩壊した人達の集まりという訳か……。凄い集まりだな。


「それで、話って何?」


 あまり刺激しない様、できる限り優しく問いかける。

 すると、運転席に座る遠藤は少し間を置き、ゆっくり話始めた。


「……俺の息子の望夢がカツアゲして逮捕されたと聞いた時は驚いた。泣き喚く妻と両親。怒声や謂れもない批判をしてくる近所の人達。昼夜を問わず家の前に張り込み、会社に押しかけてくるマスコミ関係者。頭がパニックで状況もわからないし夜も寝られなかったよ」

「それは……」


 ご愁傷様です。まあ、俺はまったく関係ないけど……。


 それに俺はボコボコにされ財布と宝くじを奪われた報復措置としてネットに動画を流しただけ、紛れもない被害者だ。

 怒声や謂れもない批判をしてくる自己肯定感強めの人や、事件が起これば昼夜問わず迷惑をかけまくるマスコミの事は、俺には関係ない。


「わかっているんだ。悪いのは望夢達であって、君がただの被害者である事は……でも、俺達は親だから……悪い事をしたのが望夢達であったとしても庇ってやりたくなる。俺達だけは、味方だと……望夢達の為に動きたくなるじゃないか……」


 まあ、両親にも味方して貰えない子供って、相当ヤバいですよね?

 俺にも、縁を切りたい程、成熟した兄貴がいたのでその気持ちはよくわかります。


「……でも、どうしても一つ、君に聞きたい事があって、今回の計画に参加したんだ」

「……聞きたい事ですか?」


 何でも答えてあげますよ?

 俺、悪い事、全然してないし……。


 そんな心持ちでそう呟くと、運転席に座る遠藤はルームミラー越しに俺に視線を向けてくる。


「一体何故、示談に応じてくれなかったんだ……望夢達はニュースやインターネットで姿を晒され逮捕されて、今は、少年鑑別所にいる。もう十分罪は償ったじゃないか……」


 ああ、何だ。そんな事か……。


「……えっと、遠藤さんにお聞きしたいんですけど、俺はあなた方の息子さん方にボコボコにされた揚句、財布と三千万円もの当選くじをカツアゲされました。物理的にボコボコにされ、三千万円もの当選金は今だ戻ってきておりません(本当は戻ってきているし換金済だけど……)。カツアゲと言えば軽く聞こえるかもしれませんが、五人もの集団で俺を蹴り殴り、その上で、三千万円の当選くじを強奪した彼等の事を、たかが、ニュースやインターネットで晒された位で許せと本気で仰っているんですか? コンビニでレジの金を数万円強奪しても、強盗で逮捕されますし、ニュースで流されますよ? それを十分罪は償った? 子供がやった事だから許して然るべきだ。まさか、そんな事を本気で思っている訳じゃありませんよね? 小学生でも虐めで人を殺す時代に、まさかそんな時代錯誤な事を本気で思っている訳じゃありませんよね? 息子さんが俺と同じような事をされて、あなたは示談に応じるんですか?」


 加害者にとっては過去の事でも、被害者にとっては今の事。

 ましてや、ニュースやインターネットで姿を晒され逮捕されるという当たり前の事で償ったと思われては堪らない。

 とはいえ、俺としては、ちゃんと罪を償ってくれるなら、これ以上何かをしようとは考えていない。俺は優しいからね。だから示談に応じないのだ。


 示談に応じる事で加害者が優位になるという訳がわからないこの世界で、示談に応じず、然るべき刑罰を受けてもらうという事がそんなに悪い事だろうか?

 俺はそう思わないね。

 加害者の真摯な謝罪なんてどうでもいい。

 俺としては、それに見合った刑罰を受けてくれれば十分だ。

 後の判断は裁判官に任せるよ。


 そう、言って笑みを浮かべると、運転席に座る遠藤が涙を拭う。


「……そうですか。確かにそうですよね。確かにその通りです」


 そう言うと、車を高速道路の脇に止める。


「鈴木さん、青山さん、湊さん……私には無理です。どうぞ、当初の計画を実行したいのであれば、お三方でどうぞ……」


 車のエンジンを切り、外に出ると遠藤は晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、皆さん。さようなら……。ああ、自殺する訳ではないので安心して下さい」


 そう言って、遠藤が車のドアを閉め外に出ると、どんよりとした空気が車内に蔓延した。


「えー、えっと、もう帰ってもいいですか? なんか、話が纏まったみたいだし……」


 俺がそう提案をすると、納得のいかないお三方が激号した。


「ふ、ふざけないでよっ! 私の息子の……叶の未来がここで途絶えて良い訳ないでしょ!」

「そうだっ! 俺の息子の未来には、まだ輝かしい未来が待っているんだっ!」

「俺の息子が……希望の未来を潰す事なんてできる筈がないだろうっ! 馬鹿な事を言うんじゃないっ!」


 おお、素晴らしい程、話にならない。

 とはいえ、遠藤さんの潔さには、少し感銘を覚えた。


 親として子を思うのは素晴らしいと思うが、犯罪行為を行った場合は別だ。

 それと向き合う勇気。遠藤さんには、それと似た空気を感じた。

 周りに流されないその信念も、俺にとってはプラス評価だ。

 遠藤さんだけは別の事で依怙贔屓してあげよう。でも、他の奴等の事は知らない……。


「それじゃあ、俺は帰りますね」

「なっ、そんな事、させる筈が……ぐっ、や、やめろっ! 何を、何をするっ!」


 無理矢理阻止しようとする男を遮り、強制的にドアの鍵を解除すると、俺は男を押し出しドアを開けてそのまま、車の外に出る。


「こ、これは暴行罪だぞっ! 絶対に訴えてやるからなっ!」

「ああ、はいはい……」


 まったく面倒臭い野郎共だ。


「……それじゃあ、こっちは拉致・監禁罪でお前等の事を訴えてやるよ。もし訴えたいと思うなら受けて立つから、好きに訴えろ」


 そう言うと、男は苦々しい表情を浮かべる。

 当たり前だ。拉致・監禁しておいて歯向かったら暴行罪。

 こんな事が許される世の中は終わってる。

 そうしたら、『ああああ』やカイルと同じ様に、ゲーム世界に移住しよう。

 まあ、あいつ等は移住したくて移住した訳じゃないんだけど……。


 高速道路の脇を歩いていると、遠藤と鉢合った。


「……話は終わりましたか?」

「ええ、終わりました。それで、遠藤さんはこれからどうする気ですか?」

「そうですね……。妻は親権を手放し離婚届を叩き付け出て行ってしまいましたからね。親として、せめて、私だけでも望夢の味方になってあげなければ……」

「そうですか……。そうだ。車に乗る前に言っていた地金の話、あれはまだ有効ですか?」

「地金? ああ、申し訳ございません。あのお話は、高橋さんをおびき寄せる為のものでして……正直、あんな胡散臭い話に乗ってくれるとは思いも寄らず……」

「ああ、そうなんですか……」


 確かに、胡散臭かったけれども……。

 今、思えばよくあんな話で俺を釣ろうと思ったな……まあ、見事、釣り針に引っ掛かっちゃったけど……。


「それに、私は証券会社で働いておりまして……あの車は、私の叔父が運営する会社の車なんですよ」

「ああ、そうなんですか……いや、ある意味好都合かな?」

「株式に興味がおありなのですか?」

「ええ、まあ……もしよろしければ、名刺を頂けませんか? 実は近い将来、購入したい株式がありまして……」

「はい。私でよろしければ承りますが……」

「ありがとうございます」


 遠藤の名刺を受け取ると、俺はそれをアイテムストレージに収める。


「それじゃあ、また……」


 そして俺は、高速道路脇に設置された非常階段を降りると、近くの駅まで歩き、新橋駅まで電車で移動する事にした。


 それにしても、物騒な世の中になったものだ。

 示談交渉に応じなかっただけで拉致監禁。中々いないよ。あんな凶行に出る奴等。


 とはいえ、もう相手をするのも面倒臭い。

 なんか知らないけど、一家離散したみたいだし、俺としては、俺に暴行を加え、宝くじと財布を奪った高校生達に然るべき刑罰が降れば、それで満足だ。

 それ以上、こちらから何も求めようと思ってはいない。


 電車から降りると、俺はゆっくり肩を上げ蹴伸びする。


 今日はなんだか、非常に疲れた。

 とりあえず、近くのスーパーで酒でも買ってカンデオホテルに戻ろう……。


 スーパーでビールと酎ハイ、つまみを購入すると、カンデオホテルに向けて歩いていく。すると、背中に鋭い衝撃が走った。


「……はっ?」


 突然の事に呆然としてしまう。

 恐る恐る手で鋭い衝撃の走った箇所に手を当てる。

 すると、そこにはナイフが突き刺さっていた。


 顔を上げ、後ろを振り向くとそこには、ワナワナと身体を震わせ後退る女の姿が目に映る。


「あ、あんたは……」


 だ、誰だ……マジでわからん。通り魔か何かかっ?

 つーか、エレメンタル達はなんで……ああ、そうか、俺が止めたからか……。


「……あんたが、あんたが悪いのよ」

「えっ?」


 いや、そもそもあんた誰?


「光希が警察に捕まったのも、夫が放火したのもあんたが全部悪いのよ!」


 ああ、ようやくわかった。

 光希という名前。おそらく、この人も俺に恨みを持つ者の一人……。


「流石にヤバいか……」


 そう呟き、アイテムストレージから上級回復薬を取り出すと、俺はナイフを引き抜き思いっきりそれを飲み込んだ。

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