第186話 質の悪い貴族の居場所はゴミ捨て場②

「ぐぅふっ!? おうえっ……!!」


 まるで、鼻に直接、世界一臭い缶詰・シュールストレミングを注入されたかの様な激臭。そして、目には、レモン汁でも直接かけられたかの様な激痛。


 城門に足を踏み入れただけでこれだ。

 正に人外魔境。流石は王国中のゴミが一挙に集まる集積場。

 その大半が未処理のまま放置されているとなれば、この激臭も納得できる。


 俺はアイテムストレージから上級回復薬を取り出すと、それをすぐさま口に含み、一緒に取り出した防毒マスクをモブフェンリルスーツの上から被る。


「はあっ、はあっ、はあっつ……恐ろしい所だな、ここは……」


 防塵マスクじゃこれを防げない。せめて防毒マスクじゃないと……。

 何より人が住んでいい場所ではない。

 ゴミ山に視線を向けると、上から降り注ぐ日光が生ゴミと化学反応を起こし、絶え間なく煙が上がっている。


 まるで、スモーキー・マウンテンの様だ。


 こんな所に居たらすぐに病気になってしまう。

 凄いな、王様は……よくこんな場所で生活できるものだ。

 俺だったら逃げ出すね。


 ――あ、逃げ出す事ができないのか。


 周りを強固な城壁に囲まれ、暴動を起こした王国民と自警団に見張られているから……。


 まあ、自業自得という事で、とりあえず、すべての武器を押収するか……。


「シャドー、城内にある武器になりそうなものすべてを影の世界に集めてくれるかな?」


 俺がそう言うと、影の精霊・シャドーは俺の影に身を移し、その影を広げ城内すべてを一瞬にして包み込んだ。


 ……うん。何て言うか、アレだ。


 ゲーム内でモンスターを倒す為だけに実装されたサポートキャラが現実世界に解き放たれたらこんな感じになるよね……。


 ファイナルファンタジーの召喚獣がバトルだけではなく町中で自由に召喚できる様になった様なものだ。


 この世界において、その存在に当たるのがエレメンタル。

 もはや天災と同じ存在。常人に何とかできる様な相手ではない。


 そして、影に覆われた世界に景色が戻る頃、目の前には武器が山の様に積み上げられていた。


「……ありがとう。シャドー」


 影の精霊・シャドーにお礼を言うと、アイテムストレージに積み上がった武器を収めていく。中には、木刀や包丁、鍋や根菜まで積み上がっていた。


 ……うん。まあ、そうだよね。

 鍋や根菜も立派な武器だ。


 もはやマトモな料理すらできなくなってしまったであろう王城の料理人には憐憫の情を禁じ得ない。

 王城内にある武器になりそうなものすべてを押収した俺は、そのまま城門を抜けると『隠密マント』をアイテムストレージにしまい息を吐いた。


「これれならすぐに拉致できるな……」


 影の精霊・シャドーがいれば、証拠も残さず貴族連中を王城内に拉致できそうだ。


 そう確信を持った俺は、『確定エレメンタル獲得チケット』により影の精霊・シャドーを獲得した配下五十人に貴族をすべて王城に送るようメールを送り、自警団には城門の警備を厳重に行うよう要請しておく事にした。

 ついでに、これから一時間、一切抵抗をしない事を条件に王城で働く使用人、武器を持たない兵士の投降を認めるよう進言しておいた。


 ◇◆◇


 その頃、王城内は大混乱に陥っていた。


 当然だ。突然、視界が闇に染まったかと思えば、身に付けていた筈の武器や貴金属すべてが剥ぎ取られていたのだから。

 武器や貴金属を奪われたのは兵士達だけではない。

 それは料理人も同じであった。


「わ、私の包丁が……調理器具がすべて無くなっている!?」

「た、大変ですっ! 皿も、籠も、フォークやスプーンまでっ! 食器がすべて無くなっていますっ!」

「おい! ここに置いてあったカボチャはどこにいった!? 大根や玉ねぎ、さつま芋……ジャガイモまでないぞっ!」


 武器になりそうな根菜も容赦なく押収した影の精霊・シャドー。


「……こ、これでは、まともな料理が出せないではないか」

「ただでさえ、食材が足りていないのにこれでは……」

「調理器具が無くては……なあ……」


 保存が効く根菜の消滅に頭を抱える料理人。


「も、もう駄目だ……こんな生活限界だっ!」

「私もだ。こんな状況に陥ったのも陛下があんな御布令を出すから……」

「――料理人全員で申し出ましょう。ここに居ては、我々の食べる物も……」

「しかし、どうする。外から聞こえてくる砲撃音……情報がまったく降りてこないが攻撃を受けているのではないか?」

「に、逃げ場はないと? な、何という事だ……」


 保存の効く食材を失い途方に暮れる料理人達。そんな料理人達の耳に朗報が届く。


「お、おいっ! 城門の前に張っている自警団が呼びかけをしているぞっ! 今から一時間に限り王城で働く使用人や武器を持たない兵士の投降を認めるってよっ!」

「ほ、本当かっ!?」

「ああ、本当だっ! 抵抗しなければ、当分の間、衣食住の保証もしてくれるらしい! 今、他の使用人達も城門に集まってる!」

「それでは、私達も向かいましょう!」

「「はい!!」」


 突然、降りてきた朗報に料理人達は全員揃って城門へと向かった。


 ◇◆◇


 同刻。王城にある王の間では、この国の国王であるガルズ・セントラルが頭を抱えていた。

 天井から消えたシャンデリア、脚だけ無くなった椅子とテーブル、絵だけを残して消えた額縁、そして、手に持っていた筈の羽ペン。


 ガルズ王は、目の前にいるカティ宰相に視線を向ける。


「い、一体、何が起こっているのだっ……」


 砲弾が撃ち込まれたかの様な音が聞こえたかと思えば、カティ宰相が王の間に飛び込んできて今、置かれた状況を説明し始め、急に辺りが真っ暗となったかと思えば、部屋が滅茶苦茶になっていた。


「わ、わかりません……」


 カティ宰相はカティ宰相で困惑していた。

 貴族が私兵を連れ攻めてきた事を知らせに来たら、急に辺りが真っ暗になり、次の瞬間には王の間が滅茶苦茶になっていたのだから当然である。


 唖然とした表情を浮かべながら、窓を開け外の様子を伺うと『これから一時間に限り、一切抵抗をしない事を条件に、王城で働く使用人、武器を持たない兵士の投降を認める』といった旨の放送が流れてきた。


「――な、なにっ!?」


 そんな勝手な事をされては……!

 ただでさえ、城内には人がいないのだ。


 ゴミ処理を行う兵士がいなくなるのも、料理人を初めとした使用人がいなくなるのも非常に困る。


「カ、カティ宰相。どうしたら……私はどうしたらいい? 今、兵士と使用人が王城から出て行ってしまったら、私は……私達は……」


 しかも、肝心要の国王陛下がこのザマだ。

 貴族に協力を求めた筈が反旗を翻され、時間を追う毎に王城から兵士が脱走していく。色々な事が起こり過ぎて既にキャパオーバー。


 泣きそうな表情を浮かべる国王を見ていると、こっちまで泣きたくなってくる。


「すぐに兵士と使用人達を止めましょう。これ以上、ここから出て行かれては……」

「こ、これ以上、出て行かれたらどうなるというのだっ!?」


 王国民が暴動を引き起こし、貴族に反意を持たれた今……更にこれ以上、兵士と使用人が王城から出て行く様ならもうこの国は……王政はもうお終いだ。


 仮にも国王本人の目の前でそんな事、言える訳がない。


「とにかく、止めてまいります。陛下はここでお待ちを……」


 ガルズ王にそう告げると、カティ宰相は走り出した。


「……冗談じゃない。冗談じゃないぞ!」


 全国多発的に発生したゴミ・汚物処理場の爆発事故。

 我々は、それを建て直そうとしただけだ……!


 確かに、王国民から税金を徴収しようとしたのは申し訳なく思う。

 しかし、仕方がないではないか……。

 見てみろ、貴族に税金をかけたらどうなったかを……。

 貴族は揃って反意を翻した。

 私の計算では、王国民から税金を徴収する事ができていれば、貴族は反意を翻す事無くギリギリ留まった筈だった。

 貴族より重い徴収に国民が耐えているのに、貴族がそれに文句をいう訳にはいかないからだ。

 貴族からも税金を徴収する事で、国民もある程度溜飲を下げる筈だった。


 ――カティ宰相は階段を飛び下り、王城の扉を開け外に出る。


 考えて、考えて、考え抜いた末の御布令だったのだ。

 それをっ……!


 たったそれだけの事で王政が廃止されてなるものかっ!


 ――城門に並ぶ兵士と使用人を視界に収めると、カティ宰相は大声を出し牽制した。


「お前達っ! ちょっと待てっ! お前達まで国を……国王に反意を翻すつもりかっ!」


 しかし、城門までの距離が遠く兵士と使用人達にカティ宰相の声が届かない。


「お、お前達っ! 待てっ!」


 それでも、カティ宰相は叫び続ける。

 今、兵士と使用人が王城からいなくなったら王政は……現王政は……!


「ま、待てぇぇぇぇ!」


 そう叫び声を上げると共に、兵士と使用人達は城門の外に出され門が閉められる。

 走るのを止め絶望的な表情を浮かべるカティ宰相。

 立ち止まり四つん這いになると、地面に拳を打ち付けた。


「ぐっ……ぐうっ……」


 カティ宰相は悔しさ、やるせなさから苦悶の表情を浮かべ嗚咽を漏らした。

 立ち上がり、トボトボと王城へ戻ろうとすると、背後から人の気配を感じる。


「……」


 まだ王城に残った兵士と使用人が居たのかと振り向くとそこには、兵士や使用人達ではなく数十人を超える貴族の当主達が立っていた。

 目の前に現れた貴族の当主達の姿を見て、カティ宰相は驚きの声を上げる。


「な、ななななっ……何故、ここに……っ!?」


 影の精霊・シャドーにより突然、王城に連れて来られた貴族の当主達は困惑した表情を浮かべた。


「うん? ここはどこ……臭っ!?」

「な、何だここはっ! 目がっ!? 目が染みるっ!?」


 しかし、そこは腐っても貴族当主達。

 王城を見上げると状況をおぼろげながら把握し、鼻と口元にハンカチを当てながらカティ宰相に視線を向けた。


「おや、これはこれは……」

「カティ宰相ではありませんか。国王陛下は御健在ですかな?」

「相談もなく税金を徴収しようとするとは、我々も舐められたものだ……」

「それで? 国王陛下はどちらに? 是非とも今後の国家運営について話し合いを持ちたい所ですなぁ……」


 そう言いながら、カティ宰相を取り囲む貴族の当主達。

 そんな危機的な状況の中、王城内に軽めの放送が流れた。

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