第184話 その頃、王城では……
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
突如として、王城を囲む様に城壁周辺から鳴り響く轟音。
「い、一体、何が起きているのだっ!?」
その音に驚いたセントラル王国の宰相であるカティ・アドバンスドは、窓から外に視線を向けた瞬間、唖然とした表情を浮かべた。
「……はっ? はああああっ!?」
窓から外に視線を向けると、王城を囲む様に次々とせり上がっていく透明な壁が見える。その様相はまるで、城がスッポリ、何かに覆われてしまったかの様だった。
「な、なんだ……何が起こっているっ……何故、王城を囲う様に透明な壁がせり上がっていくのだっ……」
これではまるで籠の中の鳥。
天井まで完全に覆われてしまった為か、王国中に散っていたゴミの匂いが一気に強くなった気すらする。
思わず窓を閉め、ハンカチで鼻を塞ぐカティ宰相。
うぐっ……。誰が、こんな事を……。
頭の中で犯人探しを始めるが、まるで答えは出てこない。
まさか、天災か? 天災なのだろうか??
まだその方が納得できる。
何故、このタイミングでこんな訳のわからない天災が起こったのかは不明だが、十分に起こり得ることだ。
むしろ、人間にそんな事ができる方が問題である。
もし万が一、人間にこんな事ができるとしたら、もう我々ではどうしようもない。
強大過ぎる力、怒り狂った民衆に対し、権力はまったく意味を成さないのだ。
それは、今、我々が置かれている状況を見れば明らかである。
「と、とりあえず、陛下に状況を説明しなければ……」
他人事ながらに、陛下もこの光景を見て唖然とした表情を浮かべているだろうなと、そんな事を思いながらドアを開け、陛下の下へ向かう。
王の間へ向かう道中、兵士長・アンハサウェイと出くわした。
「おや? 兵士長ではありません……か?」
数日ぶりに見る老人の様にやつれたアンハサウェイの顔。
頬は痩せこけ、炎の様に紅く鮮やかだった髪が、真っ白に変貌していた。
「へ、兵士長。その髪は……」
思わず、そう呟くカティ。
そんなカティに、兵士長であるアンハサウェイは疲れ切った表情を浮かべ呟く。
「あ、あはははっ……な、何でもありませんよ。ちょっと、人手不足が祟り睡眠と食事が足りていないだけです」
「そ、そうですか……」
確かに、ここ数日、兵士総出で積み上がったゴミの運搬と焼却をして貰っていたが、流石にこれは……。言葉には出していないが相当のストレスを抱え込んでいる事がアンハサウェイの姿から見て取れる。
兵士長であるアンハサウェイがこの状態なのだ。兵士達も同様の状況にあると見て違いないだろう。
しかし、それも当然か……。
毎日、決まって夜になると空から降ってくる大量のゴミ。
今や兵士達の仕事は王城の警備や鍛錬だけではない。まるで、国中のゴミをかき集めてきたかの様な大量のゴミ処理にも奔走しているのだ。ストレスが溜まらない方がおかしい。
しかも、それだけではない。食糧不足も問題だ。
今は王城の食糧庫を開ける事で何とか飢えぬ様、対応しているが、このままのペースでは一月持たず消費し切ってしまう。
一番問題なのが、王都に居ながら、王都で食料の調達ができない事。
何度か裏口から遣いの者を出し、王都に食料を買いに向かわせたが、その食料が王城で消費されるとわかるや否や購入を断られてしまう。
その為、今、王城は深刻な食糧難に見舞われていた。
「……宰相閣下こそ、どちらに向かわれるのですか?」
アンハサウェイは、疲れ切った表情を浮かべカティにそう話しかける。
「あ、ああ、実はあれの件を報告しに行こうと思ってな……」
そう言って、窓の外を指差す。
すると、アンハサウェイは疲労の色を濃くして項垂れた。
「ああ、あれの事ですか……」
「……うん? 何か知っているのか?」
王城を覆う様に展開された透明なドーム状の壁。
アンハサウェイは疲れ切った表情を浮かべると、呟く様に言った。
「はい。実はあれが展開される少し前、城壁の巡回中に大量の不審者が入り込んできまして……」
「大量の不審者が? それはまた……」
難儀な……。
不審者を捕らえても、食い扶持が増えるだけで何のメリットも無い。
いや、そんな事はどうでもいい。
「……それで?」
「はい。捕らえた者達を尋問した所、これは以前、国が冒険者協会に依頼した城壁の改修工事。その工事を行った結果である事が判明しました……」
「は、はあっ?」
意味がわからん。
話を聞いた瞬間、カティは口を半開きにして、言葉を漏らす。
「……これが改修工事であると、本気で言っているのか?」
カティの言葉を聞き、アンハサウェイは首を縦に振った。
「……はい。城壁の修繕は完璧に行われておりました。検証して見た所、王城を覆う透明な物質も、例えば、砲撃の様に飛来して来る攻撃に対して有効です。それに出入口を封じられた訳ではありません。城門から外に出る事は可能な様です」
「いや、確かにそうなのかも知れないが、だとしたら何故、城壁を越えて不審者が入り込んでくる? おかしいだろう」
「そもそも、城壁はここ数週間の間に……民衆の不満が高まると共にボロボロになっていきました。恐らく、不満を持った民衆が城壁の陰に隠れ鬱憤を晴らしていたのではないかと……不審者達によると改修工事が行われる事も工事開始三十分前に聞かされたそうでして、不審者にとっては相当手荒い工事だったようなので、工事に巻き込まれないよう城壁の内側に逃げ込んだのではないでしょうか?」
「うむむむむっ……」
普通、逆じゃないか?
城壁の内側に逃げてどうする。
城壁の中には、兵士がいるのだぞ?
勝手に城壁内に侵入した場合、死罪もあり得る。
不審者とはいえ、そんな馬鹿な行動するだろうか??
まあいい。考えても仕方がない。
「……つまり、これは以前、国が業者又は冒険者に依頼した改修工事を行った結果であると、そういう事だな?」
「はい。その様です」
現在、王城では、民衆が暴動を起こした為、厳戒態勢を敷いている。
改修工事を行う旨の通告が無かったのもその為か……。
しかし、王城を覆う様に壁を作られては、ゴミの臭いが籠って敵わん。
早急にどうにかさせなければ……。
「……わかりました。報告ご苦労様です」
アンハサウェイとの話を切り上げ、王の間に足を向ける。
すると、外から『ドーンッ!』と轟音が聞こえてきた。
「な、なんだっ!」
慌てて、窓から外を見ると暴徒化した民衆とは違う甲冑を身に纏った軍勢が城壁に近付いてくるのが見える。
「あ、あれは……助力を願ったフロンド伯爵家の紋章? コンデ公爵家の紋章まで……」
「ぐ、ぐぐぐぐっ……あ奴等……王政が滅ぶかもしれないこの時にっ……! 兵士長っ! すぐに城門を閉めろっ! 誰一人として中に入れるなっ! これは反乱だっ!」
そうしている間にも、『ドーンッ!』『ドーンッ!』と砲弾が撃ち込まれ、その度に透明な壁に弾かれていく。
「は、反乱っ!? わ、わかりました。すぐにっ!」
城門に向けて走っていくアンハサウェイを背に、カティは苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべ呟く。
「……怪我の功名だな」
まるで貴族の反乱が起こる事がわかっていたかの様な、信じられないタイミングで行われた改修工事だったが、思いがけず役立った。
もしこの改修工事が済んでいなければ、反乱軍が城壁側から押し寄せ、王城を制圧し、革命が成っていた可能性すらある。
「しかし、まさか反乱を起こすとは……」
王政が無くなり困るのは、様々な特権を与えられている貴族達ではないか……。
「いや……もしや、王権を抑え、貴族が国の管理者にでもなるつもりか?」
なんと、恐れ多い事を……。
しかし、それもあり得る話だ。
増税による民衆の不満は暴動を引き起こすほど凄まじかった。
今回、民衆の不満を逸らす為、貴族からも少しの税負担をお願いしたが、まさか、たったそれだけの事で反乱を起こすとは……。
事業者に対する税率は利益の五十パーセント。それに対して、貴族に対して課した税率は、たったの五パーセントだ。
どうやら貴族の連中はそれすら支払うのが嫌だったらしい。
その結果が貴族による反乱だ。
万が一、王城を占拠されたとなれば大変な事となる。
「急ぎ、国王陛下に判断を仰がなくては……」
そう呟くと、カティ宰相は王の間へと走った。
◇◆◇
冒険者協会の地下にある酒場でエレメンタル達にペロペロザウルスのTKG、各種料理を献上した俺が宿に戻る為、大通りを歩いていると、『ドーンッ!』『ドーンッ!』と断続的な地鳴りのような重低音が響き渡る。
「……なんだ? 演習でもやってるのか??」
まるで自衛隊が演習で大砲でもぶっ放しているかの様な音だ。
「まあ、どうでもいいか……」
誰がどこで演習しようとそんな事はどうでもいい。
そんな事よりも、一旦、現実世界に帰り土地の運用方法を練らないと……。
そんな事を考えながら歩いていると、俺の経営する宿に人が集まっている事に気付く。
「うん? なんだ??」
見ると甲冑を着込んだ男が支配人と話をしている。
あれは兵士だろうか?
一体、何の話をしているんだろ?
近くに寄り聞き耳を立てるとそこでは――
「いいから宿に泊めろと言っているんだっ!」
「大変申し訳ありませんが、無銭での宿泊はお断りさせて頂いております」
「これは、コンデ公爵様とフロンド伯爵様からの命令である。お前では、話にならん。責任者を呼べっ!」
――とまあ、そんな横暴な事を言う馬鹿野郎の話が聞こえてきた。
コンデ公爵とフロンド伯爵?
誰だそれ?
まあ、支配人が困っているようだし、あちらさんも俺と話がしたいらしい。
仕方がない。重い腰を上げて出て行ってやるか。
人波をかき分けて支配人の下に駆け寄ると、支配人は頭を下げて俺の背後に移動する。
「……俺がこの宿の責任者だけど、なんか用?」
ぶっきらぼうにそう言うと、男が鼻で笑った。
「はっ? お前がこの宿の責任者だと?」
何故、俺を見て鼻で笑ったかはわからないが無礼な野郎である。
こういう無礼な野郎には無礼で返すのが俺の作法。と、いう事で……。
「えっ? もしかして、聞こえなかった? それとも責任者って単語がわからないの? 頭大丈夫? 今すぐ病院に行った方がいいよ。まあ、元から頭の悪そうだから病院に行った所で頭が良くなるとは限らないけれど……それで、なんの用?」
枕詞長めにそう尋ねると、男は顔を真っ赤にして体を震わせた。
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