第207話 セントラル王国②

「――ち、ちょっと、待ってくれっ!」


 その場を後にしようとすると、カティ宰相が俺に向かってそう叫ぶ。


「……他に何か用でも?」


 まだ何かあるのかと呆れつつ振り返ると、カティ宰相は傲慢にも唾を飛ばしながら値引き要求をしてきた。


「さ、流石に一千二百億コルは高過ぎる! い、いえ……高過ぎますっ……せめて、百億コルに……財政がひっ迫しているんです。このままでは経済が立ち行かなくなってしまいます!」


 傲慢なんだか謙虚なんだかわからないが、いきなり十二分の一まで値切るとは……。しかも、財政がひっ迫していると訳の分からない言い訳をして……。


「はあ……そうですか。それなら別に支払わなくても問題ありませんよ? そのまま放置するだけなので……」


 第一、財政がひっ迫しているのはお前等のせいだろうがと声を大にして言いたい。

 まあ、こちらとしても無理にとは言わないので、それならゴミを放置するだけだ。

 その場合、城壁内に対するゴミ振らしも継続となる。


「――で、ですがっ……」

「国側からの値引き要求は一切受け付けません。話しはお終いのようですね……今度こそ失礼します」


 そう言って、今度こそ、その場から離れようとするとカティ宰相が呟く様に言う。


「……わ、私の事を恨んでいるのか?」

「えっ? 逆に恨まれてないとでも思っていたんですか?」

 

 ええ、恨んでますよ。当然。それが何か?

 俺は結構、根に持つタイプなんです。やられた事は、十倍以上にして返します。

 むしろ、集めた税金を好き勝手使ってきた奴等に税金の用途なんて任せられないので、この機会に搾り取りまくってやろうとすら思っています。


 ハッキリそう言ってやると、カティ宰相はへたり込む。


「――そ、そんなぁ……」

「いや、『そんなぁ』と言われても……」


 権力を盾に好き勝手してきたんだ。恨まれて当然である。

 むしろ、恨まれていないと思っていた事に驚きだ。称賛にも価する。

 まあ、虐める側は虐めている事に気付かないというし、権力者側もそれは同じで、これ位なら増税してもいいだろうとか、これ位なら暴虐してもいいだろうとそう考えていたのかも知れない。

 そう考えると、何だか可哀相になってきた。


 権力を盾に好き勝手していた貴族や宰相達は、精神や道徳心が著しく欠けた状態にあったという事。つまり、国の上流階級にしか発症しない特殊な精神疾患を患っていたという事になる。

 考えてみればそうかも知れない。

 自分達の資産を増やす為、他人の生活を谷底に突き落とし、税金を搾取するなんて行為が平気でできる人間、存在するだろうか。

 答えは否だ。断じて否である。

 きっと、特権階級にズップリ使っている内に税金を搾取したくて堪らなくなる精神疾患を患ってしまったのだろう。


 やったー! 特権階級にいれば、国民が血税で生活を潤わせてくれるぞ!

 ああ、お金を借りちゃった。このままじゃ自分の借金になっちゃう。どうしよう困ったな……そうだ! 国民から血税を毟り盗ればいいんだ! わーい。これで返済できるぞ!

 特権階級のお友達がもっとお金を欲しそうにしている。助けてあげたいな……。

 よし! 今こそ国民から血税を毟り盗ろう!

 国民がいれば、公金チューチューし放題だ! チューチュー! チューチュー!


 ――と、まあ、そんな精神疾患を抱えた人達が国政を担っているのだから、国が困窮し財政難に苦しむ事になるのは当たり前だ。

 そして、今、国民と言う名の打ち出の小槌を失い顔を青褪めさせている。

 これもまた当然だ。もう公金に群がれない。チューチューする事ができない。

 自分達で作り上げた公金チューチュー機構がなくなってしまった。明日からどうやって贅沢な生活を送れば良いんだ。税金を搾取しないと力が出ない、と……。

 ああ、やっぱり駄目だな。考えるだけで反吐が出る。

 宰相には、ああ言ったが、王城をこのままにはしておけないわ。


 それに、ここら辺の土地は、俺の経営する宿の支店長が投資目的で購入している。

 勿論、原資は俺だ。

 ゴミの山が王都の中心にあるのは景観が悪いからな。このままでは、地価に影響を及ぼしそうだ。


 なので、俺は渋々ながら進言する事にした。


「……まあ、俺も鬼ではないので、アドバイスの一つ位はして差し上げますよ」


 そう呟くと、カティ宰相は俺の顔を見上げる。


「ほ、本当ですかっ!?」

「ええ、本当です。いいですか? 今、財政がひっ迫しているのは、税金の無駄遣い。及び貴族が国民の血税を掠め取り自分の資産にしているのがすべての原因です。なので、取り敢えず、貴族が掠め取った税金を返還して貰いましょう」


 片手を上げると、俺の経営する宿の支店長が帳簿を持って現れる。

 そして、カティ宰相に帳簿を渡すと、会釈して後ろに下がった。


「――こ、これは……っ!?」


 カティ宰相は帳簿に視線を向けると、目を見開く。


「はい。これは貴族の方々の財政状況を現す帳簿です。これがあれば、貴族個々人の資産の把握ができるだけではなく所得に応じた公平な課税をする事ができます」


 カティ宰相は目を見開きながらページを捲っていく。


「こ、これをどこで……」


 どうやら国では、貴族達の財政状況を把握していなかったようだ。嘆かわしい事である。


「なに、簡単な事ですよ。契約書に小さな文字で書いておいたんです。こういう時の為にね。貴族の方々も喜んで協力してくれました(支店長談)。なんでも、涙を流しながら提出してくれたとか……。鬼、悪魔という誉め言葉も頂きました。これから先、一年毎に財政状態及び経営成績の提出をしてくれるそうです。勿論、随時、その報告を提出させる事もできます。良かったですね。これがあれば、貴族の持つ余剰資金すべてを把握する事ができますよ?」


 契約書の効果で随時、あるいは年に一度、無理矢理、資産と所得を報告させる。

 そうする事により、国側は貴族の持つ所得や資産の把握が容易になる。


「……これで、貴族が持つ余剰資金を取り上げればいいんです。あなた方が国民にやったようにね? 簡単な事でしょう?」


 ニヤニヤしながらそう言ってやると、カティ宰相は頬に一筋の汗を流した。


「し、しかし……」

「大丈夫……大丈夫ですよ。これまで余分に徴収していた税金を返して貰うだけです。その為に、彼等と契約書を結んだのですから……」


 俺の言葉を聞き、カティ宰相は『ゴクリ』と息を飲む。

 そんなカティ宰相の耳に向かって囁いた。


「これから十年間。国は貴族に対して好きなだけ税金を徴収する事ができます。貴族からお金を借りる事だって自由です。良かったですね。これで財政問題は解決しますよ。なに、先ほども言いましたが問題ありません。国は御布令を出すだけでいいんです。たった、それだけで、後は勝手に貴族が余分に徴収していた税金を返納してくれます。国民達もさぞ喜ぶ事でしょう。まあ、やり過ぎると、貴族が守護する領地を隣国に切り取られてしまうかも知れないので注意は必要ですがね……」


 そう囁くと、俺は宰相の肩を叩く。


「ほら、これですべてが解決ですよ。良かったですね。宰相のヘマで倍額に跳ね上がった一千二百億コルも貴族から税金を徴収すれば補填可能。城壁内は綺麗になり、おまけにゴミが降り注ぐ事もなくなります。城壁を覆っている透明な壁も消えるかも知れませんし、城で働いていた方々も帰って来てくれるかも知れませんよ? まあ、この国の最低賃金をかなり引き上げてしまったので、相当お金を掛けなければ継続雇用は難しいかも知れませんが……」

「な、なにっ……!?」


 俺がゲーム内通貨に糸目を付けず行った賃金改革により国民一人一人の所得は倍増している。悪評の代名詞ともなった王城ことゴミ捨て場で働いてくれる人がいるか疑問だ。

 国王に使える金はマジでない。

 あったら最初からそれを使ってゴミ処理場の再建工事を始めている筈だ。

 国の運営をするに辺り、貴族に対する課税は急務。必ず行わなくてはならない。


「――まあ、国が国民に見捨てられないよう頑張って下さい」


 そう言うと、宰相は真っ青な表情を浮かべた。


「そ、そんな……」

「まあ、こちらも協力できる所は協力させてもらいます。ああ、爆発したゴミ処理場の代わりをこちらの方で用意しておきました。もしよろしければ、ご利用下さい。適正料金でゴミの処理を承りますよ? 一千二百億コルも用意できましたら是非ご連絡を……。それでは、俺はこれで……」


 国が復興できる土台は用意した。

 後は、それを断行する事ができるのか。

 それに係っている。


「――ま、待ってくれぇぇぇぇ!」


 泣きながらそう叫ぶ宰相の声をBGM代わりに俺はその場を後にした。


 ◇◆◇


 城門を後にした俺が真っ先に向かったのは、転移門『ユグドラシル』。

 腕に付けているこの腕輪『ムーブ・ユグドラシル』があれば、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移する事ができる。


「――さて、面倒事はすべて宰相に押し付けたし、俺は俺で、そろそろ新しい世界に旅立とうかな……」


 俺のレベルは三百オーバー。

 新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に転移する為の条件を満たしている。

 今の所、この条件を満たしているのは、俺と『ああああ』達のみ。


 うん?

 そういえば、最近、『ああああ』達の姿が見えないな……。

 あいつ等、どこに行ったんだ?


『ああああ』達を見たのは、宰相が俺の経営する宿に徴税官を寄こして来たのが最後だ。


「……まさかね?」


 まさか、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に行ってるなんて事はないよね?

 最近全然、見ないけど、『スヴァルトアールヴヘイム』に行って帰ってこれなくなっちゃった。なんて事はないよね?


『ああああ』達に渡した『ムーブ・ユグドラシル』は回数制限のあるドロップ品。

 既に上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』の離脱・攻略。そして、リージョン帝国からの帰還時と既に三回使っている為、後、一回か二回使えれば御の字状態にある。

 下手したら帰ってこれなくなる可能性もあるし、流石のあいつ等もそんな状態の『ムーブ・ユグドラシル』で、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に向かおうとは考えもしないだろうと思っていたけど……。


 流石に心配になってきた。


 俺は転移門『ユグドラシル』前でメニューバーを開き、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』を選択すると、転移門の前で声を上げた。


「転移。スヴァルトアールヴヘイム」


 声を上げると、俺の身体に蒼い光が宿り、新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』へと転移した。

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