第26話 冒険者ランク見直し―崩れ落ちるカイル―

「おおっ! やっぱりカケルじゃないか! なんだ? もしかして、お前も依頼を受けにきたのか?」


 いや、違いますけど?

 依頼を受けに来たのではなく依頼を出す方です。君と一緒にしないで欲しい。


 しかし、俺は空気の読める男。そんな事は口にしない。


「まあ、そんな所だよ。それよりカイル。どうしたんだ。そのみずぼらしい恰好は? 自慢の課金装備はどうした?」


 カイルの課金装備は、ブラックシリーズと呼ばれる全てを黒で揃えた漆黒の魔法使い装備。課金装備というだけあって火力が高く。マントや手袋には、厨二心が疼く魔法陣のような刺繍が入れられている。

 性能はいいが、俺にはレベルの高すぎる至極の装備だ。

 とても恥ずかしくて装備できない。

 恐らく、その恥ずかしさに耐える事ができる者のみに力を与える。そんな課金装備なのだろうと俺は考えている。


「ああ、あれか? あれは……」

「うん。あれは?」


 なんだか歯切れが悪い。

 一体、どうしたというのだろうか?


 そんな事を考えているとカイルが盛大にため息を吐いた。


「実は金に困って売ってしまったんだ……」

「はあっ? マジでか!?」


 金に困って売っちゃったの!?

 この世界が現実となった今、課金装備を買う事ができないかもしれないのに?

 もうこの世界にユグドラシルショップないんだよ!?

 っていうか、カイル。お前、コツコツとログインボーナスを貰って、初級ダンジョンで回復薬を集めまくったから十年位は何もしなくても生活できそうとか言ってなかった!?

 あれからまだ二日しか経っていないんですけど!?


「いや、実は今、カジノにハマっていて……。気付いた時には、全財産を失っていたんだ……」

「おいおい……」


 想像以上にどうしようもなくて、阿保らしい理由で全財産を失っていた。

 ある意味凄いな。

 まさか、数日前は十年位何もしなくても生活できると言っていた男が、一瞬にして全財産を摩るなんて……。


「……それで、仕方がなく冒険者協会からの依頼を受けようと思っていたんだけど、依頼を受けようにも受け付けてくれないんだ! こっちは今すぐにでも金が欲しいのによ! なあ、カケル。お前も一緒に冒険者協会に抗議しようぜ? お前も金が欲しいだろ?」

「抗議って、お前……」


 なんて抗議するの?

 レベル一のSランク冒険者にもできる依頼を寄越せとでも言うつもりか?


 多分、事の発端はお前達が『冒険者の証』を冒険者協会の職員に提示したからだよ?

 その事が知れ渡れば、間違いなく袋叩きにされるよ!?


「大丈夫だって、ほら、よく言うだろ? 赤信号みんなで渡れば怖くないってさ?」

「いや、普通に怖いよ!?」


 みんなじゃなくて二人だからね?

 俺とお前の二人だからね!?

 お前に至っては戦力外だから!

 多分、何の役にも立たないから!


 というより、なんでレベル一のSランク冒険者であるお前が堂々と冒険者協会に抗議できるの!? しちゃダメだろ! 現在進行形で一番困っているのは恐らくその冒険者協会だよ?

 もうお前、胆力がSランクだよ!


「お前なぁ……。態々、依頼なんか受けなくても、モンスターの素材なら買い取って貰えるだろ? まずはそっちで頑張れよ」


 俺がそうアドバイスをすると、カイルは信じられないといった表情を浮かべた。


「……お前、何を言ってるんだ? そんなんじゃ端金しか手に入らないじゃないか……。仮にもSランクである俺に低級冒険者の真似事をしろっていうのか?」


 コイツ、マジか……。

 なんでレベル一なのに、こんなに強気なの?

 酔っ払っているの??


「カイル……。お前は現実を見たほうがいいぞ?」


 それが俺にできる精一杯のアドバイスだ。


 何度でも言うけど、君のレベルは一なんだよ?

 レベル一のSランク冒険者なんだよ??

 だから冒険者協会が協議しているんだよ!?

 なんなら、今のお前は、課金装備を全部売っ払った一文無しなんだよ??


 状況をちゃんと把握しないと死んじゃうよ!?


 すると、カイルは胸を叩いて高らかに声を上げた。


「当然だ。俺は現実をちゃんと見て話をしている! だからこそ、簡単に大金が稼げるSランクの依頼を受けたいんだ!」


 カイルの言葉を聞き、俺は愕然とした表情を浮かべた。

 だ、駄目だコイツ。早くなんとかしないと……。


 俺が頭の中でそう考えていると、冒険者協会内に大きな声が響き渡る。


「冒険者協会の協議が終わった! ここにいる冒険者に対し、結論だけを先に伝える!」


 どうやら、冒険者協会内で協議が終わったらしい。

 ここにいない冒険者に対しては後から協議した内容を伝えるつもりのようだ。


 さて、どんな協議内容になったものか……。

 話を聞き逃さないようにしないと……。


 耳を傾けると冒険者協会の代表は、とても簡潔に協議内容を告げた。


「本日、現時点を以って、全冒険者のランクをFランクとする。ただし、レベルに応じてランクポイントを加算。ランクポイントに応じて、今回に限り特例昇級を認める事とする」


「へえ、なるほど……」


 レベルに応じてランクポイントを加算か。

 苦肉の策ながら考えたな……。

 少なくとも、これでレベル一のSランクを一掃する事ができる。その他のランクについても同様だ。

 それにレベルで測れば、プレイヤーを実力に見合ったランクに収める事ができる。

 これにより、ランクに見合わなかったプレイヤーも、それに見合ったランクに収める事も可能となる。

 随分と思い切った事をしたものだ。


 俺が関心していると、足元から崩れ落ちるプレイヤーが一人。

 そう。レベル一の元Sランク冒険者、カイルである。


「な、なんだと……。それじゃあ、俺はどうすればいいんだ。キャバ嬢のマミちゃんにバッグを買って上げる約束をしちゃったんだぞ……」


 こいつ、カジノだけでは飽き足らず、キャバ嬢にも貢いでいたのか……。

 どうしようもないな。と、いうより……。


「カイル……。お前、現実世界に本物の嫁がいるだろ。えっと、メアリさんだっけ? メアリさんはいいのかよ?」


 そう言うとカイルは怖い表情を浮かべた。


「二次元の嫁より三次元のキャバ嬢の方が大事だろうがよっ! 空気読め!」

「ええっ……」


 お前の嫁、二次元の嫁だったの?

 次元を超えた空気嫁だったの!?

 っていうか、お前が空気読め!!

 一度、脳味噌を漂白してこい!


 まあ、取り敢えず、カイルの事は置いておこう。

 周囲を見渡すと、カイルの様に膝から崩れ落ちているプレイヤーが相当数いた。

 みんな、オーディンにレベルリセットされてしまった被害者なのだろう。

 しかし、レベルに見合わないランクは、身を滅ぼす。

 冒険者協会の決定に納得いかないプレイヤーも大勢いるだろうが、諦める他ないだろう。


「異議あり!」


 すると、冒険者協会の決定に異議を唱えるプレイヤーが現れる。

 まるで法廷バトルゲームの様な言い方だ。

 協会長に向かって指を突きつけている。


 協会長に向かって指を突き付けるなんて凄いな。

 協会長って、一応、古参のSランク冒険者設定じゃなかったっけ?


 そんな事を考えながら事の推移を見守っていると、異議を唱えたプレイヤーに同調したプレイヤー達が騒ぎ出す。


「そいつの言う通りだ!」

「納得できるか! そんな決定!」

「なんで俺達が降格されなきゃならないんだよ!」

「ちゃんとした理由を説明しろ!」


 一方的な決定だ。

 何故、この様な決定となったのか、説明を求めたくなる気持ちもよくわかる。

 だがしかし、お前らプレイヤーは冒険者協会がなんでこんな決定を下したのか、心の底では薄々気付いているんだろ?


 異議を唱えたプレイヤー達に冷めた視線を送っていると、協会長がテーブルを叩いた。


「鎮まれぇぇぇぇ!」


 協会長の威圧に異議を唱えていたプレイヤー達が押し黙る。


「何故、冒険者協会がこの様な決定を下したのか聞きたいならば教えてやる……。原因については現在調査中だが、数日前からランクに相応しくないレベルの冒険者が急増した。これに起因して任務の失敗や冒険者の死傷等、様々な問題が発生している。これは、この国だけの問題ではない。隣国でも同様の問題が発生しているのだ」


 冒険者協会の対応は当然だ。

 寧ろ、こんなに早く決定を下すとは思いもしなかった。


 冒険者のランクは信頼の証。

 今、その信頼が崩れようとしている。

 一度、崩れた信頼はもう二度と元には戻らない。


 それを未然に防止する為、多少の泥を被る事になったとしても冒険者協会は、この様な決定を下したのだろう。


「……これは同時多発的に発生した事象だ。冒険者協会としては、誰かが不正を行ったとは考えていない。寧ろ、その逆。この措置は君達を保全する為のものだ。今回、この決定によりランクが降格される者については、冒険者協会がランクに応じたバックアップを行う。話は以上だが、何か質問はあるか」


 協会長がそう幕引きを図ると、異議を唱えていたプレイヤーの一人が手を上げる。


「そ、それじゃあ、ランクに応じたバックアップについて教えてくれ。冒険者協会は一体、どんなバックアップをしてくれるんだ?」


 冒険者協会が行うランクに応じたバックアップ。

 確かに気になる所だ。


 冒険者からの質問に協会長は顎に手をかけながら応じる。


「Fランクについては、レベルが二十になるまでの間、冒険者協会から引率の冒険者を派遣する予定だ。Eランクは武器、防具の割引購入ができるよう手配し、Dランクには、三回に限り高ランク冒険者と同行する事のできるチケットを配布する。勿論、そのチケット代金は冒険者協会が持つ。また、Cランク以上については、ダンジョンのマップ情報の公開等を主軸にバックアップを行う予定だ。他に質問はあるか?」

「い、いや、質問は以上だ」


 想像以上に手厚いバックアップだった。

 特にレベル二十。つまり、単身で初級ダンジョンに挑めるようになるまで面倒を見てくれるというのは凄い。

 高ランク冒険者の同行チケットの配布についてもだ。

 普通、高ランク冒険者にダンジョンの同行を頼む場合、数十万コルは積まないと引き受けてくれない。低ランク冒険者のお守りはそれ程、大変な事だからだ。


 他に質問はないかと協会長が冒険者達に視線を向ける。

 冒険者協会のバックアップ体制を聞き、安心したのか冒険者達はそれ以上、何も言う事はなく質問タイムは終わりを迎えた。

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