第27話 ヤンデレ少女の呪い①

「それでは、冒険者の諸君。受付に並び新しい『冒険者の証』と『ランク証』を受け取ってくれ」


 協会長への質問タイムが終わると、冒険者達は一様に暗い表情を浮かべながら受付に並んでいく。

 暗い表情を浮かべている大半は、オーディンによりレベルリセットされてしまったプレイヤー達だ。

 俺も他の冒険者達に倣って受付の列に並ぶ。


「カケル……。俺はもう駄目だ」

「ああ、そうだな……。お前が駄目な奴なのはよく知っているよ」

「お前は鬼か何かか……。少し位、慰めてくれてもいいだろ……」

「何を気持ちが悪い事を言っているんだ……。そんなに慰めて欲しいならキャバ嬢のマミちゃんに慰めて貰えばいいだろ」


 まあ、当分の間、キャバクラに行く事はできないだろうけどね。


 そんな軽口を叩きながら受付に並んでいると、俺の順番がやってくる。


「大変、お待たせ致しました。それでは、『冒険者の証』と『ランク証』の返却をお願い致します。その後、こちらの水晶玉に手を当てて下さい」

「はい」


 俺は『冒険者の証』と『ランク証』を受付嬢に手渡すと、水晶玉に手を触れる。

 すると、水晶玉がピコピコと光を放ち、新しい『冒険者の証』と『ランク証』ができあがった。


「データ登録が終了しました。そちらの『冒険者の証』と『ランク証』をお受け取り下さい」

「はい。ありがとうございます」


 新しい『冒険者の証』をアイテムストレージにしまい『ランク証』を首にかける。

 俺のランクはS。前回のランクと何ら変更はない。


 それにしても、おかしいな?

 ゲームだった頃のDWでは、レベル二百五十を超えて初めてSランクの仲間入りができた筈。一体何故……。


 ランク証を手に取りながら首を傾げていると、受付からカイルの絶叫が聞こえてくる。


「ぎゃああああっ!? やっぱり、Fランクになってるぅぅぅぅ!」


 凄いなあいつ。

 まだ大勢の冒険者が並んでいるというのに、受付の前で泣き叫ぶなんて……。

 カイルが意気消沈しながら冒険者協会を去るのを見届けると、俺はもう一度、受付の列に並んだ。


 元々、ここに来たのは宿の護衛をしてくれる冒険者を探す為だ。

 レベルの低いなんちゃって冒険者が軒並みFランクに落とされた今、残された者達はランク通りの実力を持った冒険者の筈。


 ランク降格の絶叫が冒険者協会に響き渡る中、自分の順番を待っていると、ようやく、俺の順番がやってきた。


「大変、お待たせ致しました。あら? あなたは先ほどの……」

「はい。登録は済ませています。実は冒険者協会に依頼したい事がありまして……」


 そう言って、依頼用紙を渡すと、受付嬢は依頼用紙に目を通していく。


「Cランク以上の冒険者をご希望との事ですが、期間と金額はいくら位に致しますか?」

「期間と金額ですか……。そうですね。できるだけ長い期間、宿の警備をお願いしたいのですが、いくら位の報酬を用意したらよろしいのでしょうか?」

「う~ん。そうですね……。Cランクの方を雇うのであれば、一日最低十万コル。Bランクで五十万コル。Aランクで百万コルといった所でしょうか?」

「そ、そんなに高いんですか!?」


 し、知らなかった。

 まさかそんなに高いとは……。


「はい。Cランク以上の方がダンジョンに行けば、その位は簡単に稼いできますからね。引退した元Cランク以上の冒険者であれば、もっとお安く雇う事ができますが……。いかが致しますか?」

「引退した冒険者ですか……。ちなみにお値段はどの位になるんですか?」

「そうですね。現役世代の半分位の金額となります」


 半額か。安いな。

 折角だし、その方向で行くか。


「それでは、引退した元Cランク以上の冒険者の紹介をお願いします」

「はい。承知致しました。それでは、後日、その者を向かわせますね」

「はい。よろしくお願いします」


 依頼料として一ヶ月分のコルを受付嬢に預けると、俺は冒険者協会を後にした。


 ◇◆◇


「カケル君。カケル君。ちょっとだけでいいからお金を貸してくれないかなぁ?」


 俺が今、ゴミを見るかのような視線を送っている相手。

 それは、先ほど、冒険者協会でFランクに降格し、泣き叫んでいた漆黒の魔法使い、カイルである。


 とりあえず、シカトしながら歩いているが、とにかくしつこい。


「カケル君。カケル君。本当にちょっとでいいんだよぉ。たったの十万コル……。いや五万コルでいいから、貸しておくれよぉ」


 再び、ゴミを見るかのような冷めた視線を送ると、少しだけカイルが怯んだ。

 そして、四つん這いになるとワンワン泣きながら地面を叩く。


「そ、そんなゴミを見るかのような視線を送ってこなくてもいいじゃないかぁ! 俺だって必死なんだよぉ! 借金もあるし、お金がなくて再起不能なんだよぉぉぉぉ!」


 借金まであるのか……。

 カジノとキャバ嬢に全財産使って、借金という名の負の財産まで築き上げるとは、こいつ本当にどうしようもないな。


「はあっ……」


 深いため息を吐いて立ち止まると、何を勘違いしたのかカイルの目に希望の光が灯る。


 いや、貸さねーよ?

 何、いくら貸してくれるんですか? みたいな表情浮かべているの?


 俺は無言でカイルの首根っこを掴むと、そのまま、転移門『ユグドラシル』まで引き摺っていく。


「お、おい。カケル君? 一体、俺をどこに連れていく気だ!? 俺はこれから用事が……。お前からお金を借りてキャバ嬢のマミちゃんのバッグを買いに行かなきゃならないんだよぉぉぉぉ!」

「いや、お前、俺から借りた金をそんなくだらない事に使おうとしていたの!?」


 絶対にプレゼントした翌日には質屋に売られてるから!

 絶対に換金されてるから!?


 俺は問答無用でカイルとパーティーを組むと、転移門『ユグドラシル』前でメニューバーを開き、行きたいダンジョンを選択する。


「転移。スリーピングフォレスト」


 転移門の前でそう叫ぶと、俺とカイルの身体に蒼い光が宿り、広大な森林ダンジョン『スリーピングフォレスト』へと転移する。


 蒼い光が身体から消え去った時には、既に転移が完了していた。

 先程までいた街の喧騒は消え去り、代わりに木の葉を揺らす風の音や鳥の声が聞こえてくる。


「ち、ちょっと待って!? 俺、課金装備売り払っちゃったから今、何も装備してないんだよ!?」

「はあっ……、お前という奴は……。大丈夫だよ……」


 俺はアイテムストレージから、ある課金装備を取り出すとカイルの前に置いた。


「こ、これはまさか……」

「ああ、その通りだ……」


 今、俺がアイテムストレージから取り出した課金装備。それはカイルがこよなく愛する厨二病装備。ブラックシリーズの装備である。

 ただし、その装備は呪われている。


 何故か、感涙しだしたカイルはブラックシリーズを装備すると、袖で涙を拭き、俺に向き直る。


「……これさえあれば、俺は百人力だ! よし、カケル。このダンジョンを攻略するぞ!」

「ああ、そうだな。折角だ。このダンジョンでポップしたアイテムは全てお前にやるよ」

「カ、カケル……。ありがとう。俺は絶対に借金を返してみせるよ!」


 そう言うと、カイルは杖を構え、モンスターに特攻していく。


 モンスターに特攻していくカイルを眺めながら、俺は呟いた。


「いやぁ……。単純な奴で助かった……」


 カイルにあげた課金装備。

 あれはマイルームの倉庫にいつの間に入っていたものだ。

 しかも呪われている。

 その呪いは教会に高額寄付しなければ解く事はできず、一度装備したが最後、装備に掛けられた呪いに魅せられ絶対に売る事ができなくなる。


 しかも、この装備にかけられた呪いも問題だ。

 この装備にかけられた呪いは、『ヤンデレ少女の呪い』。

 この呪いは本当に厄介だ。まず装備している間、他の女性に触る事ができなくなる。


 冒険者協会で働く受付嬢に指一本でも物理的に触ろうものなら、その瞬間、鋭利な刃物で刺されたかのような痛みが腹部に走る(らしい)。


 きっと、この少女は生前、独占欲の強い女性だったのだろう。


 そして、もう一点、厄介な呪いがかけられている。

 それは、節約志向の呪いだ。


 ヤンデレ少女が不要と判断した物を購入しようとすると、腹部に鋭利な刃物で刺されたかのような痛みが走る(らしい)。

 カイルの場合、キャバ嬢の気を引く為のプレゼントを買ったり、カジノにお金を投入しようとしただけで、腹部に鋭利な刃物で刺されたかのような痛みが走る仕様だ。


 しかし、その代わりにもの凄い効果が、この課金装備には秘められている。

 それは『ヤンデレ少女の祝福』。


 ヤンデレ少女の、愛する人の為なら何でもする。護って尽くす。という思いが力となり、装備者に絶大な力を与える。

 具体的には、攻撃と共に数多のナイフが浮かび上がり、モンスターを攻撃してくれる。

 その結果、どうなるか……。


「初級ダンジョンのモンスターなんて俺にかかれば楽勝だぜ!」


 カイルの足下には血塗れになり絶命したモンスターが積み重なっていた。


 そう。レベル一の冒険者でも、これを装備していれば、ステータスの十倍位の力を発揮する事ができる。

 しかし、メリットばかりではない。

 更なるデメリットも当然のようにある。


「さあ、次の階層へ行こうぜっ! うん? メール……。えっ、誰っ!?」

「どうかしたのか?」


 白々しくそう尋ねると、カイルは困惑した表情を浮かべた。


「えっと、なんだか変な女からメールが来てるんだけど……」

「メール? なんて書いてあるんだ?」

「あ、ああっ、メリーとかいう女からこんなメールが届いているんだけど……」


 そう言うとカイルはメニューバーを俺にも見える様に可視化させ、メール本文を見せてきた。


『こんにちは、カイルくん。元気? 私は元気だよ! カイルくんの頑張り、いつも側で見護っているからね♪ それとカイルくんは私の事、好き? 私はカイルくんの事、大好きだよ!』

『……ああ、でもでもでもでも、なんで私とカイルくんの大切なメールを他人に見せるの? なんで晒すの? なんでそんな顔をするの?』


 怖っ!?

 なんだかよく分からないけど怖っ!?


 今も凄い勢いでメールを受信している見たいだし、これヤバいかも……。

 冷や汗を流しながらメール画面に視線を向けていると、メール本文が段々と赤くなっている事に気付いた。

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