第183話 その頃のゲーム世界②
城壁。それは城の周囲を囲んで建設された防御壁を指す言葉だ。
冒険者協会で、城壁の改修依頼を受けた俺は、早速、その場所に向かう事にした。
しかし、着いて早々、俺は叫び声を上げる事となる。
「な、なっ……なんじゃこりゃああああっ!!」
そこには、多くの浮浪者が住み着いていた。
しかも、所々、城壁が崩れている。
あまりの状況に、俺は冒険者協会に抗議した。
「おい。糞爺っ! どうなっているんだっ! 城壁が一昔前の『万里の長城』見たいな扱いになってんじゃねーかっ! どんな管理をしたらそんな事になるんだよっ!」
俺がそう怒鳴り声を上げると、冒険者協会の協会長であるゲッテムハルトが涙を浮かべながら開き直った。
「――し、知るか、そんなもんっ! すべて、国の管理が悪いからそんな事になっているんだろっ! 城壁の管理は冒険者協会の仕事ではないわいっ!」
言い得て妙だが、言われて見ればその通りだ。
冒険者協会が城壁の管理をしている訳ではない。国が城壁の管理をしているのだ。
今回の一件もそれと同じ。国はただ冒険者協会に城壁の改修工事を依頼しただけ……。
つまり、管理責任はすべて国にあると、そういう事である。
それにしても、ゲッテムハルトの奴。まさか泣いて開き直るとは思いもしなかった。
「わかったよ。悪かったな。爺の癖に泣くんじゃねーよ……。ほら、美琴ちゃんから貰ったキャバクラのサービス券やるから元気出せよ」
俺がそう言って、美琴から貰ったサービス券をゲッテムハルトに渡すと、ゲッテムハルトはサービス券を握り締め懐にしまう。
「うん。わかった……」
まるで子供の様だ。まあ、大人自身が年齢を重ねた大きな子供なのだから仕方がない。
「……それじゃあ、仕方がないな。浮浪者はこっちで処理しておくからよ。後で文句を言うなよ。それじゃあな」
「へっ?」
そう言うと、ゲッテムハルトは、唖然とした表情を浮かべる。
「――ち、ちょっと待て、お前、まさか、あの場所に住み着いた者達に危害を加える気か?」
「はあっ? 国が管理しきれないから困ってるんだろ? どの道、あいつ等を退かさなきゃ改修工事なんてできないんだ。だったら排除しても問題ないだろうがよっ!」
そこで初めて協会長・ゲッテムハルトの顔が強張る。
「い、いや、それはどうだろうか? 今、その場所に住んでいる人の人権も……」
「いや、言ってる意味がわからないんだが、国有地に勝手に居座る奴等に人権ってあるのか? 何ならすぐにでも衛兵に突き出してやってもいいんだぞ?」
まあ、その衛兵自体がこの騒ぎで有名無実となっているが、その事は棚に上げてそう言う。するとゲッテムハルトは真っ青な表情を浮かべる。
そして、少し時間を置くと、観念したかの様に話し始めた。
「……じ、実は、あの土地には多くの冒険者と兵士崩れが住んでいて」
ゲッテムハルトの長い話を纏めると、こういう事だった。
王城を囲う城壁。そこには、今、多くの冒険者と兵士崩れが、勝手に家屋を建て住み着いているらしい。最近、国の情勢が不安定になった事から加速度的にそういった人達が増えたようだ。
勿論、冒険者を送り込み排除する事も考えた。
しかし、冒険者協会としては、国から依頼が来ている訳でもないのに、こちらからしゃしゃり出るのはどうかと思い、国から依頼が提出されるまでの間、その冒険者と兵士崩れがその土地に住む事を黙認していたと、そう言う事らしい。
つーか、思いっ切り認識してんじゃねーかぁぁぁぁ!
「……なら、尚更問題ないな」
国からの依頼待ちなら何の問題も無く排除できる。
だって、俺は国からの依頼を冒険者協会経由で受けて改修工事を行うのだから。
俺がそう言うと、ゲッテムハルトは苦い表情を浮かべた。
「い、いや、確かに問題はないのだが……なんとかならぬか?」
そう言って苦々しい表情を浮かべるゲッテムハルト。
そんなゲッテムハルトに俺は一つの提案をした。
「そうだな……冒険者協会の方で報酬を出すというのであれば、極力、危害を加えないよう気を付けるのもやぶさかではないが……」
勿論、反撃され、俺が怪我を負った場合は別だ。それなりの怪我を負って貰う。
俺の提案を聞いたゲッテムハルトは考え込むと、少ししてから頭を下げた。
「よろしく頼む。できる限り、怪我をさせず捕えてくれ……」
「ああ、わかった……それで、あそこに住む浮浪者一人に付き幾ら報酬をくれるんだ? できれば今日中に浮浪者を追い払って依頼を完遂したいんだけど……」
そう言うと、ゲッテムハルトは顔を盛大に引き攣らせた。
「お、お主は、同じ冒険者としてなんとも思わんのか……」
何を言っているのだろうか、この糞爺は?
「俺の依頼を妨害するクソ野郎に何を思えばいいんだ? 俺の邪魔をしている時点で殺意しか湧いてこないんだが……。ボコボコにして再起不能にした上でゴミ捨て場送りにする事もできるんだぞ?」
つーか、冒険者が国に迷惑かけている時点で、これは冒険者協会マターだろ。
働け糞爺。
「おいっ! すぐにこの土地に住み着いている冒険者と兵士崩れに避難指示を出せっ! 死にたくなかったらその場所からすぐに離れろとっ! 協会長命令だっ!」
「は、はいっ! すぐに対応致します!」
俺がそう言うと、ゲッテムハルトは過度な反応を見せる。
とはいえ、折角、やる気を見せてくれたんだ。もう一押ししておこう。
「三十分後に向かうから避難はそれまでに済ませておけよー。その後はこっちで対処するからなー」
「……あ、悪魔か」
悪魔だなんて失礼な……!
この依頼は俺が力を持っていなければ、泣き寝入りするしかなかった案件だ。良い部屋だと思い入居を決め引っ越ししたら、上下左右の部屋に暴力団の組員が住んでいた並に酷い状況である。
「それで? 捕らえた浮浪者一人に付きいくらくれるんだ?」
金はいくらあっても困らない。
俺がそう質問すると、ゲッテムハルトは指を一本立てた。
「そうだな、一人に付き十万コルでどうだ?」
「へぇ、十万コルね……」
一人に付き十万コルか。くっそ安いな……まあいい。
それなら浮浪者は捕えられそうな奴だけ捕えて、後は、ゴミ捨て場に向かって貰おう。既に城壁には穴が開いていた。国王達に対する嫌がらせとして丁度良い。
何よりエレメンタル達の力は絶対である。
すべてをエレメンタルに任せれば上手くいく。これは俺の経験則だ。
「一人につき十万コルだな?」
「……ああ、できる限り怪我を負わせず捕らえる様にしてくれ」
「わかった。できる限り、そうさせて貰うよ」
できる限りな……つまり、できなくても問題はないと、そういう事だ。
「あ、そうだ。もう一度、聞いておくけど、依頼は城壁の改修で良いんだよな? 今の城壁は城壁としての役割を全然果たしていないし、こっちで機能的なものに変えてしまってもいいんだよな?」
俺がそう尋ねると、ゲッテムハルトは、どうせ言っても聞かぬのだろうと言った表情を浮かべる。
「ま、まあ、どう改修するかにもよるが……。流石に城壁の仕様を変えすぎるのも、どうかと思うぞ? 当然、景観が損なわれても駄目だ。」
「なるほど……」
既に王城の自体の景観が大量のゴミ投棄によって損なわれている。
つまり、何を建てても大丈夫という事か……。
納得した様に頷くと、俺は立ち上がる。
「さて、そろそろ行くか……」
俺がそう言うと、ゲッテムハルトは慌てた表情を浮かべる。
「ち、ちょっと待て、どこへ行くのだ。まだ三十分は経っていないぞ」
「そうだな。まだ三十分経っていない。だからこそだよ。今の内に準備しておかなければならない事があるからな……」
そう呟くと、俺は冒険者協会を出て城壁を訪れた。
そして、スクーターをアイテムストレージから取り出すと、それに跨る。
「よし。エレメンタル達、準備はいいか?」
そう言った瞬間、元の姿を取り戻していくエレメンタル達。
皆、準備は万端の様だ。
「水の上位精霊・クラーケンは捕獲した浮浪者を昏倒させ、城壁の内外に放り投げておいて! 闇の精霊・ジェイドは運良く城壁の外に放り投げられた浮浪者が逃げない様にしてくれると助かる! 地の上位精霊・ベヒモスは後からついて来て。城壁の改修と王城を覆う透明な壁の作成を一辺にやっちゃうからさ!」
エレメンタルにお願いをしている内に三十分が経過した。
「よし。それじゃあ行くぞー!」
俺がそう言うと、水の上位精霊・クラーケンが城壁にたむろする浮浪者達に襲い掛かっていく。
『な、何だ。こいつはっ!』
『モ、モンスターッ!? 何でこんな所にっ!?』
『に、逃げろぉぉぉぉ!』
冒険者協会からの避難指示に従わなかった浮浪者達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
水の上位精霊・クラーケンは、そんな浮浪者達を容赦なく昏倒させ、城壁の内外に放り投げ、闇の精霊・ジェイドは運よく城壁の外へ投げ出された浮浪者達が逃げられない様、悪夢を見せ続ける。
「よーし、いいぞ。その調子だっ!」
『うわぁあああっ!?』
『ぎゃああああっ!!』
そう声を上げては強制的に昏倒させられ夢の世界に旅立っていく浮浪者達。
そんな浮浪者達の様子を見てほくそ笑む。
「よし! それじゃあ、ベヒモスは王城を囲う城壁を改修! その後、王城をすっぽり覆う様に透明な壁で閉じ込めてっ! できれば絶対に壊れないような強度でよろしく!」
そう言うと、地の上位精霊・ベヒモスは咆哮を上げ走り出す。
すると、ベヒモスが駆け抜けた所から穴の開いた城壁が修復され、王城を覆う様に透明な壁が張り巡らされていく。
「そうそう! その調子だよ。でも、想定よりなんか凄い事になっている気がするなぁ! でもいいよ、ベヒモスッ! この調子でドンドン行こう!」
城壁を一周する頃には、王城が丸みを帯びた透明な壁にすっぽりと覆われていた。
うーん。奇跡的なバランスの上に成り立った壁だ。
何というか、まるで王城に歪な形をした耐熱ボウルを被せたかの様な、そんな感じになっている。
まあ、これなら景観も崩れてないし?
ギリギリセーフと言えば、ギリギリセーフなのだろうか……?
地の上位精霊・ベヒモスに視線を向けると、ベヒモスはやり切った表情を浮かべていた。
「う、うん。まあいいか……!」
折角、エレメンタル達が頑張ってくれたんだ。
早く浮浪者達を金に換えて、その金でペロペロザウルスのTKGでパーティーでも開いてやるとしよう。
俺は唖然とした表情を浮かべる冒険者協会の職員達に捕らえた浮浪者を預けると、その証明証を持って、冒険者協会に赴いた。
そして、証明証と交換で報酬を受け取ると、エレメンタルと共に酒場に向かい、TKGパーティーを開催する事にした。
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