第29話 冒険者協会でのいざこざ―絡んできた馬鹿をぶちのめします―

 もうこの展開、何度目だろうか?

 もう二回目? 何これ、酒場に入ると必ず冒険者が絡んでくる様な、ここってそんな仕様なの?

 まあ、その話は置いておこう。

 今は……。


「ねえ。今、何をする気だったの? お前??」


 ウエイターさんに殴りかかろうとする冒険者の腕を掴むと、俺はそう質問する。


「あ、ああっ!? テメェには関係ないだろうがよぉ!」

「関係ない??」


 何を言っているんだこのスキンヘッドは?

 どう考えても関係あるだろう。

 お前が俺のテーブルに放ったウエイターさんのお蔭で、俺のテーブルは滅茶苦茶な事になっているんだよ??

 何、それとも冒険者協会の酒場ではよくある事なの!?

 いや、あり得ねーだろ。どういう事っ!?


「……いや、お前の目にはこの惨状が見えないのか? 大丈夫? 頭に脳味噌詰まってる? その位の事はわかるよね? お前が遣らかした事だものねぇ??」


 俺のテーブルに視線を向けながらそう言うと、冒険者の男は激昂する。


「馬鹿言ってるんじゃねぇ! 俺はこのウエイターに料理が不味いから返金を求めただけだ! お前は関係ないだろうがよ!」

「いや、関係大ありだよ! お前には、俺のテーブルの惨状が見えないの!? お前が投げ込んだウエイターさんによってテーブルに置かれた料理は今、滅茶苦茶なんだよ!?」


 まあ、エレメンタル達が食べてくれているけどさ!


「ぐっ、そ、それがどうした! それもこれも、クソ不味い料理を出した店員が悪いんじゃねーか! 俺は悪くねぇ!」

「はあっ?」


 いや、お前……。テーブルに置いてある料理の八割近く完食しているじゃねーか!

 それで不味いってほざいているの?

 味覚大丈夫??

 それとも、難癖付けて食い逃げしようとしている輩?


 テーブルに置いてあったスプーンを手に取り、料理を口に入れると料理の香ばしい香りと美味しさが口の中一杯に広がっていく。


 うん。全然、不味くないじゃん。これ……。

 って事は、なにか?

 やっぱり、食い逃げしたくてしたくて堪らないから、この俺様のテーブルを巻き込んでクソ不味いアピールをしたと、そういう事?


 怒りの炎が俺の目に宿る。


「……いや、ここの料理、十分美味しいですけど? 何お前、味覚障害でも患っているんじゃない? こんな美味しい料理を八割も食べておいて不味いとか頭おかしいんじゃない? こういう輩、本当にいるんだ……。本当にないわ。あり得ないわ! っていうかさ、お前がウエイターさんを投げ込んだせいでテーブルが滅茶苦茶なんだわぁ! 当然、テメェが弁償してくれるんだろうなぁ? ああっ!? 金がねぇとか言ったら、俺のモブ・フェンリルバズーカがお前の身体に向かって火を噴くかもしれないけど、どうするよ。お前っ!!?」


 怒りのあまり、そう恫喝すると、冒険者の男は悪びれず意気揚揚と答える。


「それがどうしたよ! この俺様に文句があるっていうのか!? ああっ!?」

「ああっ? あるに決まっているだろうが! 阿保かっ!」

「あ、阿保だと? こっちが大人しくしていれば、生意気な……。もう我慢ならねぇ! 決闘だ!」

「はあ? 決闘??」


 なんだこいつ。

 何をこんなにも粋がっているんだ?

 とはいえ、このスキンヘッドを威張らせておくのは気にくわない。


「……勿論構わないが……。死んでもしらないぞ?」


 そう呟くと、食事を終えたエレメンタル達が俺の周りを縦横無尽に飛び回る。


「はあ? Cランク冒険者であるこの俺様に勝てると思っているのか? 随分とおめでたい頭をしている奴だなぁ! どうせ、お前が付けているランク証も、今はやりのレベル一のSランク冒険者を示すものなんだろ? レベル一の雑魚がレベル五十のこの俺、イザベル様に逆らった事を後悔するんだなぁ!」

「えっ?」


 まさかコイツ、このSランクの認定証を偽物とでも思っているの??

 本物なんですけど、これっ!?


 周囲を見渡すと、ウエイトレスさん達が心配そうな表情を浮かべている。

 うん。まあ、こうなったら仕方がないな……。

 こんな馬鹿な酔っ払いをこれ以上、冒険者協会の酒場から排出しない為にも、今の内に格の違いをわからせておく事にしよう。


「わかった。それじゃあ、地下の訓練場まで来な。お前が負けたら、お前がぶちまけた料理の片付けと壊した食器の代金、俺がこれから頼む料理の代金を支払ってもらう。万が一逃げ出した場合、テメーの股間をエレメンタルが焼くんでそのつもりで、よろしく」

「随分と強気じゃねーか、カスがっ! それじゃあ、お前が負けたら冒険者を辞めろ! 目障りなんだよ!」

「それじゃあ、付き合って貰おうかな?」


 そう呟くと、ペロペロザウルスのTKGを平らげたエレメンタル達が俺の側に寄ってくる。

 さあ、スキンヘッドの冒険者、イザベル様よ。

 ウエイトレスさんが運んでくれた料理を台無しにした報い。受けて貰おう。


「さあ、構えなっ!」


 訓練場に着いて、冒険者が声を上げる。


「必要ないな。俺はこのバズーカ一つで十分だ。いつでもかかってこい」


 そう言うと、冒険者の眉間に青筋が浮かぶ。


「上等だっ! やってやんよ!」


 長剣を片手に繰りかかってくる冒険者。

 俺が欠伸をしていると、剣に熱線が走り、その冒険者の持つ剣が根元から折れた。

 エレメンタルの仕業である。


「えっ? ええっ!?」


 スキンヘッドが刃先のない剣を見て唖然とした表情を浮かべる。

 ねえ、剣を振り上げた瞬間、エレメンタルに折られた気分はどんな気分?

 刃先のない剣を構えているその姿、笑っちゃうんですけど……。

 込み上げてくる笑いを噛みしめ、すまし顔を浮かべる。

 すると、冒険者は顔を真っ青にして後退った。


「ま、まさか、本当にSランク冒険者?」

「えっ? そうだって言ってるじゃん?」


 スゲーなこの人、こんなにも堂々と新しいSランクの証を首にぶら下げているのに、偽物か何かだと思っていたの?


「……それが何か?」


 まあ、それがわかった所で、お前の罪は消えないけどね?

 ようやく俺の事をSランク冒険者だと気付いたようだが、当然、容赦はしない。

 する気もない。食い逃げは犯罪です。

 そして、他人を巻き込んでの食い逃げは重罪です。


 ゆっくり近付いていくと、スキンヘッドは狼狽し始める。


「ち、ちょっと待って下さい!」

「うん? なんだ??」

「い、いえ、違うんです! お、俺はただ、店員の質の悪さにもの申したくなっただけで……」

「それで? 俺の目には、そうは見えなかったけど?」


 寧ろ、『お客様は神様だろ? 敬えよ』という馬鹿な客位、愚かで傲慢な客に見えた。

 お前、お客様は神様ですって、本気で従業員達が思っていると思っているのか?


 そんな訳ねーだろ!

 従業員も客を選んでいるんだよ!

 神様ですと、そう思えるような気遣いのできる神客にはそう対応するかもしれないけど、基本、無関心か塩対応のどっちかだよ!


「……まあいいや、それじゃあ、イザベル君。君の負けって事で、いくらお金を持ってる?」

「えっ? お金ですか?」

「うん。そうだよ? だって君、剣折れているよね? 負け確定だよね? まさかそれで俺とやり合う気? その折れた剣で……?」


 そう呟くと、イザベル君は苦笑いを浮かべる。


「い、いえ、ちょっと、勝つ事は難しいかもしれないなーなんて……」

「そうだよね? それじゃあ、君の負けって事で、いくらお金を持っているか教えてくれるかな? ほら、俺、言ったじゃない? お前が負けたら、お前がぶちまけた料理の片付けと壊した食器の代金、俺がこれから頼む料理の代金を支払ってもらうってさ、いや、実は俺、酒場にいる冒険者達の為に料理を振る舞ってやろうと思っていていたんだ。いや、本当だよ? 勝負に勝ったからこんな事を言っている訳じゃなく、常々、そう思っていたのさ。だから……」


 そう言うと、イザベル君が土下座する。


「す、すいませんでしたぁー!」


 綺麗な土下座だ。

 しかし、全然、反省の意が伝わってこない。

 まさかとは思うけど、とりあえず、この場を乗り切れば何とかなるとか思ってる?


 ならないよ?

 もし、そう思っているなら、砂糖増し増し、蜂蜜かけ過ぎのスイートな考えだよ?

 糖尿病になる位、甘過ぎる考えだよ?


「はいはい。そういうのはどうでもいいからさ。それじゃあ、酒場に行こうか?」


 するとイザベル君がポカンとした表情を浮かべる。


「えっ? なんで……? 俺、謝ったのに?」

「いや、勝手に謝られても困るだけだし、別に俺は赦してないからさ。土下座はいいから、一緒に酒場に行こうや。Cランク冒険者なら相当金を貯め込んでいるんだろ? 今が吐き出す時だって、パーっと散財しようぜ。それとも、股間を焼かれたい? 股間を焼かれた上で金を払ってもらってもいいんだけど?」


 俺がそう言うと、イザベルはガックリ項垂れた。

 食い逃げなんか画策するからそうなるんだ。

 全く馬鹿な奴である。


 イザベルが逃げない様にエレメンタル達が包囲すると、イザベルが悲痛な表情を浮かべる。

 しかし、俺は容赦しない。


 酒場に着くと、俺はイザベル君を前に立たせ大きな声を出す。


「聞いてくれ! このイザベル君がみんなに食事と酒を奢ってくれるそうだ! これから注文する物は全て、イザベル君に請求してほしい。何、安心してくれ! こう見えてイザベル君はCランク冒険者。金なら大量に持っている! 今日は存分に飲み明かしてくれ!」


 すると、一瞬の間をおいて酒場が騒がしくなる。


「おいおい! いいのかよ。悪いね〜。おう。こっちに黄金色のエールを追加で頼む」

「こっちも同じ物を! あと、ここにある料理を全て持ってきてくれ! いや、一度言って見たかったんだよなぁ、これ!」

「こっちにも頼む! いや、流石はイザベル。俺はやる男だと思っていたんだよ!」


「それじゃあ、俺も……」


 そう呟くと、ガックリ項垂れ茫然とした表情を浮かべるイザベル君の前でメニューを広げ、ウエイトレスさんに料理の注文をしていく。


「『ナミタロウの味噌煮』と『龍魚の膾』、そして『黄金色のエール』と『ペロペロザウルスのTKG』を四人前お願いします。ああ、お会計は全てこのイザベル君が持ちますので、よろしければ、ウエイトレスさん達も迷惑料代わりに料理を注文してやって下さい」

「はい! ご配慮頂きありがとうございます! それでは注文の確認をさせて頂きますね。『ナミタロウの味噌煮』と『龍魚の膾』、『黄金色のエール』と『ペロペロザウルスのTKG』を四人前でよろしいでしょうか?」

「はい。それでお願いします」

「承知しました。暫くお待ち下さいませ!」


 そう言うと、ウエイトレスさんはメニューをテーブルの隅に立て掛け、テーブルを離れて行く。


 テーブルの側には、泣きそうな表情を浮かべたイザベルの姿があった。

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