第351話 ああいう輩はしぶとい

「――うん。あれなら暫くは大丈夫そうだな……」


 宝くじ協議会の事務所近くまでやってきた俺こと高橋翔は、『扉を閉めろォォォォ!』と絶叫を上げる槇原の声を聞き、ホッとした表情を浮かべる。

 槇原は公益財団法人として集めた準公金をお仲間の運営する法人に流したり、人を巻き込んだ嘘を平気でつく人間性の腐った老害だが、ああいう輩は総じて長生きすると、相場が決まっている。

 窓の外に、闇の上位精霊・ディアボロスがいるのが少し気になるが、大方、ピンハネの奴が槇原を亡き者にする為、送り込んできたのだろう。少なくとも、俺に倫理観がなく、あっち側の立場であれば間違いなくそうする。

 そう考えると、あの場でピンハネのディアボロスを倒し、入れ変わったのは上々の結果だった。もし、あの場で入れ替えていなければ、後手後手の対応を迫られている所だ。

 とりあえず、槇原が人知れず屠られていないようで安心した。


「ディアボロス……。そのまま槇原を監視。不測の事態が生じたら、対象が死なない程度に対処を……。進展があったら連絡してくれ」


 槇原の下に送られてきた闇の上位精霊・ディアボロスにそうお願いすると、姿を消す装備アイテム、隠密マントを被ったまま、俺はその場を後にする。


 このままここにいたら、宝くじ協議会の事務所に襲撃を掛けている有象無象共と一緒にしょっ引かれそうだ。

 遠くからパトカーの音が聞こえてきた。

 さて、そんな事よりも……。


 槇原の無事を確認した俺は、宝くじ研究会レアメタル事業部のあった事務所の方へと歩いていく。


 俺の勘が正しければ、宝くじ研究会のあった場所にも人が殺到しているはずだ。

 両親と宝くじ研究会の面々には当分の間、雲隠れという名の海外旅行に出て貰った。

 それだけには留まらず、できる限りの対策も立てたし、無事機能しているといいのだが……。


 そうこうしている内に、宝くじ研究会事務所跡地に辿り着く。

 そこには、ビルを囲みプラカードを片手に持つ有象無象共が事務所前で大きな声を上げていた。


「高橋翔の不正を許すなー!」

「「許すなー!」」

「出てこい、犯罪者ー!」

「「出てこい、犯罪者ー!」」

「金を返せー!」

「「金を返せー!」」


 中々、香ばしい面子だ。久しぶりに見たな。お前ら、溝渕エンターテイメント問題で壊滅状態に陥ったんじゃなかったのか?

 毎度お馴染みの手に持ったプラカードは自称市民活動家の証。

 どうやらピンハネは、自分の傘下に取り込んだ自称市民活動家と自称公益法人の人間をこちらに向けて送り込んできたらしい。

 村井に公益法人を立ち上げさせ、東京都が公益法人にバラまいていた金をその法人に一極集中させた理由はこれか。


 まあ、そうくるだろうなとは思っていた。

 そこに驚きはないが、何度も同じ様な相手に謂れのない誹謗中傷を受けるのは非常に不愉快だ。

 嘘を吐き誹謗中傷を受ける事になった槇原は自業自得だが、俺に関しては作られた冤罪。誹謗中傷を受ける謂れはない。


 とはいえ、ピンハネに首輪を付けられた自称市民活動家に扇動され、これから起こる事に巻き込まれる本物の市民がいたら可哀想だ。

 傍迷惑な事に自称市民活動家は扇動のプロフェッショナル。

 中には扇動され騙されてしまう者もいるだろう。なので俺は一応忠告してやる事にした。

 ここに来る途中で、既に警察には通報済み。

 隠密マントを被ったまま市民活動家達の輪の中に入ると、自称市民活動家の音頭に合わせ、質の低い扇動に引っかかってしまった者達の目を覚ますべく声を上げる。


「このデモは無許可だぞー!」

「「このデモは無許可だぞー!」」

「このまま警察に逮捕されてもいいのかー!」

「「このまま警察に逮捕されてもいいのか……って、え??」」


『え?』じゃねーよ。

 デモをするにも所定の手順を踏まなければ、当然、罪に問われる。

 どうやら扇動された人々は、そんな事も知らなかった様だ。

 ならばと、俺は畳み掛けるかの様に声を上げる。


「そこでメガフォン持って煽っている奴等は、皆、デモで馬鹿やって書類送検された男だぞー! 警察に迷惑掛けるだけ掛けてその光景を写真撮って武勇伝の様にネットに上げる認知の低い奴等の扇動に乗って書類送検されてもいいのかー! そこにいる男もだー! お前はつい最近、無許可デモで警察官に暴行を働き執行猶予が付いたばかりだろ! 執行猶予期間中にデモに参加してもいいのかー!」


 デモの主催者が必死になって俺を探す中、そう煽りを入れてやると、扇動された人々の目が主催者達に向く。

 警察官に暴行を働き執行猶予が付いた馬鹿はともかく、書類送検される人は、何か法に触れる悪い事をした人という認知があるが、それは違う。書類送検は、実際に存在している法律用語ではない。マスコミによって作られた報道用の造語だ。そのため、書類送検されたからどうなる、という事もない。

 国に寄生するどこかの公益法人が議員引き連れ、警察に無理筋の被害届提出するパターンとかもあるしな。

 これから起訴されて逮捕される可能性があるだけで書類送検自体は何の意味もないマスコミ造語。

 そういえば、別に逮捕された訳でもないのに、パトカーの画像や動画使って誰それが書類送検されましたと、まるで犯罪でも犯したかの様に誤認させるニュース流したマスゴミ記者がいたな……。溝渕エンターテイメントの事件後、俺が社外取締役を務める会社では、そういった馬鹿な勢力は組織から追放したが、追放した奴等は今頃、何をやっているだろうか。

 自前の動画配信サイトでも立ち上げて活動家にでも転向していそうだ。

 話が逸れた。自称市民活動家の中核グループは、抗議活動を頻繁に行う事から何かしらの書類送検を受けている可能性が非常に高い。どこぞの環境活動家が良い例だ。

 だからこそ、俺は安全圏から声を上げる。


「書類送検されると、サムネイル画像に逮捕を連想されるパトカーの画像を使われ、まるで犯罪者の様な印象操作をされ人生をぶち壊しにされるぞー!」

 

 ちなみに身内やマスコミにとって都合の悪い人物が書類送検された場合、書類送付という言葉が使われ、パトカー画像がサムネイル画像として使われる事はない。

 パトカーの画像をサムネイルに使う事で、事件性があると誤認させたい様だが、それは記事の受け手である国民を馬鹿にした行為。

 これを書いて報道した馬鹿じゃねーんだ。騙せると思ったら大間違いだよ。

 しかし、その事を知らない人々には今の言葉が突き刺さった様だ。


 顔を見合わせ、明らかに動揺している。

 すると、主催者らしき男が慌てだした。


「み、皆さん。どうやらここに高橋翔のシンパがいるようですが、騙されないで下さい!」

「それじゃあ、今の話はなんだー! 書類送検されたのは本当なのかー!」

「「本当なのかー!」」

「ぐっ……!」


 そう畳みかけてやると、男は、苦い表情を浮かべ沈黙する。

 どうやら分の悪さを悟ってくれたらしい。

 すると、丁度良くパトカーの音が聞こえてくる。

 しかし、役割分担ができているのか、パトカーが向かってきている事を察知した煽動者達は、メガフォンを七十代のお爺さんに渡し、民衆に紛れていく。


 なるほど、偶住所不定無職の老人が無届デモをやらかし、東京都公安条例違反で逮捕されるニュースを偶に見るなと思っていたが、そういう事だったのか……。


 何故、捕まるのが毎回、老人なんだろうと思えば、デモを扇動した自称活動家が責任を老人に押し付けていた様だ。

 腐った性根の人間がやりそうな事である。

 だが、俺がそれを許すと思っているのか?

 許す訳ねーだろ。

 逃げた奴等に視線を向けると、それを追いかける数人の男女の姿が見える。


「お兄さん、お兄さん。ちょっといいかな?」

「な、なんだよ。俺は今、忙し……」


 腕を掴まれ、老人に罪を擦り付けた男が振り向くと、そこには……。


「警察です。一部始終を見ていましたよ。ちょっと話を聞かせて貰ってもいいですか?」


 警察手帳を見せる私服警官の姿があった。


「な、何で警察官がここにっ!?」


 そう声を上げる扇動者を見て俺はほくそ笑む。


 まずは計画通り……。

 俺がこうなる事を予測していないとでも思っていたか?

 そんな訳ないだろ。お前らの考える事はまるっとスリッとお見通しなんだよ!

 お前らがやる事といえば、馬鹿の一つ覚えの様に抗議活動をするだけ。

 俺達がマスコミの殆どを牛耳ったからなァ!

 もう、お前等ができる事といえば、デモで騒ぎ散らす以外ないもんなァ!

 アイデンティティ、それしかないもんなァ!

 その驚き顔が見れただけで頑張った甲斐があったと思えるよ。

 ありがとう。君達のその顔が見れただけで俺は満足だ。

 後はそのまま逮捕され、塀の中でそのまま生涯を終えてくれればこの上ない。

 すると、男共の代わりに逮捕される予定だった爺いが喚き散らかす。


「ち、ちょっと待てよ! ワシを無視するんじゃない! その若者達は無実だ。このデモはワシが発案し、行った事。彼等はその手伝いをしたに他ならん! 逮捕するならこのワシを逮捕しろ!」


 ? ちょっと何を言っているのか分からず、フリーズしてしまった。

 私服警察が逮捕しろと叫ぶ身代わり爺いの肩を叩くと、爺いはポカンとした顔をする。


「それじゃあ、話を聞かせて貰えますか?」


 どうやら私服警察が背後にいた事に気付いていなかったらしい。


「――くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」


 爺いは、顔を真っ赤にすると、言葉にならない言葉を喚き散らしながらパトカーへと連れて行かれる。


 身代わりを買って出て、身代わりとしての役目も果たせず、喚き散らし連行されるとは、呆れ果てた爺いである。

 黙っておけば、メガフォン渡された爺いということで連行されずに済んだものを、変に声を上げるからこうなる。

 そういえば、執行猶予中の再犯は、執行猶予取り消し処分だったっけ。

 あー可哀想。

 自称市民活動家と、身代わり爺いの対応をしなければならないなんて、警察官が本当に可哀想だ。

 是非ともその鬱憤は迷惑かけた馬鹿共を塀の中送りにする事で晴らして貰いたいものである。


「さてと……」


 警察官の介入により、この場は何とか収拾しそうな雰囲気だ。

 まあ、元凶である自称市民活動家がいなければ、こんなものである。

 そう言って、その場を後にしようとすると、エレメンタルから至急の連絡が入った。

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