第209話 スヴァルトアールヴヘイム②
「そ、それじゃあ、遠慮なく……」
遠慮がちに中級回復薬を手に取った『ああああ』は、俺と回復薬を交互に見つめると、意を決したように中級回復薬を飲み干した。
中級回復薬を飲んですぐ、傷口や痣に光が帯び正常な状態に修復していく。
ふむ……。どうやら『ああああ』の言っている事は本当らしい。
『ああああ』が装備していた呪いの装備『命名神』シリーズには、回復を阻害する効果がある。
まあ『命名神』シリーズを装備していないのは見ればわかるが……本当にレベル一になっちまったんだな『ああああ』……。
まあその話は置いておこう。
ぶっちゃけ、どうでもいい。
「よし。回復したな……」
「え? あ、うん……」
俺は笑みを浮かべながら『ああああ』の肩を叩くと、『それじゃあまた』と手を挙げる。
「――それじゃあ、俺はこれで……何かここヤバそうだし、一度、この世界のダンジョンを視察してからセントラル王国に戻るわ。『ああああ』。強く生きろよ」
一度、俺の庇護下から離れた以上、施しをする気は一切ない。
そう言って立ち上がると、『ああああ』は縋り付く様に俺の足を掴んだ。
「――ち、ちょっと、待ってええええっ! 助けてくれよ、ガゲルぐぅぅぅぅんっ!」
「ええいっ! 放せっ! ドラえもんに縋るのび太かお前はっ!」
レベル一なのにこんな時だけ力が強い。
どこから湧いてくるんだその力っ!?
生存本能か? 生存本能が成せる技なのか??
つーか、お前、四十歳超えているだろうがっ!
二十代の若造に縋るんじゃねええええっ!
「そ、そんなぁぁぁぁ……」
まあ、気持ちだけはよくわかる。
適正レベル二百五十の世界にレベル一で放り込まれたらそう言いたくもなるわな。
俺だって、レベル一でそんな世界に突然放り込まれたら、この世の不条理で狂い死にしそうになるわ。
「だが約束しよう。この世界に『ああああ』という一人のプレイヤーがいた事を……ちゃんと石碑に刻んでおいてやる。話は終わりだな。それじゃあ、また――」
「「「――ち、ちょっと、待って下さいぃぃぃぃ!!」」」
告げる事だけを告げて、さっさとその場を後にしようとすると、突如として、廃墟の扉が開き、外から多くのプレイヤー達が雪崩込んできた。
「お、お前等はっ……!!」
『いいいい』に『うううう』、『ええええ』……って、何で三人だけなの?
お前等もっと多くいたよね? 五十人位いたよね?
つーか、ここにいる全員、俺の事をディスって庇護下から外れた奴等ばかりじゃねーかっ!
「――話を聞いて下さいっ!」
「――僕達が間違ってましたぁぁぁぁ!」
「――お願いだから助けて下さいぃぃぃぃ!」
しかも全員、『命名神』シリーズの装備が外れている。
つまり、ここにいる全員がレベル一という事……。
『お荷物』という言葉がピッタリ合う奴等なんて中々いない。
「――ガゲルぐぅぅぅぅん!」
「お願いしますぅぅぅぅ!」
俺が唖然とした表情を浮かべていると、『ああああ』達がワーワー騒ぐ。
「あーっ! 仕方がねぇなぁぁぁぁ!」
考えて見れば、こいつ等とは契約書を交わしていた。
月に一度、稼いだ金額の一割を支払うというものだ。
まあレベル一に何ができるかはわからないが、折角、一枚百万コルもする契約書で契約したのだ。ここで解消するのは何となく勿体ないように感じる。
「はあっ……」
ため息を吐くと、俺に縋る元部下達を前に、ボロボロの椅子に座って足を組む。
「――わかったよ。取り敢えず、話だけは聞いてやる。お前達に一体何があったんだ? つーか、『命名神』シリーズの装備はどうした?」
「じ、実は……」
『ああああ』達に視線を向けてそう尋ねると、ポツリポツリと話し始めた。
◇◆◇
「――はぁああああっ!? 奪い取られたぁぁぁぁ??」
「そ、そうなんです……!」
いや、どうやって?
『ああああ』達も知っているだろうが、呪いの装備は一定条件を満たさないと外す事ができない。
『命名神』シリーズの解呪方法は『改名』。それ以外に外す方法は無い筈だ。
それなのに奪い取られた?
どうやって奪い取ったんだ、それ?
逆に奪い取る方が難しいんですけど、それ??
「じ、実は、カケル君が以前、俺に使ったアイテム『命名神の施し』をドワーフ達が持っていて……」
「ド、ドワーフッ!? えっ、本当にドワーフいるの? どこにいるのっ?? って言うか、ドワーフってどんな感じだった? もしかして、白雪姫に登場する七人の小人みたいな感じ?」
意気揚々にそう尋ねると『ああああ』は呆然とした表情を浮かべる。
「……えっ? 『命名神の施し』よりもそっちの方が気になるのっ?」
「当たり前だ。何の為にここまで来たと思っている」
そう言ってやると、『ああああ』達は引き気味に「ええっ……」と呟いた。
『ええっ……』じゃない。
新しく実装された世界だぞ?
お前等が奪われた呪いの装備よりそっちの方が重要だろ。
「それで? ドワーフってどんな感じの……うん? 何だ?」
すると、俺は地面が揺れている事に気付く。
「――地震か?」
へえっー、ゲーム世界にも地震って存在するんだ。
そんな事を考えていると、地震が発生している事を認識した『ああああ』達が顔を真っ青にして騒ぎ始める。
「「「う、うわぁぁぁぁ!」」」
「お、おい。どうしたっ……!?」
尋常じゃない騒ぎ様だ。少し恐怖を感じる。
どうした、久しぶりの地震で頭でもやられたか?
つい先日まで地震大国日本に住んでいただろ、お前等……。
そんな事を考えていると、地震が発生している事を認識した『ああああ』達は建物の中から出て行ってしまう。
「……な、何なんだ?」
何、震度2位の揺れでそんなに怯えているんだ。マジで意味がわからん。
すると今度は、地面に開いた穴からヒューヒューと音が聞こえてきた。
「うん? 地面から音……?」
『ああああ』達が建物の外に逃げていくのを見て何となくヤバそうだなと思い立ち上がると、突然、足下から槍が生えてくる。
「へっ?」
突然、足下から生えてきた槍に唖然とした表情を浮かべていると、地面に開いた穴から次々と槍が生えてきた。
「――ま、待て待て待て待て待ってぇぇぇぇ!?」
どういう事っ!?
これ、どういう事っ!?
地面の穴を避け後退る様にして二階に続く階段に避難すると、途端に槍が地面に引っ込んでいく。
槍が地面に引っ込んでいく光景を目の当たりにして俺は頬に一筋の汗を流した。
「あ、危ねっ……。何だったんだ、今のは……?」
二階に続く階段から地面に開いた穴を注視していると、穴の中から子猫サイズの何かが這い出ようと蠢いている事に気付く。
「クラーケンッ!」
そう言って穴を指差すと、俺の意を汲んだ水の上位精霊・クラーケンは穴から生える手に触手を這わせる。
そして、それを一本釣りすると、小さい髭面のおっさんが姿を現した。
しかもこの髭面のおっさん、羽が生えている。
何だ? このファンタジックなおっさんは……。
もしかして、こいつが『ああああ』が言っていたドワーフなのか?
捕らえたドワーフ(仮)をマジマジ見ていると、ドワーフ(仮)が暴れ出す。
『――離せっ! 人間め、離すんじゃ!』
「……おお、喋った」
『いいから離せっ! 離せぇぇぇぇ!』
ふむ。何故かよくわからないが、こいつ、日本語を話すぞ?
いや、違うな……発声した時の口の動きが日本語のそれとはまるで違う。
なんだ?
もしかして、『Different World』にあった汎用自動翻訳機能が働いてるのか?
まあ、意思疎通が取れるならそれでいい。
「……おい。お前、何故、俺を攻撃した?」
『いいから離せと言っているじゃろうが、この
この毛玉……
差別用語の言い過ぎは良くないぞ?
少しイラっとしたので、軽く手を挙げ、水の上位精霊・クラーケンに
「
近くに寄って罵倒してやると、水の上位精霊・クラーケンの触手に捕まっていたドワーフ(仮)がニヤリと笑う。
「――何を笑って……」
その瞬間、下から槍が伸びドワーフ(仮)を捕えている触手を断ち切った。
「なっ!?」
突然の事に驚く俺。
ドワーフ(仮)は俺に向かって、変顔をしながら『
「ぐっ……! 貴様ぁぁぁぁ!」
どこまで俺の事をコケにすれば気が済むんだ。お前ええええっ!
俺の事をこんなに怒らせたのはお前で数十人目だよ。
誇るがいい。俺を怒らせた事を。
恐れるがいい。俺のエレメンタル達の力を……。
日本じゃ好き勝手できなかったが、ここはゲーム世界。自重する必要はまったくない。
「クラーケンッ! あのドワーフ(仮)の住処を水浸しにして窒息させてやれぇぇぇぇ!」
そう言った瞬間、クラーケンが半径一キロメートル洪水を起こしていく。
穴からポコポコと気泡が出てきた。もうちょいの辛抱だ。
暫くして、泡が噴き出るとドワーフ(仮)が水面に浮かんできた。
白旗を持っているという事は降参という事だろうか?
だが、もう遅い。
「今更、降参しても遅いんだよ!」
そう声を上げると、地の上位精霊・ベヒモスが建物内に顕現する。
ベヒモスが顕現した事で崩れゆく建物。
その傍らで、水の上位精霊・クラーケンに守られた俺は、ドワーフ(仮)に向かって親指を下に向ける。
「俺に攻撃を仕掛けた事を後悔して逝くがいい。ベヒモス!」
俺がそう言うと、この建物を中心に震度8強の激震が周囲を襲う。
新潟県中越地震や東日本大震災を超える震度8強。
穴だらけの地面に震度8の激震が走った瞬間、地面が広く崩れ陥没していく。
突如として襲う浮遊感。
陥没した地面に落ちていくドワーフと逃げそびれた『ああああ』達。
「「「ぎゃあああああっー!」」」
叫び声を上げながら地下に向かって落ちていく。
風の上位精霊・ジンの助けを借り、落下してきた『ああああ』達をついでに助けながら地下世界に降り立つと、そこには槌を持ち採掘作業をする(『ああああ』達四人を除く)元部下達の姿とそれを監督するドワーフの姿があった。
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