第94話 思わぬ遭逢①
「うーん……」
『ああああ』に部下の事を任せ、DWの世界をログアウトした俺は、パソコンの画面に映る楽天銀行の預金残高を見てボソリと呟く。
『レアドロップ倍率+500%』の検証をした結果、ネットで宝くじを購入したとしても効果がある事が確認できた。それ以降、宝くじの購入は楽天totoの『おまかせBIG』と『おまかせtoto』という定期購入サービスを利用していたが……。
「……えらい事になってるな」
特に凄い事になっているのが、おまかせBIG。
お任せで各宝くじを百枚ずつ購入していたら、この一ヶ月の間に楽天銀行の預金残高が百億円を超えていた。
普通預金に百億円。
あまりにも現実感のない金額に呆然としてしまう。
このまま『おまかせBIG』を購入していたら年内に資産が一千億円を超えそうだ。
特に非課税な所が素晴らしい。
これだけの大金を持っているにも関わらず非課税。
先月退職したので、来年まで住民税を払わねばならないが、それ以降は、社会保険料が年間六万円かかるだけで、住民税も所得税も発生しない。
発生するのは精々、消費税位のものだ。
しかし、不思議な事に嬉しさも何も湧いてこない。
初めて宝くじを当てた時は、あんなに嬉しかったのに……。
これが全てを持つ者の虚しさか……。
月四万円のアパートで、月十万円以下の収入で暮らしていた大学生活が懐かしい。
あの頃は、バイトに勤しみ過ぎて、いつの間にか扶養から外れ父さんは迷惑をかけたっけ……。正月、実家に帰った時、初めて知ったけど……。
つーか、月十万円でどう生活してたんだ?
自分の事ながら思い出せん。まあ、あの頃に戻ろうとは思わないけど……。
しかし、これだけ大きな金額ともなれば、まず間違いなく税務署が動く。
年間百十万円以上贈与すれば贈与税がかかり、使わずにとっておいても相続税が発生。当選金で車を購入すれば自動車税の課税対象となり、不動産を購入すれば不動産取得税や固定資産税の課税対象となる。
当然、何かを買えば消費税の対象だ。
税金、税金、税金、税金。
税金からは逃れられない。
まるで魔王の様だ。
いっその事、金でも買い漁ってアイテムストレージに保管しておこうか。
安全資産、金。
アイテムストレージに保管しておけば、税務調査に来られても隠し通せる。
DWの世界でも多分、資産価値を持つ。
よし。金を買おう。
そんな事を考えながら、パソコンで金の購入方法を検索する。
すると、スマートフォンが『ブブブッ……』とバイブ音を鳴らす。
スマートフォンを手に取ると、知らない電話番号からの電話だった。
うーん……。全然、知らない電話番号だ。誰だ?
取りあえず、スマートフォンを手に取ると、それを耳に近付け電話マークを押す。
「はい。高橋です」
『こんにちは! 地金の積み立てプランをご紹介しているキンキラ商店の遠藤と申します』
暇していたので、警戒心もなく電話マークを押すと、知らない男の声が電話口に出る。電話の主は、キンキラ商店の遠藤を名乗る男の様だ。
この時点で、詐欺の臭いがプンプンする。
『突然ですが、高橋さんは地金の投資に興味はございますか?』
「地金の投資ですか……」
おお、もの凄くタイムリーな電話だな。
実はちょっと興味がある。
投資じゃなくて、地金そのものに……。
「……とても興味があります。もしかして地金を購入することができるんですか?」
そう尋ねると、キンキラ商店の遠藤は、水を得た魚の様に声を張り上げる。
『そうですかっ! そうなんです。金は安全資産として有名ですからね。高橋様は運がいい。ここだけの話、弊社では最近、金を市場価格よりも圧倒的に安く仕入れる事ができたので、相場より安く販売する事ができるんですよ! もしよろしければ、これから説明に……』
「ええ、ぜひ、お願いします。打ち合わせの場所ですが……」
そう言って、近くのカフェを指定すると、キンキラ商店の遠藤は終始、ご機嫌な声音で電話を続ける。
『それでは、新橋駅近くのルノアールですね。三十分後に待ち合わせという事でよろしいでしょうか?』
「ええ、もちろんです」
そう言って電話を切ると、俺はスマートフォンを操作しながら喫茶店ルノアールに向かう。
「ふーん。キンキラ商店ね……」
インターネットで『キンキラ商店』を検索すると、悪い噂ばかり。
やれ、騙されただの、中途解約で多額の手数料を取られただの、まさに悪徳業者だ。
しかし、暇を持て余している俺からしたら好都合……。
暇つぶしがてら、金を安く購入してやろうじゃないか。
「ふふふっ……もし、電話口で言っていた安く手に入れた金を売ってくれなかった時にはぶっ潰す」
ありとあらゆる手段を使って……。
それこそ、消費者庁に証拠を提出し、YouTubeに動画を流し、ありとあらゆる手段を使って潰す。
さて、どんな営業マンが来るのかな?
楽しみにしながら、喫茶店ルノアールの前で待っていると、笑顔を浮かべながら小走りでやってくるスーツ姿の男が寄ってきた。
「お、お待たせ致しました。キンキラ商店の遠藤です。いやー、今日は暑いですね」
ハンカチで額を拭う遠藤。
うん。中々に不快な光景だ。
誰が、中肉中背、腹の出た遠藤のハンカチで汗を拭う姿を見たいと思うだろうか。
否。答えは否である。
とはいえ、俺はジェントルマン。
「いえいえ、態々、こんな所まで来て頂いてありがとうございます。それでは、入りましょうか」
「はい」
喫茶店ルノアールの中に入り、珈琲を注文すると、キンキラ商店の遠藤が話しを始める。
「いやー、本日はお忙しい所、時間を取って頂きありがとうございます。改めまして、私、キンキラ商店の遠藤と申します。どうぞお見知りおきを」
そう言うと、キンキラ商店の遠藤が名刺を差し出してくる。
「ああ、ありがとうございます。それで、早速、お話を伺いたいのですか……」
「ええ、それでは早速……。実は弊社では……」
キンキラ商店の遠藤が話した内容は、クソほどにどうでもいい内容だった。
話の内容は終始、地金の前払い割賦販売又は、業者との相対で行う金の先物取引の話。
「……えっと、割賦払いとかどうでもいいんで、その安く仕入れた金とやらを一括購入する事はできないんですか?」
「はい。弊社では、お客様の為にも、割賦払いを推奨しておりまして……」
……話にもならない。
こっちは、一括で金を購入する為のマネーを支払うと言っているのに、口にするのは割賦払いのみ。安く手に入れた金を購入できるというという話は一体、どこに行ってしまったのだろうか?
「……そうですか。割賦払いでしか購入する事ができないならもういいです」
「いえ、ですから、割賦払いであれば購入する事が……」
いや、もういいわ。
「一括購入を希望しているのに、なんで割賦払いを進めてくるの? 割賦払いだとさ、手数料を多く払うだけで、こっちには何のメリットも無いじゃん。もしかして、それが狙い?」
まず百パーセントそれが狙いだとわかっているが、敢えて、そう尋ねるとキンキラ商店の遠藤は苦笑いを浮かべながら否定する。
「いえ、そんな事はございません。一重に、お客様の事を思っての事です。しかし、割賦払いであれば……」
「いや、一括購入を希望している俺にとってメリットなんて全然ないよ。割賦払いだと余計な手数料がかかるだろ」
少なくとも金に限ってはそう思う。
こいつ、頭大丈夫だろうか?
優しい表情を浮かべ、『頭大丈夫?』と投げ掛けてやると、キンキラ商店の遠藤は、まるで俺の言葉に感銘したかの様に手を叩いた。
「素晴らしいです。恥ずかしながら、そこまで、考えて地金の購入をされる方に、これまでお会いした事がありませんでした」
「ふーん。そう……でっ?」
ぶっちゃけ、あからさまなおべっかはどうでもいい。
問題は、俺に安く仕入れたという金を売るか売らないかだ。
返答を待っていると、キンキラ商店の遠藤が笑顔を浮かべる。
「もちろん。金を販売させて頂きます。ただ、申し訳ないのですが、そのお金は先払いでお願いします」
「ええ、構いませんよ?」
それで、いくら欲しい?
言ってみろ。大体の値段なら叶える事ができるぞ?
すると、キンキラ商店の遠藤は自信満々に呟く。
「それでは、五千万円お願いします」
「五千万円ね……」
安い……。あまりにも安すぎる。
こいつは何を持って五千万円という金額を提案したのだろうか。
怪訝な表情を浮かべていると、キンキラ商店の遠藤が申し訳なさそうな顔をする。
「申し訳ございません。一括購入で五千万円はお高いですよね? 地金の一括購入をご希望の方には、最低十キログラムからのご購入をお願いしております。現在、金のグラム数あたりの価格は八千円を超えておりますが、弊社ではこれをグラム数あたり四千円で調達しており、諸経費を加算したこの金額で販売をさせて頂いております」
なるほど……。
五千万円が地金を購入する最低ラインなのか。まったく問題ないな。
「……しかし、ご安心下さい。五千万円を一括で支払わなくても、地金を購入する方法がございます。それが地金の割賦払いです。地金のお渡しは代金支払い後となりますが、地金の値段はこれから先、どんどん上がっていきます。月々たった五万円の支払いで十キロの地金を購入することができるんです! こんなチャンスはまずありませんよ?」
「月々五万円ですか……」
いや、アホか。
月々五万円って、手数料込みでその値段設定なんだろうけど、返済に百年かかるわっ!
指で割賦年数隠しながら話せばバレないと思っているのだろうか。どう考えても、中途解約時の解約金目当ての詐欺にしか思えない。
「……では、五千万円。いや、十億円出しますので、二百キロ分の地金の一括購入をお願いします。ああ、もちろん、金は取りに行きますから」
「そうですよね。それでは、割賦払いで……って、ええっ!? じ、十億円っ!」
いや、声がデカいよ……。
「はい。十億円で地金二百キログラムを購入します。いやー、安く地金をゲットできてよかったなー」
キンキラ商店の遠藤の話が本当であれば、俺は大儲けする事ができる。
まあ、こいつの言う事が本当だとしたらの話だけど……。
「……ええ、それじゃあ、キンキラ商店の店頭に案内してもらえますか?」
金を振り込んだ後じゃ万が一、取り返す必要性が出てきた時、面倒くさいからね。
そう言って笑みを浮かべると、キンキラ商店の遠藤の表情が強張らせた。
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