第327話 ヨトゥンヘイム②

「うわぁー、何だか一気に暖かくなったねー」


 まるで、辺り一帯が火に包まれてしまったかの様に明るく、氷と霜でできている木々がパチパチ音を立てて真っ赤に燃えている。

 何故、こんな事になっているのか。

 それは、フェニックスが上空から噴いた火が木々に燃え広がり山火事を引き起こした為だ。


「凄いや、どう考えても氷にしか見えないのに、木として燃えるんだ……って、いやいやいやいやいや、嫌ぁぁぁぁ!?」


 フェニックス、ちょっと火を噴いただけだよね? ちょっと火を噴いただけだよね??

 それが何で山火事引き起こしているのぉぉぉぉ!?

 色々、おかしいだろうがぁぁぁぁ!!

 何で木を形取っただけの氷が燃えるんだよ!

 熱線の時は大丈夫だったよね!?


「いや、そんな事を考えている場合じゃない! クラーケン!」


 水の上位精霊・クラーケンに消火するよう指示を出す。

 すると、クラーケンが放出した水が、外気に触れた瞬間、凍りつき、まるで燃え盛る炎に薪でも焚べたかの様に延焼していく。


 え、えええええええええー!?

 いやいやいやいや、おかしいだろうがぁぁぁぁ!!


 消火する為、放水したのに、間違って山火事にガソリンぶち撒けたかの様な様相になってしまった。

 これは拙い。非常に拙い。


「くっ、こうなったら仕方がない……!」


 なにもかも、埋めてしまえ、ホトトギス。

 埋めてしまえば、万事解決。


「ベヒモォォォォス! 燃え盛る木々を地中に埋めてくれぇぇぇぇ!」


 地の上位精霊・ベヒモスにそうお願いすると、燃えている区画すべてが陥没し、土砂に埋まる事で強制的に鎮火させていく。


 水で鎮火しないなら土を使えばいいじゃない。簡単な事だ。


「――ふう……何とかなったか……ありがとう、ベヒモス」


 完全に鎮火した事を確認し、安堵の表情を浮かべる。

 お陰で延焼を防ぐ事ができた。

 しかし、なんて世界だ……まさか氷でできた木が燃えるだなんて……。

 もしかしてアレか?

 転移門『ユグドラシル』の近くに設置してあった、あの氷像は山火事をトリガーとして動き出す予定だったのか?

 もしそうだとしたらもの凄く巧妙なトラップだ。あの氷像、アイテムストレージに格納しておいて本当に良かった。

 氷像をそのままにしていたら、氷像の中身と戦わなくてはならない所だ。


 俺はため息を吐くとベヒモスに視線を向ける。


 さて、そろそろここを離れるかな……。


 ちょっと火を使っただけで山火事起こす様な危険な山にこれ以上いるのは御免被る。

 地の上位精霊・ベヒモスにペロペロザウルスのゆで卵を渡すと、アイテムストレージからスキー用のブーツとスキー板を取り出し、足に装着する。

 そして、ストックを両手に持つと、フェニックスの指し示した方角に視線を向けた。


「よし……行くか……」


 この世界に来てすぐちょっと目立ち過ぎた。このままここにいれば、山火事を引き起こした実行犯として吊し上げられかねない。

 メニューバーを開き獲得経験値を確認してみたが、微動だにしていない事からあの山火事が原因で死んだ人はいない筈だ。


 燃える氷の木には少しばかり興味があるが、そんな事を気にしてここに留まるのはあまりに危険過ぎる。


「……この世界に住む巨人達が社交的だといいんだけど」


 ドワーフとダークエルフとのファーストインプレッションは最悪だった。

 この世界の巨人が社交的で排他的でない事を願うばかりだ。


 そう呟くと、俺はエレメンタル先導の元、スキー板を滑らせた。


 ◇◆◇


「うーん。これは……」


 雪山を降りたらそこには万里の長城の様に長く続く巨大な壁がありましたと……いや、それはいいんだけど、これどこから中に入ればいいんだ?


 右を向いても左を向いても壁しかない。

 壁の上には迎撃装置完備されている。

 流石に壁を壊してこんにちはする訳にもいかないし、どうしたものか……。

 途方に暮れていると、目の端に人の姿を捉える。


「あれは……もしかして、巨人か? 巨人なのか?」


 見付けた巨人をマジマジ見てみると、デカい仮設機材に乗り、ただひたすら外壁作りに邁進している。

 巨人も俺がいた世界の様に働いているんだな……。

 ゲーム世界なのに、ゲーム内で働く巨人を見る事になろうとは思いもしなかった。

 姿形も、人間をただ大きくしたというよりは、精霊寄り……肘や膝に岩石の様な物がくっ付いている。肌は茶色で人間をベースに岩石と融合させた巨人。語彙力のない俺ではこの程度の形容が関の山だが、そんな感じだ。


「とりあえず、接触して見るか……」


 ドワーフやダークエルフとのファーストインプレッションは最悪だった。

 悪しき前例がある以上、慎重に接触しなければ……。


 俺は、アイテムストレージから暇な時にでも食べようと思っていた茶菓子を取り出し、それを片手に持ちながら巨人の下へと向かう。

 巨人からしてみれば、人間サイズ基準の茶菓子など米粒一粒程度の大きさしかないだろうが、こういうのは気持ちが大事。


 巨人に近付くと、向こう側もこちらの存在に気付いたのか、何だアイツといった視線を向けてくる。


 思ったよりデカい。

 いや……巨人がデカいのは知っていたが、やはり、生きている巨人を直接目にするのは違いがある。

 左官の様に外壁を巨大なこてを使って塗り上げる姿は圧巻だ。巨大なこてが武器に見える。

 だが、ひよっていては話が先に進まない。


 俺は意を決して巨人の近くに寄り、会釈をしながら話しかける。


「――あ、どうも、こんにちは、この地に住む巨人さんですか? 今日は絶好の建築日和ですね。先日、こちらに越してきたカケルと申します。こちら心ばかりの品をお持ち致しましたので、どうぞお受け取り下さい」


 どうだ……この「あ、どうも」という最強のオールマイティあいさつは……。


 笑顔で『あ、どうも』と会釈しながら挨拶する事は『私はあなたと打ち解けたい』『気軽に話がしたい』という相手へのアピール。『敵意はありません。警戒しないで下さい。胸襟を開いて仲良くしたいんです』という意思表示でもある。

 例えるなら、犬や猫が気を許した相手にお腹を見せる様なものだと、そうネットに書いてあった。


 チラリと反応を見ると、巨人は頬をポリポリ書きながらジッとこちらに視線を向けている。


『……何だ、この生き物は? 巨人語を話すという事は、まさか巨人か?』


 wikiによると、ヨトゥンヘイムは、霜の巨人と丘の巨人が住む世界。

 俺の事を巨人と勘違いするということは、霜の巨人は人間サイズなのか?

 いや……単純に人間の存在を知らないだけかもしれない。

 それでも巨人と人間とを間違うのは無理があるが……まあ勘違いは誰にでもある。なので俺は正直に打ち明ける。


「いえいえ、巨人だなんて大層な者ではありません。ミズガルズのセントラル王国から来た人間です」


 いつもであれば、相手の発言にそのまま乗って話を進める所だが、流石に巨人として話を進めるには無理があるしな……。


 そう告げると、巨人は頭に疑問符を浮かべる。


『……人間? 人間とは、皆、その様な格好をしているのか?』


 その様な格好。恐らく、モブフェンリルスーツの事を言っているのだろう。

 巨人は俺の着ているコスチュームを見てマジマジと言う。


「はい。これはモブフェンリルスーツという人間の世界でも人気のあるコスチュームの一つです。人間は皆、コスチュームを着て生活します」


 だいぶ誇張したが、嘘は言っていない。

 人類は皆、何かしらのコスチュームを着て生活している。


 すると、巨人は少し考える様な素振りを見せ頷いた。


『そうか……遠路遥々ようこそと、言ってやりたい所だが、お主が人間と言うのであれば今すぐ逃げた方がいい。もし霜の巨人に見付かったら我々、丘の巨人と同じく奴隷に……いや、それより酷い……見世物として、死ぬまで――』

『おい。お前、仕事を放棄し、何をしている……』


 声をかけられた瞬間、丘の巨人は俺を足元へと隠して振り返る。


『……い、いえ、こてを下に落としただけです。すぐに仕事に戻ります』


 声を掛けてきたのは、丘の巨人とは違う姿形の巨人。肘や膝に霜の様な物がくっ付いている。肌も青く人間をベースに霜と融合させた巨人。恐らく、この巨人が霜の巨人なのだろう。

 丘の巨人は片目で逃げろと合図する。

 しかし、壁続きなこの場所に隠れる場所はない。こんな事なら隠密マントを着てくれば良かった。


 そう逡巡していると、霜の巨人が俺を庇う丘の巨人に対し、猜疑心に満ちた視線を送る。


『――ふん。愚図が……さっさと、こてを拾い仕事に戻……うん? お前、後ろに何を隠している……』


 勘が鋭い巨人はこれだから嫌なのだ。

 嫌な奴ほど勘が鋭く、猜疑心が強い。

 しかし、霜の巨人は、超人的な力を持つ精霊寄りの巨人。

 仕方がない。

 影の精霊・シャドーの力を借り、影の中に入り込む事でこの場をやり過ごすか……。


『いえ、何も隠していません』


 丘の巨人が気を逸らしてくれている内にと、影の精霊・シャドーに向かって話しかける。


「シャドー、俺を影の中に隠し……」


 すると、シャドーと話している最中、霜の巨人が予想外の行動に出る。


 シャドーと話す為、霜の巨人から視線を外した瞬間、ビシッと音を立て、丘の巨人を起点に地面が凍り付いたのだ。

 俺には、ヘルヘイムの王、ヘルが守護に付いている。その為、霜の巨人の攻撃は効かない。

 しかし、突然、地面が凍り付いた事に驚く事のない胆力がある訳でもない。


「――っ!?」


 声を上げはしなかったものの、驚きのあまり一瞬、体が動かなくなる。

 その隙を縫って、手が伸びてきた。


『――隠しているじゃないか……何だ、この矮小な生物は?』


 くっ……失態だ。

 まさか、俺を手掴みで捕らえるとは……。


 小学生に捕らえられたカエルやトカゲの様な気分だ。

 霜の巨人は、俺にマジマジと視線を向けた後、丘の巨人に視線を向ける。


『ふうむ。奴隷如きが仕事をサボって小動物と戯れているとはな、くだらん』


 そう呟くと、霜の巨人は俺を握っている手に力を籠め握り潰す。


『――連帯責任だ。丘の巨人共に告げる。今日から一週間、飯は抜きだ。文句は仕事をサボって小動物と戯れていたこの巨人に言え!! どうしても飯を食いたければ、仕事終わりにでも雪山に籠って狩りでもするんだなぁ!! 大規模火災に巻き込まれて死んでもしらんけど』


 そして、握り潰した物を丘の巨人に投げ付けると、地面に唾を吐き捨て壁の内側へと去っていった。

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