第208話 スヴァルトアールヴヘイム①
『スヴァルトアールヴヘイム』はダークエルフとドワーフが住む地下世界。
転移して初めて目に飛び込んできたのは、まるで廃墟の様な建物の数々。
「ここが、スヴァルトアールヴヘイム……」
どこまでも高く聳え立つユグドラシルの根。頭上から降り注ぐ幻想的な青い光。
スヴァルトアールヴヘイムはユグドラシルの根部分にある地下世界。
巨大な洞窟の中にある世界を想像していたが、そうでもないらしい。
上を見れば、まるで水中から水面を見上げた時のように
不思議な感覚だ……。新しく解放された世界『スヴァルトアールヴヘイム』。
まるで海底に沈んだ都市遺跡の様だ。
まあ、突っ立っていても始まらない。取り敢えず、あそこに行ってみるか……。
建物も見た目は廃墟に見えるが、明かりが点いている事から誰かしら生活している事はまず間違いない。
しかし……。
なんで、こんな辺鄙な場所に転移門『ユグドラシル』が設置してあるんだ?
転移門『ユグドラシル』は、ダンジョンに転移する為に必要な物。
セントラル王国を始めとした国々は、ダンジョン資源を買い取り流通させる為、この転移門近くに、冒険者協会など重要な施設を設ける。にも拘らず、転移門『ユグドラシル』近くには何の施設も設営されていない。
「まあ、考えは人それぞれだし、どうでもいいか……」
これ以上考えていても不毛だ。
さっさと、あの廃墟に向かうとしよう。
「エレメンタル……念の為、警戒を……あと、もしかしたら、『ああああ』達がいるかも知れないからあいつ等への攻撃は極力避けて……まあ、これはできたらでいい」
周囲を浮かぶエレメンタル達にそう指示を飛ばすと、ゆっくりとした足取りで前に進んでいく。
気分は、遊園地のお化け屋敷だ。
絶対に危険がないとわかっているが、ここは未開の地。ビビらずにはいられない。
予備知識として、ダークエルフとドワーフが住む世界である事は知っているが、俺が知っている情報はそれだけだ。
そう考えると、世にいる探検家は凄いな……。
未知の領域に直接赴き調査する事がこれほど怖い事だとは……。
俺は雑念を払う為、水の上級精霊・クラーケンの触手を手に取りながら前に進んでいく。
ひんやりとしていて何だか気持ちがいい。
お陰で落ち着いてきた。
「――さてと、ここか……」
意外と距離があったな、地面も穴だらけだ。
転移門『ユグドラシル』から徒歩一時間の場所にある廃墟の数々。
そのうち一つの建物の扉を開け中に入ってみるも、中には誰もいない。
「おかしいな……」
何となく生活感がある様な気がするんだが……。
「……誰もいないのか?」
ボロボロのテーブルに置かれたコップに入った水。
床に落ちている食べかけのリンゴ。
地面に開いた無数の穴……まあ、これについては訳がわからないんだけど……。
いや、本当に?
本当の本当に??
何だかもの凄く生活感があるんだけど……。
「しかし、人っ子一人見つからないな……」
本当に、誰もいない。
一階の部屋を捜索しても、二階の部屋を隈なく捜索しても、三階の部屋を隈なく捜索しても誰も出てこない。
まあ、そういう事もあるだろう。
廃墟だし、誰も住んでいないという可能性もある。
一階に落ちていた食べかけのリンゴとテーブルに置かれたコップに入った飲みかけの水が非常に気になる所ではあるが、人がいないのであれば仕方がない。
とりあえず、とっととここから立ち去ろう。
この場所はあまりに怖すぎる。
しかし、なんだここ……マジで普通の廃墟なのか?
新しい世界だというのに、何の意外性もないな。というか、勘弁してくれよ。
俺、これでも結構、楽しみにしていたんだよ?
いや、本当に。折角、ドワーフに会った時の挨拶方法をネットサーフィンして探し出したのに無駄になってしまったじゃないか。
これ以上、探しても無駄だと悟った俺は一階に移動し、扉を開けて出て行こうとする。すると、扉を開けた瞬間、足元から手が伸び、俺の足を掴んだ。
「へっ?」
突然の出来事に呆気に取られた俺がゆっくり視線を下に向ける。
そこには……。
「――カ、カェケゥルくぅぅぅん……」
「――ひっ!!?」
俺に向かって謎の奇声を上げる人型生命体がうつ伏せになって俺の足を掴んでいた。足下に視線を向けた瞬間、俺は軽く悲鳴を上げて蹴り付ける。
「えっ? あ、ちょっと待っ……ぎゃああああっ! ぎゃああああっ!?」
ヒステリックに悲鳴を上げる人型生命体。
しかし、俺は蹴り続ける。
何故かって?
そんな事は決まっている。
こいつはエレメンタルのガードを抜けて俺の足を掴んだ。
あのエレメンタルのガードを抜けて俺の足を掴んだのだ。
つまりは敵だ。エレメンタルのガードを容易に潜り抜ける事ができるほど強大な敵。間違いない。
先ほど、よくわからない言葉も投げ掛けられた。きっとあれは呪詛だ。
スヴァルトアールヴヘイムには、ダークエルフが住んでいると聞く。
髪も黒いし、肌も何だか薄汚れている。
ダークエルフだ。ダークエルフで間違いない。
となれば、先制攻撃は必須。
森の中で熊さんに出会い足を掴まれたら逃げる為に蹴るだろう?
それと同じだ。まあ、俺は逃げないけど。
「――ぎ、ぎゃああああっ! ぎゃああああっ!?」
俺の無言の蹴りを受け叫び声を上げる人型生命体。
くそっ! それにしても、しつこいなっ!
このダークエルフ。全然、足から手を放さないじゃないかっ!
内心もの凄く焦っている。
仕方がない。
「エレメンタルッ! こいつを攻撃っ――」
片手を上げてエレメンタルに助けを求めようとすると、人型生命体が俺の名前を叫んだ。
「ち、ちょっと、待っでぇぇぇぇ! ガゲルぐぅんんんん!」
「――うん?」
ガゲル……いや、カケル君?
今、カケル君って言わなかったか??
足蹴にするのを止め、恐る恐る俺の足を掴んでいる人型生命体の顔を見てみると、そこには、薄汚れボロボロとなった『ああああ』の姿があった。
「『ああああ』っ! どうしたっ! 一体、誰にやられたんだっ!」
足を振り解き、『ああああ』を支えると俺は声を上げる。
酷い。一体、誰がこんな事をっ!
顔も薄汚れているし、体から異臭がする。
体もボロボロだ。まるで誰かに蹴られたかのように痣になっている箇所が……。
って、あれ? おかしいな。『ああああ』の体に痣?
「――い、今し方、カケル君によってボロボロに……」
「そんな事を聞いてるんじゃねー!」
俺が聞きたいのは、何でお前が怪我する事ができるのかという事だ。
『ああああ』は、呪いの装備『命名神』シリーズを装備していた筈。
『ああああ』とか『いいいい』とか『うううう』とかいうふざけた名前を付けた奴に対して加護を与える。限られたプレイヤーに対する呪いの装備だ。。
その加護は絶大で、装備している間、一定時間物理及び魔法攻撃が無効となる。
「――お前、命名神シリーズの装備はどうしたっ!?」
「うっ……そ、それは……」
もの凄く言い辛そうな顔をする『ああああ』。
『命名神』シリーズ装備は呪われている為、一生、名前を変える事ができず、名前を一文字でも変えた場合、ステータスが初期化される呪いがかけられている。
名前を変更する以外に外す方法なんて……。
それに名前を変更すればステータスが初期化されてしまう。
「ステータスは……! 今、お前のレベルは何だっ!?」
「レ、レベルは……初期化されてレベル一に……」
「――レ、レベル一ぃ!?」
わ、笑えない。全然、笑えないぞ。これ……。
スヴァルトアールヴヘイムに転移する為の条件は、レベル二百五十を超える者に限られる。レベルが初期化されて生き残れる様な場所ではない。
セントラル王国に帰還できるかどうかも……って、うん?
考えて見れば、何で俺が『ああああ』の心配をしなきゃならないんだ?
チラリと『ああああ』に視線を向ける。
うん。可哀相にボロボロだ。
痣になってしまった箇所。これは俺が敵だと誤認し蹴り付けてしまった事によるものだろう。誤解とはいえ、申し訳ない事をした。
よくもまあレベル三百差あってこの程度で済んだものだ。
しかし、まあ、その話は置いておこう。
大事なのはそこじゃない。大事なのは、今の『ああああ』の立場だ。
『ああああ』を初めとした部下達は、俺の庇護下から離れた。
俺が放したんじゃない。『もう。モブ・フェンリルの時代は終わり』だと言って自分達から離れて行ったのだ。
つまり『ああああ』達は今、俺の庇護下にない。
あれだけ啖呵を切って自立したのだから、むやみやたらに保護してやるのも何か違う様な気がする。
「……あ、あれ? カケル君?」
そんな事を考えていると、心配そうな顔で『ああああ』が話しかけてくる。
俺が何も喋らないので不安になったのだろう。
何だか、助けて欲しそうな顔でこっちを見ている。
うん。やはり甘やかすのは良くないな……。
「よし……」
そう呟くと、俺は笑顔を浮かべた。
これ以上ない程の満面の笑顔だ。まあ、モブ・フェンリルスーツ越しじゃわからないだろうけど……。
「えっ? 『よし』ってどういう……」
「いや、何でもない。そんな事よりも酷い傷を負っているじゃないか。これでも飲んですぐに傷を癒した方がいい」
そう言って、アイテムストレージから『中級回復薬』を取り出すと、『ああああ』の前に置く。
すると、俺が中級回復薬を取り出した事に驚いたのか『ああああ』は「えっ?」と呟いた。
今の『えっ?』にどんな意味が込められているのか問い詰めたい所だが今は我慢だ。実際、『ああああ』に怪我を負わせてしまった事は事実。その事実は消し去らなければならない。
「さあ、中級回復薬だ。勿論、お金なんて取らないから安心して飲みな」
そう言うと、『ああああ』は訝しげな顔をして中級回復薬を手に取った。
「――えっと、毒が入っているなんて事はないよね?」
「……ぶっ飛ばすぞ?」
「ひっ!?」
その瞬間、『ああああ』は回復薬を床に置いて距離を取り後退る。
いや、いかんいかん。
余りに失礼な事を言うからつい声に出てしまった。
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