第350話 面白い事になってきた

「ふふふふっ、いやぁ~面白い事になってきたなぁ~」


 結果は上々。想定以上だ。事業仕分けは突如発生した不測の事態により中断……。

 高橋翔の件が済み次第、無理やりにでも事業仕分けを打ち切る気だっただけに、スプリンクラーの誤作動により事業仕分けが中断となった事は、私にとって僥倖だった。

 あのまま事業仕分けを続けていたら、同じエレメンタル使いである高橋翔が何を仕出かすかわからない。もしかしたら、事業仕分けの対象となっていた公益法人すべてが認定取り消しに追い込まれていたかも知れないのだ。


「面白い事……ですか?」


 恐る恐る質問してくる池谷にピンハネは快く答える。


「ああ、面白い事さ……。だってそうでしょ? 何の証拠もなく、ただの証言一つで簡単に人を追い詰める事ができたのだからね」


 とりわけ、駒として用意した公益財団法人宝くじ協議会理事長の発言は重い。

 例えそれが嘘だとしても公益財団法人の理事長が公の場で不正を働いたと証言したのだ。

 昔から存在する宝くじの噂や十年以上前に行われた事業仕分の影響により公益財団法人宝くじ協議会の信頼は地の底に落ちている。

 そこに、『やっぱりやっていたのか』と思わせる情報を紛れ込ませればあら不思議……。民衆は想像以上、簡単に騙される。


「テレビの力は偉大だよね。ただの疑惑がまるで真実であるかのように報じられてしまう。さて、彼に対処される前に嘘を誠に変えようか」


 そう言って指を鳴らすと、闇の上位精霊・ディアボロスがピンハネの下へ佇む。


「宝くじ協議会の理事長を自殺に見せかけて屠ってくれるかな? 遺書も忘れないようにね」


 ただそれだけで、高橋翔の人生は終わりを迎える。

 宝くじ協議会の理事長の命など、私にとって床に落ちている塵一つの価値すらない。

 むしろ、私に使われる事で初めて価値が出てくるのだ。


「さあ、彼に止めをさそう。徹底的に追い詰めてやらないとね」


 彼が死ぬ事で初めて私の計画は成就する。

 この世界にエレメンタル使いは二人もいらない。邪魔な障害物は排除するに限る。

 彼を排除し、東京都を手中に収めたら次はどこを狙おうかな。実に楽しみだ。


 そう言うと、ピンハネは闇の上位精霊・ディアボロスを宝くじ協議会の理事長、槇原の下へと向かわせた。

 向かわせたディアボロスが既に、高橋翔のディアボロスと入れ替わっている事に気付かぬままに……。


 ◇◆◇


 その頃、高橋翔が社外役員を務めるマスコミ各社でも動きがあった。


「これはチャンスです。今しかありません」

「彼のお陰で、当社は多大な損害を被りました。いえ、今も被り続けていると言っても過言ではありません……」

「社長……。ご決断を……。昔に戻るには今をもって他にはありません。我々は社長に付いて行きます。高橋翔を……。あの社外取締役を解任しましょう」


 各取締役の考えを聞き、朝昼新聞の社長、矢飼徳満は思考を巡らせる。

 高橋翔を会社から追い出したいのは山々だ。

 しかし、それには理由が必要となる。それも解任に足る理由が不可欠だ。


「……上手くいくだろうか?」


 そう気弱に発言すると、隣に座っている常務取締役が自信満々に甘言を説く。


「ええ、勿論です。すぐに臨時株主総会を開きましょう」


 取締役の解任は株主総会マター。社長の一存で役員を解任する事はできない。

 しかし、状況が状況だ。

 既に多くの局が同調し、宝くじ協議会理事長と高橋翔の不正を報道する準備に取り掛かっている。

 臨時株主総会で諮りに掛ければ、まず間違いなくあの社外取締役は解任となるだろう。

 あの悪魔の様な男を会社から追い出す為には今をおいて他にない。


「わかった。数日後、臨時取締役会を開催。そこで社外取締役の解任を臨時株主総会で諮る旨を決定する」

「はい」


 矢飼の決断を受け、取締役達は動き出す。

 一人の取締役は臨時取締役会と臨時株主総会の準備をする為に、一人の取締役は大株主への説明に……。

 目の前に見えているチャンスが更なるピンチを招く事を、誰一人として気付けずにいた。


 ◆◇◆


 ここは、宝くじ協議会の理事長室。

 電話越しとはいえ、したくもない答弁をさせられた槇原望は、ただただ荒れていた。


「くそっ……。何故、この私が尻拭いをしなければならない……」


 総務省の事務次官を退任し、宝くじ協議会の理事長に就任して五年経つが、身に覚えのない冤罪を被せられ、理事長退任を迫られたのは人生において初めてだ。

 第一、宝くじの収益金の管理はすべて銀行に委任している。

 宝くじ協議会が自由に使い道を決める事ができるのは、社会貢献広報費位のものだ。

 宝くじで不正などできるはずがない。


 にも関わらず、都知事から任意団体宝くじ研究会に収益金の大部分を流しているのではないかと尋ねられた時は驚いた。

 何せ、まったく身に覚えがないのだ。

 銀行には、宝くじ収益金の配当を含め管理を委託している。こちらで分かるのは、宝くじの売れ行き位のもの。

 そもそも、理事長である私の仕事は、国や都道府県との折衝であって運営ではない。

 しかし、都知事は、もしこの事を認めなければ、事業が存続できない様に事業仕分けで徹底追求するだけでなく、知人の議員に頼み込み国会で社会貢献広報費について再度、取り上げると脅し掛けてきた。


 冗談じゃない。これでは、話が違うではないか。私は東京都で公益認定を受ければ、例え開示請求されたとしても、黒塗りにして守ってくれるし、監査請求されても問題なしと弾いてくれると聞いたから、東京都に公益認定してもらったのだ。それなのに、何故、こうなる。

 ルールは厳格化されたものの、社会貢献広報費の使い道については、まだまだ穴がある。

 実際、知人や議員に頼まれ、実績のない法人や実態や活動しているかも怪しい公益法人に社会貢献広報費を流した事もある。

 そこを突かれたくないからこそ、都知事の話に乗った。その結果がこれだ。


 社会貢献広報費を特定の公益法人に助成金という形で拠出できないかと都知事から話を持ち掛けられ、いざ、それに応じれば、それを脅し文句として使ってくる。

 殆ど、捨て身に近いやり方だが、私にも家庭や生活がある。だからこそ、嫌々ながらも都知事の言う事に従った。


 退任時の退職金については、一億円という事で話はついたが、再就職先についてはまだ連絡はない。

 都知事からは今回の件を認めれば、この後、起こるであろう損害賠償請求には含めない旨、確約を得ているが、正直、それも未知数だ。

 選択肢が無かったとはいえ、国民の声の大きさによっては、これも反故にされかねない。

 もしや、私は嵌められてしまったのだろうか。

 怒りで頭がくらくらしてきた。

 こんな事になったのも、すべて高橋翔とかいう若造が悪い。

 そう呪詛の言葉を口にしようとすると、テレビの画面に速報が流れる。

 それを見た瞬間、槇原は目を見開き顔を強張らせた。


「な、なん……だと……」


 ニュース速報で流れたのは、『宝くじ協議会理事長。宝くじ当選金を不正に流用か?』というもの。

 それを見た瞬間、槇原は顔を青褪めさせる。


「は、話が……。これでは話が違う。私に関するニュースは流さない事で話が付いていたではなかったのか!?」


 宝くじ協議会の理事長が、高橋翔と共謀して宝くじの当選金を流用していたと自分の言葉で発信したのだ。そして、その様子はSNSで全国に放送されている。

 普通に考えれば、そんな大ニュースが、速報で流れない訳がない。


 呆然とした表情でニュースを見ていると、今度は電話が鳴り出した。

 一つだけではない。子機を含むすべての電話が一斉に鳴り出す。


「な、何が……。何が起こっている!?」


 何が起こっているも何も、電話が一斉に鳴り始めたのは、ニュースで速報が流されてからだ。

 対応に困った職員たちが理事長室に入ってくる。


「た、大変です! 電話が……抗議の電話が止まりません!」

「宝くじ協議会が過去に助成した法人にも迷惑電話がかかっているそうです!」

「ホームページがハッキングされました! 職員の個人情報や得意先、顧客情報まですべて抜かれデータが消失しています!」


「ど、どういう事だっ!」


 宝くじユーザーは多い。下手をしたら全国民が敵に回る。

 嘘とはいえ、公の場で、宝くじの管理を行う宝くじ協議会が、宝くじの当選金を不正流用していましたなんて言えば、何かしらのアクションはあると考えていた。しかし、これは想定以上だ。


 どうしたらいいのか正解が分からず呆然としていると、今度はスマホに電話が掛かる。

 恐る恐る画面を見てみると、そこには妻の名前が表示されていた。

 何だか嫌な予感がする。


「――私だ。どうした? 急に電話なんかしてきて」


 スマホをタップし、電話に出ると、切羽詰まった妻の声が聞こえてくる。


「あ、あなた、早く帰って来て! 外に記者が押し寄せているの! 郵便受けを勝手に開けたり、ドアを叩いたり、家に押し入ろうとしたりで頭がどうにかなりそうだわ! これじゃあ、娘をピアノ教室に連れてもいけない。そもそも、何であんな事を言ったの! あなたの事情に私達を巻き込まないでよ!」


 どうやら、家に記者が押し寄せているらしい。しかし、私の発言で、妻だけではなく娘にまで迷惑を掛けるとは思いもしなかった。


「落ち着きなさい。まずはマスゴミが外で迷惑行為をしていると警察に通報をだな……」

「もうとっくにし通報したわよ! でも、全然対応してくれないの! 対応してくれないのよ!」

「ぐっ……!」


 警察め……肝心な時に役に立たん。

 これは報道被害だろ。こうなったら弁護士経由で警察に……。


「――う、うわぁ!?」


 ――パリンッ!


 すると、今度は外から投げ込まれた石が窓を割り事務所に入り込んできた。

 慌てて外を見ると、そこには怒気を露わにした民衆が事務所を取り囲む様に集まっていた。


「――ひ、ひぃ!」


 それを見た槇原は思わず悲鳴を上げる。


 何で……! 何でこんな事になる!

 何でこんな事になるんだぁぁぁぁ!?


 すべては槇原の想像力が足りなかったが為に引き起こされたこと。

 例え、脅迫されていたとしても、宝くじ協議会の理事長が宝くじの当選金を不正流用していたなどと口にすれば、そうなるである事は想像に難くない。


「出入口を塞げぇぇぇぇ! 早く! 早くぅぅぅぅ!」


 槇原はそう絶叫すると、自分は理事長室に閉じ篭り、職員に事務所の扉を閉めるよう命令した。

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