第185話 質の悪い貴族の居場所はゴミ捨て場①
眉間に皴を寄せ、顔を真っ赤にして怒る男。
男は荒く深呼吸をすると、俺を睨み付けた。
「……ず、随分と汚い言葉を使う男だな。これだから平民は困――」
「――あなたがどなたかは知りませんが、ここにお貴族様が泊まる様な豪華絢爛な部屋はございません。あなたが言う通り平民用の部屋しか提供しておりませんので、どうぞお引き取り下さい」
何だか面倒臭い事を言い始めたので、男が『平民』という単語を口にした瞬間、敢えて話を被せ、大きな声でそう言ってやると、男は唖然とした表情を浮かべた。
そして、おちょくられたのがわかったのか、こめかみに青筋を浮かべると俺の胸倉を掴んだ。
「こ、この野郎っ――」
そして、俺の事を殴ろうと片腕を振り被る。
「――はい。正当防衛成立っと、皆さん、見ましたね。ただ、部屋の提供を断っただけにも係わらず、この人は武力に訴えてきました。なので、こちらも反撃させて頂きます」
その瞬間、俺の頭の上に浮いていた水の上位精霊・クラーケンが顕現し、男の拳を触手で優しく受け止める。
「なっ!?」
そして、そのまま、男の体に触手を絡め宙に浮かせると、男を真上に放り投げた。
「な、ななななななっ――なぁぁぁぁ!? ぐうえっ?」
四メートルほど上昇すると、訳のわからない言葉を叫びながら落下。
男は体全体を使って無様に着地すると、ピクピクと動くだけで何も言葉を発しなくなってしまう。
あまりにも可哀相なので、俺はピクピクとしか動かなくなってしまった男に声をかけた。
「いやぁ、どうもすいませんね。それで、あんた、何しにここに来たんですか?」
そう問いかけるも、返事がない。
何とも失礼な奴である。
「ちょっと、大丈夫ですかぁ?」
俺は、ピクピクと痙攣している男の胸ぐらを掴むと一つだけ質問する。
「もしかして、怪我が酷くて喋れないとかですか? 上級回復薬……使います?」
そう尋ねると、男はカクンと首を前に倒した。
よし。契約成立だ。
念の為、アイテムストレージから契約書を取り出すと、男にペンを持たせて適当な名前を書かせる。
うん。これでよし……。
これでこいつは、一千万コルの借金を負った。
もう、俺に無礼な態度を取る事はできなくなったとそう言う事だ。
「はーい。それじゃあ、上級回復薬を飲ませるのでちゃんと飲んで下さいねぇ~」
そう言うと俺は白目のまま口を半開きに開けている男の鼻の穴に上級回復薬を垂らしていく。
「ぎゃおおぇおおおおっ……」
意識が無い筈なのに苦しそうに呻る男。
別に鼻から上級回復薬を飲ませても問題無い筈だ。
鼻と口は繋がっている!
その精神で飲ませ続けると、男が意識を取り戻した。
「げ、げふっ! な、何をやっているっ!?」
「何をやっている? 決まってんだろ?? 上級回復薬を飲ませてやってるんだよ」
「ふ、ふざけんじゃ――ぶうっ!!」
意識が戻ってしまった事を残念に思いながら口に上級回復薬を直接突っ込むと、男は目を白黒し始めた。
「おっ? 二本目が必要か?」
そう尋ねると、上級回復薬の瓶を鼻から放し、男が目を覚ます。
「ふ、ふざけるなっ! こんな事をしてどうなるか――」
「ああ、まったく以って、その通りだ」
俺が契約書を男に付き付けると、男はその契約書を持って唖然とした表情を浮かべた。
「こっちこそ、ふざけんな……さあ、今すぐ一千万コル耳を揃えて払って貰おうかぁ!?」
俺がそう言うと、男は目を白黒とさせる。
「――は、はあっ? 意味がわからない。何を言っているんだ、お前っ!?」
「意味がわからないだぁ? そんな筈がねーだろっ! お前は俺から上級回復薬を購入したよな? 飲ませてやったよなぁ!? 契約書にそう書いてあるんだ。ちゃんと守らなきゃいけねぇだろ? ああんっ、コラッ!?」
俺が凄むと、男は目を白黒とさせる。
そして、地面に転がった上級回復薬を見ると、その途端、滝の様な汗を流した。
「……もし嘘だと思うならこれを破って見ろ」
「あ、いや、しかし……」
「いや、破って見ろって、信じられねーんだろっ? ほら、破って見ろってっ!」
「い、いえっ……す、すいませんでしたぁぁぁぁ!」
そう言うと、男は全速力でこの場を去っていく。
しかし、そう問屋は卸さない。
俺は大きな声で、この場から離れて行く男に声をかけた。
「いや、逃がすかこらぁぁぁぁ! 年利二十パーセントだからなぁぁぁぁ! 第一回目の支払い明日だからっ! その支払いが行われなかった場合、お前の人生詰むからそのつもりでぇぇぇぇ!」
そう問いかけると、数歩歩いて男が四つん這いに崩れ落ちた。
案外、潔いい奴だ。
踏み倒すのではなく四つん這いになって絶望するならまだ見所がある。
「……それで? お前、何しにここに来たの?」
契約書をヒラヒラなびかせながらそう問いかける。
「じ、実は……」
借金を負わせ、心をバキボキに折った後の話は速かった。
「じ、実は、コンデ公爵様とフロンド伯爵様から宿泊施設を抑えるよう命令が降り……」
「ふーん。へーそう。つまり、その二人のお貴族様は、王都に住む民衆を脅して無料で宿に宿泊しようとしたんだ……それで? 当然それだけじゃないよね?」
俺がそう尋ねると、怯えながらすべてを話してくれた。
「は、はい。食料の調達に、王城を落とす為の武器の徴収を命じられております……」
「ふーん。そう……」
王城を落とす為とはいえ、王国民に負担を強いるのは駄目だろ……駄目だよな?
特に自分が権力を握る為にという所が頂けない。
「も、もちろん、協力した者には様々な優遇を……」
自分が権力を握ったら優遇してやるから宿の宿泊費を無料にしろ。
食料も当然無料だ。武器も徴収するって事か?
やはりお貴族様は民衆の事を何一つわかっていない様だ。
そっちがその気なら……。
俺は、メニューバーからメール機能を立ち上げると、王国中の従業員にメールを送った。
◇◆◇
「なる程……」
メールを送って数分、各地の状況が次々と上がってくる。
どうやら、コンデ公爵とフロンド伯爵だけではなく、現在、国中の貴族が私兵を連れ、王都に進軍しているらしい。
国が出した御布令に貴族は相当お怒りの様だ。
しかし、それならば、話は早い。
貴族が私兵を連れ進軍しているなら、その貴族を何とかしてしまえば進軍は止まる。
この国の国王の味方をする訳ではないが、俺達、王都民に迷惑をかける様な貴族は、この国にいらない。
既にゴミ捨て場に住んでいる国王諸共、この国の貴族にはゴミ捨て場の住民となってもらおう。
元の世界には、『臭い物に蝿がたかる』という諺がある。
悪い者同士は寄り集まるものであるという意味を持った諺だ。
今、王都に、数十匹の蠅がたかろうとしている。
もしかしたら、これからどんどん、蠅が湧いてくるかも知れない。
そんな蠅を一網打尽にするには、どうしたらいいだろうか?
簡単な事だ。臭い物にたかった蠅を『臭い物に蓋』の精神で一カ所に集め閉じ込めてしまえばいい。エレメンタルの力を借りれば簡単にできる。
貴族共もゴミ捨て場という劣悪な環境に置かれれば、少しは民の気持ちも理解できるだろう。『何で、この私がこんな目に遭わなければならない!』といった選民思考に凝り固まった考えも、ゴミ捨て場で数週間過ごせば、『だ、誰か、誰でもいい。ここから出してくれぇぇぇぇ!』といった思考に変わる筈だ。
何、俺も鬼じゃない。
当然、殺し合いとかできない様、最低限の武器を取り上げた上で、王城に放り込む。
食べ物についてもちゃんと差し入れるさ。
勿論、対価として金は徴収するし、贅沢できぬよう一日二回の配給に留めるけどな。
配給はすべて生の野菜にしてやろう。
肉は贅沢品だ。肉なんて食べなくても生きていられる。
そうと決まれば、すぐに決行しよう。
「……と、その前に」
今、私兵を使い王都民から私財をカツアゲしまくっているコンデ公爵とフロンド伯爵を何とかしなくちゃいけないな。
「自警団に任せるか……」
自警団とは、非常時の際、自衛のために組織した民間の警備団体である。
ちなみにその活動資金を提供しているのは、何を隠そう俺なのだ。
と、いうより、俺の知らぬ内に従業員が自警団という組織を創り上げていた。
ベンチャー志向の強い従業員がいたものだと思ったが、王都を守る筈の兵士が機能不全に陥っているので、国を無法地帯にしない為にも必要な組織だ。
当然の事ながらこの自警団に貴族の権威は通じない。
何故ならば、国王が発令した御布令が元となり発足した組織である為だ。
つまり、貴族大嫌いな奴等が集結した組織なのである。
「……よし。王都中に放送を流すよう要請しろ。貴族の横暴に困っている方は自警団を頼るよう放送を流すんだ!」
「「おおおおっ!!」」
スローガンは『皆で護ろう平民の権利』。貴族の横暴は一切許さない。
俺がそう声を上げると、その場にいた王都民が動き始める。
自警団に連絡を取る者。
放送の要請をする者。
シャッターを閉め、巻き込まれない様、店じまいをする者、様々だ。
少しすると、王都中に『貴族の横暴に困っている方は自警団に連絡を……』といった放送が流れ始める。
「よし。それじゃあ、俺も工作を始めるか……」
この国を挙げて貴族を排除しようとする一体感。堪らない。
俺は『隠密マント』を身に纏うと、エレメンタルを護衛に就け王城へと向かった。
◇◆◇
ここは王城の城門前。
俺こと翔は、城門の隙間から漂う異臭を嗅ぎ飛び退いた。
「うん。改めて思うが、酷い臭いだな……」
鼻と口元をハンカチで覆うだけでは逃れる事のできない酷い臭いだ。
何だか涙も出てきた。
もしかしたら、有毒ガスが発生しているのかも知れない。
しかし、不思議な光景だ。
城門を自警団が守っている……。
いや、違うな。これはアレだ。
王城から国王達が逃げ出さない様、自警団で見張っているのだ。
自警団に王城を占拠する意思はまったくない。
そのお蔭で、城門の警備が手薄であっても貴族軍が攻撃を仕掛けてくる事は無いと、そういう事か……。
そうとなれば好都合だ。
『隠密マント』を身に纏った俺は、堂々と城門を潜っていく。
その瞬間、もの凄い刺激臭が俺を襲った。
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