第211話 スヴァルトアールヴヘイム④

 発破を掛けられ憎悪の炎を目に宿した若きドワーフ達は、年老いたドワーフを取り囲むと、口々に罵声を浴びせ掛けていく。


『――黙れっ! 何が「皆、覚悟はできているだろう」だっ! 思い込みで勝手な事を言うなっ!』

『誠意とやらを示せば命は助かるんだぞっ!』

『そうだっ! 族長が一人で死ぬのは構わない。だが我々を巻き込むなっ!』


『ぐっ……お前達……』


 怒涛と襲いくる罵倒の数々に呼吸もままならず呻く年老いたドワーフ。


「へえ……」


 これはいい事を聞いた。あの年老いたドワーフは族長のか。

 何だか偉そうなドワーフだとは思っていたが納得だ。

 しかし、本当に存在するとは……。

 自分の名誉やプライドの為に『覚悟』の御旗の下に他人を巻き込んで集団自爆する。そんな奴が……。てっきり、漫画の中だけの存在かと思っていた。


 まあいい。折角だ。族長ドワーフにも反論の機会をやるとしよう。

 若きドワーフ達に何と言って、弁解するか興味がある。


 風の上位精霊・ジンに視線を向けると、俺の意図を察したジンが族長ドワーフに酸素を供給していく。


『――はっ!? はあっ、はあっ、はあっ……。い、息が……急に息ができる様に……!?』


 血の気が戻ってきた族長ドワーフは、一度、俺を睨み付けると、すぐさま若きドワーフ達に向き直り声を上げた。


『――お、お前達にはプライドがないのかっ! あの人間はワシ等を侮辱したのだぞっ!? それに誠意とかあやふやな事を言って……どれほどの物を要求されるかわかったものではないっ! この地に眠る宝は我々の祖先が残した大切な物。奪われる位であれば、せめてもの抵抗として自決するという気持ちが何故わからないっ!』


 へー。この地には宝があるのか……。

 良い事を聞かせて貰った。やはり、族長ドワーフに弁解の機会を与えて正解だった。


 族長ドワーフの言葉を聞き、顔を真っ赤にして怒鳴る年若きドワーフ達。


『何を馬鹿なっ! 年を重ねる毎に肥大化した族長のプライドなんて下らないものの為に巻き添えにされるなんて冗談じゃないっ!』

『まったくだ! いい加減にしろっ! 自決するなら一人で自決してくれっ!』

『宝にしてもそうだっ! これだけ掘り進めてなお、未だ見付からないじゃないかっ!』


「それで? そのお宝はどの辺に埋まっているんだ?」


 若きドワーフに紛れ、そう尋ねると族長ドワーフは怒りながら答える。


『――なにっ!? 貴様等、祖先が残してくれた宝の場所も忘れたのかっ!? なんと……なんと愚かなっ……! この岩盤の先だっ! 何の為に奴隷に採掘させていたと思っている!』

「なるほど、岩盤の前ねぇ……」


 アホだ……。アホがここにいる。

 命に代えて守ろうとしていた情報を易々と口にするとは……。

 族長ドワーフは皆の命と引き換えに一体何を守ろうとしていたのだろうか?

 きっと、まだ脳に酸素が行き渡っていなかったのだろうと、そう信じたいものだ。


『な、なにっ!?』


 俺がそう呟いた瞬間、族長ドワーフが自分の失言に気付き顔を真っ赤に染め怒り狂う。


『――き、貴様ぁぁぁぁ!』


 自分の失言でこうもヒステリックに怒り狂う事ができるとは流石である。

 元々、こういった性格なのか、それとも認知症の初期症状で怒りっぽくなっているだけなのかはわからないが困ったものだ。


「いや、そんなに憤られても……。俺の質問に答えてくれたのは他でもない族長じゃ……」

『――煩ぁぁぁぁくぁwせdrftgyふじこlp……』


 俺が至極真っ当な事を言おうとすると、族長ドワーフがヒステリックに言葉を被せ発狂し、そのまま後ろにぶっ倒れてしまった。


 恐らく、過度のストレスが誘因となり自律神経のバランスが崩れ失神してしまったのだろう。よくある事なのかわからないが、年若きドワーフ達がぶっ倒れた族長ドワーフの事を手際よく介抱していく。


 あれだけ怒り狂っていた族長ドワーフに対し、思う所はないのだろうか?

 ヒステリックドワーフの介護なんか絶対にやりたいと思わないが……。

 いや、もしかしたら、族長ドワーフがヒステリーを起こし、ぶっ倒れるのはよくある事なのかもしれない。

 まあいい。これで邪魔者はいなくなった。


 族長ドワーフが運ばれていくのを見届けると、俺は年若きドワーフ達に声をかける。


「――さて、族長ドワーフがヒスってぶっ倒れ運ばれてしまった訳だが……俺は誰と話をしたらいいのかな? できれば、ちゃんと話ができるドワーフと話がしたいのだが……」


 そう告げると、年若きドワーフ達は困惑した表情を浮かべ顔を見合わせる。


『お、おい。どうするよ……』

『お前が行けよ……』


 暫く待っていると、年若きドワーフ達を掻き分けて一人のドワーフが集団の前に立った。


『――ならば、この私が話をしよう。族長の息子であるこの私であれば問題ないだろう?』


 いや、問題ないかどうかはこちらで決める事だ。

 ヒステリック族長ドワーフの息子か……対話の相手として最悪だ。

 最悪だが……まあいい。このままじゃ話が進まないからな。要求するだけ要求させて貰うとしよう。


「じゃあ、お前でいいや。ああ、ちなみにここから先の発言には気を付けろよ。見てわかると思うが、ここから先は武力を持って制圧するから」


 そう言って、言論を封殺してやるとドワーフ達は皆揃って黙り込む。

 本気でそれをやると認識したのだろう。その通りだ。


「――それで? お前等はこの俺にどんな誠意を見せてくれるんだ?」


 そう呟くと、族長ドワーフの息子は考え込む。


『そ、そうだな……我々が採掘した鉱石を納めるというのはどうだろうか?』

「――ほう。鉱石を俺に渡すと、そういう事か?」


 何だこいつ等天才か?

 そこら辺に落ちている金や銀、その他鉱石に視線を向けながらそう呟く。


『ああ、こんな鉱石でよければ差し出そう』


 何だこいつ等、最高じゃないかっ!


 足下に転がる金鉱石と銀鉱石。

 ここに来た時から気になっていたんだ。

 ええっ? 本当にいいの? 金鉱石と銀鉱石とか、本当に貰っちゃうよ?

 いや、マジでw

 チラチラと足下に視線を向けていた甲斐があったというものだ。


『――こ、これで誠意を示す事ができただろうか?』


 年若きドワーフの言葉に俺は頷き答える。


「ああ、お前達の誠意は十分伝わってきた。まだ若いのに素晴らしい誠意の示し方だ――」


 しかし、ただこの状態の鉱石を貰ってもしょうがない。


「――後は、俺に納める鉱石を精錬し、インゴット化してくれるだけでいい。いや、若いのに素晴らしい誠意の示し方だ」


 すると、年若きドワーフの一人が惚けたことを言う。


『えっ……精錬まで行うんですか……?』

「当然だ。鉱石の状態で貰っても仕方がないじゃないか」


 何言ってるんだ。こいつ……。

 もしかして、『足元に転がっている鉱石なら好きに持って行ってもいいよ。それが誠意の証ね』とでも考えていたのか?

 そんな訳ねーだろ。甘えるな。


「ああ、後、何十年間この誠意を示してくれるのかも決めないといけないな」

『えっ……? 何十年間??』

「その通り。それとも何か? ここにある鉱石をインゴット化して渡すだけがお前等の誠意の示し方なのか? それが誠意と言えるのか?」

『そ、それは……』


 これぞ圧倒的強者にのみ許される交渉術。強者の論理という奴だ。

 弱肉強食こそ、この世界の論理。現にこのドワーフ達は『ああああ』達を捕え、強制的にレベルを初期化し、奴隷として扱っていた。文句は言わせない。


「うん? 今、『それは……』とか言わなかったか?」

『い、いえ……』


 俺の指摘に口を濁して答える年若きドワーフ。


 とはいえ、俺も鬼じゃない。

 強者の論理が通じるのは、強者でいられる間だけ。

 せめて、下請企業に無理難題を吹っ掛ける大企業並みの譲歩はしよう。

 数十年単位で鉱石をインゴット化し、納め続けるのは大変だろうしね。


「――まあ、今のは冗談だ。取り敢えず、ここにある鉱石はすべてインゴット化し納めて貰うが、そこから先の事は交渉で決めよう」


 どれだけの鉱石をインゴット化できるかわからないしね。

 取り敢えず、どの位の期間でどれだけ俺に納める事ができるのかを確認しない事には始まらない。

 折角発見した金鉱脈。潰してなるものか。


「それじゃあ、まず、どれだけ生産能力があるか教えて貰おうか……ついでにどの位の埋蔵されているのかも……」

『は、はい……』


 引き攣った顔をした年若きドワーフにそう告げると、唖然とした表情を浮かべたまま固まる『ああああ』達をガン無視し、交渉のテーブルに着いた。


 ◇◆◇


『こ、こちらが精錬所です。この場所で、採掘した金属の精錬を行っています』

「おお……凄いなこれは……」


 歩いて三十分。

 ドワーフの集落は地下空洞に建てられていた。

 居住区と精錬をする為の施設は分けられているようだ。

 精錬をする為の施設だけあって非常に暑い。


『し、しかし、何であんな脆い金属を欲しがるだ? あんなもん地面を掘ればいくらでも……』


 キラキラとした目で、精錬用の機械?を見ていると、年若きドワーフの一人がポロっとそんな事を呟く。


「あんな脆い金属?」


 俺がそう呟くと、年若きドワーフは『やべっ』と言わんばかりに口を噤んだ。


「もしかして……」


 もしかして、この世界で地金って価値がそんなにないのか?

 そうだとしたら、ある意味大チャンスなんだが……。


 そんな事を考えていると、俺の言葉を深読みした若きドワーフ達が勝手に弁解し始める。


『ば、馬鹿野郎っ! 余計な事を言うんじゃない!』

『そうだ。折角、そこら辺を掘れば一杯出てくる脆い鉱石で話が纏まりそうなのになんて事を……!』

『また誠意が足りないと言われたらどうするつもりだっ!』


「ふーん。そうなんだ……」


 語るに落ちるとはこの事だ。

 恐らく、この世界ではあちらこちらに金鉱石が埋まっていて珍しい物ではないのだろう。

 つまり、こいつ等はそこら辺に落ちている鉱石を『誠意』とか抜かして渡してきやがったという訳だ。


「……まだ誠意が足りてなかったみたいだね」


 そう呟くと、年若きドワーフ達は絶望した表情を浮かべ項垂れた。

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