第95話 思わぬ遭逢②
「わ、わかりました……。店舗購入をご希望という事ですね? しかし、二百キロもの地金となりますと在庫があったかどうか……少々、お待ち頂けますでしょうか? すぐに確認してまいります」
「ええ、確認は大事ですからね」
「そ、それでは、失礼します。すぐに戻って参りますので……」
キンキラ商店の遠藤はそれだけ呟くと、スマートフォンを片手に持ち足早に席を立つ。
「さて、どうなる事やら……」
地金の今の相場は一グラム当たり八千円。
それを一グラム当たり四千円で仕入れ、五千円で販売する事ができるとは思えない。
正直、本物の地金を購入する事ができるのか半信半疑だ。
しかし、一グラム当たり八千円の価値のある地金を五千円で手に入れる事ができるなら、これ以上うまい話はない。
それに地金ならDWの世界でも使う事ができる。
電話が終わるまでの間、珈琲を飲みながらスマートフォンでネットサーフィンしていると、「お待たせしました」と言って、キンキラ商店の遠藤が戻ってきた。
ワザとらしく、ハンカチで汗を拭くと椅子を引き席に座る。
「高橋様。地金の用意ができました。本店にご来店頂ければ、すぐにお渡しする事もできますがいかが致しましょうか?」
「そうですか、それでは早速向かいましょう」
そう言って、席を立とうとすると、キンキラ商店の遠藤が、待ったをかけてくる。
「し、少々、お待ち下さい」
「はい。何でしょうか?」
「つ、つかぬ事をお伺い致しますが、高橋様はどの程度、資産をお持ちなのでしょうか?」
「どの程度の資産ですか……」
流石に『百億円持ってます』なんて馬鹿正直には言えない。
「……想像にお任せしますよ。そんな事より、早く行きましょう」
時間が勿体ない。
俺はルノアールの注文票を持つとレジに向かう。
そして、お会計をすると、キンキラ商店の遠藤と共にルノアールを後にした。
「それで、キンキラ商店の本店はどこにあるんですか?」
一応、ネットで確認した情報によると、キンキラ商店の本店は銀座にあるらしい事は確認している。とりあえず、キンキラ商店の事なんて知りませんよ。という体を取る為、そう言うと、遠藤はハンカチで汗を拭いながら呟いた。
「は、はい。キンキラ商店本店は銀座にあります。あ、どうぞ、こちらの車にお乗り下さい」
近くのパーキング駐車場に置かれた車。
車体に『地金のことならキンキラ商店』と書かれている。
どうやら、この車でキンキラ商店の本店に向かう様だ。
「それじゃあ、お邪魔して……」
車のドアを開け、遠慮なく後部座席に座ると、車のエンジン音が響く。
「そ、それでは、本店に案内させて頂きますね。その前に、高橋さん。私はあなたに……」
そう言ってハンドルを握る遠藤の手は何故か震えていた。
一体どうしたのだろうか?
もしかして、お酒を飲んでる訳じゃないよね?
なんだかもの凄く不安である。
この人に運転させて大丈夫だろうか?
って言うか、今なんて言おうとしたの?
そんな事を考えながらシートベルトを締めようとする。
すると、突然、車のドアが開き、両脇から二人の男女が俺を挟み込む様にして中に入ってきた。
助手席にも一人、男が入り込んでくる。
何が起こっているのか訳がわからず、右往左往していると、乗り込んできた三人は車のドアを閉め声を荒げる。
「おらっ、遠藤っ! さっさと車を発進させろ!」
「は、はいっ!」
訳がわからず、事の推移を見守っていると、遠藤は男の言う通り車を発進させる。
「……えっと、どういう事ですか? つーか、あんたら、誰?」
正直、意味がわからない。
どういう状況? これっ?
すると、俺の隣りに座った二人が話しかけてくる。
「……ようやく捕まえたぜ。高橋ぃ……俺の息子がお世話になったなぁ」
「そうよ。こんなに手間をかけさせて……あんたのお蔭でね。私の家庭はお終いよっ!」
「……いや、何の話だよ」
マジでわからん。
誰だこいつ等?
つーか、俺、もしかしてピンチ?
拉致されちゃってない?
エレメンタルに視線を向けると、エレメンタル達がピカピカと点滅する。
『殺りますか?』ってか?
止めてくれ。今、お前達が姿を現したり、こいつ等の股間に熱線を浴びせかけてみろ。車内もこの騒動が終わった後の俺も大変な事になるぞ?
とりあえず、様子見で……。
そうアイコンタクトを送ると、ため息を吐く。
「……てめぇ。状況が良くわかってないようだなぁ」
俺が吐いたため息が気に入らなかったようだ。
隣に座る男がこめかみに血管を浮かべ胸ぐらに掴みかかってくる。
「……俺達を舐めてんじゃねぇぞ? こっちはなぁ! もう失う物なんて何もないんだよっ!」
「まあ、そうでしょうね……」
まあ、隣に座り怖い表情を浮かべている女性も、『私達の家庭はお終いよ!』と言っていた。もうお終いだと思っているからこそ、後先の事を考えない行動に移れるのだろう。
一体、何がこの三人を……いや、遠藤を含めると四人か?
何がこの四人を後先考えない行動に走らせたのだろうか?
「……あんたね。他人事見たいな顔してんじゃないわよっ! 私達に詫びの一つもない訳っ!?」
適当な発言が悪かったのか、隣に座る女性まで俺に掴みかかってくる。
「あー、まずは落ち着いて下さい。って言うか、あなた達は誰です? 面識がないと思うのですが……」
「あ、あんたねぇっ……!?」
なんだかよく分からないが、スーパーピンチだ。
両脇に二人。助手席と運転席に一人ずつ。
さっきの会話から、この全員が知り合いっぽい。
まず、間違いなく計画的な犯行だろう。
「つーか、わかってるんですか? これって犯罪ですよ?」
多分、拉致とか監禁的なそんな感じの犯罪になると思う。
「ふんっ! そんな事はなぁ、表沙汰にならなきゃ犯罪にはならないんだよ! お前が一生、胸の内に秘めていればなぁ!」
「いや、一生、胸の内にって……」
マジか……。っていうか、頭、大丈夫だろうか、この人?
黙っていられる訳がないだろう。
事が済んだら、ゴー・トウ・ザ・ポリスだよ。
警察まっしぐらだよ。
……しかし、今だけはこの犯人達を刺激しない様、気を付けなければならない。
「……まあ、胸の内にしまっておく事もやぶさかではないけど……それで? なんで俺の事を拉致、監禁しようと思ったの?」
そう問いかけると、助手席に座った男が凍てつく様な視線を向けてくる。
「……高橋君だったね。君は、吉岡、鈴木、青山、湊、遠藤という苗字に聞き覚えはないかい?」
「うん? いや、全然、聞いた事ないけど?」
誰それ?
俺の知り合いか何か?
それとも実はこいつ等、俺の同級生だったりするの?
同窓会に誘いに来てくれたとか?
……いや、流石にないか。パッと見、こいつ等は全員三十代後半から四十代。
そんな年齢層の知り合い、俺にはいない。
素直に『知りませんよ』と呟くと、助手席に座った男は震えながら拳を強く握り込む。
「くっ……君にとって、私達などその程度の認識でしかないという事か……」
いや、怖いとは思っているよ?
何だこいつ等、そろそろ、俺の事を解放してくれないかなぁ……。
できれば、こんな犯罪が二度とできない様、警察署に出頭してくれると尚嬉しいんだけど……。
「まあ、そんな所です」
適当にそう答えると、助手席の男が睨み付けてくる。
いや、だって本当の事だし……。
つーか、この人達、何がしたいのだろうか?
「……ねえ、もう殺っちゃわない?」
隣に座る女性が狂気的な視線でそう口にする。
ヤバイなこの人。なんだか滅茶苦茶怖い。
「まあ待て、ここで俺達が捕まったらどうする。まだ、叶達は少年鑑別所にいるんだぞ? それに家庭もある……」
「あ、あんたには家庭があるかもしれないけどねっ! 私はこいつに家庭をぶっ壊されたのよっ!? このクソ野郎の腸をぶちまけてやらなきゃ気が済まないわ!」
いや、全然、あんた等の家庭をぶっ壊した記憶がないんですけど……。
つーか、叶って誰?
何で少年鑑別所なんて言葉が出てくるの?
マジで意味がわからん。
「……落ち着けよ。それについては同情するが、今はこいつをどうするかが問題だ」
「ええ、だからこそ殺そうって提案しているのよ!」
「いいから、落ち着けと言っているだろう! こっちもな、イライラしてるんだよっ!」
「なっ、何ですって!?」
奇遇ですね。俺もイライラしています。
つーか、俺を挟んで口喧嘩しないでほしい。
とはいえ、この人達からの話から、今、どんな状態に置かれているのか、少しだけ理解する事ができた。
簡単に言えば、今、俺は殺されようとしているらしい。
オーマイゴット。俺が何をしたというのだろうか?
正当防衛とか、した方がいいだろうか?
そんな事を考えていると、俺の隣りに座っている男が車の運転をしているキンキラ商店の遠藤に話しかける。
「……遠藤。お前からもなんか言ってやれ。言いたい事があるんだろ? だからこそ、俺達の計画に乗ったんだろ?」
「え、ええ、ですが……」
そう呟くと遠藤は言い淀む。
つーか、遠藤。俺に地金を売るという話はどこに行った。
いいのか、どう考えてもこの車、営業車だろ?
お前、こんな事に営業車を使ったとバレたら首にされるぞ?
それでもいいのか?
人生大切にしろよ。人生は後、五十年は続くんだから。
「……あんたね。ハッキリ言いなさいよ! 私、優柔不断な男って大嫌いなのよね!」
そんな事を考えていると隣に座る女がそうかなり声を上げる。
すると、遠藤が車のハンドルを強く握り締めた。
「う、うるさい……」
「はあ? なんですって?」
「うるさいって言ってるんだよ! いいからあんたは黙っていてくれ!」
「あんた……調子に乗るのも大概に……」
そう隣に座る女が口にしようとすると、運転席に座る遠藤が急にハンドルを横にきった。ハンドルをきった方向とは逆の方向に重力がかかり、車に乗っている全員が「うっ」と苦悶の声を上げる。
「あ、危ないじゃないっ!」
「う、うるさいって言ってるだろっ! こっちは車の運転をしているんだ……」
そう言うと、運転席に座る遠藤は高速道路へと進路を向けた。
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