第212話 スヴァルトアールヴヘイム⑤
誠意の名の下に積み上げられた鉱石をアイテムストレージに格納すると、俺は笑みを浮かべる。
いやー、流石は新しく解放された世界『スヴァルトアールヴヘイム』だ。
俺に返り討ちに会い、誠意の名の下に鉱石を運ぶドワーフ達を見て思う。
エレメンタルを強化しておいて本当に良かった。課金有利なその仕様。最高です。
札束で運営の頬をぶっ叩き課金しまくる。正に資本主義の暴力。
金を持つ者は更なる大金を掴む事ができると、そういう事ですね。
この世界もまた資本主義社会である事を強く意識させられます。
ゲームの世界でも、現実社会でも、他人と圧倒的な差を付けるのはどこの世界であれ『金の力』。まあ、俺が課金したのはこの『ムーブ・ユグドラシル』だけだけどね。強化チケットはマイルームにあったものだし……。
まあ、その話は置いておこう。
「さて、後は条件を決めるだけだな」
『――じ、条件ですか?』
そう告げると警戒心を顕わにするドワーフ達。
「ああ、そうだよ。毎月、どれだけの量のインゴットと引き換えに対価を渡すのか。それをいつまで続けるのか決めておかないと後々、大変な事になるだろうが」
エレメンタルを強化した結果、更なるマネーの成る木を獲得した俺は、そこら辺に落ちている鉱石を俺への誠意に変えようとしたズル賢いドワーフ達を前にそう告げる。
勿論、契約書も用意させて貰った。
やはり、契約を結ぶのに契約書は大事だ。
ゲーム世界内外で通じる強制力もある。
アイテムストレージからテーブルを取り出すと、その上に契約書とペンを置く。
すると、契約書を見て年若きドワーフの一人が表情を引き攣らせた。
『――そ、それはまさか世界樹の根に住むダークエルフの契約書では……』
「うんっ? ダークエルフの契約書?」
そう発言した年若きドワーフに顔を向けると、年若きドワーフは顔を引き攣らせる。
『い、いえ、なんでもありません……』
「ふーん。そう?」
独り言にしてはでかい声だった。しかし、良い事を聞かせて貰ったな。
そうかそうか、ダークエルフの契約書か……ダークエルフの契約書という事は、この契約書、ダークエルフが作っているのか……。
正直、いつ入れなくなるとも知れないマイルームの存在には漠然とした不安を抱いていた。ダークエルフとコンタクトを取る事で、契約書を入手できるのであればそれに越したことはない。
その情報は頭の片隅にでも入れておこう。
今はドワーフとの契約を結ぶ事が最優先だ。
「それで、一応、こちらの条件を書き込んで見たから確認してくれない?」
そう言うと、俺は契約書を年若きドワーフに手渡す。
するとドワーフは困惑した表情を浮かべた。
『あ、あの……すいません。これ読めないのですが……』
「うん? ああ、そうか……」
日本語で書いたからわからないのか。
ゲーム世界の仕様で何故だか俺だけ日本語で会話ができるから失念していた。
「……それじゃあ、今から読み上げるから、読み終わったらこれにサインしてくれ。ああ、勿論、ここにいる全員にサインして貰うからそのつもりで」
『えっ? 確認するだけじゃ……』
なんだ。会話が噛み合わないな。
「うん? そうだよ? だから確認したらサインして?」
『えっ? ですが、先ほどは……』
ぐちぐちと煩いな。まさか、俺の事を交渉が通じる奴だと思っているのか?
もしそうだとしたら、それは練乳にはちみつと砂糖混ぜて飲む位、スウィートな考えだぜ。
現実は辛いんだよ。塩辛いんだ。涙の味だと思え。
俺はドワーフの言葉を遮り契約書に書かれた内容を読み上げる。
「えー、ひとつ。契約書記載のレアメタルを毎月、月に生産する事のできる最大生産量の二分の一の量を納めることとする。ここまではいいかー?」
そう尋ねると、ドワーフは困惑した表情を浮かべる。
『……つ、月に生産する事のできる最大生産量って、どの位だ?』
『――俺達が生産する事のできる限界量を指すんじゃないか?』
『な、何っ!? という事は何か? 毎月二千トン以上の鉱石を納めなければならないのかっ!?』
『そうとも限らんぞ? 最大生産量の二分の一という事は、それ以上の量を求められるかもしれない。俺達が本気を出せばその位、余裕だが……しかし、異議を唱える訳にもいかんし……』
どうやら質問はないらしい。
というより、最大生産量の二分の一で二千トンも採掘し、インゴット化できるのか。凄いな……まあいい。
「それじゃあ、次行くぞー。ふたーつ。契約は俺がここに来れなくなるまでの間、継続する事」
『――何っ!?』
そう告げると、血気盛んな年若きドワーフ集団の一部の目の奥に危険な炎が宿る。
お前等の気持ちは手に取る様にわかるぞ?
何せ思考回路が原始的だからな。
弱肉強食を地で行こうとしているのだろう?
俺を倒すか、何らかの手段でこの世界に来れないようにしようと考えているんだろう?
しかし、その考えもまたスウィートだ。海外で売っている原色カラーの毒々しい色をしたカップケーキ並に甘い。
「みーっつ。契約者は俺こと、高橋翔に絶対服従の事。なお、遵守できぬ者には罰則を課す」
そこまで言うと、年若きドワーフ達が声を荒げた。
『――ふ、ふざけるなっ! それではまるで奴隷の様ではないかっ!』
「あっ? そうだけど、それがどうした?」
『えっ……!?』
俺がそう言うと、ドワーフ達は目を大きく開かせる。
俺達を捕え奴隷扱いしようとしていた奴等が何を言っている。
まだ立場がわからない様なので何度でも言おう。甘いんだよ。
奴隷にしようとした奴が逆に奴隷にされたとして被害者振るな。
「――厚顔無恥という形容動詞は、お前達の為にある言葉なんだろうな。お前が言うな。お前等も俺達を奴隷にしようとしていただろうが。何なら、エレメンタルと遊ばせてやってもいいんだぞ? 壊滅的な危害を与えないでやってるだけ有難いと思え」
むしろ、この程度で済ませてやる事を感謝して欲しい位だ。
エレメンタルが俺の背後に再顕現すると、ドワーフ達は途端に大人しくなる。
「……それと、最後にもうひとつ。これは、契約書に記載しないがお前達のモチベーション維持の為に約束しておく」
そう宣言すると、ドワーフの目が一斉にこちらに向く。
「……レアメタル売却により発生した利益の内、二十パーセントを限度に食糧物資の提供を行い、当分の間、労働力として『ああああ』達を貸し出す事とする。ただし、『ああああ』達に労働を課す場合、最低限の衣食住は保証及び労働の対価として金銭を当人に支払う事。金銭は鉱物に変えても構わない。以上だ」
そう言った瞬間、ここにいる全員が目を見開いた。
「「「え、ええええっ!?」」」
『『『え、ええええっ!?』』』
双方から上がる驚きの声。
『ああああ』達もまさか自分達が労働力としてドワーフに貸し出せると思っていなかったのだろう。
それは、ドワーフからしても同じ事で食糧物資等の対価が貰えるとは思っていなかったらしい。
「ど、どういう事だい。カケル君っ! よりにもよって俺達をこんな所で働かせるなんてっ! そんな事より俺達をセントラル王国へ帰してくれよっ!」
「そうだっ! 『ああああ』さんの言う通りだっ!」
「「「そうだ、そうだっ!」」」
雑音が煩い。
背後に控えた地の上位精霊ベヒモスに視線を向けると、ベヒモスは片足を上げ地面を揺らした。
――スドーンッ!
「「「う、うわああああっ!?」」」
ベヒモスが地面を揺らすと、上から大小様々な石が『ああああ』達に降り注ぐ。
「「「ぎゃああああっ!!」」」
ドワーフは風の上位精霊ジンが守っているので心配無用。
ドワーフと俺以外の皆揃って絶叫を上げる中、地の上位精霊ベヒモスに守られた俺は『ああああ』達に冷めた視線を向ける。
「……何、勝手な事を言っているんだ?」
「えっ? カ、カケル君……?」
突然の暴挙に唖然とした表情を浮かべる『ああああ』。他の連中も同様の表情を浮かべている。
そんな『ああああ』達に向かって、俺は諭す様に言った。
「……なあ、俺、言ったよな?」
「――えっ? な、何を……」
何をじゃないだろ?
もう忘れたのか?
「俺は次、何かあってもお前達の事は助けない。そう伝えたよな?」
そう告げると『ああああ』達は目を逸らす。
どうやら自分達が言った事を思い出したらしい。
そうでなければ、こんな態度は取らない。
「……お前達はセントラル王国に帰りたいと軽く言うが、それがどれほど大変な事なのかわかって言っているのか?」
「――で、でも……」
俺はため息を吐くと言い聞かせる様に今の『ああああ』達の置かれた現状とセントラル王国に帰る為に必要な事を告げる。
「……いいか? セントラル王国に帰る為には、『ムーブ・ユグドラシル』が必要となる。そして、その『ムーブ・ユグドラシル』をお前達は持っていない。手に入れる手段もない。更にこの世界『スヴァルトアールヴヘイム』の推奨レベルは二百五十。にも係わらず、ドワーフに肝心要のアイデンティティ『命名神』シリーズ装備を失い、強制とはいえ装備を外したペナルティによりレベルも初期化されてしまっている。これらはすべて俺の話を聞かず、庇護下から離れ、帰る手段も持たず新しい世界『スヴァルトアールヴヘイム』に向かったお前達が負うべき責任だ。ピンチになったから助けを求める? 人を頼るのも大概にしろ。一体、あと何度助けてやれば気が済むんだ? お前達の今の状況は、謂わば、忠告や注意書きを無視し、大使館のない国に旅行に行った挙句、事件や災害に遭う様なもの。貴重な『ムーブ・ユグドラシル』を人数分用意してまで助ける義理、俺にはないんだよ」
むしろ、今、ここで簡単に助ければ、また同様の事を起こすとすら思っている。
なので俺は助けない。助ける義理もない。
ハッキリそう告げると、『ああああ』達は泣きそうな表情を浮かべしゃがみ込む。
「そ、そんなぁ……」
「……とはいえ、このままここで生活を送るのは不安だろう。だから衣食住に不自由しないだけの最低限の環境は整えておいた。後、これは最後の情けだ」
そう言うと、俺は『ああああ』達に一枚の紙を見せる。
紙に書かれているのは、セントラル王国に戻る為に必要となる『ムーブ・ユグドラシル』。その売買価格。
それを見た『ああああ』達は唖然とした表情を浮かべる。
「――地金のインゴット、十トンを俺に納めれば、対価として『ムーブ・ユグドラシル』を譲ってやる。それまでの間、ドワーフの言う事に従ってちゃんと働け。何、大丈夫だよ……地金はそこら中に埋まっているらしいからな。仕事終わりにちょっと働けばすぐに集まるさ」
そう告げると、『ああああ』達は世界の終わりを垣間見たかのような表情を浮かべた。
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