第210話 スヴァルトアールヴヘイム③

 地上から降ってきた俺達を見て驚くドワーフ。

 そんなドワーフ指導の元、採掘作業をする元部下達の姿を見た俺は思わず目を丸くする。


「――お前等、こんな所で何やってんの……?」


 いや、本当に……。

 新しく解放された世界『スヴァルトアールヴヘイム』まで来て何をやっているんだ?

 ・・・…もしかして、採掘作業をする為にここに来たのか?

 えっ……いや、マジで??


 すると、俺の存在に気付いた元部下達が助けを求めてきた。


「カ、カケルさんっ! 助けて下さいっ!」

「カケルさん……助けに来てくれるって信じてました!」

「ほらな、言った通りだろ? なんだかんだ言ってカケルさんは俺達に甘いんだよ」


 お、おう。なんだなんだ、どうした?

 助ける気のない俺に、急に声をかけてきて。これで助かったと盛り上がるのは勝手だが、俺の庇護下から離れた以上、俺は助けないぞ?

 そこの所、わかってる?


 そんな事を考えていると、ドワーフの一人が槌を下ろし、こちらに向かってやってくる。


『お前……我々の言葉が解る様だが本当に人間か?』


 酷い言われ様だ。

 ゲーム世界に偶々、そういう機能が実装されていたから偶然話せるだけだ。

 俺は堂々と宣言する。


「――人間ですが、それが何か?」


 すると、ドワーフは眉間に皺を寄せる。


『ふむ……。して、何故、ここに……? 奴隷として連れて来られた訳ではない様だが……。今の崩落もお前が原因か?』

「――はっ? 奴隷??」


 何の事だ。意味がわからない。

 奴隷とは、人間でありながら人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人間の総称だ。


 ドワーフは元部下達を指差して言う。


『……人間だってモンスターを捕えた後は殺して糧にするか、家畜や奴隷として扱うだろう? この者達はワシ等に捕まり奴隷となった。ただ、それだけの事。そんな事よりワシの質問に答えろ。今の崩落は何だ? お前がやったのか?』


 うーん。まさか、この世界に奴隷という名のシステムが導入されていようとは……。しかも、捕まったら奴隷になるって凄いシステムだな。酷く原始的だ。

 まあ、俺には関係なさそうだし別にいいか。変に首突っ込んでも藪蛇になりそうだし……。


『ああああ』達を始めとした元部下達がドワーフの奴隷になっている事を理解した俺は、足元で伸びている俺を襲ったドワーフの首の付け根辺りを掴むと開き直る。


「……俺はただ、あんたのお仲間のドワーフが攻撃してきたから反撃しただけだ。正当防衛だよ。まあ結果として崩落したのは確かだが、このドワーフが俺に攻撃を仕掛けなければこうはならなかった。つまり、コイツが全部悪い」


 そう弁明すると、ドワーフは俺の背後を見て『ふむ』と呟く。


『……そうか。ならば、そ奴を引き渡して貰おう。そ奴にはこの崩落の責任を取って貰わなければならない』


 なるほど、このドワーフ。中々、聡いな……。

 俺の力量を見極め……というより、俺の背後にいるエレメンタルを見て、崩落の責任をこのドワーフに被せる事にした様だ。力の差をちゃんと理解している。初対面だというのに賢明な判断だ。素晴らしい。


 しかし、抜けている。惚けている。思考停止に陥っている。

 何より俺に対する理解がまるで足りていない。


「――そうか……そうだな……だが、断る」


 俺が引き渡し要求を断るとドワーフは意外そうな表情を浮かべる。


『……何故かね?』

「いや、何故かねって……。俺はまだこのドワーフから謝罪の言葉を受け取っていない。わかるか? まだ謝罪の言葉を受け取っていないんだ……」


 まあ、謝罪された所で受け取りはしない。

 むしろ怒りが再燃し、ぶん殴ってしまうかも知れない。

 それほどまでに、俺はまだ怒りが収まっていないんだ。

 だって、そうだろう?

 今、お前は言ったじゃないか。

『この奴隷達はワシ等に捕まり奴隷となった』と……。

 つまり、お前達は……いや、俺に攻撃を仕掛けてきたこのドワーフは俺を捕え奴隷にする気だったとそういう事だ。

 この俺を捕え鉱山で働かせる気だったと、そういう事だろう?

 未遂に終わったからといって、そんな事、許せる筈が無い。許される筈がない。


「……それにこのドワーフに対する怒りが収まっていない。怒りが収まっていないのだから、当然、このドワーフを引き渡すなんて事できる筈がない。お前達流の言葉で言わせて貰うなら、このドワーフは俺が捕えた。つまり、今、このドワーフは俺の奴隷という事だ。わかったか? わかったら外野は黙っていろよ」


 すると、ドワーフは困った表情を浮かべる。


『し、しかしだな……』

「『しかしだな……』と言われても譲る気はない。これは俺とこのドワーフとの問題だ。それとも何か? 俺からドワーフを奪い返して見るか?」


 その瞬間、後ろに控えていたエレメンタル達が再顕現する。


「――確か、お前は言ったな?」


 そう言うと俺は『ああああ』達に視線を向ける。


「『この奴隷達はワシ等に捕まり奴隷となった』と……。なら俺を敵に回してみるか? このエレメンタル達を従えるこの俺を……やり合ってみるか? 全員捕えお前達の言う所の『奴隷』にしてやるぞ……?」


 エレメンタルを顕現させ物量で威嚇してやると、『ああああ』達を奴隷扱いしていたドワーフ達が露骨に慌て始めた。


『ま、待て……我々に争う意思はな……』

「――そういえば、お前達が奴隷と言っているそいつ等、俺の連れなんだよね? 誰の許可を取って奴隷にしてんの? ねえ、誰の許可を取って俺の連れを奴隷にしたの? 俺の許可を取って奴隷にしたの?」

『あ、いや……これは違っ……』

「いや、何が違うんだよっ!」


 話を遮り、被せる様にそう言うと、ドワーフは顔を引き攣らせる。

 逆にドワーフの慌てる表情を見て、『ああああ』達は少し嬉しそうな表情を浮かべていた。


 勘違いするんじゃないぞ?

 因縁付けるのに丁度良かったから利用させて貰っただけだ。タダでは助けないから。

 つーか、お前等、『ムーブ・ユグドラシル』がないと帰れない事を忘れるな。


 そんな気持ちを込め視線を送ると、『ああああ』達は一転して苦い表情を浮かべる。


『――わ、わかった。すまなかった。我々が間違っていた。ま、まさか、これほどまでに強力な精霊様を従えている人間がいるとは思わなかったのだ……』


 おい。人間軽視が過ぎるぞ。

 なんで、エレメンタルには『精霊様』と敬称を付け、人間は種族名呼び捨てなんだ。

 エレメンタルに敵いそうにもないから仕方がなく従いますって感じ丸わかりじゃねーかっ!


 ――まあいい。まずは一旦落ち着こう。


「それで? その強力な精霊様を従えている人間様がここにいるんだけど、それだけか?  『わかった。すまなかった。我々が間違っていた』と謝罪の三段法を使って謝罪したつもりになってそれだけか? もっと何かあるだろう。謝罪の意を……誠意を示す方法が……。お前等にとっての謝罪とは……誠意とは何かね?」


『せ、誠意っ……?』

「ああ、そうだ。もう一度聞くぞ? お前達は俺の連れを勝手に奴隷にして、勝手に重労働を課し、崩落事故に巻き込もうとした訳だが、お前等にとって誠意とは何かね?」


 親指と人差し指で丸を作りそうジェスチャーすると、ドワーフ達は何故か歯を食い縛り悔しそうな表情を浮かべる。


「――全然、期待はしていないが、ドワーフである君達にできる誠意とは何かねと聞いている」

『ぐっ……何と言う侮辱的……人間の分際で生意気なっ……!』


 なにが屈辱的なのかはわからないが怒り心頭の様だ。

 なにかやったか俺? なんで怒ってるんだ?

 どうやらこのジェスチャーの事を『金を寄こせ』以外の意味に捉えたらしい。

 ドワーフの表情から『ふざけるなっ!』という気持ちだけは伝わってくる。


「――そうか、残念だよ」


 反省の色なし。

 ならば、戦争だ。やはり人は争い会う事でしか理解できないのだろう。

 俺の持つ戦力差がわからないとは悲しいね。さっきまでは分っている風だったのに、もう忘れちゃったのだろうか?

 エレメンタルがバックに付いている俺とただのドワーフでは戦力差が違う。

 ネズミがライオンに挑む様なものだ。


 俺が指をパチンと恰好良く鳴らすと、風の上位精霊・ジンがドワーフに捕らえられている『ああああ』達を風のベールが覆っていく。


『な、何が「残念だよ」だっ! 死ねぇぇぇぇ!』


 ドワーフの集団が襲いくる中、俺は笑みを浮かべる。


「ジン……死なない程度に彼等の周りの酸素を消しておくれ……」

『なっ――!?』


 俺がそう言うと共に消え去る酸素。

 ドワーフ達は鼻や首を抑え、苦しそうな表情を浮かべる。


「――今すぐ負けを認め、こちらの望む誠意を見せてくれるなら命だけは助けてやってもいいぞ? さて、どうする?」


 その言葉に、ドワーフは抗い首を振った。


『だ、誰が……誰がお前になぞっ……』

「ほうっ……」


 流石だ。命乞いをせず気丈に振る舞うとは……。

 つーか、酸素無いのによく喋れるな。


「ただ誠意を見せてくれるだけでいいんだけどな……。誠意を見せる位なら皆を巻き添えにして死んだ方がいいと、そういう事か……?」


 俺がそう言うと、ドワーフは苦笑いを浮かべながら呟く。


『当然だ……皆、覚悟は出来ている。ワシは誇り高きドワーフ族! 人間の言葉に惑わされはしないっ!』

「へえ、そう……」


 その言葉を聞いた瞬間、若いドワーフがジタバタと暴れ回る。

 顔が必死だ。

 どうやら、このドワーフ達は覚悟とやらが出来ていない様だ。ならば話は早い。

 俺はジタバタと暴れ回るドワーフの下に近寄ると、拘束を解きその場に酸素を行き渡らせる。


「さて、君達。あのドワーフが言った言葉を聞いていたな?」


 拘束を解き、酸素を供給してやると、若いドワーフ達は全員揃って、俺に反抗した年老いたドワーフを睨み付ける。


「――あのドワーフの言葉を聞いてどう思った? 俺はただ誠意を見せてくれればそれでいいとしか言っていないのだが……誠意を見せるの嫌さに死を選ぶなんて馬鹿らしいとは思わないか? 誰かあのドワーフを説得してくれると嬉しいのだが……君達を消したくはないし……」


 そうドワーフに告げると、若いドワーフ達の目に危険な炎が宿った。

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