第28話 ヤンデレ少女の呪い②
「カ、カイル君。カイル君……。ねえ、これヤバくない?」
とんでもないものを装備させてしまったのではないかと、今更ながら自責の念に囚われていると、カイルがメール本文に視線を向ける。
「な、なんだよこれ……」
そこには、まるで警戒色の様に真っ赤に染まったメールが表示されていた。
『なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? なんで返事をくれないの? 』
ヤ、ヤベェェェェ!。
その装備に憑いている奴は本当にヤベェ奴だ。
ごめん。カイル!
今なら俺、お前に全力の土下座を見せる事ができる気がするわ!
とはいえ、今はヤンデレ少女への返信の方が大事。
「は、早く返信した方がいいんじゃないか?」
「お、おう……」
そう促すとカイルがメリーさんに返信してすぐ苦笑いを浮かべる。
「お、おい……。どうした?」
「い、いや、なんだかよくは分からないんだけど、もう誰にもメールを見せるなって……。あと、メールの返信はメリーが送ったらすぐ返せって……。それと……」
「それと?」
カイルは言い淀みながら呟く。
「お、俺の事、いつでも、どこでも、いつまでも見護ってくれているって……。いやっ! 怖えぇぇぇぇよ! 何これ、どういう事!? 俺、完全に呪われて……。うぐっ!?」
「ど、どうしたカイル!? だ、大丈夫か!?」
カイルが突然、腹部を抑えて苦しみだした。一体、どうしたと言うのだろうか。
「ぐっ、メリーに腹を刺された……」
「な、何っ!? 大丈夫かっ!!」
しかし、カイルの腹に刺された痕跡はない。
こ、これは……。
「えっと、刺された痕跡がないんだけど……」
「そ、そんな筈がっ……」
カイルが不思議そうな表情を浮かべながら腹を摩る。
腹に刺された痕跡がない事に、カイルも顔を引き攣らせた。
「……ど、どうなっているんだ?」
「おいおい、本当に大丈夫か?」
「あ、ああっ……。ん? んんんっ??」
心配そうな表情を浮かべると、カイルの表情が段々とニヤケ顔に変わっていく事に気付く。
えっ?
本当にどうした??
メリーに腹を刺されておかしくなったのか??
大丈夫? 頭??
「い、いやぁ~、カケル君。一途に俺の事を思い続けてくれている人がいるというのは最高だね!」
「え、えええっ!? いや、本当にどうした!? 何言っているの、お前!? 頭、大丈夫??」
今、お前、そのメリーに腹をぶっ刺された所なんだよ!?
外傷はないけど、確かにぶっ刺されていたんだよっ!??
「ああ、勿論だ。俺は目覚めたのだよ。真実の愛って奴にさ」
「いや、さっきからほんと何言ってるのっ!?」
どうしよう。カイルの頭がぶっ壊れてしまった。
俺が呪いの装備を付けさせたばかりになんて事だ。
あまりの意味の分からなさに頭を抱え悩んでいると、カイルが首を横に振る。
「カケル君。さてはお前、女性と付き合った事がないな?」
「う、うぐっ!?」
カ、カイルの奴、何故、そんな事を……。
というより、何故、今、その事を聞く。つーか、そのドヤ顔を止めろ。
なんて鼻につく野郎なんだ。
「そ、それがどうした……」
「やっぱりな、そうだと思ったぜ……。先を行くようで悪いな。これを見ろっ!」
そう言うと、カイルは俺にメールに添付されたメリーちゃんの写真を見せてくる。
そこには半裸で煽情的な美女の姿が写っていた。
唯一の欠点は足元が透けていている所位だろうか?
「こ、これがどうかしたのか?」
「どうしたもこうしたもなぃ……。ぐ、ぐふっ……!?」
メリーちゃんの写真を俺に見せた瞬間、カイルが腹を抱えてぶっ倒れる。
恐らく、メリーちゃんに腹を刺されたのだろう。
誰にもメールを見せるなって、言われていたのに馬鹿な奴だ。
俺は冷めた視線をカイルに向ける。
すると、カイルは何故か、俺に勝ち誇ったかのような顔を向けてきた。
「……メリーちゃんの愛情表現がキツイぜ。でも、問題ない。そんな君も愛しているよ」
「……いや、お前何言ってんの?」
なんで、俺の顔を見てるの?
それ、俺に言ってるの?
それとも、俺の背後にメリーちゃんでもいるの??
まさか俺の事がメリーちゃんに見えている訳じゃないよね??
滅茶苦茶怖いんですけど色々な意味で……。
とりあえず、この馬鹿にモブ・フェンリルバズーカを向けると、これ以上、訳の分からない事を言わないよう諭しておく。
「まあいいや。お前の頭がぶっ壊れているのは前からだし、その装備があれば初級ダンジョン位簡単に攻略できるだろ……。とりあえず、いい加減目覚めよう。そこから話を始めよう。悪かったって、お前にピッタリだと思ったんだよ。その呪いの装備。だって考えても見ろよ。お前、折角、稼いだ金をギャンブルと女に貢いで挙句の果てには借金までしちゃっているんだぜ? だったら、それをできなくするような装備を与えておこうと思うじゃない? でも、そんな感じになるとは思わなかったんだよ。そんなに頭がぶっ壊れた感じになる位なら教会に行こう? お祈りしに行こう?? 俺が全額呪いの解除料金払ってあげるからさ」
するとカイルは即座に断りを入れてくる。
「いや、そういうの間に合っているから大丈夫だ。それより、愛を育む時間が欲しい。だから一人にしてくれないか?」
えっ? 愛を育む? どうやって??
あなたの彼女、多分、悪霊の類なんですけど……。
それ本気で言っているの??
まあいいけど……。
「仕方がないな……。ちゃんと無事(現世)に戻ってくるんだぞ」
そう言い残すと、俺は王都に戻る事にした。
◇◆◇
「カイルの奴、大丈夫だろうか……。いや、まあいいか」
王都に戻ってきた俺はそう呟きながら冒険者協会に向かう。
何故、冒険者協会に向かったのか。
対してやる事がなかった為だ。
一人でダンジョンに潜り、レベル上げをするのもいいんだけど、ちょっと今は、そういう気分じゃない。
メニューバーを開き時間を確認すると、まだ午後三時。
現実世界のカンデオホテルに戻っても、対して楽しみはないし、居酒屋も開いていない。それならばと、俺は冒険者協会にある酒場へと向かう事にした。
冒険者協会の酒場であれば、二十四時間いつでも酒を呑む事ができる。
よくよく考えて見れば、この世界が現実のものとなってから酒場を利用したのは、カイルの愚痴に付き合ったのと、エレメンタル達にペロペロザウルスのTKGを振る舞った二回だけ……。
本格的に酒場を利用した事がない。
午後三時から酒を呑むのもいいか……。
そんな事を考えながら、冒険者協会の扉を潜り酒場に向かうと、テーブルに座り、備え付けのメニューを見て、料理を注文する事にした。
「すいませーん。注文いいですか?」
「はい! すぐに伺いますね!」
近くにいたウエイトレスさんを呼ぶと、俺はメニューに載っている他の料理を見ながら、ウエイトレスさんを待つ事にした。
それにしても、結構混んでいるな……。
ウエイトレスさんやウエイターさん達も大変だ。
そんな事を考えながら数分待つと、ウエイトレスさんが小走りでやってくる。
「た、大変お待たせ致しました。注文をどうぞ」
「ああ、いや。そんなに待ってませんので……。それじゃあ、この『ナミタロウの味噌煮』と『龍魚の膾』、そして『黄金色のエール』と『ペロペロザウルスのTKG』を四人前お願いします」
「はい! 『ナミタロウの味噌煮』と『龍魚の膾』、『黄金色のエール』と『ペロペロザウルスのTKG』を四人前ですね! 承知しました! もう少々お待ち下さい!」
そう言うと、ウエイトレスさんはメニューをテーブルの隅に立て掛け行ってしまう。
「凄いな。まだ三時なのにこんなに混んでいるなんて……」
辺りを見渡すと、酒に酔った冒険者達の姿が数多く見受けられた。
午後三時から酒盛をするだなんて、前の職場にいた時には考えもしなかったな……。
凄いな冒険者。
冒険者はきっと時間に縛られない自由な職種なのだろう。
まあ知っていたけど……。素晴らしい。
エレメンタル達と共にひと時の団欒を過ごしていると、真隣の冒険者が苛立ちの声を上げた。
「ああっ! クソがッ! クソ不味い飯だなぁ! 金返しやがれっ!」
隣の冒険者が不味いと言いながらガツガツと食べている料理に視線を向けると『ナミタロウの味噌煮』と『龍魚の膾』、『黄金色のエール』と『ペロペロザウルスのTKG』が置かれていた。
俺が注文した料理と全く同じ料理だ。
えっ? それ不味いの??
その割にはガツガツといってるみたいだけど……。
そんな事を考えながら、注文した料理を待っているとウエイトレスさんが料理を運んできた。
「お待たせ致しました! 『ナミタロウの味噌煮』と『龍魚の膾』、『黄金色のエール』と『ペロペロザウルスのTKG』四人前になります!」
「ああ、ありがとうございます」
ウエイトレスさんがテーブルに料理を置くと、エレメンタル達も行儀よく席に着く。
ペロペロザウルスのTKGは美味しいからね!
「さあ、それじゃあ、頂こう。頂きます!」
箸を持ってそういった瞬間、隣の席からこの酒場のウエイターが飛んでくる。
『ドンガラガッシャーンッ!』と、漫画でしか見た事のない擬音を立てると、ウエイトレスさんがテーブルの上に乗せたばかりの料理をなぎ倒していく。
「あああああっ!?」
な、何してくれているの、この人ぉぉぉぉ!?
ウエイターさんの下敷きになり見るも無残な姿となった料理達。
その料理にエレメンタル達が群がっていく。
流石はエレメンタル達だ。
美味しそうな料理がぶちまけられ、見るも無残な姿になっても、君達は変わらず美味しいよと食べていくその姿勢……。尊い。
それに対して俺は……。
俺はなんて心が醜いことか……。
隣のテーブルに視線を向けると、そこには怒り心頭な冒険者の姿があった。
「テメェ! こんなクソ不味い料理を出しておいて、この俺様から金を取る気かよ!」
「も、申し訳ございません」
「申し訳ございませんだぁ? 申し訳ございませんで済めば、衛兵はいらねーんだよっ! 俺の好みの味じゃない料理を出しておいてその返事はなんだっ! 返金します。申し訳ございませんでしたの一言も言えないのか、この屑がっ!」
様子を見るに、ウエイターさんがクレーマーに難癖を付けられていると、そういう事か……。
エレメンタル達が食事を楽しんでいる姿を後目に立ち上がると、俺はウエイターさんに殴りかかろうとする冒険者の腕を掴んだ。
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